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第51話「各人の個性・人格によって変異する自慰的快楽の根源と、それによって衝突する主張」
しおりを挟む五月二十二日(日)八時五十分 真希老獪人間心理専門学校・一年教室
「次の授業が始まるまであと十分あるから、みんな、適当に談笑でもしててねー。」
そう言って下田先生は教室を後にした。
すると、キャップ少女がおもむろに席を立ち、そのまま俺の席までやってきた。
「改めて、はじめましてっ! 私は木梨 鈴! よろしくね、神室っち!」
元気な笑顔で自己紹介をしてくれる木梨さん。
立ち上がった木梨さんの身長は俺より少し低いくらい(百六十半ばくらいか)で、黒いつばがついた白いキャップを斜めに被ったセミロングの栗毛がキュートだ。
白いちょいぶかなパーカーに、裾ギリギリまで上げている黒と赤のチェック模様のスカートが、なかなか大胆な格好をしている。
「神室…っち?」
「うんっ! 神室っち! 可愛いでしょ?」
木梨さんは後ろ手を組んで、可愛らしく首をかしげる。
「こいつ、面白いだろ?」
俺の前に座っているメガネ男子が、体をこちらに向けて片肘を椅子の背に乗っける。
「でも、お前も負けず劣らず面白い奴だよな。さっきの自己紹介といい。あ、俺は後金 遡夜。よろしくな、神室。」
目元まで覆う黒いキノコヘアー、黒い半そでTシャツから伸びる白い肌、緑のカーキ色のカーゴパンツを履いた少し声の高いメガネ男子、後金が笑いかけてくれる。
「いやー、それほどでも……」
誉められて気分を良くした俺は、照れてる途中で右からの視線に気づいてしまう。
視線の主は、かの女神。
しまった。
この教室には初めから女神がいたんだった。
ってことは、あの自己紹介も全部聞かれてることになる。
きっと引かれまくってるだろう。
あんなにウケたのに、ここに来てなぜか後悔してしまっている。
「あれチョーウケたっ! めっちゃ面白かったよっ! ね、まりあっち!」
木梨さんが、女神(まりあっち、だからまりあさん、か?)に振り向く。
木梨さんからの振りに、まりあさん(?)は笑顔を浮かべる。
「うん。とっても面白かった。人前で自己紹介なんて、誰だって緊張しちゃうものなのに、あんなに面白いことを言えるなんて、とっても凄いことだよ。」
ほ、褒められた⁉
思いの外まりあさん(?)に好評だった俺のオナニー話。
案外下ネタがいけるクチなのか?
いや、この学校に在籍してる時点でそれはそうなんだろうけれども。
「ところでさ。」
後金が顔を寄せてくる。
「聞いた話だと、お前、一日にオナニー二十回以上するんだって? あれ、マジ? 一週間でどんくらいするの?」
おいおい、急にすげぇ訊いてくるな。
俺が言うのもなんだが、女子の目の前だぞ。
俺はちらりとまりあさん(?)を見る。
この人の前ではあんまり答えたくはない質問だ。
しかし、まりあ(?)さんはあきらかに期待した眼差しを向けてくる。
……答えても、問題はなさそうだな。
「…本当だよ。一週間だと、調子いい時は二百回くらいいくんじゃないかな?」
毎回細かく数えてないから正確な数字はわからないけど。
「二百⁉」
後金がずれたメガネの位置を直す。
「マジかよ。俺の四十倍はやってるぞ。お前やっぱすげぇな。」
木梨さんは俺の机に手を乗せ、身を乗り出してくる。
「じゃあさ、じゃあさ。毎日そんなにやっててオカズに困ったりしないの?」
今この女子、オカズって言ったか?
「……無くて困ることはあんまりないな。気分によってだけど。逆にありすぎて迷うことがしばしば。」
答えていいものかちょっと迷いつつも答える。
女子にオカズを訊かれるのって、ちょっと興奮する。
「ってか、普段どういうので抜いてるの? さっき言ってた女怪人にヒーローが…ってやつばっかり?」
抜くって言った。
今完全に抜くって言ったぞ。このうら若き乙女。
「うーん……、そういう逆レイプモノは結構観るけど、他にもいろいろ、かな。イチャラブが一番多いかもしれない。」
転入初日の男子に対する女子からの質問が、どんなオカズで抜いてるかって……。
気恥ずかしさや興奮が入り混じるこの状況に、俺の愚息は正直にピン立ちを開始した。
そういえば、オナニーをせずにすでに三日が経過している。
こんなの初めてだ。
「逆に、木梨さんはなにをオカズにしてるの?」
ちょっと慣れてきて、おそるおそる一歩踏み込んでみる。
ここ以外の女性には決してできない。
木梨さんは俺の質問を受け、唇に指を当てて天井を見る。
「私? 私はねー、好きな人をイメージしてするかなー。寂しい時にねっ! あと、別に好きじゃないけど、男の子同士のヤツとか、興味本位で観たりするなー。」
始めはまったく照れずに、男の子同士のところで照れ始める木梨さん。
予想通りというか、さすがはここの生徒だ。
「出たよ。出た出た。」
後金が両手を後頭部に組んで木梨さんを見る。
「女の人って、オカズ訊くとみんな口を揃えて言うんだよなー。「好きじゃないけど興味本位でゲイモノを観たことがある」って。俺はそれ、完全に嘘だと思ってるね。絶対好きだろ。」
それは完全に偏見だろう。
「そういうあんたは、なにをオカズにしてるのさ。」
少しムッとして、木梨さんは後金に食ってかかる。
