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第8話 薪割り令嬢と、親方の意外な弱点?
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レオン・ブランシュールのパン屋「ブランシュール」でのフィオナの初仕事は、文字通り「店の掃除と薪割り」だった。それも、日の出前から日没まで、みっちりと。
「お嬢様、薪というのはですね、こう、腰を入れて…えいっ!」
見かねたルーカスが手本を見せようと斧を振り下ろすが、普段剣しか握らない彼にとっても薪割りは勝手が違うらしく、あらぬ方向へ薪が飛んでいき、危うくレオンの店の看板犬(昼寝中の老犬ポチ)に直撃しそうになる始末。
「へたくそが!余計な手出しするんじゃねえ、坊主!自分の店の心配でもしてろ!」
レオンの雷がルーカスに落ち、フィオナは思わず斧を持ったまま固まってしまった。公爵令嬢が斧を握りしめて立ち尽くす姿は、なかなかにシュールな光景である。
結局、フィオナは非力ながらも、マルセルがどこからか見つけてきた「女性でも扱いやすい(らしい)小ぶりな斧」で、一日かけてようやく数本というペースで薪を割り、あとはひたすら店の隅々まで雑巾がけと釜磨きに明け暮れた。全身筋肉痛で夜には泥のように眠る日々が続いた。
そんなフィオナの数少ない癒やしは、レオンの細君、マリーさんの存在だった。
「あらあら、フィオナちゃん、また親方にいびられてたのかい? あの人は口が悪いだけで、本当はフィオナちゃんのこと、見所があると思ってるんだよ」
太陽のような笑顔でそう言って、マリーさんは厨房の片隅でフィオナに温かいスープと焼きたてのパンの耳(これがまた絶品なのだ)を振る舞ってくれる。
「親方の弱点ですか?うーん、昔、初めてパンのコンテストに出た時、緊張しすぎて生地に塩と砂糖を間違えて入れたことがあるくらいかねぇ。本人は黒歴史にしてるみたいだけど」
そんな秘密の暴露話に、フィオナは思わず吹き出し、レオンへの親近感がほんの少しだけ湧くのだった。
一方、フィオナのパン屋「アトリエ・フィオナ」(仮称)の改装も、ルーカスとマルセルの指揮のもと、着々と進んでいた。資金難は相変わらずで、内装は中古の家具をリメイクしたり、壁の漆喰塗りをルーカスが(途中で投げ出しそうになりながらも)手伝ったりと、手作り感満載だ。
フィオナが修行から戻ると、埃とペンキの匂いが混じる自分の店で、マルセルが淹れてくれるハーブティーを飲みながら進捗を確認するのが日課になっていた。
「お嬢様、オーブンの設置場所ですが、こちらでよろしいでしょうか。熱効率を考えますと…」
マルセルは、いつの間にか建築設計士のようなことまで言い始めている。彼の万能ぶりには、フィオナもルーカスも舌を巻くばかりだ。
「マルセルがいれば、国の一つや二つ、簡単に運営できそうだな…」
ルーカスの呟きは、あながち冗談には聞こえなかった。
そして数週間後、ついにレオンがフィオナを小麦粉の袋の前に立たせた。
「よし、嬢ちゃん。薪割りで少しは根性も据わったようだし、パンの『パ』の字くらいは教えてやる。いいか、パン職人にとって粉は戦友であり、時には気難しい恋人のようなもんだ。まず、その声を聞け。そして、機嫌を損ねないように、優しく、だがしっかりと向き合え」
レオン流の独特すぎる比喩表現に、フィオナはきょとんとする。
「こ、声…ですか?」
「そうだ。粉にも色々あってな、産地、挽き方、その日の湿度で全く表情が変わる。それを感じ取れねえ奴は、一生パン焼き人形だ」
そう言って、レオンは数種類の小麦粉をフィオナの前に並べた。
しかし、実践となると前途多難。
フィオナはレオンの指示通りに材料を混ぜようとして、勢い余って小麦粉を頭から被り、雪だるまのようになる。酵母の量を間違えてボウルから生地が溢れ出し、厨房がパン生地モンスターに占拠されそうになる(ルーカスとマリーさん総出で鎮圧)。
