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伝説のパン職人と、麦畑の守り神 ~陽だまりのアトリエと、古代酵母の約束~
第74話 感謝のパンと、浄化の香り
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「ルーカス! みんな! あと少しだけ……時間を稼いで!!」 フィオナの悲痛なまでの叫びが、厨房という名の戦場に響き渡る。
「言われるまでもねえ!」 ルーカスが大剣を床に突き立て、火花を散らす。 「野郎ども! 師匠のパンが焼けるまで、こいつらを一歩も通すんじゃねえぞ!!」 「「「応!!」」」 弟子たちの、そして仲間たちの声が、一つの決意となって重なった。
戦いは、熾烈を極めた。 「左翼より、腐食性ガスのフラスコ、投擲されます!」 セオドアの理論的な予測が飛ぶ。 「ルーカスさん、伏せて!」 マルセルが、棚から分厚い古文書(それは彼の研究対象だったが、今は最強の盾だ)を投げ渡し、ルーカスはそれを構えてガスの直撃を防いだ。
「こっちだ、クソ野郎ども!」 アシュラフが、砂漠の戦士の俊敏さで敵の背後に回り込み、短剣で錬金術師たちの体勢を崩す。 「アシュラフ君、深入りするな! 敵の狙いは、あの黒い粉塵だ!」 セオドアが叫ぶ。敵の一人が、不気味な黒い粉末――穀物を根こそぎ枯らす「死の酵母」――を、フィオナの窯に向かって撒き散らそうとしていた。
「させるもんですか!」 その粉が飛ぶより早く、リリナが、カウンターの上から麻痺毒の吹き矢を放つ! 矢は錬金術師の腕を正確に捉え、男は黒い粉をぶちまける寸前で動きを止めた。 「やった!」 エリィが小さく叫び、フィオナの傍らで、窯の火が消えぬよう必死に薪をくべる。
だが、敵の首領、Dr.ヴァレリウスは、その攻防を冷ややかに見つめていた。 「……無駄だ。非合理な抵抗は、さらなる消耗を生むだけだ。第二陣、入りなさい」 割れた窓から、新たな黒装束が次々と侵入してくる。数で、質で、彼らは絶望的に不利だった。
「くそっ……キリがねえ……!」 ルーカスの呼吸が荒くなる。セオドアの剣先も、わずかに鈍り始めた。 絶望が、再び厨房を支配しようとした、その時だった。
チリリリ……と。 窯の内部から、澄んだ、鈴の鳴るような音が響き始めた。
フィオナは、戦いの喧騒の、その中心で。 まるで一人だけ、時間の流れから切り離されたかのように、静かに、石窯を見つめていた。 彼女の心は、極限の集中状態にあった。 (お願い……) 彼女は、祈っていた。 (水よ、弟子たちが繋いでくれた命の水よ。ホズネ、あなたの最後の希望の光よ。そして、この土地で育った名もなき穀物たちよ。今、この場所で、私たちの明日になるために、一つになって……!)
彼女が、窯の分厚い鉄の扉に、そっと手を触れた。 「……焼けたわ」
次の瞬間――。 窯の隙間から溢れ出したのは、もはや「香り」と呼べるものではなかった。 それは、「光」だった。 凝縮された太陽。数千の麦畑が一斉に黄金色に実る、豊穣の光景そのもの。 それは、暴力的なまでの「生命の香り」だった。
その黄金色の香りが、津波のように厨房を満たした瞬間、異変が起きた。 「なっ……!?」 錬金術師たちが構えていたフラスコが、一斉に効力を失ったのだ。 「腐食液が……ただの水に!?」 「『死の酵母』の菌が……死滅していく!?」 「術式が安定しない! なんだ、この香りは……この、温かい光は……!」
ヴァレリウスが作り出した、貪欲と独占の「毒」が、フィオナが焼き上げた、たった一つの「感謝」のパンの香りに、中和され、浄化されていく。 科学が、祈りに、敗北していく。
「馬鹿な……ありえない……! 非科学的だ!」 ヴァレリウスは、狼狽し、ホズネを掴んだ腕に力を込めた。 「やめろ! その、光を……!」 彼は、ホズネを盾に、フィオナへと迫った。
フィオナは、熱い窯から、そのパンを取り出した。 それは、奇跡のように膨らみ、力強く焼き上がった、ただの丸いパン。 だが、その表面は、まるで呼吸するかのように、陽光の酵母の力で、黄金色に明滅していた。
