「お前に価値はない」と捨てられたのに、国一番の英雄に求婚されました

ゆっこ

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「彼女はもう俺の婚約者だ。二度とその名を口にするな」

レオン様の低い声に、広場は静まり返った。
空気が張りつめ、村人たちは息を飲む。
誰もが「英雄と王太子が正面から対峙している」光景を、信じられない思いで見ていた。

エドワード殿下は憤然と顔を上げる。
その瞳には、かつて見たことのない焦燥が浮かんでいた。

「婚約者だと? 勝手なことを! ローザは王国の聖女だ! その力を国のために使わねばならぬのだ!」

「……」
わたしは口を噤んだ。

“聖女”――。
その言葉を耳にするだけで、胸の奥にざわめきが広がる。
かつて神殿で祈りを捧げていた頃、わたしの中に確かに感じていた微かな光。
それを、殿下も、周囲も、誰も認めようとはしなかった。

それなのに今さら――。

「ローザ、分かっているだろう? お前こそが本物の聖女なのだ。国が危機に瀕している今、戻らねばならない!」

殿下は必死に言葉を並べ立てる。
その姿は、かつて玉座の間で「無価値」と切り捨てた冷酷な王太子ではなかった。
焦り、取り乱し、プライドを失った男だった。

「……殿下」
わたしは静かに言葉を紡いだ。

「どうして今さら、そのようなことを仰るのです? “無価値”と捨てたのは、他ならぬ殿下ではありませんか」

「そ、それは……セリーヌに欺かれていたのだ! 俺も愚かだった……。だが今は違う! お前こそ必要だと分かった!」

必死の弁明。
だが、その声はどこか空虚で、村人たちの冷ややかな視線が突き刺さっていた。

「殿下」
レオン様が一歩前に出る。
その青い瞳には、烈しい怒りが燃えていた。

「彼女を一度でも傷つけた人間に、再び触れさせるわけにはいかない。……二度とだ」

「英雄殿! そなたは王家に逆らうつもりか!」

「逆らう? 勘違いするな。俺は一人の女を守るために剣を振るうだけだ。王家だろうと何だろうと関係ない」

その断言に、殿下は息を呑む。
兵士たちですら動けない。
ただそこに立つ英雄の存在が、圧倒的な力として場を支配していた。



夜。

村に残った殿下の使者たちは、王都へ急ぎ戻っていった。
「近いうちに正式な勅命が下るだろう」と吐き捨てて。

嵐の前の静けさのような緊張感が漂う中、わたしはレオン様の屋敷に招かれていた。

暖炉の火がぱちぱちと音を立てる。
温かな光に照らされながらも、胸の奥には不安が渦巻いていた。

「……わたし、本当に聖女なのでしょうか」

思わず呟くと、レオン様が椅子から立ち上がり、そっとわたしの前に膝をつく。

「ローザ。君は自分で気づいていないだけだ」

「……?」

「祈りを捧げるとき、君の周りに光が集まっていたのを見たことがある。子どもたちの病が癒えたのも、偶然ではない」

「……っ」

心臓が強く脈打った。
そう――村の子どもが熱を出したとき、わたしは必死に祈った。
すると翌朝、子どもの熱は嘘のように引いていた。
偶然だと思っていたけれど……。

「君はもう、十分に聖女だ」
レオン様の声は揺るぎない。

「だが――」
彼は真剣な眼差しでわたしを見つめる。

「聖女である前に、一人の女性として……俺は君を愛している。国のために犠牲になる必要はない。君の生き方は、君が選べばいい」

胸が熱くなり、涙が零れそうになる。
これほどまでに、わたしを大切にしてくれる人がいる。
かつての婚約者とは、比べることもできないほどに。

「……ありがとうございます、レオン様」
震える声でそう告げると、彼は静かに微笑み、わたしの手を握りしめた。



しかし。

翌日、王都から正式な勅命が届いた。

『聖女ローザ・フォン・アルメリアを速やかに王都へ召し戻せ』

王国印の刻まれた書状が、村の長老の前で読み上げられる。
村人たちがざわめき、わたしは唇を噛んだ。

「ローザ」
レオン様がわたしの肩を抱き寄せる。

「応じる必要はない」

「ですが……」

「俺は君を渡さない」
その言葉は鋼のように固かった。

けれど同時に、心のどこかで揺らぐ自分がいた。
――このまま拒めば、王国とレオン様が対立する。
わたし一人のために、多くの人を巻き込んでしまうかもしれない。

「どうすれば……」
胸の内で葛藤する。

そのとき、扉が勢いよく開かれた。

「ローザ様!」
駆け込んできたのは村の少年。
顔を真っ青にして叫ぶ。

「王都の兵がもう村に入ってきました! ローザ様を連れていけって……!」

――来た。

運命を決める瞬間が、すぐそこに迫っていた。



広場に集められた村人たち。
その中央に立たされたわたしを、十数名の兵士が取り囲む。

「聖女殿。王都へお戻りいただきます」

兵士の一人が冷たく告げる。
村人たちの不安そうな視線が突き刺さる。

そのとき――。

「待て」

鋭い声が響き渡った。
レオン様が剣を抜き、兵士たちの前に立ちはだかる。

「彼女を連れていくつもりなら、俺を倒してからにしろ」

抜き放たれた剣が、夕陽を浴びて白銀に輝く。
英雄と呼ばれる男の背中は、揺るぎない盾のように大きかった。

「レオン様……」
胸が熱くなり、涙が滲む。

だが同時に、恐ろしい予感もあった。
このままでは、本当に剣と剣が交わることになる。
王国と英雄が真っ向から衝突すれば、取り返しのつかないことになるかもしれない。

「わたし……」
どうすればいいの?

――そのとき。

ふいに胸の奥が熱を帯び、光が広がった。
まるで応えるように、全身を柔らかな輝きが包み込む。

「これは……」
兵士たちがざわめく。

「聖女の……光……!」

辺りを照らす聖なる光に、誰もが目を奪われていた。
わたし自身も驚きで息を呑む。
けれど不思議と怖くはなかった。
むしろ、心が穏やかで、澄み渡るように清らかな力を感じていた。

「……やっぱり、わたしは……」
震える声で呟く。

そう。わたしは――聖女。
その力を否定することは、もうできない。

「ローザ!」
レオン様が振り返り、強い瞳でわたしを見つめる。

「選ぶのは君だ! 王都に戻るか、それとも――」

その先の言葉を飲み込み、彼はただ必死にわたしの名を呼んだ。

「ローザ!」

英雄と王国。
わたしはどちらを選ぶのか――。

運命の岐路が、今まさに目の前に立ちはだかっていた。
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