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第143話「コレクターの心理と盗撮動画流出に関する話②」
しおりを挟む六月十二日(日)十四時三十二分 埼玉県大宮市・大型ショッピングモール
俺たちの前に立った嵐山。
右手には、極小サイズの白い何かがつままれている。
「……何持ってんだ?」
「消しゴム千切ったやつ。」
それだけ言って嵐山は歩き出して行った。
颯爽と、しかし不自然さは一切見せることなく。
一般客に紛れ込み、姿を消して気配を消し、息を殺して存在を殺す。
今までに培われてきた経験というやつだろうか。
ものの見事に嵐山の姿は、俺たちの目からさえも消えた。
消えた、けど、奴の目的はわかっている。
一般客の喧騒に包まれながら、日常の中で非日常を味わっている盗撮犯。
奴を止めるのならば、ある程度の接近はするはずだ。
予想通り、盗撮犯の背後に嵐山は現れた。
そして、嵐山は盗撮犯の背後をそのまま素通り。
嵐山、盗撮犯、女の子。
三人に特にこれといった変化もないまま、強いて言えば、一瞬、嵐山の右腕が動いたくらい、そのくらいの変化しか起こらず、そのまま嵐山は迂回して俺たちの下へと戻ってきた。
「やっぱりあいつ盗撮ってた。気付きにくいけど、よく見たら靴のつま先部分に小さいレンズがついてたわ。」
そんな事を抜かす。
「ついてたわ…ってお前、止めに行ったんじゃねぇのかよ。」
見てきただけにしか見えなかったぞ。
「ああ。だからちゃんと止めてきた。」
そう言って嵐山が開いた右手には、所々が千切られた消しゴムが乗っかっていた。
「なにそれ?」
「この消しゴムから千切った破片を風に乗せて飛ばした。」
さらっと答える嵐山。
破片って…響きの割には随分柔らかそうな物だが。
「消しゴムっつっても飛ぶ速度によっては結構な硬度になるからな。こいつをぶつけてレンズを壊してやった。もうこれで盗撮は出来ないはずだ。」
柔らかそうな物だが、それでもきっちり仕事をこなしてくるあたり、器用貧乏イケメンっぷりがしっかりと出てるな。
さっきの気配の消えっぷりといい、素直に凄い。
「すっごい! 流石楓君だね♪」
ぐっ。
まりあさんまでべた褒めだ!
悔しい……。
「けど、あんなの別に放っときゃ良かったんじゃねぇのか?」
折角まりあさんが百点満点紅一点笑顔でお褒め下さってるというのに、嵐山は相も変わらず不愛想な口調でまりあさんを見据える。
まりあさんの身長が高いからなんとか対等な視線の高さにはなっているが、もしまりあさんの身長が嵐山よりも抜群に低かったら、恐らくこいつは女神を見下していただろう。
さっきの仕事っぷりはグッチョブだったが、それだけはいただけん。
「でも、盗撮はいけないことだから……」
「確かに盗撮は犯罪行為だが、人心的には十分グレーゾーンだろ? あの子が盗撮られてることに気付かず、奴が個人的に楽しむ分にだったら、妨害することこそ間違ってねぇか?」
「………」
それは、俺も少し思った。
特殊な性癖の持ち主はこの世にごまんといる。そして、その数に応じて多種多様な性癖が存在している。
もしも彼が過去のトラウマから盗撮動画でしか自分自身を慰められない性癖の持ち主であったならば、女の子にも見つからず、世間に迷惑をかけていないまま、今日のコトが済んでいたのであれば、俺たちは彼の心の傷を刺激しただけで終わってしまうのではないかと。
けど。
横目で、盗撮犯を見る。
靴型隠しカメラが破壊されたことに未だ気付かず、変わらず女の子のスカート下に足を這わせていた。
けど、まりあさんのあの表情は何かちゃんとした考えがあったように思える。
「ううん、絶対にそうはならなかったよ。」
ゆるりと首を横に振るまりあさん。
「絶対に?」
反対に、嵐山は首を傾げる。
「うん、絶対に。」
今度はまりあさん、首を縦に振って一呼吸。
再び口を開く。
「盗撮をする人が捕まる時ってね、大抵三、四回目かそれ以降の犯行の時に捕まるんだって。初犯で捕まることはまずない。二回目も、ほぼほぼないんだよ。これは、釣りや、少なからず運が絡んでくるスポーツとおんなじ。」
盗撮から、スポーツの話?
