アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第1話「恣意なる少年の自慰と思惟(私意)」

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「はぁ…はぁ…」
 改心という単語に、しかし俺は違和感を覚えざるを得ない。
 心を改める、と書くけれども、なにをどうしたら心が改まった状態になるというのだろうか。
「はぁ…はぁ…」
 悪の道から自ら脱して、正義の道を行くのが改心だというのであれば、例えばだ。
 目の前で学校のクラスメートがカツアゲにあっているとする。
「はぁ…はぁ…」
 正義感の強い者なら、自ら助けたり、周りの大人を呼んだりして事態の収束を図るだろう。
 こういった場合、助けた者は正義の味方だし、カツアゲを行った者は悪の化身だ。
「はぁ…はぁ…」
 そこに異論はない。
 だが、それが日常的に起こっていたとしたら。
「はぁ…はぁ…」
 毎日毎日、繰り返される日々の中で必ずと言っていいほど確実に発生する事象であったなら、どうだろうか。
 悪の化身は毎日同じ人間をターゲットにしており、正義の味方はすぐさま駆け付け、ヒーロー劇を繰り広げているのだとしたら。
「はぁ…はぁ…」
 カツアゲに遭った者は、いつも通り助けてもらえることを信じて、一切の抵抗をなくすだろう。
 すると、どうだ。万が一、正義の味方が現れなかったら。
「はぁ…はぁ…」
 当然、悪の化身による悪事は達成され、カツアゲに遭った哀れな者は抵抗も出来ずに自身の金子を奪い取られていくだろう。
 助けられることに慣れてしまったばかりに、だ。
「はぁ…はぁ…」
 困っている人を放っておくことはできない。その精神は非常に素晴らしいと思うし、実行に移すだけの信念があるとするのならば、それは正しく疑いようのない正義だろう。
「はぁ…はぁ…」
 ただ、その正義は、初めの一回、二回に留めておくべきだったと、それ以降は、自力で事態を対処できるように鍛えてあげるなりするべきであったと、こういった結果が出てしまえば、苦言を呈する他ないだろう。
 何十回も助けに入っていれば、こういった事態を招くことは想像に難くない。それでも自分の、困っている人を放っておくことはできないという自分自身の精神を、信念を貫いたというのであれば、それは最早正義ではなくエゴであり、行き過ぎれば悪にさえなり得る。
「はぁ…はぁ…」
 どころか、抵抗することなく悪の化身のなすがまま蹂躙されたおよそ善良な者でさえ、抵抗する努力を怠った悪であると評価されかねない。
 被害者であって、被害者でしかない者であろうと、だ。
「はぁ…はぁ…」
 ただ、その哀れな被害者にもまた、一切の抵抗が許されなかったと、単に努力を怠っていたわけではないと認めざるを得ない事情があったのならば、それはどうだろう。
 例えば、被害者は生まれつき体が非常に弱く、階段を上っただけで座り込んでしまうような者であったとしたら、どうだろうか。
「はぁ…はぁ…」
 それでも、心を鬼にして被害者を鍛えてあげるのが正義だという者もいるだろう。
 或いは、一度助けてあげたのなら、最後まで被害者を守るのが正義という者もいるだろう。
「はぁ…はぁ…」
 どちらの行いが正義なのか、どちらの行いが悪なのか、意見は分かれるところだろう。
 心の在り様など人それぞれだ。故に、人それぞれの正義もある。だからこそ。
「はぁ…はぁ…」
 改心などと一口に言っても、どう行いを改め、どう心を入れ替えれば改心したということになるのか。
 改心などという言葉一つで、多様な解釈が生まれてくるだろう。
「はっ…はっ…」
 そうなってくると、出てくるのは「数」だろう。
 数が多い方が、より正しい。ということに、今の世の中なっているのだ。
「はっ…はっ…」
 流行のブランドも、人気の芸能人も、クラスの学級委員長だって、与する人間の数で決まる。
「はっ…はっ…」
 数が多い方が圧倒的に有利で、数が少ない方は段違いに不利なのは、最早言うまでもないことだ。
「はっ…はっ…」
 しかしそれは、人間が人間として人間である以上、至極当然なことであろう。
「はっ…はっ…」
 昔の哲学書にも、「正義は議論の種になる。力は非常にはっきりしていて議論無用である。その為、人は正義に うっ!
 俺は加速度的に手の動きを速めた。
 膝に力を入れ、爪先に至るまでの足を直線のごとく伸ばしきる。
 握っていた肉棒からは、己の欲望全てを孕んだ白濁液がさながら悪夢のように吐き出されていく。
 ティッシュを取り出すのが遅れてしまったため、空中を勢いよく走った液体は、目の前のディスプレイにこれでもかとかかった。
「はっ…はっ…はぁっ…はぁ…はぁ…はー……」
 しばらく放心。
 パソコンのディスプレイがまるでニューヨークのレンガ造りの壁のようになった。
 俺はようやくディスプレイに描かれた前衛芸術をティッシュで拭き取ると、煩わしくなったディスプレイ越しの女優の嬌声を消した。
「色々と小難しいこと考えてたけど、結局ただの言い訳なんだよなぁ。」
 本日二十回目・・・・の自慰行為にを終え、感想を述べる。
 異常な人間は数が少ないからこそ異常とされているだけであって、異常な人間などこの世に存在すらしていない、と。
 そう思いたかったからこその言い訳であって、結局のところ俺はやっぱり異常なのだろうと、そう思ってしまう。
 異常なまでのオナニー中毒だ。



 黒いマントに身を包んだ二人が、民家の屋根から、別の民家を見下ろしていた。
「ねぇ、本当にあの子なの?」
 女が顔を引きつらせ、隣に立つ男に問いかける。
「ああ。間違いない。あいつが『鍵』だ。」
 対照的に、男はさしたる興味もなさそうに民家を冷たく見下ろし続ける。
「ふぅん…。確かにあそこまでの性欲は気持ち悪いけれど、それでもあんな平凡で平均で平坦で平和そうな子供が…ねぇ。」
「だからこそ、じゃねぇか。普通の家に生まれ、普通の学校に通い、普通の人生を生きる普通のガキが、あそこまでのものを持っている。そうでなきゃ、本来俺らとはなんの関係もなかったんだからなぁ。」
 男は少しだけ笑うと、首だけ女へ向き直った。
「気ぃ引き締めろよ。もしもあいつが『奴ら』の手に渡ったら脅威でしかなくなるからなぁ。」
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