「このド素人がぁ! 俺の貴重な粉を何だと思ってるんだ!」
レオンの怒声が店内に響き渡るが、マリーさんが「はいはい、親方も最初はそんなもんだったでしょ。お茶でも飲んで落ち着いて」と巧みにいなし、ルーカスが「フィオナ、ドンマイ!これも経験だ!」と的外れな励ましをする。フィオナは縮こまりながらも、失敗から何かを掴もうと必死だった。
そんなある日、レオンが珍しく上機嫌な顔で、特別なパンを焼いた。それは、見たこともない黒っぽいライ麦粉と、数種類のハーブが練り込まれた、野性的な香りのパンだった。一口食べたフィオナは、その複雑で奥深い味わいに衝撃を受ける。
「こ、このパンは…! なんて素晴らしい香りなのでしょう!」
「ふん。まあ、たまにはこういうのもな」
「このライ麦粉は、どちらのものなのですか? ハーブも…」
目を輝かせて尋ねるフィオナに、レオンはニヤリと笑った。
「そんなもんは、自分で探し出すもんだ。本当に美味いパンを焼きてえなら、最高の材料を見抜く目と、それを手に入れるための足が必要だ。お嬢様育ちのてめえに、それができるか?」
その挑発的な言葉に、フィオナの心に火がついた。
翌日、レオンはフィオナの前に小さな革袋を置いた。中にはわずかばかりの銅貨。
「いいか、嬢ちゃん。明日、隣町の朝市で、最高のライ麦粉を一袋、それから新鮮なローズマリーを一束手に入れてこい。予算はこれだけだ。どうやって運ぶかも、てめえで考えろ。もし、くだらんもん掴まされてきやがったら…どうなるか分かってるな?」
それは、ほとんど無理難題に近い、初めての「買い出し」の課題だった。
隣町までは馬車でも半日はかかる。予算はギリギリ。しかも、最高の材料を見分ける目など、フィオナにあるはずもない。
だが、フィオナは怯まなかった。むしろ、その瞳は冒険を前にした子供のように輝いていた。
「はい、親方! 必ず、最高のものを手に入れてまいります!」
「誰が親方だと言っとるだろうが!」
レオンの怒鳴り声も、今のフィオナには心地よいエールのように聞こえるのだった。
こうして、フィオナの「材料調達の小冒険」が、幕を開けようとしていた。
「お嬢様、薪というのはですね、こう、腰を入れて…えいっ!」
見かねたルーカスが手本を見せようと斧を振り下ろすが、普段剣しか握らない彼にとっても薪割りは勝手が違うらしく、あらぬ方向へ薪が飛んでいき、危うくレオンの店の看板犬(昼寝中の老犬ポチ)に直撃しそうになる始末。
「へたくそが!余計な手出しするんじゃねえ、坊主!自分の店の心配でもしてろ!」
レオンの雷がルーカスに落ち、フィオナは思わず斧を持ったまま固まってしまった。公爵令嬢が斧を握りしめて立ち尽くす姿は、なかなかにシュールな光景である。
結局、フィオナは非力ながらも、マルセルがどこからか見つけてきた「女性でも扱いやすい(らしい)小ぶりな斧」で、一日かけてようやく数本というペースで薪を割り、あとはひたすら店の隅々まで雑巾がけと釜磨きに明け暮れた。全身筋肉痛で夜には泥のように眠る日々が続いた。
そんなフィオナの数少ない癒やしは、レオンの細君、マリーさんの存在だった。
「あらあら、フィオナちゃん、また親方にいびられてたのかい? あの人は口が悪いだけで、本当はフィオナちゃんのこと、見所があると思ってるんだよ」
太陽のような笑顔でそう言って、マリーさんは厨房の片隅でフィオナに温かいスープと焼きたてのパンの耳(これがまた絶品なのだ)を振る舞ってくれる。
「親方の弱点ですか?うーん、昔、初めてパンのコンテストに出た時、緊張しすぎて生地に塩と砂糖を間違えて入れたことがあるくらいかねぇ。本人は黒歴史にしてるみたいだけど」
そんな秘密の暴露話に、フィオナは思わず吹き出し、レオンへの親近感がほんの少しだけ湧くのだった。
一方、フィオナのパン屋「アトリエ・フィオナ」(仮称)の改装も、ルーカスとマルセルの指揮のもと、着々と進んでいた。資金難は相変わらずで、内装は中古の家具をリメイクしたり、壁の漆喰塗りをルーカスが(途中で投げ出しそうになりながらも)手伝ったりと、手作り感満載だ。
