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第5話 最悪の褒賞は、甘美な監視
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ごう、と耳鳴りがする。
魔力を根こそぎ持っていかれた身体は、まるで鉛のように重かった。
薄目を開けると、視界に映ったのは見慣れた自室ではなく、清潔なシーツの白と、薬棚の硝子が放つ鈍い光。どうやら私は、学園の医務室に運び込まれたらしい。
(作戦は、成功……。でも……)
意識の底に、鮮明な記憶が焼き付いて離れない。
私の腕を掴んだ、レオンハルト様の固く、節ばだった指の感触。
私に向けられた、焦りと、そして紛れもない心配の色を宿した、真摯な眼差し。
『無謀だ!』と、そう言った彼の声。
それはゲームのシナリオにはない、ただのNPC(ノンプレイヤーキャラクター)とは思えない、生身の人間の感情が乗った響きだった。
(……何を考えているの、私)
私はかぶりを振った。
感傷に浸っている場合じゃない。彼は私の「推し」で、この世界の「攻略対象」だ。それ以上でも、それ以下でもない。私の目的は、彼をバグの苦しみから解放すること。そのために、私は非情なプレイヤーでなければならない。
そう自分に言い聞かせた、その時だった。
医務室の扉が、厳かに開かれた。
入ってきたのは、見知らぬ壮年の男性。その胸元で輝くのは、王家に仕える文官の最高位を示す徽章。彼の後ろには、重厚な鎧に身を包んだ近衛騎士が二人控えている。
学園の、それも一生徒の私室に訪れるには、あまりにも物々しい一行だった。
文官は、感情の読めない瞳で私を一瞥すると、手に持った羊皮紙を広げた。
「アイナ・フォン・ルーメル嬢。先の中間試験における、規格外魔術行使の件について、王宮にて聴取を行う。勅命である。ただちに支度を」
その声には、拒否を許さないという絶対的な圧があった。
(来た……!)
私の心は、恐怖よりも先に、ゲーマーとしての興奮に打ち震えていた。
(トリガーイベント『王宮召喚』、発生を確認……!)
†
王宮の謁見室は、私が知るどんな場所よりも、広く、冷たかった。
磨き上げられた床には私の姿が映り込み、天井から下がる巨大なシャンデリアは、まるで私を監視する無数の目のようだ。
玉座には国王陛下。その脇には、宰相閣下と、宮廷魔術師団長。
そして、少し離れた場所に、苦虫を噛み潰したような顔のアルバート王子と――玉座を守るように直立不動で立つ、レオンハルト様の姿があった。
「――単刀直入に聞く、アイナ嬢」
国王陛下の、地を這うような低い声が、静寂を切り裂いた。
「あの魔法は、何だ。どこで習得した」
「……」
私は黙って、ゆっくりと頭を下げた。ここで怯えを見せてはならない。私は悪役令嬢。傲岸不遜こそが、私の鎧だ。
「あれは、我がルーメル家に古くから伝わる秘術の一つにございます。国王陛下」
「秘術、だと? 我が国の魔術の歴史において、そのような術式の報告は一度もないが」
宮廷魔術師団長が、鋭い視線で私を射抜く。
私は、ふ、と唇の端を吊り上げた。
「秘術とは、秘すればこそ華。わたくし、最近の魔法騎士団の皆様の覇気のなさを憂い、少しばかり発破をかけるつもりで、お披露目したまでですわ。まさか、王国最高峰の結界があれほど脆いとは、思いもしませんでしたけれど」
完璧な挑発。傲慢で、不遜極まりない悪役令嬢のセリフだ。
案の定、謁見室の空気がさらに冷え込んだ。
「アイナ! 父上の前だぞ、言葉を慎め!」
アルバート王子が慌てて私を諌めるが、もう遅い。
「つまり、そなたは己の力を誇示するためだけに、学園全体を危険に晒したと。そう申すか」
国王の言葉に、殺気すら混じり始める。
いいぞ、もっと私を断罪しろ。そのための挑発だ。
私は、チラリとレオンハルト様を見た。
彼は、石像のように微動だにせず、まっすぐに前を見据えている。けれど、その握りしめられた拳が、わずかに白くなっていることに、私だけが気づいていた。
(何を、思っているの……?)
