汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!

虹湖🌈

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最終話 世界で一番、美しい仕事

 あれから、どれくらいの時が、流れたのだろうか。
 私のチーム――いつしか、神界や王国の間で、畏敬と、少しの親しみを込めて、そう呼ばれるようになった――は、数えきれないほどの「お仕事」を、こなしてきた。

 海の底に沈んだ、古代文明の「呪詛のヘドロ」を浄化し、人魚の国を救ったこと。
 狂った神が作曲した、「精神を汚染する楽譜」そのものを「清掃」し、美しい旋律だけを抽出したこと。
 魔界に存在する、「嘘だけでできた図書館」の、全ての蔵書を「事実」に書き換えるという、途方もない業務監査を成し遂げたこともあった。

 私たちは、いつしか、この世界の、あらゆる「汚れ」を解決する、最後の切り札となっていた。

 そして、今。
 私の聖域である、王立大書庫は、穏やかな、午後の光に満ちている。
 そこにいる仲間たちの姿は、あの日から、ほとんど、変わることがない。

 アストライアは、今や、神界でも一目置かれる、「改革と調整の女神」としての威厳を、その身にまとっている。…まあ、私におやつをねだる時の顔は、昔のままの、ポンコツ女神だが。

 リオは、かつての、投げやりな少年から、自らの「無効化」の力を完全に制御し、静かな自信を湛える、精悍な青年へと、成長した。

 ジルドンは、変わらない。今日も、私の書庫の一角に、彼専用の小さな工房を構え、神の素材と、古代の技術を、楽しそうに、いじくりまわしている。

 ゴーレムたちは、いつものように、完璧な仕事で、この聖域の秩序を、維持し続けている。

 皆、ほとんど、年を取らない。
 ただ、一人。
 この、わたくしだけを、除いては。

「…っとと」

 私は、リクライニングチェアから立ち上がろうとして、軋む膝の痛みに、小さく、顔をしかめた。
 白髪が増え、背中は少し丸くなり、かつてのように、重い神具(掃除道具)を、振り回すことは、もう、できなくなっていた。
 最近では、ケルベロスの、あの、少し揺れるコクピットに乗り込むのすら、億劫に感じる時がある。

『師匠! ご無理はいけません!』
「大丈夫ですよ。…ただ、少し、年を取った、というだけです」

 アストライアが、慌てて、私の腕を支えようとする。
 リオが、何も言わずに、私のために、杖を差し出す。
 ジルドンが、私の体の負担を軽減するための、新しい「歩行補助機」の設計図を、頭の中で、描き始めているのが、その目を見れば、分かった。

 皆、優しい。
 だからこそ、私は、プロとして、認めなければならなかった。
 自らの「肉体」が、もはや、この最高のチームの、パフォーマンスにおける、最大の足枷(ボトルネック)になっている、という、事実を。

 そんな、ある日。
 世界を揺るがす、最後の「大仕事」の依頼が、舞い込んだ。
 それは、最高神からの、直接の、神託だった。

 世界の、その、さらに外側。
 宇宙の法則そのものが、綻び始め、あらゆる物事が、その「意味」と「形」を失い、混沌へと回帰していく、究極の「汚れ」。
 ――『万象の摩耗(エントロピー・ステイン)』。
 それは、もはや、現地に赴いて、どうこうできる問題ではなかった。

「…そうか。ついに、来ましたか」

 私は、自分の、しわの増えた手を見つめ、そして、静かに、笑った。
 これが、私の、最後の現場。
 そして、最高の現場だ。

 私は、自分のリクライニングチェアに、深く、身を沈めた。
 そして、静かに、目を閉じる。

「アストライア。あなたは、神界の全エネルギーを、わたくしの計算通りに、供給してください」
『はい、師匠!』
「ジルドン。あなたには、今から、わたくしの脳内に直接、転送する設計図で、最後の『神具』を、作り上げていただきます。時間は、ありませんよ」
「…………(深く、力強い頷き)」
「リオ。あなたの力で、綻んだ時空の『揺らぎ』そのものを、完全に、停止させなさい。わたくしが、作業を終える、その、一瞬だけで、いい」
「…へっ。任せとけ、師匠。あんたの最後の仕事の、最高の『下地』を、作ってやるよ」
「ゴーレムたち。あなたたちは、わたくしの、手足です。わたくしの思考と、完全に、リンクなさい」
『御意ニ、マスター』

 私は、もう、現場には行かない。
 重い道具を、持つこともない。
 私の体は、ただ、ここに、座っているだけ。

 だが、私の意識は、かつてないほど、鋭く、そして、広く、研ぎ澄まされていく。
 私の「チーム」が、私の、手足となる。
 私の「経験」が、最高の設計図を描き出す。
 そして、私の「プロ意識」が、この、宇宙最大の「汚れ」に、最後の「お掃除」を、敢行する。

 それは、もはや、物理的な作業ではない。
 宇宙の、バグだらけになった、ソースコードを、直接、書き換えるような、究極の、概念的清掃。
 私の頭の中で、星々が、あるべき場所へと、整理され、綻んだ因果律が、美しく、修復されていく。

 どれほどの時間が、経っただろうか。
 私が、ゆっくりと、目を開けた時。
 世界の全ては、その輝きを、取り戻していた。

「……業務、完了」

 私の、その、かすれた呟きを、仲間たちが、温かい沈黙で、迎えてくれた。
 私は、もう、一人では、床一枚、磨くことすら、できないかもしれない。

(ですが…)

 私は、仲間たちの顔を、一人、一人、見渡す。
 そして、心からの、満足と共に、思う。

(…わたくしの『仕事』は、今、この瞬間こそが、最も、完璧で、最も、美しい)

 プロフェッショナルとしての、その、最後の矜持。
 それだけを胸に、私は、愛用のリクライニングチェアで、穏やかに、そして、深く、満ち足りた、眠りへと、ついていった。
 私の、最高に効率的で、最高に騒がしくて、そして、最高に楽しかった、「お仕事」の、全てを、終えて。
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