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第33話 宣戦布告(スペシャル・クリーニング)と、新たな仕事着(バトルスーツ)
私の拠点に、かつてないほどの、冷たい静寂が満ちていた。
それは、私のソロライフがもたらす、心地よい静寂ではない。
プロフェッショナルが、自らの仕事と、大切なパートナーの誇りを汚された時にだけ発する、絶対零度の怒りの静寂だった。
画面の向こうで、アストライアが、私のただならぬ雰囲気に、ごくりと喉を鳴らすのが見えた。
『し、師匠…? あの、蒼穹商会の不法投棄の件、わたくしの神名において、厳罰を要求する神託を…!』
「いえ、その必要はありません、アストライア」
私は、彼女の言葉を、穏やかに、しかし、有無を言わさぬ口調で遮った。
「彼らは、わたくしを怒らせた。…それ以上に、わたくしの仕事を、冒涜した。これは、神の裁きなどという、生温いものでは、到底、足りません」
『え…?』
「新規の依頼(案件)です。クライアントは、蒼穹商会。…依頼内容は、彼らの腐りきった組織体制と、その汚れた経営方針の、完全なる浄化」
私の言葉に、アストライアは目を白黒させている。
『む、無茶です! 相手は大陸最大手の商会ですよ!? わたくしたちだけで、どうこうできる相手では…!』
「誰が、正面から戦うと言いました?」
私は、書庫のホログラムディスプレイを起動し、巨大な組織図を映し出した。それは、この数時間で、私が王立大書庫のデータベースからハッキングして抜き出した、蒼穹商会の内部資料だ。
「彼らの“汚職”という名の染み。非効率な“派閥”という名の詰まり。そして、トップに鎮座する“会頭”という名の汚染源。…構造は、神殿のゴミ屋敷や、王都の廃工場と、何ら変わりません。ただ、掃除の仕方が、少し違うだけです」
私は、アストライアに向き直る。
「あなたは、わたくしの秘書として、商会からの『顧問になってほしい』という、あのふざけた申し出を、正式に受諾してください。そして、初回の会合の日時を取り付ける。それが、あなたの仕事です」
『わ、わたくしが、あの狸オヤジと交渉を!?』
「ええ。わたくしは、あなたの『助手』として、その会合に同行します。口は利きません。ただ、静かに、観察するだけです」
私の計画に、アストライアは顔を青くしながらも、師匠の「本気の目」を見て、コクコクと頷くしかなかった。
その夜、私は、ジルドンへと、新たな「神具」の設計図を送った。
それは、もはや掃除道具ではなかった。
【真実のインク】。帳簿に一滴垂らせば、魔術的に改竄された箇所だけが、赤く浮かび上がる。
【概念的盗聴器】。ペンの形をしたそれは、会話における「嘘」や「欺瞞」が発する、微細な魔力の不協和音を検知する。
そして――。
どんな高位の呪詛も、物理的な汚れも、完全に弾く。それでいて、見る者に、絶対的な信頼感と、侵しがたい威圧感を与える、完璧なオーダーメイドの【戦闘用ビジネススーツ】。
私は、お供え場所に、設計図と共に、ジルドンの傷つけられたハンマーを置いた。
ただし、それは、私が持つ最高の技術で完璧に修復し、さらに、使い手の疲労を軽減する微弱な神聖魔法を付与しておいた。
メモを添える。「――次の仕事の、道具です。最高の仕上がりを、期待しています」と。
数日後。
ジルドンから届けられたのは、私の想像を遥かに超える、完璧な「仕事着」と「仕事道具」だった。
滑らかな黒の生地で作られたスーツは、私の体に寸分の狂いもなくフィットし、まるで第二の皮膚のように軽い。それでいて、その防御力は、並の騎士が着る鎧を遥かに凌駕する。
鏡の前に立った私は、そこに映る自分の姿に、小さく、満足げに頷いた。
そこにいたのは、ダンジョンに引きこもる、ただのオタク清掃員ではない。
巨大な悪意に、たった一人で立ち向かう、冷徹で、有能な、プロフェッショナルだった。
アストライアが手配した、商会との初会合の日。
彼女が、緊張した面持ちで、私の拠点に設置されたゲートの前に立つ。
「準備はいいですか、秘書」
『は、はい、師匠!…うわっ!』
ゲートの前に現れた私の姿を見て、アストライアが、素っ頓狂な声を上げた。
『し、師匠!? そのお姿は…! いつもの作業着と、全然…! か、かっこいい…!』
「当然です。仕事ですから。…行きますよ」
私は、アストライアを促し、蒼穹商会本社ビルへと繋がるゲートを、静かにくぐった。
その表情に、もはや、いつもの面倒くさそうな色は、ない。
(さて、始めましょうか、業務監査を)
私の頭の中では、すでに、天文学的な数字の、特別迷惑料と、コンサルティングフィーの請求書が、作成され始めていた。
