悪役令嬢、追放されたら婚約者も攻略対象も全員ついてきたんですが?

ゆっこ

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 オルフェインの朝は、霧が濃かった。

 薄灰色の帳が町全体を包み込み、すれ違う人々の顔もぼやけるほど。けれどレティシアの視線は、真っ直ぐとその霧の奥を見据えていた。

「……来るわ、きっと今日」

 誰に言うでもなく呟いた言葉に、隣でロランがうなずいた。

「間者を放っていたが、今朝未明に“聖女の行列が東門から入った”という報告があった」

「……彼女は、私たちの動きを読んでいる」

「あるいは、“追ってきて”と言わんばかりに君が足跡を残していたのかもしれないな」

 そうかもしれない、とレティシアは内心で認めた。

 自分でも知らず知らず、彼女に“会いたい”と思っていたのだ。

 過去の清算ではない。今を生きる、自分の答えを見つけるために。

 






 そして午後。

 オルフェインの教会前広場。噴水の水音だけが響く静寂の中、二人の少女が対峙した。

 片や、辺境に追いやられながらも毅然と立つ金髪の令嬢、レティシア=ヴァルフォード。

 片や、神聖な白のローブを身にまとい、かつて“王子の恋人”だった異世界の聖女、フィオナ=スノウ。

 再会の場は、あまりに静かすぎて、緊張の糸が皮膚を締めつけるようだった。

「久しぶりね、レティシア」

「ええ、本当に。……元気そうで、なによりだわ」

 二人の言葉は表面上は丁寧で優雅。しかし、瞳の奥には炎が揺れていた。

「王子に捨てられて、寂しくしているんじゃないかと思っていたけれど……ずいぶんと賑やかな旅をしているようね?」

「おかげさまで。そちらこそ、“王子の寵愛”はどこへやら。最近は貴族たちに囲まれて、政争にお忙しいそうじゃない」

「ふふ……生きるためには、誰かにすがるのも手段のひとつ。私みたいな“普通の少女”には、それしかないの」

 わざとらしく肩をすくめて、フィオナは一歩前に出た。

「……でも、あなたは特別だった。あのときも。今も」

「どういう意味?」

 レティシアが警戒を強めると、フィオナはゆっくりと微笑んだ。

「あなたが、みんなを惹きつけてる理由、わかったの。私、ずっと勘違いしてた」

「……勘違い?」

「あなたが“悪役”で、私が“ヒロイン”だと信じてた。でも、違った。あなたは、物語の中心にいる人だった。私じゃない」

 その言葉は、思ってもみなかったものだった。

 フィオナは、続ける。

「私は召喚されて、みんなに“聖女だ”と褒め称えられて、守られて。何もしなくても愛される……はずだった。でも」

 そこで一拍、言葉を止め、彼女はその澄んだ瞳でレティシアをじっと見た。

「気づいたの。私が王子に抱きしめられても、彼は“あなた”を見ていたって」

「……」

「ノアも、ユリウスも、フェリクスも。皆、あなたを中心にして動いていた。私は、ただの飾りだった」

 まるで、悲しげな独白のように響いたその言葉は、レティシアの心をほんのわずかに揺らした。

 だが、その感情を押し殺すように彼女は言った。

「……フィオナ。あなたが何を思おうと、私はもう引き下がらない。私は“誰かの代役”でも“噛ませ犬”でもないわ」

「そう。だから私は来たの。あなたを……取り戻すために」

「は?」

 フィオナの笑顔が、少しだけ歪んだ。

「あなたは、私の物語の“敵役”じゃなかった。最初から、あなたこそが“私の物語”そのものだったのよ」

「……何を言ってるの?」

「つまり――私はあなたに恋してたのかもしれない。気づかなかっただけで」

 その告白に、レティシアは息を詰まらせた。

 まさかの言葉。理解が追いつかない。

 けれど、フィオナの瞳には、確かな執着と、哀しみと、微かな狂気が浮かんでいた。

「もう誰にも、あなたを渡したくないの」

「フィオナ、あなた……」

 そのとき、後方から急ぎ足で駆け寄ってくる気配があった。

「レティシア様!」

 ノアが駆けつけ、彼女の前に立った。

「こっちに向かっていた“聖騎士団”が、広場の外で待機してます。フィオナが連れてきた護衛――本気でやる気です!」

「……っ!」

「フィオナ、お前……」

 アレクシスも続いて現れ、フィオナの前に立ちはだかった。

「これはただの再会じゃないな。君は……何を企んでいる」

「ただ、話をしたかっただけよ。手荒なことは、したくなかった」

 フィオナは平然と微笑む。

「でも、あなたがレティシアを庇うなら、私も“手段”を選ばないわ」

 そして、背後の聖騎士たちに合図を送った。

「捕らえなさい。レティシア=ヴァルフォードを、“聖女に仇なす反逆者”として」

「……!」

 その言葉と同時に、広場の周囲を囲むように白銀の鎧を纏った騎士たちが現れる。

 レティシアは顔を上げた。揺れは、もうなかった。

「上等よ。そうやって“物語”を仕切るつもりなら――私も徹底的に抗うわ」

 その言葉に応じるように、シリウスが剣を抜き、ユリウスが魔法の杖を構えた。

 ノアは彼女を庇うように構え、フェリクスはすでに敵の配置を読み始めていた。

 ロランは、レティシアに小さく囁いた。

「この瞬間から、君は“物語の中心”じゃない。物語の“書き手”になる」

 レティシアは、息を整えて頷いた。

 もう、誰かに与えられた運命に流されるのは終わり。

 彼女は、彼女自身の力で――この物語を、創っていくのだから。

 
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