「平民とでも結婚すれば?」と捨てられた令嬢、隣国の王太子に溺愛されてますが?

ゆっこ

文字の大きさ
3 / 6

3

しおりを挟む
「――彼を返して?」

 手紙を閉じたセレナは、微かに笑った。

 まるで、滑稽な冗談でも聞かされたかのように。

「この方……一体、何を考えているのかしら」

 捨てられたのは私。そして、彼を選んだのは彼女自身。

 それなのに今になって「返して」だなんて。いったい、彼女にとってリカルド殿下とは、どんな存在なのだろう。

 選ぶ自由もあれば、手放す責任もある。

 それを受け止めることができないのなら――最初から関わらなければよかったのに。

「レナ、これも暖炉にくべておいてくださる?」

「……はい、セレナ様」

 もう心は、まったく揺れなかった。

 私は――今の生活を、今の人を、失いたくないと思っていたから。



「それにしても、最近ずいぶんと吹っ切れた顔をしているね、セレナ」

 午後のティータイム。レオンハルト殿下と一緒に中庭で紅茶を楽しみながら、彼は私の表情をじっと見つめてそう言った。

「そう見えますか?」

「うん。以前よりもずっと、肩の力が抜けて……柔らかい笑顔になってる。嬉しいよ」

 紅茶を口に運びながら、照れ隠しに目をそらす。

「……この国に来て、ようやく“普通”を知っただけですわ」

「普通?」

「はい。人から優しくされること、認められること……そういう当たり前を、前の国では知らなかったので」

「……そんな世界に、君を閉じ込めていたのか。許せないな」

 レオンハルト殿下の声が低くなる。

 怒っているわけではない。でも、胸の奥から湧き上がる感情がその言葉に滲んでいた。

「君のような女性が、“優しくされる”ことすら知らなかったなんて……本当に悔しい」

 私は、ふっと笑った。

「でも、今は知ってます。誰かと過ごす時間が、こんなにも温かいってことを」

「……僕と?」

「はい。レオンハルト殿下のおかげで」

 彼の瞳が、驚きと喜びに揺れる。

 そして次の瞬間、彼はそっと私の手を取った。

「セレナ。君はまだ『婚約』という言葉に戸惑っているかもしれない。でも、僕は――君と未来を過ごしたいと、本気で思ってる」

 真摯な声。

 温かい手のひら。

 ドクン、と心臓が鳴った。

「私も……もっと、殿下のことを知っていきたいと思っています」

 その言葉に、彼の顔がゆるやかにほころんだ。

「……嬉しいな」

 頬を染めて笑うその姿に、また胸が熱くなる。

(この人の隣にいたい……)

