Engagement(エンゲージ)―約束― 花色の章

さくら乃

文字の大きさ
13 / 25

13

しおりを挟む
 夏生は詩雨さんの学生時代からの友人だ。
 俺たちのことは勿論知っているし、二人が再会して今の関係に至ったのも、夏生が諦めずに俺をモデルにさせようとしていたからだ。
 いや、俺にとっての再会なのだが。
 俺が聖愛せいあ学園の初等部に通っていた頃、詩雨さんは隣のカンナ音楽院に通っていた。カンナ音楽院の生徒は普通教科を聖愛学園で学ぶ。
 詩雨さんは俺のことは知らなかった。俺が一方的に知っていただけだ。詩雨さんのピアノをこっそり聴いて、彼の姿をこっそり見ていた。それでも一度だけ顔を合わせたことがある。それはとても苦い思い出となり、俺の記憶から彼を消した。再び出逢うその時まで。

「まだ……。撮影終わってない。俺の出番は終わったけど」
「ああ、お話序盤で戦死する奴?」
 俺の仕事の把握は全部知っているクセに、わざとそう訊いてくる。
「言うなよ。でも、それぐらいでないと、演技も大してしたことないのにボロが出る」
「いや、でも、ヴィジュアルはバッチリだね。スマホに詩雨から画像送られて来たけど、格好良かったよ」
「さんきゅ」
 誉められてもいまいち元気が出ない。
 あいつが来てからひと月が経った。
 詩雨さんも忙しい。帰って来ない日もある。帰って来ても、軽いキスと、一緒に眠るだけの日々。家にいてもあいつと話していることのほうが多いくらいだ。

「くそっ。あいつぜったい詩雨さんのこと狙ってる。早くアメリカに帰れーっっ」
「ふーん」
 意味ありげな相づちが聞こえてきた。
「なに?」
「いや、なんでも」



* *



 更に一週間が過ぎた。
 撮影もあと数日で終了する。

(終わったらさっさと帰ってくれよ)

 久しぶりに明るい気分で帰宅する。
 今日は事務所での打ち合わせとCitrusへの顔出しのみだったので、まだ陽も高い。こんな時間に自宅には誰もいないと思ったが、ガレージには車が二台とも置いてある。玄関の鍵もかかっていない。
 最近は滅多にないが、店主がいればSTUDIO  SHIUはオープンしている。その時には鍵は開けっ放しだ。

(あれ。詩雨さん帰ってるんだ)

 明るい気分に拍車がかかる。
 仕事なら一階スタジオか、二階の事務所にいる筈。中に入ると一階には誰もいない。明かりも点いていないが陽が射し込んでいて真っ暗ではない。
 そのまま二階に上がる途中で、二人分の声。
 一人は詩雨さん。もう一人は――。

(ちっ、あいつもいるのか)

 心の中で舌打ちをする。

「――だから詩雨ちゃん、アメリカにおいでよ!」

(なんだって?!)
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...