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第96話「愚者のハンドワーク⑮」
しおりを挟む五月二十九日(日)十五時三十一分 池袋駅・いけふくろう前
木梨鈴ⅤS“顕微鏡”科嘸囲雄図
時は遡り、木梨鈴と科嘸囲雄図が対峙した直後。
「私、一対一なら負けないから。大人しく捕まっといた方がいいよ?」
両手を構え、静かに言い放つ木梨鈴。
科嘸囲雄図は嬉しそうに口角を吊り上げた。
「んなことするわけねぇだろ? 見た目も好み、中身も最高だ。威勢が良い女ほど可愛いもんはねぇよ。……この機を逃すほど、俺は馬鹿でもお人好しでもないんでね!」
叫んだと同時に走り出した。
右手を素早く突き出し、彼女を捕らえに掛かる。
「……あんたは馬鹿よ。」
その動きは木梨鈴に完全に見切られていた。
彼女は呟くと、左足を軸に彼の右に回り込んだ。
そして、科嘸囲雄図の右腕を外側から掴み、引っ張り下ろす。
「ちっ」
科嘸囲雄図は強引に手を引き剥がしにかかったが、彼女は一向に科嘸囲雄図の腕を離さない。
そしてついに、科嘸囲雄図は力任せに腕を突き上げた。
その瞬間を、木梨鈴は待っていた。
科嘸囲雄図が腕を突き上げた瞬間、その動きに合わせ、その力に乗り、彼女は腕を翻した。
流れるように絶妙な緩急で彼の力を殺さずに腕を掴みかえると、その両手をもって、彼の肘が内に向く形で、彼女は科嘸囲雄図を背負い、
(肘っ)
科嘸囲雄図は、自ら跳んで投げられにいった。
「うおぅわぁっ!」
二人の立ち合いを見守る周囲の野次馬。
その一部から小さな歓声が上がった。
大きく弧を描くように投げられた科嘸囲雄図。
木梨鈴の投げは綺麗に決まったが、彼の受け身も、実に綺麗に決まった。
着地の瞬間に、自身にかかっている力を外へと流し、同時に彼女からの拘束を解いて、距離を置いた。
(合気……か)
彼は素早く立ち上がり、再びカメラを構える。
木梨鈴も深追いはせずに足を止めた。
直後に、今度は野次馬ほぼ全員から大きな歓声が上がった。
二人は一切それを気にしない。
「強いねぇ嬢ちゃん。危うく大事なカメラを壊すところだったよ。」
「だったらカメラ下ろせばいいでしょ?」
一切視線を外さずに向かい合う。
この一瞬の攻防で、両者は互いの実力を確信した。
体術では圧倒的に、木梨鈴が科嘸囲雄図の上にいっている。
それもそのはずで、木梨鈴は齢十五にして、合気道を極めていた。
合気道。
女性向けの護身術で、組手では受ける側が自ら投げられにいくことから、ヤラセと揶揄されがちな武道。
そういった印象ばかりが目立つ武術だが、その実態は大きくかけ離れている。
さきほどの立ち合いにおいても、木梨鈴は科嘸囲雄図を躊躇なく投げにかかり、そして躊躇なく肘を壊しにかかっていた。
これは、木梨鈴が血も涙もない少女だということを指しているわけではない。
本来、合気道とはそういったものなのだ。
力の弱い者でも、力の流れを理解し利用することで、自らの身を護り、かつ、相手の身体を的確に破壊する。
柔術としての側面ばかりが目立つが、急所急所をしっかりと突く当身といい、合気道とは、この上なく破壊に長けた武術なのであった。
組手で受ける側が自ら投げられにいくのも、単に腕の関節部を破壊されないため。
無理に堪えようものなら、武術家生命に関わるほどの怪我を負うからである。
実際、科嘸囲雄図も組まれた瞬間にその脅威を察知し、肘が壊されることを避けるために自ら跳びこみ、投げられにいっていた。
この時、素早く受け身に切り替えた科嘸囲雄図も流石だが、何よりも木梨鈴。