 そう、心から思った。






 それから数日後。

 王宮で開催される舞踏会に、セレナは特別招待客として招かれた。

 レオンハルト殿下が「ぜひセレナに紹介したい」と希望したためである。

「わ、私が……このような大舞踏会に?」

「当然だよ。君はこの国の大切な賓客であり、僕が想いを寄せる女性だ。堂々とその場に立ってほしい」

 そう言って彼が選んでくれたドレスは、深いブルーのシルクに銀の刺繍があしらわれた一着だった。

「これは……まさか、私のために?」

「もちろん。君の瞳と髪を引き立てる色を選んだんだ。……着てくれる?」

 視線を逸らして微笑むその表情に、思わず胸がきゅっとなる。

「……はい。ありがとうございます、殿下」

 そして舞踏会の当日。

 ドレスを身にまとったセレナが舞踏会の会場に現れると、場の空気が一瞬止まったように静まった。

「――あれが……」

「噂の、ヴァルディア王太子殿下が心を寄せる令嬢か」

「確かに……ただ美しいだけではない。気品がある」

 さまざまな視線が注がれる中、セレナのもとにレオンハルト殿下が歩み寄った。

 彼は躊躇なく、手を差し出す。

「踊ってくれるかい?」

「……喜んで」

 二人が手を取り合い、フロアの中央へと歩み出る。

 舞踏が始まると、優雅な旋律とともに二人の息は驚くほどぴたりと合っていた。

 くるりと一回転して、目が合った瞬間。

 レオンハルト殿下は微笑んだまま、そっと口を開いた。

「……ねえ、セレナ」

「はい?」

「……今夜、キスをしてもいい?」

 唐突な言葉に、息が止まる。

 頬が熱を帯び、心臓が喉元まで跳ね上がる。

「……あの、ここで……ですか?」

「だめかな?」

「……誰かに見られてしまいますわ」

 そう言うと、彼はおどけたように首をかしげた。

「じゃあ、終わったら中庭で。君が嫌じゃなければ、だけど」

「…………」

 俯いて、そっと頷いた。





 舞踏会が終わった後。

 月の光が注ぐ静かな中庭で、二人は並んで腰をかけていた。

 夜風はやや冷たかったが、肩に羽織らされた上着の温もりが心地よい。

「今日は、ありがとう。君が隣にいてくれて嬉しかった」

「私の方こそ、こんな素敵な場に招いていただいて……」

「いや、それじゃあ足りない」

「……?」

 彼は真剣な顔でセレナの手を取った。

「本当に、ありがとう。僕に、また恋をさせてくれて」

 その一言が、心の奥深くまで染み渡った。

 そして――

 そっと顔を近づけられる。

 目を閉じると、やさしい唇の感触が頬に触れた。

 それはたった数秒のことだったけれど、まるで永遠のように感じられた。

「セレナ、君を、もっと知っていきたい。もっと君のことを大切にしていきたいんだ」

「……はい」

 静かに、でもしっかりと答える。

(私は、もう“誰かに捨てられた令嬢”じゃない)

(私は、今――“誰かに大切にされている女性”なんだ)

 夜の庭に、夏の星が瞬いていた。





 だがその幸せな時間の影で。

 ある者たちが、嫉妬と未練に焼かれていた。

「彼女が……このままヴァルディアの王妃になるというのか」

 焦燥に満ちた声。

 それはリカルドだった。

 届かぬ場所に行ってしまったセレナの背を見つめ、彼は――

(俺にはもう……彼女の隣に立つ資格が、ないのか)

 手の中で砕けたガラス細工のように、後悔と執着が散らばっていた。

 そして――

「私が、彼女の座を奪ったのよ? どうして彼女ばかり……!」

 アリシア・ローレンスの目にも、狂気の光が宿り始めていた。

 セレナの知らぬところで、彼女の幸せは静かに嫉妬に包囲されていく。

 けれど、セレナはもう振り返らない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】広間でドレスを脱ぎ捨てた公爵令嬢は優しい香りに包まれる【短編】

青波鳩子
恋愛
シャーリー・フォークナー公爵令嬢は、この国の第一王子であり婚約者であるゼブロン・メルレアンに呼び出されていた。 婚約破棄は皆の総意だと言われたシャーリーは、ゼブロンの友人たちの総意では受け入れられないと、王宮で働く者たちの意見を集めて欲しいと言う。 そんなことを言いだすシャーリーを小馬鹿にするゼブロンと取り巻きの生徒会役員たち。 それで納得してくれるのならと卒業パーティ会場から王宮へ向かう。 ゼブロンは自分が住まう王宮で集めた意見が自分と食い違っていることに茫然とする。 *別サイトにアップ済みで、加筆改稿しています。 *約2万字の短編です。 *完結しています。 *11月8日22時に1、2、3話、11月9日10時に4、5、最終話を投稿します。

「聖女に比べてお前には癒しが足りない」と婚約破棄される将来が見えたので、医者になって彼を見返すことにしました。

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
「ジュリア=ミゲット。お前のようなお飾りではなく、俺の病気を癒してくれるマリーこそ、王妃に相応しいのだ!!」 侯爵令嬢だったジュリアはアンドレ王子の婚約者だった。王妃教育はあんまり乗り気ではなかったけれど、それが役目なのだからとそれなりに頑張ってきた。だがそんな彼女はとある夢を見た。三年後の婚姻式で、アンドレ王子に婚約破棄を言い渡される悪夢を。 「……認めませんわ。あんな未来は絶対にお断り致します」 そんな夢を回避するため、ジュリアは行動を開始する。

