アブノーマル・ラプソディー

星ノ宮幻龍

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第102話「愚者のハンドワーク㉑」

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  五月二十九日(日)十六時十一分 豊島区・光が丘公園
  神室秀青ⅤS“八分儀オクタヌス”逆撫偕楽

 ついに敵の“性癖スキル”を導き出した神室秀青。
 極限状態により圧縮された思考。
 そして、極限状態により拡張された五感が、自身が今、精神的に優位に立っていることを確信させた。
「わかったぜ、痴漢野郎。てめぇの“性癖スキル”の正体がな。」
 立ち上がる神室秀青。
 逆撫偕楽は眉をしかめた。
「てめぇの能力は、自分と他人の位置を交換する能力・・・・・・・・・・・・・・・だ。ただの瞬間移動じゃねぇ。だからこそ、狙って・・・下田先生に痴漢冤罪を擦り付けられたんだ。」
 自身が得た情報。
 相手の“性癖スキル”の暴露。
 神室秀青は、ここで精神攻撃に出た。
 精神的優位に立っている今、相手の情報を暴露し、焦らせ、ミスを生じさせる狙い。
 精神的に追い込む策。
「……ちっ」
 神室秀青が発した口撃の後、逆撫偕楽は僅かな沈黙を舌打ちで破った。
「気付かれちまったか。……だが、まぁ———」
 挑発的に、顎をひけらかした後。
「———だから何だって話だがなぁっ!」
「っ⁉」
 叫び、走り出した。
 神室秀青の策は、完全に裏目に出た。
 元より相手は格下。
 バレたところで、負けるわけもない。
 “性癖スキル”を見破られ、彼は動揺するどころか、逆に冷静になってしまった。
 精神的優位が崩れた。
 未熟な体術。
 拙い戦術。
 防御だけはそこそこ。
 今まで何度も感じてきた感覚。
 余裕が生まれた。
 戦闘経験の差が、出た。
 走り出した逆撫偕楽は、ここでまたしても消えた——のではなく、神室秀青と位置を交換した。
 自分で“性癖リスク”の正体を見破って、神室秀青は改めて気付いた。
 逆撫偕楽が走り出した時に、背後にあった樹が、今は自分の近くに生えていることに。
 位置交換。
 すぐに振り返る神室秀青。
 ここで、違和感。
 逆撫偕楽がいない。
 またしても“性癖スキル”を発動された。
 振り返る神室秀青。
 位置交換。
 振り返る神室秀青。
 位置交換。
 神室秀青が動くタイミングで“性癖スキル”が発動される。
 位置交換。
 逆撫偕楽を捉えられない!

