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第18話 共犯者たちの、夜明けの密約
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アルバート王子と騎士団長は、呆気に取られていた。
あまりにも突飛な、しかし、奇妙な辻褄の合う私たちの「言い訳」に、返す言葉を見つけられないでいる。
「……呪いの、残滓だと?」
騎士団長が、疑念に満ちた声で呟く。
「そのような不確かなものを、信じろと?」
「信じるか信じないかは、ご自由になさって」
私は、一歩も引かなかった。冷徹な悪役令嬢の仮面を、再び顔に貼り付ける。
「ですが、事実として、わたくしは呪われ、サー・レオンハルトは、身を挺してわたくしを守ってくださいました。それ以上でも、それ以下でもございませんわ」
「ぐ……っ!」アルバ-ト王子が、悔しそうに唇を噛んだ。
「つまり、君が狙われたせいで、私の夜会が台無しになったというわけか、アイナ!」
「ええ、左様ですわね。全ては、わたくしの不徳の致すところ。このお詫びは、いずれ必ず」
この問答は、不毛だ。
やがて、騎士団長が、重々しく口を開いた。
「……サー・レオンハルト。貴官は、精密検査が済むまで、騎士団への出仕を禁ずる。自宅にて謹慎していなさい」
「ですが団長!」と、レオンハルト様が反論しようとするのを、私はそっと目で制した。
「ただし」と、団長は続けた。
「国王陛下の『監視役』としての勅命は、解かれておらぬ。よって、謹慎中も、アイナ嬢の側を離れることは許さん。……よろしいな」
それは、私たちにとって、望外の判決だった。
謹慎という名の、二人きりの時間。
監視という名の、合法的な密会。
この世界の筋書き(ルール)は、皮肉にも、私たち自身の手で、私たちの望む方へと捻じ曲げられたのだ。
†
王宮からの帰り道は、来た時とは打って変わって、ただ気まずい沈黙だけが、狭い馬車の中を満たしていた。
月明かりが、窓から差し込み、彼の横顔を青白く照らし出している。
その表情は、固く、そして、ひどく苦しげだった。
学園の自室に戻り、侍女を全て下がらせる。
パタン、と扉が閉まり、部屋に、本当に、二人きりになった。
燭台の炎が、ぱちり、と静かにはぜる音だけが、やけに大きく響く。
沈黙を破ったのは、私だった。
もう、サー・ナイト、とは呼ばなかった。
「――レオンハルト様」
私の声に、彼の肩が、びくりと震えた。
「まずは、座ってくださいませ。きっと、お疲れでしょう」
私は、彼をソファへと促した。
彼は、まるで操り人形のように、ぎこちない動きで、ゆっくりと腰を下ろす。
私は、彼の前に立ち、静かに頭を下げた。
「先ほどは、申し訳ございませんでした。あなた様を、わたくしの嘘に付き合わせてしまいましたわ」
「……やめて、ください」
彼が、か細い声で言った。
「謝るべきは、私だ。私は……あなた様を……」
「いいえ」
私は、きっぱりと首を横に振る。
「あなたは、何も悪くない。悪いのは、全部、あなたを蝕む、あの“呪い”なのですから」
彼の顔が、はっと上がった。その瞳が、驚愕に見開かれている。
「……なぜ、それを……。いや、あなた様も、あのドレスで……」
「ええ。わたくし、少しだけ、分かるのです。あの呪いが、どういうものなのか」
私は、彼の隣に、そっと腰を下ろした。
そして、RTA走者として蓄積した、全ての知識を、彼に語り始めた。
「あれは、ただの呪いではありませんわ。もっと、悪質で、理不尽な……『役割を強制する』呪い。言わば、『悲劇の筋書き(スクリプト)』です」
「……筋書き?」
「ええ。あなた様は、『ヒロインを守る、悲劇の騎士』という役割を、強制させられている。特定の条件下――例えば、ヒロインであるエリスさんが、物語の中心になった時――に、その呪いは発動し、あなた様の意思を奪い、筋書き通りの行動をさせるのです」