「ビギナーズラックってあるでしょ? 初心者が初めての釣りで大物を大漁に釣ったり、ビリヤードで狙ってもいないのに相手を完封したり。でも、そういうのは初めのうちだけで、すぐに運だけじゃ勝てなくなっていく。これはね、欲が出てくるからなんだ。」
スポーツから、再び欲の話へ。
「やり始めはみんななにも知らない。零からのスタート。だから、自然体でいられるの。自然体であれば、流れに乗って運すらも味方につけられる。でもね、そうして勝っていく内に、また勝ちたいって、どんどん欲が出てきちゃう。そうなると、もう自然体ではいられない。流れにも乗れなくなっちゃうの。そうして、ビギナーズラックは終わっていく。」
俺も嵐山も、黙ってまりあさんの話を聞き続ける。
嵐山も別に、ただまりあさんに噛みついたわけではないのだろう。
疑問に思ったことを訊いただけ。
言い方が悪かっただけだ。
「盗撮もね、初めは「魔が差した」とか「ほんの出来心」とかがきっかけで行ってしまう。でも、その行為を繰り返すうちにいつしか盗撮が当たり前になって、欲が強まる。ギラついたオーラが運を手放すの。その時点でやめればいいって思うよね? 勿論、これを続ければいずれ自分は捕まるってことに気付いてる人も中にはいる。でも、やめられないんだって。」
話の内容が内容だからだろう。
まりあさんは人目を気にして声を潜める。
しかし、タイミングがタイミングだけに怪談話のようになってしまっていた。
「非行の成功。この緊張感とスリル、成功体験に病みつきになって、どうしてもやめられなくなっちゃうの。そしていつしか、一日一枚は盗撮しないと気が済まなくなっちゃうんだって。男の人が自分好みのセクシーな画像を集める心理とも似てるのかな?」
うっ。
それは非常に分かりやすすぎる例えだ。
最初は抜く目的でエロ画像を集めていたのに、いつの間にやらエロ画像の収集そのものが目的になってしまっている。
貴重な画像。
この機を逃したらもう出会えないかもしれない。
そういう思考が、躊躇いなく画像を保存させる。集めさせる。
大して見返しもしないくせに。
「コレクターの心理。盗撮をする人の共通点だね。」
グサグサ来るな。
「コレクターの人って、自分のコレクションを自慢したくなるよね。趣味を理解してくれる人に。盗撮する人も、一緒。自分はこんな写真を取れたんだ、動画を取れたんだ、こんなことが出来るんだって…自慢したくなるの。今は、インターネットも普及してて、同じ趣味を持つ人とも容易く交流できる時代になってる。匿名というおまけつきで。」
今でこそ特殊性癖の認知度も広がりつつあり、オカズも入手しやすくなった。
しかし、だからこそ、犯罪行為の助長に繋がりかねないような危険性も増えたと言える。
「あの人もそう。会社と自宅を往復する毎日に疲れ切って、鬱憤を晴らす材料といえば盗撮。そして、こんな自分でも出来ることがあるってネットに動画を流すタイプ。だから、楓君に止めてもらったんだ。」
……ん?
それは、予想なのか?
しかし確信に満ちた声のトーンだったし、それに、今の表情は……?
「そっか。」
嵐山は一言短く答えるとまりあさんから目を離した。
いや、一言謝れよ。
強く言ってごめんなさいくらい言えるだろ?
まりあさんは大して気にしてなさげだけど、俺がスッキリしねぇんだよ。
……まぁ、それはそれとして、まりあさん。
盗撮犯を見つけたあの一瞬、たったあの一瞬でそこまで見抜いたのだろうか。
単純に盗撮という行為のみならず、その背景、そして今後まで。
過去と未来を、瞬時に。
だとしたら、それは凄まじいなんてもんじゃない。
神がかった理解力(確かに女神だが)だ。
そして並々ならぬ観察力。
一体それらは、どこでどうやって身に着けたんだ?
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