まただ。プレイヤーとしての思考に、キャラクターの感情を読み取ろうとするノイズが混じる。
「アイナ嬢の魔力は、危険すぎる」
宮廷魔術師団長が、国王に進言した。
「野放しにしておけば、いずれ国の脅威となりかねませぬ。厳重な管理下に置くべきかと」
「お待ちください!」
声を上げたのは、アルバート王子だった。
「彼女の力は脅威ではありません! 愛です! その激しすぎるほどの魔力は、彼女の情熱そのもの! それを管理など、夜空に輝く星を鳥籠に閉じ込めるのと同じことですぞ!」
(お願いだから黙っててちょうだいこのバグ王子!)
彼の的外れな擁護が、場をさらに混乱させる。
国王は、こめかみを押さえ、深く長い溜息をついた。
やがて、玉座から身じろぎもせず、私に最終通告を下した。
「――判決を下す」
ゴクリ、と私は唾を飲んだ。謹慎? それとも、家の取り潰し? どちらにせよ、断罪への大きな一歩だ。
「アイナ・フォン・ルーメル。そなたの魔力は、確かに脅威だ。だが同時に、この国を守るための比類なき力ともなりうる」
「……え?」
「よって、そなたに罰は与えぬ。ただし――」
国王は、すっと片手を上げた。
「その力が完全に制御可能だと判断できるまで、そなたには24時間体制の監視をつけることとする」
監視?
予想外の言葉に、私の思考がフリーズする。
そんなイベント、ゲームにはなかった。
国王は、玉座の隣に立つ、一人の騎士を見た。
「サー・レオンハルト・アークライト」
「はっ」
呼ばれたレオンハルト様が、淀みない動作で前に出て、片膝をついた。
「そなたに命ずる。これより、アイナ・フォン・ルーメル嬢の専属護衛兼監視役となり、彼女の行動を逐一、余に報告せよ。学園内はもちろん、ルーメル家においても、常に彼女の側にいることを許す」
「――御意」
短い返事だけが、謁見室に響いた。
私は、何も言えなかった。
ただ、目の前で起きている現実が、理解できなかった。
私の、推しが。
私の、最愛の、救うべき対象であるレオンハルト様が。
私の、監視役……?
(嘘でしょ……?)
それは、RTA走者にとって、あまりにも致命的なペナルティ。
そして、一人のファンにとって、あまりにも甘美で、残酷すぎる褒賞だった。
魔力を根こそぎ持っていかれた身体は、まるで鉛のように重かった。
薄目を開けると、視界に映ったのは見慣れた自室ではなく、清潔なシーツの白と、薬棚の硝子が放つ鈍い光。どうやら私は、学園の医務室に運び込まれたらしい。
(作戦は、成功……。でも……)
意識の底に、鮮明な記憶が焼き付いて離れない。
私の腕を掴んだ、レオンハルト様の固く、節ばだった指の感触。
私に向けられた、焦りと、そして紛れもない心配の色を宿した、真摯な眼差し。
『無謀だ!』と、そう言った彼の声。
それはゲームのシナリオにはない、ただのNPC(ノンプレイヤーキャラクター)とは思えない、生身の人間の感情が乗った響きだった。
(……何を考えているの、私)
私はかぶりを振った。
感傷に浸っている場合じゃない。彼は私の「推し」で、この世界の「攻略対象」だ。それ以上でも、それ以下でもない。私の目的は、彼をバグの苦しみから解放すること。そのために、私は非情なプレイヤーでなければならない。
そう自分に言い聞かせた、その時だった。
医務室の扉が、厳かに開かれた。
入ってきたのは、見知らぬ壮年の男性。その胸元で輝くのは、王家に仕える文官の最高位を示す徽章。彼の後ろには、重厚な鎧に身を包んだ近衛騎士が二人控えている。
学園の、それも一生徒の私室に訪れるには、あまりにも物々しい一行だった。
文官は、感情の読めない瞳で私を一瞥すると、手に持った羊皮紙を広げた。
「アイナ・フォン・ルーメル嬢。先の中間試験における、規格外魔術行使の件について、王宮にて聴取を行う。勅命である。ただちに支度を」
その声には、拒否を許さないという絶対的な圧があった。
(来た……!)
私の心は、恐怖よりも先に、ゲーマーとしての興奮に打ち震えていた。
(トリガーイベント『王宮召喚』、発生を確認……!)
