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第23話 規則(ルール)という名の壁と、史上最悪の現場
黒曜石の扉は、私の行く手を阻む、ただの扉ではなかった。
私がドアノブに手をかけようとした、その瞬間。目の前の空間に、光の文字が、おびただしい数、浮かび上がった。
【古代技術書庫・入室申請フォーム(様式番号A-38)】
『氏名』『所属』『入室目的(五百字以内で簡潔に述べよ)』『指導神官の承認印』『王立魔術師ギルドの推薦状』……。
スクロールしてもスクロールしても終わらない、無数の入力項目。
「…………」
私の顔から、スッと表情が消えた。
これは、知っている。元の世界で、何度も私を苦しめた、あの忌まわしき「お役所仕事」の匂いだ。
「馬鹿馬鹿しい。扉は、開けるためにあるものよ」
私は申請フォームを無視し、扉にかけられた魔術的な錠前そのものを、浄化スキルで直接解除しようと試みた。私の魔力が、鍵穴の内部構造を解析し、その穢れを清めていく。
カチリ、と小さな音がした、その時だった。
『――許可ナキ錠前ノ操作ハ、書庫管理規定、第百七条、第四項ニ違反スル』
重々しく、抑揚のない声が響き、扉の横にあった石の彫像が、ギギギ、と動き出した。
それは、大理石と真鍮でできた、巨大なゴーレムだった。顔には、水晶でできた片眼鏡(モノクル)が嵌め込まれている。その姿は、戦士というより、厳格な図書館司書そのものだ。
「あなたは?」
『我ハ、当書庫ノ秩序ヲ守ル、古文書の番人(アーカイビスト・ゴーレム)。規則ニ従ワヌ者ノ入室ハ、一切ヲ、認可シナイ』
ゴーレムは、私を攻撃するそぶりは見せない。ただ、その巨大な体で、扉の前に仁王立ちするだけ。
暴力よりも厄介な、「規則」という名の壁だった。
「…そうですか。ですが、わたくしには、王家から発行された、全権が委任された閲覧パスがあります。規則の例外として、通していただきます」
『例外ハ存在シナイ。全テノ者ガ、規則ノ下ニ平等デアレ。ソレガ、当書庫ノ理念デアル』
ダメだ、話が通じない。石頭すぎる。
私は、このゴーレムと議論するだけ無駄だと判断し、その巨体の脇を、すり抜けるようにして、強引に書庫の内部へと侵入した。ゴーレムは、規則を破った私を、非難がましい青い光の目で、じっと見つめていた。
そして、内部に足を踏み入れた私は、後悔することになる。
この書庫は、私の想像を絶する、「史上最悪の現場」だったのだ。
まず、目についたのは、床に散らばる巻物の山。
「やれやれ、整理整頓からですか」
私は、プロの手際で、巻物を年代別、素材別に完璧に分類し、近くの本棚に美しく収めた。
――その、わずか数分後。
ガコン、という音と共に、本棚がひとりでに動き出し、中身を床にぶちまけた。そして、再び、元のカオスな状態に戻ってしまったのだ。
「……は?」
次に、机の上にこびりついた、古いインクのシミ。
私が、神具の【ピンポイント浄化スプレー】で、慎重にシミを除去した、その瞬間。
天井近くの棚から、別のインク瓶がひとりでに傾き、パリンと割れ、私の足元に、先ほどより遥かに大きく、質の悪いシミを作り上げた。
「……………」
こめかみに、青筋が浮かぶ。
極めつけは、ようやく見つけた、一脚の椅子。
私がそこに座り、手近にあった本を読もうとした、その刹那。
バサバサバサバサッ!