 逆撫偕楽の“性癖スキル”は限定型・他者干渉系。
 能力名は『推定有罪イタズラゲーム』。
 位置交換の能力だ。
 彼の“性癖スキル”は、今まで出てきた“自分の性癖を満たすことへの間接的な補助”を目的としたタイプの“性癖スキル”とは違っていた。
 “自分が性癖を満たした後の後処理”を目的として生み出されたタイプだった。
 彼の”変態性キャラ“【痴漢】の、そんな性癖とは。
 好きな時に好きな人間に。
 自分勝手に自由自在に。
 躊躇わず、遠慮などせず。
 抑制も我慢も跳ねのけた解放感。
 相手を蹂躙している支配感。
 周囲に人がいる緊張感。
 見つかったら人生が終わる危険リスク
 そして、悪い事をしているという背徳感。
 これら全てを同時に味わえ、かつ、やり切った時の達成感さえも味わえる性癖。
 効率良く高品質の快楽を味わえる性癖であると、逆撫偕楽は考える。
 危ない綱渡り。
 危険リスクがあれば、見返りリターンも必ずある。
 「もしも見つかったら……」
 その考えが脳裏を過る度に、甘美なる快楽が脳を包み込み、離さない。
 故に、確実な保険が必要となる。
 それが、この“性癖スキル”『推定有罪イタズラゲーム』。
 発動条件は至って簡単。
 自分と、自分が感じ取れる範囲内にいる、他のエーラを発している人間・・・・・・・・・・・を意識して、念じる。
 ただそれだけで、互いの位置を交換できてしまうのだ。
 単純な能力ゆえに発動条件も緩く、発動後のインターバルも無い(発動中に本人の意識が一瞬途絶え、発動後に再び意識を向けるまでが実質のインターバル)。
 手軽に気軽に、エーラが続く限り何度でも使えるのがこの“性癖スキル”の最大の特徴であり、利点である。
 しかし、互いの位置交換ならば、何故やられた方はこうも気付けずにいるのか。
 そして、エーラを放つ人間が、こうも都合よくいるのだろうか。
 それは、都会の満員電車という特殊な環境が要因している。
 周囲の人間と激しく密着する、吐息も当たるような距離感。
 乗っている人間はみな、流行りものの似たような服装か、見分けのつかないスーツ姿のサラリーマン。
 満員電車ともなれば、普段から性癖を隠し、性欲を抑えている人間、すなわちエーラ持ちが十人や二十人いてもなんら不思議ではない。
 特別な力を持たない一般人が、突然瞬間移動したところで、自身が置かれた状況にどう気付けようか。
 こうして人々は、理解が追いつかないままに痴漢冤罪をかけられていたのである。
 そして、これは先ほどまでの神室秀青も同じであった。
 吐息が当たるほどの超接近戦。
 景色は、見分けのつかない樹々が立ち並ぶ樹林。
 絶えず繰り返される背後からの攻撃。
 方向感覚が狂わぬ訳がなかった。
 単純ゆえの厄介さ。
 一つ言えることは、この能力こそ三か月間で約千人もの被害者を出した痴漢冤罪多発事件、その根幹を担った極めて凶悪で残忍な“性癖スキル”なのだということだ。