(いったい、どれだけの追加料金を請求できるか。…楽しみですね)
それは、私のソロライフがもたらす、心地よい静寂ではない。
プロフェッショナルが、自らの仕事と、大切なパートナーの誇りを汚された時にだけ発する、絶対零度の怒りの静寂だった。
画面の向こうで、アストライアが、私のただならぬ雰囲気に、ごくりと喉を鳴らすのが見えた。
『し、師匠…? あの、蒼穹商会の不法投棄の件、わたくしの神名において、厳罰を要求する神託を…!』
「いえ、その必要はありません、アストライア」
私は、彼女の言葉を、穏やかに、しかし、有無を言わさぬ口調で遮った。
「彼らは、わたくしを怒らせた。…それ以上に、わたくしの仕事を、冒涜した。これは、神の裁きなどという、生温いものでは、到底、足りません」
『え…?』
「新規の依頼(案件)です。クライアントは、蒼穹商会。…依頼内容は、彼らの腐りきった組織体制と、その汚れた経営方針の、完全なる浄化」
私の言葉に、アストライアは目を白黒させている。
『む、無茶です! 相手は大陸最大手の商会ですよ!? わたくしたちだけで、どうこうできる相手では…!』
「誰が、正面から戦うと言いました?」
私は、書庫のホログラムディスプレイを起動し、巨大な組織図を映し出した。それは、この数時間で、私が王立大書庫のデータベースからハッキングして抜き出した、蒼穹商会の内部資料だ。
「彼らの“汚職”という名の染み。非効率な“派閥”という名の詰まり。そして、トップに鎮座する“会頭”という名の汚染源。…構造は、神殿のゴミ屋敷や、王都の廃工場と、何ら変わりません。ただ、掃除の仕方が、少し違うだけです」
私は、アストライアに向き直る。
「あなたは、わたくしの秘書として、商会からの『顧問になってほしい』という、あのふざけた申し出を、正式に受諾してください。そして、初回の会合の日時を取り付ける。それが、あなたの仕事です」
『わ、わたくしが、あの狸オヤジと交渉を!?』
「ええ。わたくしは、あなたの『助手』として、その会合に同行します。口は利きません。ただ、静かに、観察するだけです」
私の計画に、アストライアは顔を青くしながらも、師匠の「本気の目」を見て、コクコクと頷くしかなかった。
その夜、私は、ジルドンへと、新たな「神具」の設計図を送った。
それは、もはや掃除道具ではなかった。
【真実のインク】。帳簿に一滴垂らせば、魔術的に改竄された箇所だけが、赤く浮かび上がる。
【概念的盗聴器】。ペンの形をしたそれは、会話における「嘘」や「欺瞞」が発する、微細な魔力の不協和音を検知する。
そして――。
どんな高位の呪詛も、物理的な汚れも、完全に弾く。それでいて、見る者に、絶対的な信頼感と、侵しがたい威圧感を与える、完璧なオーダーメイドの【戦闘用ビジネススーツ】。
私は、お供え場所に、設計図と共に、ジルドンの傷つけられたハンマーを置いた。
ただし、それは、私が持つ最高の技術で完璧に修復し、さらに、使い手の疲労を軽減する微弱な神聖魔法を付与しておいた。
メモを添える。「――次の仕事の、道具です。最高の仕上がりを、期待しています」と。
数日後。
ジルドンから届けられたのは、私の想像を遥かに超える、完璧な「仕事着」と「仕事道具」だった。
滑らかな黒の生地で作られたスーツは、私の体に寸分の狂いもなくフィットし、まるで第二の皮膚のように軽い。それでいて、その防御力は、並の騎士が着る鎧を遥かに凌駕する。
鏡の前に立った私は、そこに映る自分の姿に、小さく、満足げに頷いた。
そこにいたのは、ダンジョンに引きこもる、ただのオタク清掃員ではない。
巨大な悪意に、たった一人で立ち向かう、冷徹で、有能な、プロフェッショナルだった。
アストライアが手配した、商会との初会合の日。
彼女が、緊張した面持ちで、私の拠点に設置されたゲートの前に立つ。
「準備はいいですか、秘書」
『は、はい、師匠!…うわっ!』
ゲートの前に現れた私の姿を見て、アストライアが、素っ頓狂な声を上げた。
『し、師匠!? そのお姿は…! いつもの作業着と、全然…! か、かっこいい…!』
「当然です。仕事ですから。…行きますよ」
私は、アストライアを促し、蒼穹商会本社ビルへと繋がるゲートを、静かにくぐった。
その表情に、もはや、いつもの面倒くさそうな色は、ない。
(さて、始めましょうか、業務監査を)
私の頭の中では、すでに、天文学的な数字の、特別迷惑料と、コンサルティングフィーの請求書が、作成され始めていた。
(いったい、どれだけの追加料金を請求できるか。…楽しみですね)
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