「あなたには、分からないでしょうね」 フィオナは、その熱いパンを、震える両手で抱きしめ、涙ながらにヴァレリウスと対峙した。 「あなたは、食を『資源』と呼び、命を『管理』するものだと言った。でも、違う!」 彼女の声が、浄化された厨房に響き渡る。 「パンは、誰かの命を奪うための道具じゃない! 誰かと、明日を一緒に生きるための……『約束』なのよ!!」
その言葉が、ヴァレリウスの背後にいた、一人の若い科学者の心を、貫いた。 彼は、ずっと飢饉に苦しむ故郷を救いたい、その一心でヴァレリウスに従ってきた男だった。彼は、フィオナが抱えるパンの香りを吸い込んだ瞬間、忘れていた記憶を思い出した。幼い頃、貧しい中で、母親がたった一杯の麦で焼いてくれた、あの温かくて、不格好なパンの味。
「……ああ……」
男の目から、涙が溢れ出た。 「……温かい……。我々が……我々が、本当に作るべきだったものは……。力なんかじゃなく……。ただ、これだったのかもしれない……」 彼の心が、折れた。それは、「黒いフラスコ」の掲げた「歪んだ正義」が、フィオナの「本物の正義」に触れ、救済された瞬間だった。
「……馬鹿な……貴様まで……!」 ヴァレリウスは、自らの組織が内側から崩壊していくのを悟り、その顔を憎悪に歪めた。 彼は、最後の悪あがきのように、掴んでいたホズネを、床石めがけて叩きつけようとした!
「させねえよ!!」 ルーカスが、ヴァレリウスの腕を大剣の柄で打ち据える。 ヴァレリウスの手からこぼれ落ちた小さな黄金色の体を、フィオナが、焼きたてのパンを抱いたまま、滑り込むようにして受け止めた。
「……撤退だ」 ヴァレリウスは、憎しみの視線をフィオナに突き刺すと、煙幕と共に、残った部下を引き連れて消え去った。
嵐が、過ぎ去った。 壊れた厨房に、静寂が戻る。そこには、パンの温かい香りと、仲間たちの荒い息遣いだけが残されていた。 フィオナの腕の中。ホズネが、ゆっくりと目を開けた。 そして、目の前にある、自分と、仲間たちの命を繋いだ「感謝のパン」を、小さな鼻先で、そっと、すり、と撫でた。 「……きゅう」 それは、今までで一番、安心しきった、小さな寝息のような鳴き声だった。
「言われるまでもねえ!」 ルーカスが大剣を床に突き立て、火花を散らす。 「野郎ども! 師匠のパンが焼けるまで、こいつらを一歩も通すんじゃねえぞ!!」 「「「応!!」」」 弟子たちの、そして仲間たちの声が、一つの決意となって重なった。
戦いは、熾烈を極めた。 「左翼より、腐食性ガスのフラスコ、投擲されます!」 セオドアの理論的な予測が飛ぶ。 「ルーカスさん、伏せて!」 マルセルが、棚から分厚い古文書(それは彼の研究対象だったが、今は最強の盾だ)を投げ渡し、ルーカスはそれを構えてガスの直撃を防いだ。
「こっちだ、クソ野郎ども!」 アシュラフが、砂漠の戦士の俊敏さで敵の背後に回り込み、短剣で錬金術師たちの体勢を崩す。 「アシュラフ君、深入りするな! 敵の狙いは、あの黒い粉塵だ!」 セオドアが叫ぶ。敵の一人が、不気味な黒い粉末――穀物を根こそぎ枯らす「死の酵母」――を、フィオナの窯に向かって撒き散らそうとしていた。
「させるもんですか!」 その粉が飛ぶより早く、リリナが、カウンターの上から麻痺毒の吹き矢を放つ! 矢は錬金術師の腕を正確に捉え、男は黒い粉をぶちまける寸前で動きを止めた。 「やった!」 エリィが小さく叫び、フィオナの傍らで、窯の火が消えぬよう必死に薪をくべる。
だが、敵の首領、Dr.ヴァレリウスは、その攻防を冷ややかに見つめていた。 「……無駄だ。非合理な抵抗は、さらなる消耗を生むだけだ。第二陣、入りなさい」 割れた窓から、新たな黒装束が次々と侵入してくる。数で、質で、彼らは絶望的に不利だった。
「くそっ……キリがねえ……!」 ルーカスの呼吸が荒くなる。セオドアの剣先も、わずかに鈍り始めた。 絶望が、再び厨房を支配しようとした、その時だった。
チリリリ……と。 窯の内部から、澄んだ、鈴の鳴るような音が響き始めた。
フィオナは、戦いの喧騒の、その中心で。 まるで一人だけ、時間の流れから切り離されたかのように、静かに、石窯を見つめていた。 彼女の心は、極限の集中状態にあった。 (お願い……) 彼女は、祈っていた。 (水よ、弟子たちが繋いでくれた命の水よ。ホズネ、あなたの最後の希望の光よ。そして、この土地で育った名もなき穀物たちよ。今、この場所で、私たちの明日になるために、一つになって……!)