白い結婚で結構ですわ。殿下より、私の自由のほうが大事ですので

鍛高譚
恋愛
「第二王子との婚約? でも殿下には平民の恋人がいるらしいんですけど? ――なら、私たち“白い結婚”で結構ですわ。お好きになさってくださいな、殿下」 自由気ままに読書とお茶を楽しむのがモットーの侯爵令嬢・ルージュ。 ある日、突然“第二王子リオネルとの政略結婚”を押しつけられてしまう。 ところが当の殿下は平民の恋人に夢中で、 「形式上の夫婦だから干渉しないでほしい」などと言い出す始末。 むしろ好都合とばかりに、ルージュは優雅な“独身気分”を満喫するはずが…… いつしか、リナという愛人と妙に仲良くなり、 彼女を巡る宮廷スキャンダルに巻き込まれ、 しまいには婚約が白紙になってしまって――!? けれどこれは、ルージュが本当の幸せを掴む始まりにすぎなかった。 自分を心から大切にしてくれる“新しい旦那様”候補が現れて、 さあ、思い切り自由に愛されましょう! ……そして、かの王子様の結末は“ざまぁ”なのか“自業自得”なのか? 自由気ままな侯爵令嬢が切り開く、 “白い結婚破談”からの痛快ざまぁ&本当の恋愛譚、はじまります。

【完結】「お前に聖女の資格はない!」→じゃあ隣国で王妃になりますね

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【全7話完結保証!】 聖王国の誇り高き聖女リリエルは、突如として婚約者であるルヴェール王国のルシアン王子から「偽聖女」の烙印を押され追放されてしまう。傷つきながらも母国へ帰ろうとするが、運命のいたずらで隣国エストレア新王国の策士と名高いエリオット王子と出会う。 「僕が君を守る代わりに、その力で僕を助けてほしい」 甘く微笑む彼に導かれ、戸惑いながらも新しい人生を歩み始めたリリエル。けれど、彼女を追い詰めた隣国の陰謀が再び迫り――!? 追放された聖女と策略家の王子が織りなす、甘く切ない逆転ロマンス・ファンタジー。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

「最高の縁談なのでしょう?なら、かわってあげたら喜んでくれますよね!」

みっちぇる。
恋愛
侯爵令嬢のリコリスは20歳。立派な嫁きおくれである。 というのも、義母がなかなかデビューさせてくれないのだ。 なにか意図を感じつつも、周りは義母の味方ばかり。 そん中、急にデビュタントの許可と婚約を告げられる。 何か裏がある―― 相手の家がどういうものかを知り、何とかしようとするリコリス。 でも、非力なリコリスには何も手段がない。 しかし、そんな彼女にも救いの手が……?

婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?

鶯埜 餡
恋愛
 バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。  今ですか?  めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?

『婚約破棄されたので王太子女となります。殿下より上位です』

鷹 綾
恋愛
「君は王太子妃に相応しくない」 その一言で、私は婚約を破棄されました。 理由は“真実の愛”。選ばれたのは、可憐な令嬢。 ……ええ、どうぞご自由に。 私は泣きません。縋りません。 なぜなら——王家は、私を手放せないから。 婚約は解消。 けれど家格、支持、実務能力、そして民の信頼。 失ったのは殿下の隣の席だけ。 代わりに私は、王太子女として王政補佐の任を命じられます。 最初は誰もが疑いました。 若い、女だ、感情的だ、と。 ならば証明しましょう。 怒らず、怯えず、排除せず。 反対も忠誠も受け止めながら、国を揺らさずに保つことを。 派手な革命は起こしません。 大逆転も叫びません。 ただ、静かに積み上げます。 そして気づけば—— “殿下の元婚約者”ではなく、 “揺れない王”と呼ばれるようになるのです。 これは、婚約破棄から始まる静かな逆転譚。 王冠の重みを受け入れた一人の女性が、 国を、そして自分の立場を塗り替えていく物語です。

処理中です...