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第三章
3
しおりを挟む秋穂はゲストルームのヘッドボードに背を凭せかけていた。胸許辺りまで毛布を引き上げている。
「ミルク、飲む?」
差しだされたマグカップを黙って受け取り口をつける。飲みやすい温度のホットミルクは仄かに甘く、気持ちを落ち着かせた。冬馬はベッドの端に腰を下ろし、そっと秋穂の頬に触れた。
「ん……まだ冷たいな。やっぱりお湯を溜めて温まった方がいいかな」
「ううん」
ゆったりと頭を振る。
「もう……だいじょうぶ。ねむい……」
飲み終わったカップをサイドテーブルに置き、毛布に潜り込んだ。
「そ。じゃあ」
冬馬も彼の隣に潜り込む。
「こうすれば、あたたかい……?」
そう言いながら、長い手足で小さな身体をふんわりと包み込んだ。一瞬びくっとその身体が震えたのを、冬馬は感じ取った。
「いや、だったか……?」
秋穂の身に起こったことを思い、気遣わしげに言う。秋穂はすぐに身体の強張りを解き、柔らかく微笑む。
「ううん。へいき。あったかいよ」
「そっか」
ほっとして少し強めに抱き締める。上半身裸の熱い身体が、布越しに秋穂の肉体を温める。
「 ── 今まで……キスされたり、ちょっと身体を触られたり、とかは、あった。僕のこと、両親のことを、嘲りながら……」
欠伸をひとつ。とても眠そうに、どうでもいいことのように、話し始める。
秋穂の従兄壱也は聖愛の高等部の二年だ。秋穂が石蕗家に引き取られた当初から、彼を蔑んでいた。憎んでいた。衰弱してベッドから出られない秋穂にも罵詈雑言を浴びせ、小突いたり抓ったりといたぶっていた。
それがいつしか、キスをしたり身体を触ったりなどの行為に変わっていった。強者が弱者を支配するかのように。それは秋穂が寮に入ってからも時々行われていた。自宅通学する壱也が、わざわざ寮に寄ってまで。
秋穂は何をされても逆らわなかった。逆らえばそれ以上に酷い目に合うと思ったからだ。そうでなくとも、虐待を受け続けてきた彼は、自分を傷つけようとする者の前では身体が強張って動けなくなってしまう。
「今日、パーティーの途中で具合が悪くなって僕の部屋で休んでたんだ。そしたら、壱也さんが来て……」
ずっとそうしたかったのか、とことん秋穂を貶めたかったのか。何がきっかけになったのかわからないが、壱也はとうとう秋穂の精神も肉体も引き裂いたのだ。
「こんな姿、冬馬くんに見せたくなかった。なのに……気づいたら……」
独りになった後脱ぎ捨てられたシャツを羽織り、土砂降りの中を飛び出していった ── のは、なんとなく覚えている。冬馬の住むマンションの前に来ていたことは、彼の顔を見て初めて気がついた。
本当は、冬馬にだけはぜったいに、こんな汚れた自分を見せたくはない。そう思っていたはずなのに。
だから ── 逃げだそうとした。
「アキは……汚れてなんて、いないよ……」
その言葉が届いたのかいないのか、秋穂はいつの間にか寝息を立てていた。
( ── キスなんてもんじゃない。血が滲んでた)
身体中の凌辱の痕は強く噛みつかれたのだろう、また新しく血を滲ませていた。
( どうして、俺はこんなにも子どもなんだ。秋穂を守る力を持っていない )
冬馬は涙が出そうになるのを耐えながら、眠る秋穂を抱き締めた。
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