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約束の国のレクイエム
第29話 偽りの側近と、宣戦布告の夜会
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「これは、私が、私自身の意志で終わらせなければならない物語なのよ」
私の決意表明に、隠れ家の空気は一瞬、張り詰めた。最初に沈黙を破ったのは、ヴォルフガング中佐だった。彼は、石像のような表情を崩さぬまま、深く息をついた。
「…分かった。だが、リアナ嬢。これは国益を損ないかねない、極めて危険な賭けだ。決して、個人的な感情だけで動くな。君はもう、ただの"花季"ではないのだから」
彼の言葉は、私を諫めるようでいて、その実、私の覚悟を認め、公人としての私を気遣う響きがあった。このカタブト軍人も、随分と丸くなったものだわ。
「でも、カレルさんは私たちの仲間です! 困っているのなら、助けるのは当たり前です! それが、私たちのチームじゃないですか!」
ミラベルが、今にも泣き出しそうな顔で、しかしはっきりと反論する。彼女の言葉に、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。そうだ、私たちは、いつの間にかそんな関係になっていたのだ。
こうして、私たちの、無謀で、規則外で、そして何より面倒なエスターニア遠征の準備が始まった。
私は父である公爵に、「エスターニアとの友好関係は、今が最も重要な局面です。私を弔問の外交使節団に加えてくださいませ」と、説得(という名の交渉)を行い、見事にその席を確保した。表向きは、悲しみにくれる隣国に寄り添う、心優しき公爵令嬢。その裏で、"花季"としてエスターニアの内部情報を収集し、潜入計画を練り上げていく。
ミラベルは、三日三晩、研究室に籠もりっきりの末、目を真っ赤にしながら一つのコンパクトケースを私に差し出した。
「できました! 『乙女の嗜み☆旅行用万能錬金術コンパクト』です! 一段目には解毒薬、二段目には閃光玉、三段目には超強力接着剤が、マトリョーシカ式で入ってるんです! これさえあれば、どんな危機も乗り越えられます…たぶん!」
「…ありがとう、ミラベル。あなたの発明品は、いつだって私の最強の武器よ」
たとえ、そのネーミングと性能に、若干の不安がつきまとったとしても。
出発の前日には、リナが隠れ家を訪ねてきてくれた。彼女は心配そうな顔で、小さな布袋を私に差し出す。
「あの、これ…。カレルさん、お団子が好物だって言ってたから、紅灯区のみんなでお金出し合って、お守りを作ったんです。どうか、ご無事でって…」
布袋の中には、団子の形を模した、少し不格好だが温かみのあるお守りが入っていた。あの飄々とした情報屋が、こんなにも多くの人々に心配されている。私はお守りを強く握りしめ、皆の想いを預かった。
数日後、外交使節団の一員として、私たちはエスターニアの王都に降り立った。
そこは、かつてレオニード王子が語っていた芸術の都の面影はなく、街の至る所に第一王子派の兵士たちが立ち、道行く人々の顔には、怯えと不安の色が濃く浮かんでいた。歓迎とは名ばかりの、監視されているような息苦しい空気が、街全体を支配していた。
その夜、王宮で開かれた「歓迎」の夜会は、まるで葬儀のように静かで、重苦しかった。
第一王子アルフォンスは、玉座にふんぞり返り、品のない笑みを浮かべている。その瞳には、野心と、そして自分の力にそぐわない地位への不安が見え隠れしていた。典型的な、操りやすい傀儡。ギルドにとっては、格好の駒だろう。
前作の敵であったレオニード王子は、兄の隣で青ざめた顔をして俯いている。彼の監視役であろう兵士たちが、常にその左右を固めていた。私と目が合うと、彼は僅かに頷き、助けを求めるような、悲痛な表情を見せた。