彼女がなぜこれ程までに強いのか。
合気道を極めているのか。
それこそ、単純で、簡単で、至極ありきたりな理由に他ならなかった。
木梨鈴、彼女の家は、地元で有名な合気道の道場だ。
武道家の娘としてこの世に生を受けた彼女は、幼い頃より合気道の教えを一身に、両親の教えを一心に受け育った。
今では、専門学校内でもトップクラスの戦闘力を有している。
たとえ、それが彼女の望まぬことであっても。
「…で、やっぱり降参はしないわけ?」
木梨鈴が一歩、前に進む。
「言っただろ? 活きの良い女が好みなんだよ、俺は。」
「あっそ。」
科嘸囲雄図の言葉に、木梨鈴が動いた。
一気に踏み込み、距離を詰める。
実力差が判明した。
精神的に優位に立った今が攻め時だと、彼女は判断した。
実際、その考えは正しかった。
体術のみを材料に考えるならば。
科嘸囲雄図の目前まで迫った彼女が、掌底を繰り出す。
右手を左に、左手を右に。
互い違いに放たれた掌底を、科嘸囲雄図は腕の外側に回り込むように身を翻して避けていく。
そして、彼は木梨鈴の左手首を掴んだ。
瞬間、木梨鈴は掴まれた腕をひっくり返すようにし、右手で掴みにかかっている彼の腕を掴まえた。
反射的に科嘸囲雄図も彼女の右手を、もう片方の手で同じように掴む。
「っ!」
直後の事だった。
流れるように、木梨鈴は両手を切り返し、科嘸囲雄図の両腕を掴み返した。
そして、彼の足首を思いっきり蹴り、自らも後方へと倒れこみ、足を放って、科嘸囲雄図を空中へと投げ飛ばした。
強引な巴投げ。
流石に面食らった科嘸囲雄図だが、それでもしっかりと受け身を取り、すぐさま体勢を立て直す。
その時には、木梨鈴は既に動いており科嘸囲雄図を再度捉えにかかっていた。
「お前、一対一なら負けねぇんだよな?」
不意に、科嘸囲雄図が口を開く。
思わず動きを止め、彼の様子を探る木梨鈴。
科嘸囲雄図は静かに笑った。
(ったく、偕楽と同じこと言いやがって……)
胸の前にカメラを構え、彼は顔を斜に構えて木梨鈴を見据えた。
「一対一なら負けねぇ。……じゃあ、十二対一ならどうだ?」
「?」
眉をしかめる木梨鈴、その刹那。
「『撮影小僧』“電影十一人衆”」
呪文を唱えるように科嘸囲雄図が呟いた瞬間。
彼の前方に十一人のカメラを構えた男たちが出現した。
「はあ⁉」
男たちの様相は、先刻、駅構内の階段前に出現した者たちと全く一緒であった。
「今のお嬢ちゃんの格好も十分コスプレっぽくていいが……俺は今日、もっと良い物を持ってきてんだ。」
科嘸囲雄図の言葉と共に、カメラを持った男の一人が、どこからともなく一セットの洋服とキャスケット帽を取り出した。
「千●撫子のコスプレセットだ。お嬢ちゃんにとっても良く似合いそうだろ?」
「? 何言って……」
笑う科嘸囲雄図に訝しむ木梨鈴。
科嘸囲雄図は、彼女を無視して檄を飛ばした。
「さぁ、行けっ!」
彼の号令の下カメラを両手に男たちが、一斉に木梨鈴に襲い掛かった。
「なっ…はぁっ⁉」
慌てて身構える木梨鈴。
一人の男が彼女の片腕を掴んだ。
すぐにその男にもう片方の手を伸ばす彼女だが、もう一人の男に阻まれてしまう。
両腕を取り押さえられた彼女を、他の男たちは容赦なく脱がしにかかった。
「は⁉ ちょ、ま……どこ触って…なんか暑いしくさ……むぐぅ……」
十一名の男に取り囲まれ、木梨鈴の姿はみるみるうちに消えていった。
その脇に、彼女の帽子が転がっていた。
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