「なんだよ、知ってるだろ? 俺は、中学の時の同級生の子だよ。」
後金は片手を広げて木梨さんを見る。
「当時、幸運に恵まれて目の当たりに出来たラッキー&スケベィな瞬間を網膜に焼き付けて、それを鮮明に思い出して一人作業に励む。仲の良かった女子ほど最高級の快楽を得られるのさ。」
「あー…。そういえばそうだったねー…。」
木梨さんがほんのり引いてるような声を出す。
「おいおい、男ならみんなやってることだぜ? なぁ?」
後金が俺に向き直る。
「…うーん。現時点の同級生を、っていうのだったらするけど、過去の同級生はしないなぁ。現時点の同級生でも、喋ったことのある人ではしたくないし。なんか、そういう目で見れない。」
「おいおいマジかよ。嵐山、お前はどうなんだよ?」
後金が今度は嵐山に話を振る。
会話に混ざらず、そっぽを向いていた嵐山は面倒くさそうな表情で後金を見る。
「過去の女子……っていうよりは、その女子が身に着けてるスカートでなら何度もあるな。浮くスカート、踊るスカート。そういう瞬間を思い出して。」
おいおい、普段クールぶってる野郎がすげぇマニアックなオナバナを披露してきたぞ。
こいつがオナニーしてる姿っていうのは、変な意味じゃなくちょっと見てみたい気もする。
あくまでも興味本位で。
いや、これは嘘じゃないぞ。
というか、さっきの木梨さんや他の女性方の話も嘘じゃないと思うし。
「ほらほら! やっぱりあんたが少数派なんだよっ!」
勝ち誇ったように腰に手を回す木梨さん。
「なんだよー。みんなわかってねぇなー。」
頭に手を当てる後金が、「あ、そうだ。」となにかを思い出す。
「前々から気になってたんだけどさ、女の人って、自分がオカズにされてるってわかったら、どんな気持ちになるの?」
とんでもないことを思い出したな、後金よ。
でも、ちょっと気にはなる。
木梨さんは再び唇に指を当てる動作。
「うーん。相手によるかなー。その人が好きな人だったら、かなり嬉しい。けど、興味もない人だったらなんとも思わないかなー。」
「出たよ。出た出た。女の人の怖いところ。」
目を伏せて首を横に振る後金。
後金の出た出たシリーズ、その二だ。
「えー。女の人だけじゃなくない? 男の人だって、知りもしない人に知らないところで抜かれてたら、嫌だったりとかするんじゃないの?」
「いーや、俺だったら嬉しいね。」
木梨さんの反論に、後金は首を曲げて返す。
「それもあんただけなんじゃないの? ねぇ、神室っち。」
木梨さんが俺を見てくる、が。
「……申し訳ないけど、俺も嬉しい、っていうか、考えただけで興奮する。」
なにを言ってるんだ、俺は。
いや、今更か。
「ふーん。そういうもんなのかな?」
木梨さんが渋々引き下がる。
「なんで俺の時に納得しないんだよっ!」
「まぁ、私はあんたにされるのは嫌だけどね。」
「グサッ!」
後金のツッコミに、木梨さんが鋭い刃で刺し返す。
そして、嵐山の方を見る。
「あ、でも、楓っちだったら私、ちょっと嬉しいかもっ!」
木梨さんの突然のカミングアウトに、嵐山は短く答える。
「だから、俺はスカート。」
「じゃあさ、じゃあさ、こういうのはどう?」
木梨さんは言って、急に蠱惑的な目になり、両手の指先でスカートの両端をつまみ上げてみせた。
もとより短いスカートを履いている木梨さん。
当然のことながら、中にはいてる下着・イズ・パンツが丸見えだ。
急になにしてんだこの子⁉
一応、そういう直接的な現象には目を逸らさねば……、と思いつつも、そこは悲しいことに男の性。
突然のことに、視線は一瞬、否、二舜程そこに釘付けとなった。
理性が戻り、慌てて目を逸らす。
……無地の薄い青色だった。
嵐山はその光景をしばらく見つめた後、目を逸らす。
「スカートを人為的につまみ上げた部分に余計な角が立っている。結果、本来の布そのものの良さが損なわれた。あと、短いスカートを履いているせいで下着が丸見えだ。そこは本当に許せない。……以上の減点理由から、採点結果は零点だ。」
「なんですとっ⁉」
嵐山の細かい採点に驚く木梨さん。
女子自らのスカートたくし上げの対象に選ばれてなおそんな冷静な判断を下すとは……。
こいつ、どこまでクールぶるつもりだ。だが。
「恥じらいがまったく欠如しているスカートたくし上げに一体何の価値があろうというのか。」
と、後金。
「全くもってその通りだ。見えそうで見えないことが重要なのだよ。君はもう少し、チラリズムというものについて勉強した方がいいんじゃないのかね?」
これは、俺。
不本意だが、今の嵐山の意見には賛同せざるを得ない。
「そこだけは満場一致なんだなっ! この男子共めっ!」
俺たち三人の一斉攻撃を受けて、オーバーにのけぞる木梨さん。
その後ろで、まりあさん(?)が俺たちのやり取りを微笑ましく眺めていた。
よかった。
なにがよかったのかは、わからないけれど。
そんなことをしていると、おそらく全国共通であろう例のチャイムの音と共に、下田先生が教室へと入ってきた。
木梨さんが慌てて机へと戻る。
「やー。もう打ち解けてるみたいだねー、神室君。よかったよー。」
教卓に着く下田先生。
真希老獪人間心理専門学校の、俺にとっての初授業が始まる。
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