悪役令嬢ですが、探偵業が天職でした ~皮肉と推理で人生逆転、ついでに世直しいたします!~

虹湖🌈

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第25話 鍵と手紙と、夜明け前の誓い

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 修道院の重厚な木の門が、私たちの背後でゆっくりと閉ざされた。ようやく、悪夢のような埠頭から生還したのだという実感が、ずしりとした疲労と共に全身にのしかかってくる。
 シスターたちが、心配そうな顔で私たちを出迎え、すぐにルークが担いでいたジャックを医務室へと運んでくれた。彼の容態は予断を許さないが、ひとまず命に別状はないようだ。

 私の部屋に戻ると、ルークが手早く暖炉に火を入れ、アンセル検事補がどこからか熱いハーブティーを淹れてくれた。その温かさが、凍えた体にじんわりと沁みていく。
「もう…わたくし、二度とあんな汚い場所には行きたくありませんわ…」
 ソファにぐったりと倒れ込んだセレナ嬢が、煤で汚れたシルクのドレスの裾を悲しげにつまみながら、大きなため息をついた。
「お風呂に入りたい…薔薇の香りの泡風呂に、一刻も早く…!」
 しかし、その声にはいつものようなヒステリックな響きはなく、むしろ、やり遂げた後のような奇妙な達成感が滲んでいるように聞こえたのは、私の気のせいかしら?

「本当に、ありがとう。皆のおかげで、なんとか切り抜けられたわ」
 私は、心からの感謝を込めて頭を下げた。一人では、決してここまで来ることはできなかっただろう。
「レイナ様…」アンセルが、少し照れたように視線を逸らす。
「べ、別に、あなたのためじゃありませんことよ!」セレナは顔を赤らめ、そっぽを向いてしまう。…素直じゃないのね、このヒロイン様は。ルークは、黙って暖炉の火を見つめているけれど、その横顔はどこか誇らしげに見えた。

 しばしの沈黙の後、私は今回の出来事を振り返った。
「あの爆発…セレナ様の言う通り、まるで花火のようだったわね」
「ええ」アンセルも頷く。「通常の爆薬による破壊とは、少し性質が異なっていたように思います。あれほど大規模な炎上騒ぎになったのは、おそらく倉庫内にあった密輸品――おそらく油か何か――に引火したからでしょう。爆発そのものは、むしろ…何かの合図か、あるいは警告のような…」
「カイト…かしらね」私が呟くと、部屋の空気が再び緊張する。あの情報屋の、不気味な笑みが脳裏をよぎる。

 私は懐から、カイトが投げ渡した古びた鍵を取り出し、テーブルの上に置いた。複雑な紋章が刻まれている。
「一体、何の鍵でしょう…?」アンセルが眉を寄せる。
「どこかの宝箱の鍵かしら! きっと、キラキラした宝石がたくさん詰まっているに違いありませんわ!」
 …セレナ嬢、あなたの頭の中は、まだお花畑なのね。

 私は何も言わず、もう一つの大切なもの――母の手紙をテーブルの上に広げた。黄ばんだ羊皮紙に、インクが滲んだ母の優美な筆跡。
 改めてその内容に目を通すと、若き日の母の苦悩と、ダドリー子爵への明確な拒絶の意思、そして生まれたばかりの私への限りない愛情が、痛いほど伝わってくる。そして、やはり気になるのは、子爵が母の何らかの「秘密」を握り、それをネタに脅迫めいたことをしていた、というくだりだ。

「この手紙と、この鍵…何か関係があるのかもしれないわ…」
 私がそう呟くと、セレナが、意外にも真剣な表情で手紙を覗き込んだ。
「まあ…レイナ様のお母様も、大変なご苦労をなさったのですね…。でも、お手紙の文字からは、とても心の強い、愛情深い方だったということが伝わってきますわ」
 その言葉は、私の胸に温かく響いた。このお嬢様も、ただの世間知らずではないのかもしれない。

「今後のことですが…」アンセルが、重々しく口を開いた。「まずはジャック氏の意識が回復し、詳細な証言を得ることが重要です。そして、持ち帰った帳簿を徹底的に分析し、ダドリー子爵、ならびに王都の黒幕を特定し、法の下に裁かなくてはなりません」
「王都のお父様に相談すれば、何かお力になれるかもしれませんわ」セレナも、真剣な表情で提案する。「アシュフォード家の名誉にかけて、このような不正は見過ごせませんもの」

 皆の言葉を聞きながら、私は母の手紙と、カイトが残した鍵をじっと見つめていた。
(母様が守ろうとした「真実」…ダドリー子爵が握っていた母様の「秘密」…そして、カイトが私に託したこの鍵…全てが、どこかで繋がっているような気がする…)
 それが何なのかはまだわからないけれど、この謎を解き明かすことが、私の本当の戦いの始まりなのかもしれない。

 深夜。話し合いを終え、アンセルとセレナもそれぞれの部屋(もちろん、修道院に無理を言って用意してもらった)へと戻っていった。ルークは、私が眠りにつくまで、部屋の外で見守ってくれているだろう。
 私は一人、ようやくベッドに倒れ込んだ。しかし、体は鉛のように重いのに、頭は冴えわたり、とても眠れそうにない。

 カイトが残した鍵を、月明かりにかざしてみる。奇妙な紋章…。どこかで見たような気もするけれど、思い出せない。
 私は諦めて、再び母の手紙を手に取った。何度も読み返したその文章の中に、何か見落としはないだろうか…。

 そして、ふと、手紙の最後の方にある、追伸のような短い一文に目が留まった。以前は、母の感傷的な言葉の一つとしか思っていなかった、その記述。

『…あの子がいつか、星の庭園に眠る、小さな秘密の箱を見つけられますように。そこには、私が守りたかった、ささやかな希望が…』

(星の庭園…? 小さな秘密の箱…?)
 その言葉と、手にした鍵の紋章が、私の頭の中で、まるで稲妻のように結びついた!
 あの紋章は…確か、フローレンス公爵家の庭園の奥、今はもう忘れ去られた古い礼拝堂のステンドグラスに描かれていた、「星詠みの紋章」に酷似している!

 まさか…!
 私は息をのんだ。母が残した「ささやかな希望」とは? それは、この鍵で開かれるというのだろうか?
 夜明けが、待ち遠しかった。
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