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アトリエ・フィオナと始祖の祝福 ~幻の食材と、笑顔を巡る冒険~
第38話 鉄鋼の街と、頑固者のための黒パン
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霧守の一族からの温かい見送りを背に、フィオナたちの馬車は新たな目的地「灼熱火山」を目指した。長老から授かった手紙と、最高の登山道具を作れるという旧友の鍛冶職人を頼って。
緑豊かな森を抜け、街道は次第に岩肌が目立つ荒涼とした土地へと変わっていく。空気は乾き、遠くに見える山の頂からは、不気味な黒い煙がゆらりと立ち上っていた。
数日後、一行がたどり着いたのは、灼熱火山の麓に築かれた街「ヴォルカン」。
カン!カン!と、規則正しくも力強いハンマーの音が絶え間なく響き渡り、工房の煙突からは黒い煙が立ち上る。すれ違う人々は皆、屈強で日に焼けた鉱夫や、腕の太い鍛冶職人たち。街全体が、鉄と石炭の匂い、そしてむっとするような熱気に包まれていた。それは、これまでの旅で訪れたどの場所とも違う、無骨で、力強いエネルギーに満ちた街だった。
しかし、そのエネルギーとは裏腹に、人々の表情はどこか暗く、街の空気は重くよどんでいるように感じられた。
「なんだか、みんなイライラしてるみたいだな…。 挨拶しても、睨み返されちまったぜ」
ルーカスが、不満げにぼやく。
「ええ…。それに、あれほど響いているハンマーの音も、どこか楽しげではありませんわね。まるで、義務感だけで叩いているような…」
フィオナも、その違和感を口にした。
宿屋の主人に事情を尋ねると、重々しいため息と共に、街が抱える問題が語られた。
街一番の腕を持つと言われる頑固一徹の鍛冶職人の親方、ボルガンが、彼の一番弟子である若者テオと大喧嘩の末、一週間も前から仕事場に引きこもってしまっているというのだ。
「ボルガン親方が仕事をせにゃあ、鉱夫たちのツルハシも、わしらの鍋釜も直せねえ。テオの奴も、親方と喧嘩してからってえと、毎晩酒場で荒れてるしよ…。おかげで、街の仕事がすっかり滞っちまって、みんな困り果ててるのさ」
またしても、人の心のすれ違い。フィオナたちは、それぞれのやり方で情報収集を開始した。
エリィは、職人たちの妻たちが集まる市場へ。「まあ、奥様!この街の男性は、皆さんたくましくて素敵ですわね!」などと、持ち前の愛嬌を振りまきながら、あっという間に輪の中心に溶け込む。そして、ボルガン親方が数年前に妻を亡くしてから一層頑固になったこと、しかし弟子のテオのことは実の息子のように可愛がっていたことなどを聞き出した。
ルーカスは、例によって酒場へ。若い職人たちと腕相撲大会を繰り広げ(結果は互角)、すっかり意気投合。「親方は、俺が王都で学んできた新しい鍛造技術を『伝統への裏切りだ!』って、頭ごなしに怒鳴りつけやがったんだ! 俺は、もっとこの街の役に立ちたいだけなのに…!」という、テオの悔し涙と本音を引き出すことに成功した。
そしてマルセルは、街の組合でボルガンの仕事が止まったことによる経済的損失を具体的な数値で把握し、さらに彼の過去の作品の図面(なぜか組合の資料室に眠っていた)を閲覧。「…ふむ。この精緻な設計と、細部に宿るこだわり。ボルガン氏は、単なる頑固者ではない。革新を恐れるのではなく、むしろ、自らが築き上げた『完璧』を、未熟な弟子に壊されることを恐れている…と、見るべきやもしれませんな」と、もはや心理カウンセラーのような分析を披露していた。
「頑固で、不器用で、でも本当は弟子を…そして、この街を誰よりも愛しているのね、ボルガン親方は」