彼女が、窯の分厚い鉄の扉に、そっと手を触れた。 「……焼けたわ」
次の瞬間――。 窯の隙間から溢れ出したのは、もはや「香り」と呼べるものではなかった。 それは、「光」だった。 凝縮された太陽。数千の麦畑が一斉に黄金色に実る、豊穣の光景そのもの。 それは、暴力的なまでの「生命の香り」だった。
その黄金色の香りが、津波のように厨房を満たした瞬間、異変が起きた。 「なっ……!?」 錬金術師たちが構えていたフラスコが、一斉に効力を失ったのだ。 「腐食液が……ただの水に!?」 「『死の酵母』の菌が……死滅していく!?」 「術式が安定しない! なんだ、この香りは……この、温かい光は……!」
ヴァレリウスが作り出した、貪欲と独占の「毒」が、フィオナが焼き上げた、たった一つの「感謝」のパンの香りに、中和され、浄化されていく。 科学が、祈りに、敗北していく。
「馬鹿な……ありえない……! 非科学的だ!」 ヴァレリウスは、狼狽し、ホズネを掴んだ腕に力を込めた。 「やめろ! その、光を……!」 彼は、ホズネを盾に、フィオナへと迫った。
フィオナは、熱い窯から、そのパンを取り出した。 それは、奇跡のように膨らみ、力強く焼き上がった、ただの丸いパン。 だが、その表面は、まるで呼吸するかのように、陽光の酵母の力で、黄金色に明滅していた。
「あなたには、分からないでしょうね」 フィオナは、その熱いパンを、震える両手で抱きしめ、涙ながらにヴァレリウスと対峙した。 「あなたは、食を『資源』と呼び、命を『管理』するものだと言った。でも、違う!」 彼女の声が、浄化された厨房に響き渡る。 「パンは、誰かの命を奪うための道具じゃない! 誰かと、明日を一緒に生きるための……『約束』なのよ!!」
その言葉が、ヴァレリウスの背後にいた、一人の若い科学者の心を、貫いた。 彼は、ずっと飢饉に苦しむ故郷を救いたい、その一心でヴァレリウスに従ってきた男だった。彼は、フィオナが抱えるパンの香りを吸い込んだ瞬間、忘れていた記憶を思い出した。幼い頃、貧しい中で、母親がたった一杯の麦で焼いてくれた、あの温かくて、不格好なパンの味。
「……ああ……」
男の目から、涙が溢れ出た。 「……温かい……。我々が……我々が、本当に作るべきだったものは……。力なんかじゃなく……。ただ、これだったのかもしれない……」 彼の心が、折れた。それは、「黒いフラスコ」の掲げた「歪んだ正義」が、フィオナの「本物の正義」に触れ、救済された瞬間だった。
「……馬鹿な……貴様まで……!」 ヴァレリウスは、自らの組織が内側から崩壊していくのを悟り、その顔を憎悪に歪めた。 彼は、最後の悪あがきのように、掴んでいたホズネを、床石めがけて叩きつけようとした!
「させねえよ!!」 ルーカスが、ヴァレリウスの腕を大剣の柄で打ち据える。 ヴァレリウスの手からこぼれ落ちた小さな黄金色の体を、フィオナが、焼きたてのパンを抱いたまま、滑り込むようにして受け止めた。
「……撤退だ」 ヴァレリウスは、憎しみの視線をフィオナに突き刺すと、煙幕と共に、残った部下を引き連れて消え去った。
嵐が、過ぎ去った。 壊れた厨房に、静寂が戻る。そこには、パンの温かい香りと、仲間たちの荒い息遣いだけが残されていた。 フィオナの腕の中。ホズネが、ゆっくりと目を開けた。 そして、目の前にある、自分と、仲間たちの命を繋いだ「感謝のパン」を、小さな鼻先で、そっと、すり、と撫でた。 「……きゅう」 それは、今までで一番、安心しきった、小さな寝息のような鳴き声だった。
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