本のページが、意思を持ったように、猛烈な勢いでめくれ始め、凄まじい風切り音を立てて、私の静かな時間を妨害する。
私は、ついに、キレた。
手に持った本を、床に叩きつける。
「この書庫の設計者ッ! 絶対に、仕事ができない、自己満足の塊みたいな、陰湿なタイプの人間ねッ!!」
これは、ただの汚れじゃない。悪意あるシステムだ。
掃除をすれば、汚される。整理すれば、散らかされる。静寂を求めれば、騒音を立てられる。
私の仕事、私の哲学、私の存在そのものを、真っ向から否定してくる、最悪の敵。
私は、プライベートゲートで、即座にダンジョンの我が家へと撤退した。
そして、猛烈な勢いで、新たな神具の設計図を描き始めた。
私の瞳には、もはや研究者としての好奇心はない。
ただ、プロの清掃員としての、静かで、しかし、底なしの怒りの炎が燃えていた。
「待っていなさい、石頭ゴーレム。そして、性悪な古代の司書たち…」
ペンを走らせながら、私は、静かに、しかし力強く、宣戦布告する。
「あなたのその、非効率で、陰湿で、自己満足に満ちたシステムは、わたくしが、根こそぎ『最適化(おそうじ)』して差し上げます。…ええ、追加料金と、特別迷惑料を、たっぷりと乗せてね」
私がドアノブに手をかけようとした、その瞬間。目の前の空間に、光の文字が、おびただしい数、浮かび上がった。
【古代技術書庫・入室申請フォーム(様式番号A-38)】
『氏名』『所属』『入室目的(五百字以内で簡潔に述べよ)』『指導神官の承認印』『王立魔術師ギルドの推薦状』……。
スクロールしてもスクロールしても終わらない、無数の入力項目。
「…………」
私の顔から、スッと表情が消えた。
これは、知っている。元の世界で、何度も私を苦しめた、あの忌まわしき「お役所仕事」の匂いだ。
「馬鹿馬鹿しい。扉は、開けるためにあるものよ」
私は申請フォームを無視し、扉にかけられた魔術的な錠前そのものを、浄化スキルで直接解除しようと試みた。私の魔力が、鍵穴の内部構造を解析し、その穢れを清めていく。
カチリ、と小さな音がした、その時だった。
『――許可ナキ錠前ノ操作ハ、書庫管理規定、第百七条、第四項ニ違反スル』
重々しく、抑揚のない声が響き、扉の横にあった石の彫像が、ギギギ、と動き出した。
それは、大理石と真鍮でできた、巨大なゴーレムだった。顔には、水晶でできた片眼鏡(モノクル)が嵌め込まれている。その姿は、戦士というより、厳格な図書館司書そのものだ。
「あなたは?」
『我ハ、当書庫ノ秩序ヲ守ル、古文書の番人(アーカイビスト・ゴーレム)。規則ニ従ワヌ者ノ入室ハ、一切ヲ、認可シナイ』
ゴーレムは、私を攻撃するそぶりは見せない。ただ、その巨大な体で、扉の前に仁王立ちするだけ。
暴力よりも厄介な、「規則」という名の壁だった。
「…そうですか。ですが、わたくしには、王家から発行された、全権が委任された閲覧パスがあります。規則の例外として、通していただきます」
『例外ハ存在シナイ。全テノ者ガ、規則ノ下ニ平等デアレ。ソレガ、当書庫ノ理念デアル』
ダメだ、話が通じない。石頭すぎる。
私は、このゴーレムと議論するだけ無駄だと判断し、その巨体の脇を、すり抜けるようにして、強引に書庫の内部へと侵入した。ゴーレムは、規則を破った私を、非難がましい青い光の目で、じっと見つめていた。
そして、内部に足を踏み入れた私は、後悔することになる。
この書庫は、私の想像を絶する、「史上最悪の現場」だったのだ。
まず、目についたのは、床に散らばる巻物の山。
「やれやれ、整理整頓からですか」
私は、プロの手際で、巻物を年代別、素材別に完璧に分類し、近くの本棚に美しく収めた。
――その、わずか数分後。
ガコン、という音と共に、本棚がひとりでに動き出し、中身を床にぶちまけた。そして、再び、元のカオスな状態に戻ってしまったのだ。
「……は?」
次に、机の上にこびりついた、古いインクのシミ。
私が、神具の【ピンポイント浄化スプレー】で、慎重にシミを除去した、その瞬間。
天井近くの棚から、別のインク瓶がひとりでに傾き、パリンと割れ、私の足元に、先ほどより遥かに大きく、質の悪いシミを作り上げた。
「……………」
こめかみに、青筋が浮かぶ。
極めつけは、ようやく見つけた、一脚の椅子。
私がそこに座り、手近にあった本を読もうとした、その刹那。
バサバサバサバサッ!
本のページが、意思を持ったように、猛烈な勢いでめくれ始め、凄まじい風切り音を立てて、私の静かな時間を妨害する。
私は、ついに、キレた。
手に持った本を、床に叩きつける。
「この書庫の設計者ッ! 絶対に、仕事ができない、自己満足の塊みたいな、陰湿なタイプの人間ねッ!!」
これは、ただの汚れじゃない。悪意あるシステムだ。
掃除をすれば、汚される。整理すれば、散らかされる。静寂を求めれば、騒音を立てられる。
私の仕事、私の哲学、私の存在そのものを、真っ向から否定してくる、最悪の敵。
私は、プライベートゲートで、即座にダンジョンの我が家へと撤退した。
そして、猛烈な勢いで、新たな神具の設計図を描き始めた。
私の瞳には、もはや研究者としての好奇心はない。
ただ、プロの清掃員としての、静かで、しかし、底なしの怒りの炎が燃えていた。
「待っていなさい、石頭ゴーレム。そして、性悪な古代の司書たち…」
ペンを走らせながら、私は、静かに、しかし力強く、宣戦布告する。
「あなたのその、非効率で、陰湿で、自己満足に満ちたシステムは、わたくしが、根こそぎ『最適化(おそうじ)』して差し上げます。…ええ、追加料金と、特別迷惑料を、たっぷりと乗せてね」
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2021/2/14 第二章開幕
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