アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第12話「神代託人」

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 五月十三日(金)十八時十八分 駅北口裏通り

 時雨雨高校の最寄り駅、その北口から外へ出ると、夜の街が広がっている。
 夜の街。
 陳腐だが、妥当な表現だ。
 薄暗い街灯、そこに群がる蛾、大きく開かれた道、その脇には、チェーンの飲食店、キャバクラやそれ以上のサービス・・・・を売り物にしている、所謂大人の店・・・・が所狭しと並んでいる。
 屋台から一戸建て、ビル、アパートのような建物まである始末だ。
 その中の、一つのビル。
 薄暗い赤茶色の廃ビル。
 下田先生曰くそここそが、テロリスト集団・・・・・・・『パンドラの箱』の根城というわけだ。
 テロリスト集団。
 これも陳腐だが、やはり妥当な表現だろう。
 わざわざ携帯で写真を確認するまでもなく、一目視ただけでその情報が真実であるとわかる。
 ビルを覆う巨大なエーラ・・・
 適当な先生だが、流石にこの局面でまでふざける人ではないか。
 神室はあそこにいる。
 エーラ・・・が視えるってことは、あいつはもう目を覚ましているってことなんだろう。
 早く行かなきゃ、取り返しのつかないことになる。
 だがその前に、問題は山積みだ。
 まず、俺は一人で神室を救出しなければならないということ。
 あのビルには、『パンドラ』の連中も確実にいる。
 正確な人数はわからない。
 恐らく、さっきの二人のエーラ・・・が視えなかったのと同じ理由。
 神室のいた階層を間違えたのと同じ理屈だろう。
 多くて二十人前後。
 少なくても、十人は下らないだろう。
 単騎で突っ込むにはリスクが高すぎる。
 そしてもう一つ、問題なのは……。
 周囲を見渡す。
 まだ十八時とは言え今日は金曜日。
 大学生の集団、サラリーマンっぽい二人組、金の無さそうなおっちゃん。
 この通りは、既にそれなりの人数で賑わっていた。
「ただでさえ制服姿でこんなところにいたら目立つってのに……。」
 一応ブレザーは脱いできたが、ズボンだけで学生丸出しだ。
 余計に派手なことは出来なくなった。
 それらを踏まえた上で、神室を救出する。
 行動を制限された外から、数多の不確定要素を孕んでいる中へ突入し、短期決戦を挑む。
「……逃げるわけにはいかない。俺は、もう……」