私の言葉に、彼は息を呑んだ。
それは、彼がずっと、一人で抱えてきた、正体不明の恐怖。その核心を、正確に突いていたからだ。
「……なぜ、あなたが、そこまで」
「ルーメル家の書庫には、変わった本が、たくさんございましてよ」
私は、曖-昧に微笑んだ。今は、まだ、全てを話す時ではない。
「ですが、希望はありますわ」
私は、彼の、冷たくなったままの手に、もう一度、自分の手を重ねた。
「あの時、わたくしの声が、あなたに届きました。わたくしの言葉が、筋書き(スクリプト)に、エラーを起こさせた。……つまり、あの呪いは、無敵ではないのです」
「……」
「わたくしたちは、戦えます。ううん、これから、戦うのです。この、理不-尽な運命に」
私は、彼の瞳を、まっすぐに見た。
「ですが、それには、あなた様の力が必要。わたくし一人では、何もできません。……信じて、いただけますか? この、荒唐無稽な話を」
彼は、長い間、私の手と、私の顔を、見比べていた。
その瞳の中で、絶望と、希望と、混乱と、あらゆる感情が、激しく渦巻いている。
やがて、彼は、もう片方の手で、私の手に、そっと触れた。
そして、まるで、夜明けの光のように、静かに、微笑んだ。
「……信じます」
その一言は、どんな雄弁な言葉よりも、重かった。
「アイナ嬢。……いや、アイナ様。私の剣も、この命も、もはや、あなた様のものだ。もし、あなた様が、この呪いを打ち破る術をご存じなら、私は、あなたの、いかなる命令にも従おう」
それは、騎士が主君に捧げる、新たな誓い。
そして、共犯者たちが、初めて交わした、魂の契約だった。
私は、強く、彼の手を握り返した。
「ええ。ならば、まず、最初の作戦ですわよ、レオンハルト様」
私の瞳に、RTA走者の頃の、鋭い光が戻っていた。
「筋書き(スクリプト)が、悲劇を望むなら、くれてやりましょう。最高の悲劇を。……ただし、結末(エンディング)を、わたくしたちの手で、書き換えた上で、ね」
私たちの、本当のゲームが、今、始まる。
この、誰にも予測できない、二人だけの、攻略ルートが。
あまりにも突飛な、しかし、奇妙な辻褄の合う私たちの「言い訳」に、返す言葉を見つけられないでいる。
「……呪いの、残滓だと?」
騎士団長が、疑念に満ちた声で呟く。
「そのような不確かなものを、信じろと?」
「信じるか信じないかは、ご自由になさって」
私は、一歩も引かなかった。冷徹な悪役令嬢の仮面を、再び顔に貼り付ける。
「ですが、事実として、わたくしは呪われ、サー・レオンハルトは、身を挺してわたくしを守ってくださいました。それ以上でも、それ以下でもございませんわ」
「ぐ……っ!」アルバ-ト王子が、悔しそうに唇を噛んだ。
「つまり、君が狙われたせいで、私の夜会が台無しになったというわけか、アイナ!」
「ええ、左様ですわね。全ては、わたくしの不徳の致すところ。このお詫びは、いずれ必ず」
この問答は、不毛だ。
やがて、騎士団長が、重々しく口を開いた。
「……サー・レオンハルト。貴官は、精密検査が済むまで、騎士団への出仕を禁ずる。自宅にて謹慎していなさい」
「ですが団長!」と、レオンハルト様が反論しようとするのを、私はそっと目で制した。
「ただし」と、団長は続けた。
「国王陛下の『監視役』としての勅命は、解かれておらぬ。よって、謹慎中も、アイナ嬢の側を離れることは許さん。……よろしいな」
それは、私たちにとって、望外の判決だった。
謹慎という名の、二人きりの時間。
監視という名の、合法的な密会。
この世界の筋書き(ルール)は、皮肉にも、私たち自身の手で、私たちの望む方へと捻じ曲げられたのだ。
†
王宮からの帰り道は、来た時とは打って変わって、ただ気まずい沈黙だけが、狭い馬車の中を満たしていた。