宿屋に戻り、仲間たちの報告を聞いたフィオナは、静かに呟いた。その姿は、かつてレオン親方に叱咤激励されていた自分と、そして、誰にも理解されずに孤立していた過去の自分自身と、どこか重なって見えた。
「決まりですわ。あの頑固な親方の心を溶かすための、特別なパンを焼きます」
フィオナが思い描いたのは、この街の特産である、どっしりとした苦みとコクを持つ黒ビールでライ麦を捏ね上げた、特別な黒パン。鉄のように無骨な見た目だが、噛めば噛むほどに滋味と、そして黒ビールがもたらすほのかな甘みが広がる、優しさを秘めたパンだ。
フィオナが厨房でパン作りに取り掛かっている間、仲間たちも動いていた。ルーカスは、酒場でやさぐれていたテオの肩を掴む。
「おい、テオ!お前、このままでいいのかよ。親父さんの気持ちも、少しは考えてやったらどうだ? …今から、俺の連れが、お前らのためのパンを焼く。それを、お前自身の手で、親父さんに届けてやれ」
ぶっきらぼうだが、真剣なルーカスの言葉に、テオはハッとしたように顔を上げた。
工房では、フィオナが黒ビールの扱いに少し手こずっていた。味見のために少しだけ口に含み、ほんのり顔を赤らめていると、様子を見に来たルーカスに「おいおい、フィオナ。酔っぱらいながらパンを焼く気か? そりゃあ、ある意味で斬新なパンができるかもしれんがな!」とからかわれる。
「ち、違いますわよ! これは、あくまで味の確認で…!」
やがて、鉄塊のような見た目からは想像もつかないほど、豊かで香ばしい香りを放つ「親方のための黒パン」が、見事に焼き上がった。
フィオナは、そのまだ温かいパンを手に、ルーカスに説得されてやってきたテオと共に、固く閉ざされたボルガン親方の工房の扉へと向かう。中からは、何の物音もしない。
テオがためらうのを尻目に、フィオナは凛とした声で、扉を叩いた。
「ボルガン親方! 私、旅のパン職人で、フィオナと申します! 貴方のために、パンを焼いてまいりました!」
ハンマーの音が止んだ静かな街に、その声が、まっすぐに響き渡った。
緑豊かな森を抜け、街道は次第に岩肌が目立つ荒涼とした土地へと変わっていく。空気は乾き、遠くに見える山の頂からは、不気味な黒い煙がゆらりと立ち上っていた。
数日後、一行がたどり着いたのは、灼熱火山の麓に築かれた街「ヴォルカン」。
カン!カン!と、規則正しくも力強いハンマーの音が絶え間なく響き渡り、工房の煙突からは黒い煙が立ち上る。すれ違う人々は皆、屈強で日に焼けた鉱夫や、腕の太い鍛冶職人たち。街全体が、鉄と石炭の匂い、そしてむっとするような熱気に包まれていた。それは、これまでの旅で訪れたどの場所とも違う、無骨で、力強いエネルギーに満ちた街だった。
しかし、そのエネルギーとは裏腹に、人々の表情はどこか暗く、街の空気は重くよどんでいるように感じられた。
「なんだか、みんなイライラしてるみたいだな…。 挨拶しても、睨み返されちまったぜ」
ルーカスが、不満げにぼやく。
「ええ…。それに、あれほど響いているハンマーの音も、どこか楽しげではありませんわね。まるで、義務感だけで叩いているような…」
フィオナも、その違和感を口にした。
宿屋の主人に事情を尋ねると、重々しいため息と共に、街が抱える問題が語られた。
街一番の腕を持つと言われる頑固一徹の鍛冶職人の親方、ボルガンが、彼の一番弟子である若者テオと大喧嘩の末、一週間も前から仕事場に引きこもってしまっているというのだ。
「ボルガン親方が仕事をせにゃあ、鉱夫たちのツルハシも、わしらの鍋釜も直せねえ。テオの奴も、親方と喧嘩してからってえと、毎晩酒場で荒れてるしよ…。おかげで、街の仕事がすっかり滞っちまって、みんな困り果ててるのさ」
