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第16話 王城ブリーフィングと、プロの流儀
王都ルミナは、活気に満ちていた。
石畳の道を多くの人々が行き交い、露店からは陽気な呼び声が聞こえる。だが、私の「静寂のイヤーマフ」は、その喧騒を心地よい環境音レベルにまで抑え込んでくれていた。快適だ。
しかし、街の中心に近づくにつれて、その雰囲気はわずかに翳りを帯びてくる。人々の顔に浮かぶ、一抹の不安。そして、風向きによっては、ツンと鼻を突く、化学薬品とカビが混じったような微かな異臭。
(街全体が、緩やかに汚染されつつある…)
私は、観光客のように景色を眺めるふりをしながら、汚染の浸透レベルを冷静に分析していた。
私の前では、秘書として体裁を整えようとするアストライアが、騎士団長と魔術師長に必死に話しかけている。
『いやあ、立派な街ですね! この城壁は、いつ頃の建築様式で…』
「……五百年前だ」
『さようでございますか! あの時計塔の魔法技術も素晴らしい!』
「……旧式だがな」
騎士団長の返事は、必要最低限。魔術師長グレンダルに至っては、完全に無視を決め込んでいる。アストライアのメンタルが心配になるが、これも彼女の仕事だ。頑張ってもらおう。
やがて我々は、壮麗な王城へとたどり着いた。
通された謁見の間は、天井が高く、巨大なタペストリーが飾られた、いかにもな空間だった。玉座には、疲れた顔の中年の男性――この国の王、アリストテール三世が座っていた。
「面を上げよ。女神アストライア様の使い、浄化の専門家とやら」
王の言葉は、威厳がありながらも、藁にもすがるような響きを帯びていた。
まず、魔術師長グレンダルが進み出て、状況を説明し始めた。その口調は、まるで難解な学術論文を発表する教授のようだ。
「陛下。改めてご説明しますと、かの『呪われた霧』は、高密度の残留魔力と、正体不明の呪詛が複合的に絡み合った、極めて特殊な霊的汚染物質です。我らがギルドの誇る高位浄化魔法は、霧に触れたそばから中和・無力化される。前例のない、まさに『浄化不能事象』であります」
彼はどこか誇らしげですらあった。まるで、自分の無能さを、現象の学術的価値にすり替えているようだ。
次に、騎士団長が一歩前に出る。
「我ら騎士団も、精鋭部隊を組んで霧の内部へ突入を試みましたが、視界はほぼゼロ。呼吸するだけで体力を奪われ、内部から湧き出る『スモッグ・ビースト』なる魔物の迎撃で、進軍は困難を極めております。現状、霧の拡大を防ぐのが精一杯。根本的解決には至っておりません」
二人の報告が終わると、玉座の王は、重い溜息をついた。そして、その視線が、黙って聞いているだけの私へと注がれる。
「…専門家殿。そなたの意見を聞きたい。何か、策はあるか?」
謁見の間の全員の視線が、私一人に集まる。
私は、ゆっくりと顔を上げると、静かに、しかしはっきりと告げた。
「お話の前に、まず三つのものを」
私の予想外の言葉に、その場の全員が眉をひそめる。
「一つ、霧の内部の空気を採取したサンプル。一つ、霧によって汚染された建造物の壁片。そして可能であれば、その『スモッグ・ビースト』の検体。生きたまま捕獲し、結界で封じたものを一体」
私は、彼らが「呪い」や「魔物」と呼ぶ現象を、あくまで「汚れ」と「害虫」として扱った。
グレンダルが、侮蔑したように鼻を鳴らす。
「ふん、サンプルだと? そんな原始的な調査で、この神の領域の呪詛が解明できるとでも?」
「ですが、陛下!」
アストライアが、マネージャーとしてすかさず割って入る。
『専門家による初期調査には、適切なサンプリングが不可欠です! もちろん、検体の採取に伴う危険作業に関しましては、別途、特別報酬を請求させていただきます! 見積書は後ほど!』
商売上手になってきたな、私の弟子は。
王は、我々のやり取りを興味深そうに見ていたが、やがて「よかろう」と頷いた。
「そなたたちの要求を許可する。すぐに手配させよう」
「感謝いたします」
私が頭を下げると、王は続けた。
「して、専門家殿。調査中、そなたの身柄は、騎士団と魔術師ギルド、どちらの監督下に置くことを望む?」
それは、二つの派閥の、どちらに付くかという政治的な問いだった。
面倒くさい。実に、面倒くさい。
だから私は、迷いなく答えた。
「どちらもお断りします」
謁見の間が、シン、と静まり返る。
「今回の作業にあたり、わたくしは、王都の一角に、全権を委任された独立した『現場事務所』を要求します。騎士団やギルドの指揮下には入りません。全ての報告は、わたくしの秘書を通じ、陛下に直接行います。それが、この依頼をお受けする最低条件です」
私の、あまりに不遜な要求。
騎士団長と魔術師長の顔が、怒りと屈辱に歪むのが見えた。
王は、驚きに目を見開いたまま、動かない。
私は、その反応を静かに待ちながら、心の中で、追加料金の請求書に、新たな項目を書き加えていた。
