アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

文字の大きさ
34 / 186

第34話「嵐山は少年に問いかける」

しおりを挟む

  五月十四日(土)十三時三分 旧・真希老獪人間心理専門学校(体育館)

「ふんぬぅおおおおおおおおおお‼」
 神室が全身に力を込め、めいっぱいの声で踏ん張る。
 しかし、エーラは一切動かず、神室の声がでかくなっていく一方だ。
「だから、そうじゃないよ。」
 美神先輩が神室の頭に手を置く。
「いいかい。ちゃんと、その印に自分のエーラを流し込むイメージを持つんだ。」
 美神先輩に指さされ、神室は自身に記された印を見る。
「そんなこと言われても、俺、自分のエーラとかわかんないし……」
 神室の発言に、美神先輩は前髪をくしゃっと握る。
「あー。そのタイプか。」
「すみません。」
「いや、気にする必要はないよ。珍しい話でもないし。ほら、そこの仏頂面も、最初は自分のエーラが視えてなかったし。」
 美神先輩が今度は俺を指さす。
 神室も、つられて俺を見る。
「そうだったのか、嵐山。」
「……ああ。最初は、俺も自分のエーラが全く視えなかった。」
 今も、だが。
 さっきも、体に起こった感覚、そして、実際に『性癖スキル』が発動することを目視するまで、自分にエーラが戻ったことを確信できなかった。
「だから、なにもそのことで気落ちする必要はない。これからじっくり視えるようになっていけばいいさ。彼も立派にエーラを扱えるようになったんだしね。」
「………。」
 そう神室を励ます美神先輩のエーラも、ずっと視えていない。
「大事なのはイメージだ。目を閉じて、楽な姿勢になって。」
「………。」
 神室は肩の力を抜き、そっと目を閉じる。
「ここ最近で一番興奮した出来事を思い出してみて。」
「性的にですか?」
「性的にだ。」
 神室のエーラに、僅かな流れが生まれた。
「……西野さん……。」
 徐々にエーラの球体内での流れが加速していく。
「さて、神室君。そこで次は現実を思い出すんだ。君はその出来事によって性的に興奮できたが、それは幻想に過ぎなかったんじゃないのか。現実では、何が起こっていた?」
 美神先輩の言葉に反応したかのように、神室の発するエーラの流れが急速に無秩序な乱れを起こしていった。
「……佐竹ぇ…」
 体育館中の空気が鳴動するかのようなエーラのうねり。
 この巨大なエーラに圧し潰され、俺は自身を含めた他者のエーラが視えなくなっている。
「………。」
 戦闘が発生した場合、これは致命的な弱点となる。
「オッケーだ。その調子で、まずは興奮したシチュエーションとそれに対する現実を十秒おきに交互に思い返してみよう。その時々でシチュエーションを変えながらね。」
 美神先輩には、この状況でも自分のエーラは視えている。
 下田先生だってそうだ。
 俺だけ。
 俺だけが、視えていない。
「じゃあ、興奮したシチュエーション!」
「……主観モノのAⅤは中々のめり込めないのに、あの作品だけは自分の体がそこにあるかのような錯覚に陥ったなぁ……」
 美神先輩の号令の下、再び神室が悦に浸る。
 それに呼応して、エーラの動きが徐々に遅くなっていく。
 なぜ俺にだけ視えてないのか。
 その原因は、やはり……。
「はい、現実!」
「……まぁ、イッた後でカメラワークの不自然さに気が付いて、相当後悔したがなぁ……」
 再び、エーラの動きが激しくなっていった。

  五月十四日(土)十三時三十一分 旧・真希老獪人間心理専門学校(体育館)

「はい、じゃあちょっと休憩。」
 美神先輩が手を叩くと、神室は目を開けた。
「はぁ…はぁ…。全然感覚掴めないんですけど。」
 息を切らす神室に、美神先輩は前髪を掻き上げてみせた。
「まぁ、仕方ないよ。初めから上手くいくわけがないからね。初めからなんでも上手くいくのは、せいぜい俺くらいのもんだろう。なんせ、俺は器用貧乏ならぬ器用貴族。そんじょそこらの」
「トイレ行ってきまーす。」
 美神先輩の言葉を遮り歩き出す神室。
「オナニーは駄目だよ。」
 そんな神室に、美神先輩は冷たく言い放つ。
「………。」
 神室はトイレへと向かっていた足を止め、渋々引き返してきた。
「あー……疲れたなーっと。」
 そして、当たり前のように俺の隣にドカッと座る。
「いやー、全然エーラの感覚掴めないんだけど。お前はどうだった?」
 当たり前のように話しかけてくる。
 打ち解けるの早すぎだろ。
「俺も相当苦労したな、エーラが視えるようになるのには。」
 途端に、神室の目が輝く。
「やっぱり、お前もこの修行したんだな。 なにをオカズにしたんだよ?」