私が当たり障りのない挨拶を交わしながら、会場の情報を探っていると、ふと、会場中の視線がある一点に集まった。第一王子アルフォンスの隣に、音もなく進み出た、一人の側近の姿に。
豪奢な、しかしどこか趣味の悪い貴族の服に身を包み、冷たい無表情を浮かべている。その顔は…その顔は、忘れもしない。
「――カレル」
私の口から、思わず声が漏れた。
彼は、まるで別人のように、冷え切った瞳で会場を見渡している。かつての飄々とした態度は、見る影もない。
私は、息が詰まるような思いで、テラスで一人佇む彼の元へと向かった。
「カレル…あなた、一体どういうつもりなの?」
私の声に、彼はゆっくりと振り返った。その瞳には、何の感情も浮かんでいない。
「…カレル? 人違いだな。俺は、偉大なるアルフォンス第一王子殿下に仕える、忠実なる側近、カインと申す」
彼は、吐き捨てるようにそう言った。
「ふざけないで! あなたが、あんな男の下につくはずがないわ!」
「さて、どうかな。お嬢様の正義ごっこは、もう終わりだ。お前たちのやろうとしていることは、全てお見通しだぜ」
彼は一歩私に近づき、誰にも聞こえない声で囁いた。「これ以上、俺の邪魔をするなら…分かってるな? 次は、本当に敵として会うことになる」
その瞳の奥の奥に、ほんの一瞬だけ、悲壮な覚悟と、隠しきれない苦悩の色が揺らめいたのを、私は見逃さなかった。
彼は私に背を向け、夜会の喧騒の中へと戻っていく。その背中は、あまりにも孤独に見えた。
私は唇を強く噛みしめた。指先に、リナから預かったお守りの温かさが伝わってくる。
(ええ、分かっているわ、カレル。あなたは、たった一人で、全てを終わらせるつもりなのね)
(でも、そんなこと、この私が許すとでも思って?)
私の瞳に、怒りと、そして何があっても友を救い出すという、鋼のような意志の炎が灯った。
偽りの側近、カイン。あなたのその厚い仮面も、背負った宿命も、全て私が、この手で暴き、そして断ち切ってあげる。
エスターニアの冷たい夜空の下、私の最後の戦いが、静かに幕を開けた。
私の決意表明に、隠れ家の空気は一瞬、張り詰めた。最初に沈黙を破ったのは、ヴォルフガング中佐だった。彼は、石像のような表情を崩さぬまま、深く息をついた。
「…分かった。だが、リアナ嬢。これは国益を損ないかねない、極めて危険な賭けだ。決して、個人的な感情だけで動くな。君はもう、ただの"花季"ではないのだから」
彼の言葉は、私を諫めるようでいて、その実、私の覚悟を認め、公人としての私を気遣う響きがあった。このカタブト軍人も、随分と丸くなったものだわ。
「でも、カレルさんは私たちの仲間です! 困っているのなら、助けるのは当たり前です! それが、私たちのチームじゃないですか!」
ミラベルが、今にも泣き出しそうな顔で、しかしはっきりと反論する。彼女の言葉に、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。そうだ、私たちは、いつの間にかそんな関係になっていたのだ。
こうして、私たちの、無謀で、規則外で、そして何より面倒なエスターニア遠征の準備が始まった。
私は父である公爵に、「エスターニアとの友好関係は、今が最も重要な局面です。私を弔問の外交使節団に加えてくださいませ」と、説得(という名の交渉)を行い、見事にその席を確保した。表向きは、悲しみにくれる隣国に寄り添う、心優しき公爵令嬢。その裏で、"花季"としてエスターニアの内部情報を収集し、潜入計画を練り上げていく。
ミラベルは、三日三晩、研究室に籠もりっきりの末、目を真っ赤にしながら一つのコンパクトケースを私に差し出した。
「できました! 『乙女の嗜み☆旅行用万能錬金術コンパクト』です! 一段目には解毒薬、二段目には閃光玉、三段目には超強力接着剤が、マトリョーシカ式で入ってるんです! これさえあれば、どんな危機も乗り越えられます…たぶん!」