 幾度となく行われた位置交換。
 神室秀青は、ようやく気付いた。
 本当に僅かで、毎回同じ方向に移動しているわけでもないため、気付くのに時間がかかったが。
 “性癖スキル”が発動する度に、自分の移動距離が短くなっている。
 接近する樹々との距離も徐々に離れていった。
 (そろそろ、仕掛けてくる———)
 そう予感した、その時。
 逆撫偕楽の気配が背後に迫った。
 即座に振り向き、掴みにかかる。
 瞬間に発動する『推定有罪イタズラゲーム』。
 位置交換によって背後に回った逆撫偕楽は、容赦なく鉄の棒を振るった。
 しっかりと反応し、攻撃を左腕で受け、後ずさって衝撃を逃がす神室秀青。
 彼が取った、『推定有罪イタズラゲーム』への対応策は、とにかく相手を捕まえるところにあった。
 その対応策を、逆撫偕楽は今まで幾度となく取られてきた。
 その対応策に対する対応策は至ってシンプルだ。
 相手が掴みにかかる速度を上回る速度で位置を交換し続ければいいだけの話だ。
 彼は、自身が一対一タイマンなら絶対に負けないと自負している。
 この一連の事件を引き起こしてきた『パンドラの箱』の三人。
 戦闘に特化した荒神野原の部隊に属している中でも、「相手に何もさせずに一方的に戦闘を進める戦法を取る」という点で共通していた。
 相手を閉じ込め、物量で押し切り、位置交換で混乱を招く。
 三者三様のやり口で、相手の動きを完封する。
 特に、逆撫偕楽。
 搦手と殺傷兵器を併用する鰯腹拓実や、性癖の異常性が際立つ科嘸囲雄図の影に隠れがちだが、単純かつ明快で、尚且つ特殊性に秀でている彼の“性癖スキル”は、三人の中でも特に一対一タイマンにおいて無類の強さを誇っていた。
 逆撫偕楽が、再び神室秀青に接近。
 そして、位置交換の速度を上げた。
 能力発動の間隔を、縮めた。
「っ⁉」
 何が起こっているかもわからず、目まぐるしく変わっていく景色。
「何をしようが無駄だ! ここまで接近を許した俺の速度には追いつけねぇ! お前はもう勝てないんだよぉ!」
 様々な角度、様々な方向から、声が途切れ途切れに聞こえてくる。
 気持ちが悪い。
 脳が拒否反応を起こし、神室秀青はまたもや嘔吐感に苛まれた。
 そして。
「おらおらぁっ‼」
 特殊警棒による連撃が再開された。
 しかも今度は、三百六十度、多種多様な方向からの予測不能な攻撃。
 顔面、腹、足、腕。
 しっかりとフェイントを織り交ぜつつ、攻撃を耐えて腕を伸ばす神室秀青を翻弄する。
「てめぇがどんなにタフだろうがぁ! 当初の予定通りだぁ! チクチク削らせてもらうぜぇ!」
 叫び声が、立体的に全方位からこだましてくる。
 耳が、頭が、悲鳴を上げる。
 それでも伸ばす腕を、逆撫偕楽はいとも容易く回避する。
 (体術の…“性癖スキル”の…この手数———)
 神室秀青は、逆撫偕楽を視界にすら入れられずにいた。
 腰、肘、首、腿。
 鈍く響く痛みが加速していく。
「ぐぅ……」
 たまらず、掴みにかかっていた両腕で顔面を守る。
「はっはぁ‼ ようやく諦めたか⁉ あぁ⁉」
 一文字ごとに距離感の変わる台詞が、余計に逆撫偕楽の位置特定を困難なものとする。
 神室秀青は、降りしきる鉄の雨の中、顔を伏せ、口元を守った。
「おい、痴漢野郎‼」
 ふらつく足元。
 限界が近づく中、大口を開いて叫び散らす。
「間違った社会だとか‼ 改革だとか‼ さっきはよくも大層な御託並べてたなぁ‼ 臆病者のてめぇは‼ そうでもしなきゃあ何もできなかったんだろうなぁ‼」
「あぁ?」
 左斜め後ろからの声。
 直後に、右前方から響く痛み。
「だってそうだろうが‼ 他人に罪擦り付けたり‼ 女の子の木梨さん殴ろうとしたりよぉ‼ そんなに言い負かされることが怖かったのか⁉ え⁉」
「……黙れ」
 正面からの声。
 背後からの一撃。
「その木梨さんが‼ なんであんな服着てきたか知ってるか⁉ 痴漢野郎をおびき寄せるためだよ‼ でもなぁ‼ てめぇが木梨さん狙わないのは知ってたんだよ‼ 痴漢野郎なんてみんな‼ 卑怯者の弱者だ‼ 大人しそうで自分よりも弱そうな奴しか狙わねぇだろうからなぁ‼」
「……黙れ」
 左からの声。
 次の一撃は、まだ来なかった。
「弱い奴にしか手ぇ出さねぇ‼ ビビってんだよ‼ てめぇは基本的によぉ‼ 木梨さんから逃げたんだ‼ 社会を変える⁉ 笑わせんじゃねぇ‼ ちっぽけなてめぇに何が変えられるって⁉ そもそもてめぇみてぇなクズ野郎がいなきゃ‼ 女性が必要以上に怯えることもなかったんだ‼ てめぇの言う“間違った社会”なんてのもなかったかもなぁ‼」
「黙れぇ‼」
 渾身の力を込めて、逆撫偕楽が繰り出したのは右腹部への一撃。
 逆撫偕楽の指に、あばらが折れる感触が伝わった。
悪ぃのは女だ・・・・・・‼ 俺は悪くねぇ・・・・・・‼」
 激昂する逆撫偕楽。
 彼が放った一撃は、神室秀青が今まで受けてきた中でも、最も肉体に深刻なダメージを与えた。
「ぐぶっ……」
 口から赤い液体を吐き出し、神室秀青は顔面を守っていた両腕を静かに落とした。
 限界など、とうに超えていたのかもしれない。
 それでも。
 神室秀青は止まらない。
「——なぁっ⁉」
 落とした・・・・両腕で、自分の腹部へと伸びる腕を掴んだ。
「……つか…げぼっ…まえたぁ……」
 彼は知らない。
 神室秀青の固有“性癖スキル”、『独り善がりの絶倫オーバーロード』を。
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