 ———嵐山っ‼

「っ!」
「嵐山?」
 神室が首をかしげる。
 くそっ。
 頭が痛む。
「……さぁ、なんだったかな。忘れた。」
「えー。嘘つけよ、このムッツリ。」
 適当な答えに神室が返したのを受け、俺は立ち上がる。
 神室を見下ろす形で。
「……なぁ、神室。エーラの制御を習得したら、その後お前はどうするんだ?」
「嵐山?」
 少し不安そうに、神室は俺を見上げてくる。
真希老獪人間心理専門学校うちに大人しく匿われているのか? それとも、お前も生徒となって『パンドラの箱』と戦うのか?」
 唐突な質問に、神室は俺から視線を外し俯く。
「………。」
 くそ。
 何を訊いてるんだ、俺は。
 こんなの、後で下田先生が訊くことだろ。
 そもそも、神室が入学する話すらまだ出ていないのに。
 出過ぎた真似をしてんじゃねぇよ。
「俺は…」
 神室が口を開く。
「俺は、真希老獪人間心理専門学校に入る、と思う。」
「……何故だ。」
 何故だ?
 自分から訊いておいて?
 俺の問いに、神室は考えながら答える。
「なんていうか……上手く言えないんだけど。『パンドラの箱』あいつらの、神代託人の目的、主張を聞いた時、理解が、できたんだ。『性的少数派マイノリティ』と『性的多数派マジョリティ』の間にある隔たり、溝。『性的少数派マイノリティ』のために、『性的多数派マジョリティ』をこの世から消し去る。そんな恐ろしい計画に、俺はあの時確かに納得したし、同調した。俺も、決して考えなかったわけじゃないから。」
 神室は、皮肉気な笑みを見せる。
「けどお前たちは、……お前たちも、同じ隔たりを失くすために、破壊のない道を選んでいた。数少ない性に苦しむ人々のために、少数派と多数派との懸け橋になる。同じ目的を達成するための手段が違うだけで……だから、俺は。」
 神室が、俺に微笑みかける。
「俺は、お前たちの仲間になりたいんだ。」
「……っ。」
 無意識に歯を食いしばっていた。
「……遊びじゃねぇんだ。」
 なんだ、この苛立ちは。
「見ず知らずの他人のために、お前は狙われてるんだぞ。なのに、お前はその他人の為に命を懸けるってのか? それをお前は、偽善だとは思わないのか?」
 苛立つ。
 自分を抑えられない。
「……偽善、なのかな。」
 見ろ、神室も困ってるだろ。
 少し落ち着けよ、俺。

 ———嵐山はさ……

 うるさい黙れ。
「なにが正しくてなにが間違いなのか、この世の全員が納得する答えを、俺は持ってない。でも、誰かが傷つく姿を、俺は見たくない。たとえそれが赤の他人だったとしても。誰も傷つかず、理不尽に死なない道。俺個人は、その道が正しいと思うから、だから。」

 ———嵐山はさ、もう少し……

「……そうか。」
 不意に、神室から視線を外す。
「つ、つーかなんだよ急に。さっき『風さんのえっち!ウィンドウズ』ダサいって言ったのまだ怒ってんのかよ。」
「いや、深い意味はないんだ。悪かったな、変なこと訊いて……。」
 神室に背を向け、歩き出す。
「……どこ行くんだよ?」
「トイレ。」
 振り返らず、短く答える。
 そのまま、美神先輩の隣を横切る。
 美神先輩は苦笑していた。
「……くそっ。」
 俺は、どうして。
 フラッシュバックする光景。
 屋上。
 踊るスカート。

 ———嵐山はさ、もう少し……

 うるせぇよ。
 お前は出てくんな。
 引っ込んでろ。

 ———もう少し、向き合った方がいいよ。

 引っ込んでろって!
 急いでトイレへ駆け込み、手洗い器に両手を叩きつける。
 胃の奥から込み上げてくる、酸味を孕んだ空気。
 くそっ、くそっ、くそっ!
 消えるな!
 引っ込んでろ!
 行くな!
 黙ってろ!
 くそっ!
 俺は……俺は……。
「俺は、なんで……椿……」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...