Engagement(エンゲージ)―約束― 花色の章

さくら乃

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 熱い視線が――俺を見ている。



 ドレスを翻す女を追いかけ、捕らえる。
 肩に手をかけ、こちらへ向かせる。
 女は――美しい顔に、宝石のような涙を溢れさせていた。
 その涙を拭おうとして指先を頬に近づけるが。
 そのまま自分の口許に持っていく。
 女の涙を拭うのに手袋は無粋だ。
 俺は手袋を唇でんで外し、素の指先を、女の頬に伸ばし――。


 熱い視線が俺を見ていた。


 ――が、しかし。しかしだ!!



* *



「はいっ、カットォォォ_!!_」
 その場にいる全員に聞こえるように叫んだ後、
「ハルくん、ちょっと」
 トーンを落として俺の背に声をかける。
 目の前の女はにこっと笑った。先程の涙は何処へやら。さすが、若いながらも実力派の女優だ。
 俺は軽く頷き、監督に身体を向けた。
「ハルくん、今日は調子悪い? キミの出番で一番いいシーンよ。もっと集中して行かなきゃ~」
 ごつい顔の髭面にカマ言葉の男が、大袈裟な仕草で言う。
 こんな男だが、作る映画が軒並み大ヒット。新進気鋭の映画監督だ。
「……申し訳ありません」
 集中していない自覚はある。素直に謝るしかなかった。
 俺の顔を見て一つ溜息をく。
「少し、休憩ー」
 監督の声がまたも響き渡った。



 ――俺にとうとう映画のオファーが舞い込んできた。
 いや、本当は今までにも何回かあったが、首を縦には振らなかった。

 俺はモデルだからな。
 演技に自信がなかったとも言うが。
 今回この依頼を了承した理由。

 一つ。監督がこのカマ……いや、鎌田時宗かまたときむねだったこと。
 一つ。スポンサーが、俺の事務所の母体・サクラ・メディア・ホールディングスだったこと。
 一つ。俺の出番が少なかったこと。

 一つ――これが一番大事。『あの人』が、この映画のパンフレット、ポスターのカメラマンだったこと。
 俺は仕事に私情を挟む主義だ。
『あの人』との仕事だったら、どんなに忙しいスケジュールの中にも食い込ませてみせる。
 同棲――もとい同居しているとはいえ、お互い忙しい身では家でもかち合わない日も多い。
 俺はいつでも『あの人』を見ていたい。関わっていたい。
 そして、今回のロケには彼も加わっている。


 が、しかし。しかしだ!!


 あの熱い瞳が俺ではなく――いや、俺ではあるんだが――この軍服を着た、このキャラを見ているというのがどうにも許しがたい。

(まったく、自分に嫉妬することになるとはっ)

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