Engagement(エンゲージ)―約束― 花色の章

さくら乃

文字の大きさ
15 / 25

15

しおりを挟む
 玄関灯は点いていたが鍵はかかっていた。それは防犯上当たり前のことなのに、今日に限っては拒絶されているように感じた。
 鍵穴にも上手く入れられず、数秒もたつく。乱された気持ちは身体にも影響するらしい。

(くそっ)

 馬鹿みたいにガチャガチャやってやっと中に入る。
 音を立てないように階段を上がって行く。一階二階は真っ暗だ。三階は踊り場だけに小さな灯りがともっていた。

(詩雨さんはどっちの部屋にいるだろう)

『そんなことはない』そう思っているのに変な想像をしてしまう。自分の想像に身体が凍りついて動けない。
 なんとか靴を脱ぎ、冷たい廊下に足をつける。
 右のドアが俺たちの部屋。左がカイトのいるゲストルーム。どちらの部屋からも物音はしなかった。
 右のドアのノブを回す。鍵はかかっていなかった。この部屋には内側からだけかけられる鍵がついていた。
 部屋を覗くと主電気は消えており、ベッド横のチェストにあるライトだけが、室内を照していた。
 ベッドの上の上掛けは、ちょうど一人分こんもりと盛り上がっていた。想像したようなことはなく、詩雨さんはちゃんとここにいる。
 ほ……っと小さく溜息をく。
 しかしドアを閉め鍵をかけてもそこから動くことができない。

「遙人……おかえり……」
 ベッドの山はもぞっと動き、詩雨さんがこちらに顔を向けた。
「……今日は忙しかった……?」
 いつも通りの詩雨さんなのに、彼の顔をみるとまた昼間のことを思い出してもやもやする。
「…………」
「どうした?」
 返事もなければ動きもしない俺を不思議に思ったのか、彼はベッドから降りて静かに近づいて来る。

(来ないでくれ)

 制御不能になる予感しかない。
 今更ながら何故帰って来てしまったのかと後悔する。今晩は何処かで頭を冷やしているべきだったと。

「先、寝てても良かったのに」
 傍に来て欲しくなかった。だから、険のある言い方で遠ざけようとした。
 しかし、一瞬止まって息を飲み、またそろっと足を運ぶ気配がした。逆光で彼がどんな表情をしているのかわからない。
「……遙人……どうした?」
 心配そうな声。
 手が伸びてきて俺の頬に触れようとする。俺はそれを遮り、両手をぎゅっと掴んだ。
「呑んできたの? ……一人で?」
「そうだよ。だから俺に触れるな。何するかわからない」
 本気にしてないのか、くすっと笑う。
「酔ってるのか? 珍しいな」
 俺は酒には強い。弱いのは詩雨さんのほうで、一緒に呑んでいても介抱するのは俺のほうだ。
 今も酒に酔っているわけじゃない。
 昼間から続く不快感に。そして、今間近にいる詩雨さんに酔っている。
 この状態で触れられればどうなるか。
 俺は理性を総動員して、その荒れ狂う欲望を抑え込んでいる。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...