月明かりが、窓から差し込み、彼の横顔を青白く照らし出している。
その表情は、固く、そして、ひどく苦しげだった。
学園の自室に戻り、侍女を全て下がらせる。
パタン、と扉が閉まり、部屋に、本当に、二人きりになった。
燭台の炎が、ぱちり、と静かにはぜる音だけが、やけに大きく響く。
沈黙を破ったのは、私だった。
もう、サー・ナイト、とは呼ばなかった。
「――レオンハルト様」
私の声に、彼の肩が、びくりと震えた。
「まずは、座ってくださいませ。きっと、お疲れでしょう」
私は、彼をソファへと促した。
彼は、まるで操り人形のように、ぎこちない動きで、ゆっくりと腰を下ろす。
私は、彼の前に立ち、静かに頭を下げた。
「先ほどは、申し訳ございませんでした。あなた様を、わたくしの嘘に付き合わせてしまいましたわ」
「……やめて、ください」
彼が、か細い声で言った。
「謝るべきは、私だ。私は……あなた様を……」
「いいえ」
私は、きっぱりと首を横に振る。
「あなたは、何も悪くない。悪いのは、全部、あなたを蝕む、あの“呪い”なのですから」
彼の顔が、はっと上がった。その瞳が、驚愕に見開かれている。
「……なぜ、それを……。いや、あなた様も、あのドレスで……」
「ええ。わたくし、少しだけ、分かるのです。あの呪いが、どういうものなのか」
私は、彼の隣に、そっと腰を下ろした。
そして、RTA走者として蓄積した、全ての知識を、彼に語り始めた。
「あれは、ただの呪いではありませんわ。もっと、悪質で、理不尽な……『役割を強制する』呪い。言わば、『悲劇の筋書き(スクリプト)』です」
「……筋書き?」
「ええ。あなた様は、『ヒロインを守る、悲劇の騎士』という役割を、強制させられている。特定の条件下――例えば、ヒロインであるエリスさんが、物語の中心になった時――に、その呪いは発動し、あなた様の意思を奪い、筋書き通りの行動をさせるのです」
私の言葉に、彼は息を呑んだ。
それは、彼がずっと、一人で抱えてきた、正体不明の恐怖。その核心を、正確に突いていたからだ。
「……なぜ、あなたが、そこまで」
「ルーメル家の書庫には、変わった本が、たくさんございましてよ」
私は、曖-昧に微笑んだ。今は、まだ、全てを話す時ではない。
「ですが、希望はありますわ」
私は、彼の、冷たくなったままの手に、もう一度、自分の手を重ねた。
「あの時、わたくしの声が、あなたに届きました。わたくしの言葉が、筋書き(スクリプト)に、エラーを起こさせた。……つまり、あの呪いは、無敵ではないのです」
「……」
「わたくしたちは、戦えます。ううん、これから、戦うのです。この、理不-尽な運命に」
私は、彼の瞳を、まっすぐに見た。
「ですが、それには、あなた様の力が必要。わたくし一人では、何もできません。……信じて、いただけますか? この、荒唐無稽な話を」
彼は、長い間、私の手と、私の顔を、見比べていた。
その瞳の中で、絶望と、希望と、混乱と、あらゆる感情が、激しく渦巻いている。
やがて、彼は、もう片方の手で、私の手に、そっと触れた。
そして、まるで、夜明けの光のように、静かに、微笑んだ。
「……信じます」
その一言は、どんな雄弁な言葉よりも、重かった。
「アイナ嬢。……いや、アイナ様。私の剣も、この命も、もはや、あなた様のものだ。もし、あなた様が、この呪いを打ち破る術をご存じなら、私は、あなたの、いかなる命令にも従おう」
それは、騎士が主君に捧げる、新たな誓い。
そして、共犯者たちが、初めて交わした、魂の契約だった。
私は、強く、彼の手を握り返した。
「ええ。ならば、まず、最初の作戦ですわよ、レオンハルト様」
私の瞳に、RTA走者の頃の、鋭い光が戻っていた。
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