――『中間管理職の調整に伴う、特別ストレス手当』、と。
石畳の道を多くの人々が行き交い、露店からは陽気な呼び声が聞こえる。だが、私の「静寂のイヤーマフ」は、その喧騒を心地よい環境音レベルにまで抑え込んでくれていた。快適だ。
しかし、街の中心に近づくにつれて、その雰囲気はわずかに翳りを帯びてくる。人々の顔に浮かぶ、一抹の不安。そして、風向きによっては、ツンと鼻を突く、化学薬品とカビが混じったような微かな異臭。
(街全体が、緩やかに汚染されつつある…)
私は、観光客のように景色を眺めるふりをしながら、汚染の浸透レベルを冷静に分析していた。
私の前では、秘書として体裁を整えようとするアストライアが、騎士団長と魔術師長に必死に話しかけている。
『いやあ、立派な街ですね! この城壁は、いつ頃の建築様式で…』
「……五百年前だ」
『さようでございますか! あの時計塔の魔法技術も素晴らしい!』
「……旧式だがな」
騎士団長の返事は、必要最低限。魔術師長グレンダルに至っては、完全に無視を決め込んでいる。アストライアのメンタルが心配になるが、これも彼女の仕事だ。頑張ってもらおう。
やがて我々は、壮麗な王城へとたどり着いた。
通された謁見の間は、天井が高く、巨大なタペストリーが飾られた、いかにもな空間だった。玉座には、疲れた顔の中年の男性――この国の王、アリストテール三世が座っていた。
「面を上げよ。女神アストライア様の使い、浄化の専門家とやら」
王の言葉は、威厳がありながらも、藁にもすがるような響きを帯びていた。
まず、魔術師長グレンダルが進み出て、状況を説明し始めた。その口調は、まるで難解な学術論文を発表する教授のようだ。
「陛下。改めてご説明しますと、かの『呪われた霧』は、高密度の残留魔力と、正体不明の呪詛が複合的に絡み合った、極めて特殊な霊的汚染物質です。我らがギルドの誇る高位浄化魔法は、霧に触れたそばから中和・無力化される。前例のない、まさに『浄化不能事象』であります」
彼はどこか誇らしげですらあった。まるで、自分の無能さを、現象の学術的価値にすり替えているようだ。
次に、騎士団長が一歩前に出る。
「我ら騎士団も、精鋭部隊を組んで霧の内部へ突入を試みましたが、視界はほぼゼロ。呼吸するだけで体力を奪われ、内部から湧き出る『スモッグ・ビースト』なる魔物の迎撃で、進軍は困難を極めております。現状、霧の拡大を防ぐのが精一杯。根本的解決には至っておりません」
二人の報告が終わると、玉座の王は、重い溜息をついた。そして、その視線が、黙って聞いているだけの私へと注がれる。
「…専門家殿。そなたの意見を聞きたい。何か、策はあるか?」
謁見の間の全員の視線が、私一人に集まる。
私は、ゆっくりと顔を上げると、静かに、しかしはっきりと告げた。
「お話の前に、まず三つのものを」
私の予想外の言葉に、その場の全員が眉をひそめる。
「一つ、霧の内部の空気を採取したサンプル。一つ、霧によって汚染された建造物の壁片。そして可能であれば、その『スモッグ・ビースト』の検体。生きたまま捕獲し、結界で封じたものを一体」
私は、彼らが「呪い」や「魔物」と呼ぶ現象を、あくまで「汚れ」と「害虫」として扱った。
グレンダルが、侮蔑したように鼻を鳴らす。
「ふん、サンプルだと? そんな原始的な調査で、この神の領域の呪詛が解明できるとでも?」
「ですが、陛下!」
アストライアが、マネージャーとしてすかさず割って入る。
『専門家による初期調査には、適切なサンプリングが不可欠です! もちろん、検体の採取に伴う危険作業に関しましては、別途、特別報酬を請求させていただきます! 見積書は後ほど!』
商売上手になってきたな、私の弟子は。
王は、我々のやり取りを興味深そうに見ていたが、やがて「よかろう」と頷いた。
「そなたたちの要求を許可する。すぐに手配させよう」
「感謝いたします」
私が頭を下げると、王は続けた。
「して、専門家殿。調査中、そなたの身柄は、騎士団と魔術師ギルド、どちらの監督下に置くことを望む?」
それは、二つの派閥の、どちらに付くかという政治的な問いだった。
面倒くさい。実に、面倒くさい。
だから私は、迷いなく答えた。
「どちらもお断りします」
謁見の間が、シン、と静まり返る。
「今回の作業にあたり、わたくしは、王都の一角に、全権を委任された独立した『現場事務所』を要求します。騎士団やギルドの指揮下には入りません。全ての報告は、わたくしの秘書を通じ、陛下に直接行います。それが、この依頼をお受けする最低条件です」
私の、あまりに不遜な要求。
騎士団長と魔術師長の顔が、怒りと屈辱に歪むのが見えた。
王は、驚きに目を見開いたまま、動かない。
私は、その反応を静かに待ちながら、心の中で、追加料金の請求書に、新たな項目を書き加えていた。
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