またしても、人の心のすれ違い。フィオナたちは、それぞれのやり方で情報収集を開始した。
エリィは、職人たちの妻たちが集まる市場へ。「まあ、奥様!この街の男性は、皆さんたくましくて素敵ですわね!」などと、持ち前の愛嬌を振りまきながら、あっという間に輪の中心に溶け込む。そして、ボルガン親方が数年前に妻を亡くしてから一層頑固になったこと、しかし弟子のテオのことは実の息子のように可愛がっていたことなどを聞き出した。
ルーカスは、例によって酒場へ。若い職人たちと腕相撲大会を繰り広げ(結果は互角)、すっかり意気投合。「親方は、俺が王都で学んできた新しい鍛造技術を『伝統への裏切りだ!』って、頭ごなしに怒鳴りつけやがったんだ! 俺は、もっとこの街の役に立ちたいだけなのに…!」という、テオの悔し涙と本音を引き出すことに成功した。
そしてマルセルは、街の組合でボルガンの仕事が止まったことによる経済的損失を具体的な数値で把握し、さらに彼の過去の作品の図面(なぜか組合の資料室に眠っていた)を閲覧。「…ふむ。この精緻な設計と、細部に宿るこだわり。ボルガン氏は、単なる頑固者ではない。革新を恐れるのではなく、むしろ、自らが築き上げた『完璧』を、未熟な弟子に壊されることを恐れている…と、見るべきやもしれませんな」と、もはや心理カウンセラーのような分析を披露していた。
「頑固で、不器用で、でも本当は弟子を…そして、この街を誰よりも愛しているのね、ボルガン親方は」
宿屋に戻り、仲間たちの報告を聞いたフィオナは、静かに呟いた。その姿は、かつてレオン親方に叱咤激励されていた自分と、そして、誰にも理解されずに孤立していた過去の自分自身と、どこか重なって見えた。
「決まりですわ。あの頑固な親方の心を溶かすための、特別なパンを焼きます」
フィオナが思い描いたのは、この街の特産である、どっしりとした苦みとコクを持つ黒ビールでライ麦を捏ね上げた、特別な黒パン。鉄のように無骨な見た目だが、噛めば噛むほどに滋味と、そして黒ビールがもたらすほのかな甘みが広がる、優しさを秘めたパンだ。
フィオナが厨房でパン作りに取り掛かっている間、仲間たちも動いていた。ルーカスは、酒場でやさぐれていたテオの肩を掴む。
「おい、テオ!お前、このままでいいのかよ。親父さんの気持ちも、少しは考えてやったらどうだ? …今から、俺の連れが、お前らのためのパンを焼く。それを、お前自身の手で、親父さんに届けてやれ」
ぶっきらぼうだが、真剣なルーカスの言葉に、テオはハッとしたように顔を上げた。
工房では、フィオナが黒ビールの扱いに少し手こずっていた。味見のために少しだけ口に含み、ほんのり顔を赤らめていると、様子を見に来たルーカスに「おいおい、フィオナ。酔っぱらいながらパンを焼く気か? そりゃあ、ある意味で斬新なパンができるかもしれんがな!」とからかわれる。
「ち、違いますわよ! これは、あくまで味の確認で…!」
やがて、鉄塊のような見た目からは想像もつかないほど、豊かで香ばしい香りを放つ「親方のための黒パン」が、見事に焼き上がった。
フィオナは、そのまだ温かいパンを手に、ルーカスに説得されてやってきたテオと共に、固く閉ざされたボルガン親方の工房の扉へと向かう。中からは、何の物音もしない。
テオがためらうのを尻目に、フィオナは凛とした声で、扉を叩いた。
「ボルガン親方! 私、旅のパン職人で、フィオナと申します! 貴方のために、パンを焼いてまいりました!」
ハンマーの音が止んだ静かな街に、その声が、まっすぐに響き渡った。
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