白銀(ぎん)のたてがみ

さくら乃

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 そう言うと、彼女は布を外した。トールの前に、ケーキの美味しそうな姿が現れる。
「美味しそうだな」
「今日はね、私も手伝ったのよ」
「へえ。偉いな、フィン」
 トールはフィンの頭を撫でた。
 フィンは、トールより三歳下だった。トールにとっては妹のように可愛い。


「──おや、トール。久しぶりだね」

 ふいに、そんな声が後ろから聞こえてきた。フィンの母親だった。
「こんにちは。伯母さん」
「元気だったかい?最近、うちに来ないじゃないか」
「ええ。元気にやってます」
 トールの顔からは、フィンに見せたような笑顔は消えていた。何処か他人行儀だ。
 彼は、余りこの伯母が好きではなかった。


 フィンの母親は、トールに様々な表情を見せる。
 優しいが、時折その瞳のなかに、憐れみや蔑みの色が浮かぶことがある。
 そして、彼女が父親イオをよく思っていないことを、その言葉の端々から、トールは感じ取っていた。


 子どもボクには、分からないとでも、思っているのだろうか……。


 それが分かるようになってから、可愛いいとこのフィンの家にも行かなくなった。


「母親……か……」

 誰にも聞こえない呟きが零れ落ちる。
 トールは、フィンと母親が話をしているのを、遠いものでも眺めるような心持ちで見ていた。
 

 トールには、自分を産んでくれた母親の記憶が、ほんの少しもありはしなかった。
 名前は、リリカ。フィンの母の妹。それ以外は何も知らない。イオは、トールの母であり、自分の伴侶であるリリカのことを、一言も口にしないし、トールも別に訊こうとは思わなかった。
 母親がいないことの淋しさはトールにはない。イオさえいてくれれば、それで良かった。


「トール、あっちに行きましょう」
 フィンが母親と別れて、トールの手を取った。ケーキの籠はいつの間にか、母親の手に渡っている。
「いいの?お手伝いしなくって」
「いいの、いいの。ね、ケーキ少し貰ったの。あそこの木の下で食べましょう」


 二人は“市”の立つ広場の端の木陰に座り込んだ。フィンが母親と作った胡桃のケーキと、“市”で買ったミルクで、軽い昼食にする。
「おいしい?」
「うん。おいしっ」
 そうトールが答えると、彼女は嬉しそうに顔を綻ばさせた。
 トールはケーキを頬張りながら、村人や行商人たちで賑わう広場を眺めた。
 様々な店が並んでいる。屋台を出す者、ござの上に品物を置く者。フィンの母親のように籠のなかに入れて、売り歩く者、店の形も様々だった。


「あっ!」
 ふいに、トールが叫んだ。
「どうしたの?」
「イオだ!イオが来てる!」

 途端にトールの顔が輝いた。彼は何気なく眺めていた賑わう人々のなかに、見慣れた男の姿を見つけた。それは、この間の狩りの獲物の、肉や毛皮を持ったイオだった。
「珍しいな、父さんが来るなんて」

 普段捕った獲物は、“市”ではなく、村外れの家に近い、決まった飲食店に卸している。
「ああ、それなら一緒に来れば良かったな」
 トールがまだ買い物が出来ないくらい幼い頃、“市”には数回来た記憶がある。でも、それも遠い昔だ。
 トールの心は弾んでいた。
    
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