笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~

虹湖🌈

文字の大きさ
17 / 96

第17話 王家の茶会と、パンが繋ぐ小さな奇跡

しおりを挟む
 茶会当日の朝。フィオナは、夜明けの薄明かりが工房に差し込む前から、一心不乱にパンを焼き上げていた。焼き慣れたはずの「心の庭園ブレッド」と「希望のプチ・コローヌ」。しかし、今日ばかりは窯に入れる手のひらに、じっとりと汗が滲む。
「フィオナ様、これ、お守りです! 私の村で一番効き目があるって評判なんですよ!」
 エリィが、手作りの小さな布袋をフィオナに握らせる。中には、乾燥したハーブの良い香りがした。
「お嬢様、万が一の事態に備え、会場の周囲には我がヴィルヘルム家の者を数名、配置しておりますのでご安心を。…いえ、決してリリアンヌ様を疑っているわけではございませんが、念のため」
 マルセルは、いつもの冷静な口調で物騒なことを言いながら、フィオナの肩にそっとショールをかける。そのショールも、彼がどこからか調達してきた一級品だ。
「もし何かあったら、この俺が…えーと、とりあえず大声で騒いで撹乱くらいはしてやる! だから、胸張って行ってこい!」
 ルーカスは、頼りになるようなならないようなエールを送りつつ、フィオナの背中を力強く(しかし加減して)叩いた。
 三人の温かい励ましに送られ、フィオナはマルセルが手配した目立たないながらも品の良い馬車に乗り込み、久しぶりの王城へと向かった。

 高くそびえる城門をくぐり、磨き上げられた回廊を進む。その空気の冷たさと重圧感に、フィオナは思わず息をのんだ。婚約破棄を告げられた、あの悪夢のような夜会が脳裏をよぎる。
 茶会の会場である中庭に面したサンルームには、既に数名の貴婦人や令嬢たちが集い、優雅におしゃべりに興じていた。その中には、かつてフィオナに冷ややかな視線を向け、陰口を叩いていた者たちの顔もちらほら見える。彼女たちはフィオナの姿を認めると、一瞬驚いたように目を見張り、そして扇の陰で何かを囁き始めた。
(……平常心、平常心よ、フィオナ。私はパン屋。今日はパンをお届けに来ただけ)
 フィオナが自分に言い聞かせていると、リリアンヌ嬢が緊張した面持ちで駆け寄ってきた。
「フィオナ様!お待ちしておりましたわ!パンは…」
「はい、こちらに。最高の出来でございます」
 フィオナは、リリアンヌに微笑みかけ、持参したバスケットをそっと差し出した。

 やがて、ライアス王太子が姿を現すと、会場の空気がピリッと引き締まる。彼は、相変わらず美しいがどこか影のある表情で、リリアンヌの隣の席に着いた。
 そして、いよいよフィオナのパンがお披露目される時が来た。
 銀のトレイに乗せられた「心の庭園ブレッド」と「希望のプチ・コローヌ」が、貴族たちのテーブルへと運ばれていく。その素朴ながらも洗練された佇まいと、ふわりと漂うハーブの香りに、会場が微かにざわめいた。
「まあ、これが例の…街の片隅のパンですって?」
「おハーブの使い方が、なかなかに大胆ですわね」
 最初は訝しげな視線を向けていた貴婦人たちも、一口パンを口に運ぶなり、その表情を変えていく。
「あら…このライ麦パン、複雑で奥深い味わいだこと!」
「この小さな王冠のパン、中に入っているのはオレンジかしら?なんて爽やかな…!」
 あちこちから、小さな感嘆の声が漏れ始めた。中には、あまりの美味しさに言葉を失い、ただうっとりとパンを見つめている令嬢もいる。