「…ありがとう、ミラベル。あなたの発明品は、いつだって私の最強の武器よ」
たとえ、そのネーミングと性能に、若干の不安がつきまとったとしても。
出発の前日には、リナが隠れ家を訪ねてきてくれた。彼女は心配そうな顔で、小さな布袋を私に差し出す。
「あの、これ…。カレルさん、お団子が好物だって言ってたから、紅灯区のみんなでお金出し合って、お守りを作ったんです。どうか、ご無事でって…」
布袋の中には、団子の形を模した、少し不格好だが温かみのあるお守りが入っていた。あの飄々とした情報屋が、こんなにも多くの人々に心配されている。私はお守りを強く握りしめ、皆の想いを預かった。
数日後、外交使節団の一員として、私たちはエスターニアの王都に降り立った。
そこは、かつてレオニード王子が語っていた芸術の都の面影はなく、街の至る所に第一王子派の兵士たちが立ち、道行く人々の顔には、怯えと不安の色が濃く浮かんでいた。歓迎とは名ばかりの、監視されているような息苦しい空気が、街全体を支配していた。
その夜、王宮で開かれた「歓迎」の夜会は、まるで葬儀のように静かで、重苦しかった。
第一王子アルフォンスは、玉座にふんぞり返り、品のない笑みを浮かべている。その瞳には、野心と、そして自分の力にそぐわない地位への不安が見え隠れしていた。典型的な、操りやすい傀儡。ギルドにとっては、格好の駒だろう。
前作の敵であったレオニード王子は、兄の隣で青ざめた顔をして俯いている。彼の監視役であろう兵士たちが、常にその左右を固めていた。私と目が合うと、彼は僅かに頷き、助けを求めるような、悲痛な表情を見せた。
私が当たり障りのない挨拶を交わしながら、会場の情報を探っていると、ふと、会場中の視線がある一点に集まった。第一王子アルフォンスの隣に、音もなく進み出た、一人の側近の姿に。
豪奢な、しかしどこか趣味の悪い貴族の服に身を包み、冷たい無表情を浮かべている。その顔は…その顔は、忘れもしない。
「――カレル」
私の口から、思わず声が漏れた。
彼は、まるで別人のように、冷え切った瞳で会場を見渡している。かつての飄々とした態度は、見る影もない。
私は、息が詰まるような思いで、テラスで一人佇む彼の元へと向かった。
「カレル…あなた、一体どういうつもりなの?」
私の声に、彼はゆっくりと振り返った。その瞳には、何の感情も浮かんでいない。
「…カレル? 人違いだな。俺は、偉大なるアルフォンス第一王子殿下に仕える、忠実なる側近、カインと申す」
彼は、吐き捨てるようにそう言った。
「ふざけないで! あなたが、あんな男の下につくはずがないわ!」
「さて、どうかな。お嬢様の正義ごっこは、もう終わりだ。お前たちのやろうとしていることは、全てお見通しだぜ」
彼は一歩私に近づき、誰にも聞こえない声で囁いた。「これ以上、俺の邪魔をするなら…分かってるな? 次は、本当に敵として会うことになる」
その瞳の奥の奥に、ほんの一瞬だけ、悲壮な覚悟と、隠しきれない苦悩の色が揺らめいたのを、私は見逃さなかった。
彼は私に背を向け、夜会の喧騒の中へと戻っていく。その背中は、あまりにも孤独に見えた。
私は唇を強く噛みしめた。指先に、リナから預かったお守りの温かさが伝わってくる。
(ええ、分かっているわ、カレル。あなたは、たった一人で、全てを終わらせるつもりなのね)
(でも、そんなこと、この私が許すとでも思って?)
私の瞳に、怒りと、そして何があっても友を救い出すという、鋼のような意志の炎が灯った。
偽りの側近、カイン。あなたのその厚い仮面も、背負った宿命も、全て私が、この手で暴き、そして断ち切ってあげる。
エスターニアの冷たい夜空の下、私の最後の戦いが、静かに幕を開けた。
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