†
王宮の謁見室は、私が知るどんな場所よりも、広く、冷たかった。
磨き上げられた床には私の姿が映り込み、天井から下がる巨大なシャンデリアは、まるで私を監視する無数の目のようだ。
玉座には国王陛下。その脇には、宰相閣下と、宮廷魔術師団長。
そして、少し離れた場所に、苦虫を噛み潰したような顔のアルバート王子と――玉座を守るように直立不動で立つ、レオンハルト様の姿があった。
「――単刀直入に聞く、アイナ嬢」
国王陛下の、地を這うような低い声が、静寂を切り裂いた。
「あの魔法は、何だ。どこで習得した」
「……」
私は黙って、ゆっくりと頭を下げた。ここで怯えを見せてはならない。私は悪役令嬢。傲岸不遜こそが、私の鎧だ。
「あれは、我がルーメル家に古くから伝わる秘術の一つにございます。国王陛下」
「秘術、だと? 我が国の魔術の歴史において、そのような術式の報告は一度もないが」
宮廷魔術師団長が、鋭い視線で私を射抜く。
私は、ふ、と唇の端を吊り上げた。
「秘術とは、秘すればこそ華。わたくし、最近の魔法騎士団の皆様の覇気のなさを憂い、少しばかり発破をかけるつもりで、お披露目したまでですわ。まさか、王国最高峰の結界があれほど脆いとは、思いもしませんでしたけれど」
完璧な挑発。傲慢で、不遜極まりない悪役令嬢のセリフだ。
案の定、謁見室の空気がさらに冷え込んだ。
「アイナ! 父上の前だぞ、言葉を慎め!」
アルバート王子が慌てて私を諌めるが、もう遅い。
「つまり、そなたは己の力を誇示するためだけに、学園全体を危険に晒したと。そう申すか」
国王の言葉に、殺気すら混じり始める。
いいぞ、もっと私を断罪しろ。そのための挑発だ。
私は、チラリとレオンハルト様を見た。
彼は、石像のように微動だにせず、まっすぐに前を見据えている。けれど、その握りしめられた拳が、わずかに白くなっていることに、私だけが気づいていた。
(何を、思っているの……?)
まただ。プレイヤーとしての思考に、キャラクターの感情を読み取ろうとするノイズが混じる。
「アイナ嬢の魔力は、危険すぎる」
宮廷魔術師団長が、国王に進言した。
「野放しにしておけば、いずれ国の脅威となりかねませぬ。厳重な管理下に置くべきかと」
「お待ちください!」
声を上げたのは、アルバート王子だった。
「彼女の力は脅威ではありません! 愛です! その激しすぎるほどの魔力は、彼女の情熱そのもの! それを管理など、夜空に輝く星を鳥籠に閉じ込めるのと同じことですぞ!」
(お願いだから黙っててちょうだいこのバグ王子!)
彼の的外れな擁護が、場をさらに混乱させる。
国王は、こめかみを押さえ、深く長い溜息をついた。
やがて、玉座から身じろぎもせず、私に最終通告を下した。
「――判決を下す」
ゴクリ、と私は唾を飲んだ。謹慎? それとも、家の取り潰し? どちらにせよ、断罪への大きな一歩だ。
「アイナ・フォン・ルーメル。そなたの魔力は、確かに脅威だ。だが同時に、この国を守るための比類なき力ともなりうる」
「……え?」
「よって、そなたに罰は与えぬ。ただし――」
国王は、すっと片手を上げた。
「その力が完全に制御可能だと判断できるまで、そなたには24時間体制の監視をつけることとする」
監視?
予想外の言葉に、私の思考がフリーズする。
そんなイベント、ゲームにはなかった。
国王は、玉座の隣に立つ、一人の騎士を見た。
「サー・レオンハルト・アークライト」
「はっ」
呼ばれたレオンハルト様が、淀みない動作で前に出て、片膝をついた。
「そなたに命ずる。これより、アイナ・フォン・ルーメル嬢の専属護衛兼監視役となり、彼女の行動を逐一、余に報告せよ。学園内はもちろん、ルーメル家においても、常に彼女の側にいることを許す」
「――御意」
短い返事だけが、謁見室に響いた。
私は、何も言えなかった。
ただ、目の前で起きている現実が、理解できなかった。
私の、推しが。
私の、最愛の、救うべき対象であるレオンハルト様が。
私の、監視役……?
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それは、RTA走者にとって、あまりにも致命的なペナルティ。
そして、一人のファンにとって、あまりにも甘美で、残酷すぎる褒賞だった。
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