 そして、注目のライアス王太子。彼は、目の前に置かれた「心の庭園ブレッド」を、無表情のまま手に取った。隣では、リリアンヌが祈るような目で見守っている。
 ゆっくりとパンを口に運ぶライアス。その眉が、ほんの僅かに動いた。そして、もう一口。彼の硬直していた表情が、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ和らいだように見えたのは、フィオナの気のせいだろうか。
「殿下…そのパンは、フィオナ様が…わたくし達のために、特別に焼いてくださったものでございますの」
 リリアンヌが、勇気を振り絞って声をかける。
 ライアスは、ゆっくりと顔を上げ、フィオナを一瞥した。その視線は、かつての冷酷なものではなく、どこか探るような、複雑な色を帯びている。
 フィオナは、緊張で心臓が早鐘を打つのを感じながらも、背筋を伸ばし、控えめに言った。
「このパンが、ほんの少しでも皆様の心に安らぎをもたらせますようにと…心を込めてお作りいたしました」
 その言葉に嘘はなかった。

 茶会は、その後、フィオナのパンの話題で持ちきりとなった。最初は遠巻きに見ていた貴族たちも、次々とフィオナのパンに手を伸ばし、その斬新な味わいに驚きと称賛の声を上げる。中には、「私の屋敷のパーティーでも、ぜひこのパンを!」と早速リリアンヌに打診する者まで現れる始末だ。
 リリアンヌは、涙ぐみながらフィオナに何度も感謝の言葉を述べた。彼女の顔には、久しぶりに心からの笑顔が戻っていた。

 そして、茶会がお開きになろうという時だった。
 ライアス王太子が、ふとフィオナのそばに立ち止まり、低い声で一言だけ告げた。
「……悪くないパンだった。特に、あのハーブのパンは…心が落ち着くような、不思議な味がした」
 そして、彼は微かに口元を緩めると、こう付け加えたのだ。
「また、食べる機会は…あるのだろうか?」
 その言葉は、問いかけのようでいて、どこか期待を滲ませているようにも聞こえた。

 王城からの帰り道。フィオナは、夕焼けに染まる空を馬車の窓から見上げながら、ライアスの最後の言葉を胸の中で何度も繰り返していた。
 それは、大きな達成感と共に、これから何かが変わっていくかもしれないという、新たな未来への予感を運んできていた。
 アトリエ・フィオナの小さな灯りが、王都の片隅で、さらに明るく、そして確かな輝きを放ち始めた瞬間だった。
 もちろん、店に戻れば、ルーカスとマルセル、そしてエリィからの質問攻めと、手放しの(そして少しズレた)称賛が待っていることも、フィオナはちゃんと予感していたのだが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

【完結】婚約破棄された辺境伯爵令嬢、氷の皇帝に溺愛されて最強皇后になりました

きゅちゃん
ファンタジー
美貌と知性を兼ね備えた辺境伯爵令嬢エリアナは、王太子アレクサンダーとの婚約を誇りに思っていた。しかし現れた美しい聖女セレスティアに全てを奪われ、濡れ衣を着せられて婚約破棄。故郷に追放されてしまう。 そんな時、隣国の帝国が侵攻を開始。父の急死により戦場に立ったエリアナは、たった一人で帝国軍に立ち向かうことにー 辺境の令嬢がどん底から這い上がる、最強の復讐劇が今始まる!

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

私を追放した王子が滅びるまで、優雅にお茶を楽しみますわ

タマ マコト
ファンタジー
王国の茶会の場で、マリアンヌは婚約者である王子アレクシスから突然の婚約破棄を告げられる。 理由は「民に冷たい」という嘘。 新しい聖女リリアの策略により、マリアンヌは「偽りの聖女」として追放される。 だがマリアンヌは涙を見せず、静かに礼をしてその場を去る。 辺境の地で彼女は小さな館を構え、「静寂の館」と名づけ、紅茶と共に穏やかな日々を過ごし始める。 しかし同時に、王都では奇跡が失われ、作物が枯れ始めていた――。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。 悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。

処理中です...