フィオナが修行から戻ると、埃とペンキの匂いが混じる自分の店で、マルセルが淹れてくれるハーブティーを飲みながら進捗を確認するのが日課になっていた。
「お嬢様、オーブンの設置場所ですが、こちらでよろしいでしょうか。熱効率を考えますと…」
マルセルは、いつの間にか建築設計士のようなことまで言い始めている。彼の万能ぶりには、フィオナもルーカスも舌を巻くばかりだ。
「マルセルがいれば、国の一つや二つ、簡単に運営できそうだな…」
ルーカスの呟きは、あながち冗談には聞こえなかった。
そして数週間後、ついにレオンがフィオナを小麦粉の袋の前に立たせた。
「よし、嬢ちゃん。薪割りで少しは根性も据わったようだし、パンの『パ』の字くらいは教えてやる。いいか、パン職人にとって粉は戦友であり、時には気難しい恋人のようなもんだ。まず、その声を聞け。そして、機嫌を損ねないように、優しく、だがしっかりと向き合え」
レオン流の独特すぎる比喩表現に、フィオナはきょとんとする。
「こ、声…ですか?」
「そうだ。粉にも色々あってな、産地、挽き方、その日の湿度で全く表情が変わる。それを感じ取れねえ奴は、一生パン焼き人形だ」
そう言って、レオンは数種類の小麦粉をフィオナの前に並べた。
しかし、実践となると前途多難。
フィオナはレオンの指示通りに材料を混ぜようとして、勢い余って小麦粉を頭から被り、雪だるまのようになる。酵母の量を間違えてボウルから生地が溢れ出し、厨房がパン生地モンスターに占拠されそうになる(ルーカスとマリーさん総出で鎮圧)。
「このド素人がぁ! 俺の貴重な粉を何だと思ってるんだ!」
レオンの怒声が店内に響き渡るが、マリーさんが「はいはい、親方も最初はそんなもんだったでしょ。お茶でも飲んで落ち着いて」と巧みにいなし、ルーカスが「フィオナ、ドンマイ!これも経験だ!」と的外れな励ましをする。フィオナは縮こまりながらも、失敗から何かを掴もうと必死だった。
そんなある日、レオンが珍しく上機嫌な顔で、特別なパンを焼いた。それは、見たこともない黒っぽいライ麦粉と、数種類のハーブが練り込まれた、野性的な香りのパンだった。一口食べたフィオナは、その複雑で奥深い味わいに衝撃を受ける。
「こ、このパンは…! なんて素晴らしい香りなのでしょう!」
「ふん。まあ、たまにはこういうのもな」
「このライ麦粉は、どちらのものなのですか? ハーブも…」
目を輝かせて尋ねるフィオナに、レオンはニヤリと笑った。
「そんなもんは、自分で探し出すもんだ。本当に美味いパンを焼きてえなら、最高の材料を見抜く目と、それを手に入れるための足が必要だ。お嬢様育ちのてめえに、それができるか?」
その挑発的な言葉に、フィオナの心に火がついた。
翌日、レオンはフィオナの前に小さな革袋を置いた。中にはわずかばかりの銅貨。
「いいか、嬢ちゃん。明日、隣町の朝市で、最高のライ麦粉を一袋、それから新鮮なローズマリーを一束手に入れてこい。予算はこれだけだ。どうやって運ぶかも、てめえで考えろ。もし、くだらんもん掴まされてきやがったら…どうなるか分かってるな?」
それは、ほとんど無理難題に近い、初めての「買い出し」の課題だった。
隣町までは馬車でも半日はかかる。予算はギリギリ。しかも、最高の材料を見分ける目など、フィオナにあるはずもない。
だが、フィオナは怯まなかった。むしろ、その瞳は冒険を前にした子供のように輝いていた。
「はい、親方! 必ず、最高のものを手に入れてまいります!」
「誰が親方だと言っとるだろうが!」
レオンの怒鳴り声も、今のフィオナには心地よいエールのように聞こえるのだった。
こうして、フィオナの「材料調達の小冒険」が、幕を開けようとしていた。
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