  五月十三日(金)十八時四分 駅北口裏通り・廃ビル

 男にも母性本能はあるのだろう。
 子を慈しみ、愛おしむ本能。
 父性本能ではなく、母性本能が。
 きっとあるのだろう。
 目の前を歩く推定十二、三歳の少年を見ていると、そう思ってしまう。
 右半分が白で、左半分が赤く染まったおかっぱ頭。
 笑うとえくぼができる、中性的な顔立ち。
 身長は俺よりも低く、百五十センチ前後だろう。
 白いクウォーター・ジップ・プルオーバーと白いパンツに身を包んだ少年。
 小さな手足が揺れ動き歩く様に、感動すら覚えてしまう。
 俺はこの子の父親であり母親である。
 そんな誤った酷く現実的な錯覚が起こってしまう。
 この子の為に俺に出来ることはなんなのか。
 その疑問のみが俺の脳を占有している。
 あ。
「あの、……そういえば、名前を、まだ……」
 すがるように少年に出を伸ばす。
 なんで大事なことを訊いていなかったのだろうか。
 神室秀青、一生の不覚。
 少年は、目の前の階段を降りかけた足を止め、振り返る。
神代かみしろ託人たくと。それが僕の名前。」
「カミシロ、タクト……」
 少年は目を閉じ、微笑む。
「神の代わりに託宣を授ける者…そんな意味が込められているそうだ。」
 タクト……。
 タクト君か……。
 今日は記念日になりそうだ。
 にやけが止まらない俺を、しかし侮蔑するでもなくタクト君は微笑む。
「そんな大層な人間じゃあ、ないんだけどね。」
「そんなこと、ないですよ。あなたは……」
 あなたは、この世界を引っ張っていくお人だ。
「ありがとう。」
 タクト君は俺に微笑みかけ、「気を付けてね。」と言って階段を降りていく。
 俺もそれに続き、階段の手すりに摑まる。
 ミシッ、という手すりの悲鳴。
 よくよく見てみると、この建物、所々にひびが入っているし、全体的に鼻につくカビ臭さが漂っている。相当古い建物なんだろうな。
 タクト君はここに住んでいるのだろうか。
 だとしたら、俺もここに住まなければならない。
 この臭いには慣れておかないと。
 階段を降り、右に曲がって真っ直ぐ歩く。
 通路の壁には、一定の間隔で扉が設けられている。
 結構広いな……。
 壁に設置されている窓は、どれも板が打ち付けられていて外の景色は見えない。
 通路は上の階よりもより一層薄暗く、点々と置かれているろうそくの火だけが頼りだ。
 タクト君がつまずかないように細心の注意を払わないと。
 タクト君の足が止まる。
「着いたよ。」
 タクト君が振り返る横には、一つの扉があった。
 他の扉となんの変りもないように見えるが、扉の先にはかすかに人の気配があった。
「さぁ、中へ入ろう。みんな、待ちわびているから。」
 タクト君がドアノブを回し、扉を開ける。
「みんな、お待たせ。神室君が来てくれたよ。
 タクト君が、俺に紹介したい人たち。
 一体どんな人たちなんだろう。
 タクト君の知人友人だったら、悪い人なわけはないのだろうが。
 少し、緊張する。
 タクト君の後に続き、部屋の中へと入る。
 果たして、そこにいたのは。
「よぉ、お前が『鍵』か。」
 まず目についたのは、入ってすぐ正面に座っている白髪の男。
 椅子に深く腰掛け、部屋の中央に置かれている大きな黒いテーブルの上に足を乗っけている。
 複数の切り傷が目立つ顔には、瞳孔が開いた鋭い目が二つ並んでいた。
 そして黒いテーブルを囲むように、老若男女問わず、十数名の人間が各々の体勢で座っている。
 白髪の男が、テーブルから足を下ろし、片手を置いて俺を睨む。
「随分早いお目覚めだなぁ。ま、それでもこっちは待ちわびてたんだがなぁ。」
 白髪の男からは、怒気しか感じない。
 頬を、汗が伝う。
 ……あれ?
 待ちわびてたって、そういう感じ?
 歓迎とかじゃなくて、本当に待たされてた的な?
「やめなよ。」
 向かって左側に座っている黒髪の女性が白髪男を睨む。
「男って、威張り散らしてればいいと思ってるよね。ほんとサイテー。」
「あぁ?もういっぺん言ってみろや。」
 白髪男も女を睨み返す。
 激しく火花を散らす二人の間に、タクト君が割って入った。
「まあまあ二人とも、その辺にしないと。」
 両手で二人を宥めた後、タクト君は人差し指を立てて、こう言った。
「ほら、今から神室君が面白い自己紹介をしてくれるっていうのに、喧嘩なんてしたらやりづらくなっちゃうでしょ。」
 ……は?
 面白い……自己紹介?
 急に、何を言っちゃってるんだ?
 呆気にとられている俺に、タクト君は笑顔で返す。
「ね?」
 白髪の男は舌打ちをして頬杖をつき、そっぽを向く。
 黒髪の女性も無言で身を引いた。
 そして、全員が一斉に俺を見る。
 タクト君も、期待の眼差しを俺に向ける。
「………。」
 守りたい、この笑顔。
 タクト君から折角期待されてるんだ。
 応えないわけにはいかない。
俺は後ろ手を組み、元気いっぱいにあいさつをした。
「はじめまして! 先日、女性の乳袋の写真が載った広告をオカズにオナニーしてたら、イッた瞬間に、その写真が実は中年男性のメタボ腹の写真だったことに気付いて死にたくなりました! 時雨雨高校一年、神室秀青です! よろしくお願いしまぁす!」
 勢いよく頭を下げる。
 この話は俺のとっておきだ。
 この話を聞いた一馬は、笑いすぎて過呼吸に陥って本当に死にかけたという伝説がある。
 この勝負、もらったな。
 勝利を確信し、頭を上げる。
 しかし。
「…………。」
 誰一人笑っていなかった。
「と、いうわけで、この神室君が僕たちの待ち望んでいた『鍵』だよ。」
 すぐさまタクト君が場を切り替える。
 ………あれ?
 ひょっとして俺、スベった?
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