140 / 186
第140話「女神は過去を少しだけ語る」
しおりを挟む六月十二日(日)十一時三分 埼玉県・某国道
やばい。やばいぞ。
急速に体温を奪われ始めてきた。
世界がぐるぐる回ってくる。
この比類なき気持ち悪さ!
車酔いってこんな気持ち悪いものなのかよ⁉
思わず痴漢野郎との激闘を思い出すが、正直今はそれ以上に辛い戦いを強いられてるぞ!
なんせ、隣に座ってらっしゃられているのはまりあさん!
痴漢野郎の前では激しく嘔吐したから幾分か楽にはなったけど、今はそれも封じられている状況!
女神の前で吐くなど、あってはならないこと!
「まりあさんは」
窓の外に向けていた視線を、再び女神に戻す。
女神のご尊顔を拝み、対話を試みれば自ずと吐き気も収まるだろう。間違いない。
「どこの高校通ってるの?」
「あー、私、今は高校通ってないの。」
まりあさんは苦笑した。
あれ、話題マズったか?
そんな不安を他所に、まりあさんは話を続ける。
「元々幼稚園から大学まで一貫の学校に通っててね。エスカレーター式で高校にも進学が決まってたの。」
しかし、まりあさんは次第に楽しかった過去を思い起こすような、懐かしむような表情に変わっていった。
「お嬢様学校ってこと?」
表現が下品すぎるか?
「お嬢様、お坊ちゃま学校だね。今にして思えば。実家が資産家だったから。全寮制でいつも見張られてる厳しい監視下の環境。そんな生活に、疑問も持たずにずっと生きてた。」
まりあさんは窓の外、風景を見つめる。
「お金持ちが集まる学校だからね、周りの人たちもそれなりに世間ズレしてたと思うけど、その中でも私は更に異端だったと思う。両親の顔でさえ、私は知らなかった。」
淡々と語られていくまりあさんの過去話。
午前十一時に聞くにはあまりにも重すぎるような気がするが、しかしそんなことはどうだっていい。
「だから、抜け出してきちゃった。」
悪戯っぽい微笑をたたえて、まりあさんは舌を出す。
「中学二年の秋に、監視の目を掻い潜って、学校の外へ。学校の行事以外で外へ出た記憶なんてほとんどなかったから、とっても新鮮な気持ちだったなぁ。それでも行く場所なんて無かったから、あてもなく彷徨ってね。そこで、人心に拾われたの。」
人心。
今の学校。
「御両親の顔を「知らなかった」ってことは、今はもう知ってるの?」
「うん。人心に拾われてから、一度だけ学長と一緒に会った事があるの。最初は記憶的には初めて会う両親だったから、どんな人たちなんだろうってワクワクしてたんだけどね。いざ会うと、なんだか酷く小さな人たちに見えて……」
あくまでも明るい表情で話すまりあさんだが、その背景にとてつもなく後ろ暗い過去が見え隠れする。
女神に、そんなハードな今までがあったなんて。
「でも、私は気にしてない。後悔もしてない。だって、あの両親にあの学校へ送り込まれ、閉じ込められなければ、今の私はいなかったんだもの。人心に来ることも無かったし、みんなとも出会えなかった。勿論、シュウ君ともね。」
途端に、視界いっぱいに広がる眩い光。笑顔。
ああ、救われた。
そんな気にさえされてしまう、暖かい笑み。
気が付けば吐き気もなくなっており、やっぱりこの人の笑顔は世界を救うんだなぁ、と思ったけれど。
けれど、視界の端に映った下田先生の、バックミラー越しの目が、どうにも気になって。
そんなことを気にしているうちに、気が付いたら、大宮駅に車は着いていた。
六月十二日(日)十一時四十一分 埼玉県大宮駅
「僕は僕でその辺ドライブしてくるねー。呼んでくれたらいつでも迎えに来るから、目一杯楽しんでくるんだよー。」
そう言って、下田先生は車を走らせ何処かへと消えていった。
さて、そんなわけで大宮駅。
日曜のお昼時。やはり激混みだった。
「これからどうするの?」
さっきと同様明るくキュートな表情のまりあさん。
自身を異端と語っていた事が若干(いや、かなり)気になりはしたものの、今はとにかく忘れて、前日(嫌がる)嵐山と(無理矢理)練った完璧な計画の遂行に向けて動く。
「まずは昼ご飯にしよう。良い所があるんだ。」
「やった。実はお腹ペコペコだったのー。」
喜び、照れ笑いするまりあさん。
可愛い。
さも自分が知ってる店かのように案内したのは草っぽい名前の茶屋こと喫茶店。
広い駐車場に佇む落ち着いた雰囲気の店だ。
店に入ると、薄暗い照明の中、店員さんに個室然とした席へ通された。
メニューを見るとステーキのようなガッツリしたものから、シフォンケーキのような女子高生受けしそうなものまで、実に様々な料理が用意されていた。
終始無言の嵐山と目が合う。
この店は嵐山お墨付きのもの。
流石イケメン。こんな良い店を知ってるとはな。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる