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「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
隣で震える聖女気取りの少女フローラ。
彼女が私を陥れるために仕組んだ濡れ衣の数々は……今さら言っても無駄だろう。証拠は全てもみ消されているはずだ。
人々がざわつく大広間で、私は静かに息を吐いた。
――あぁ、ようやく終わる。
アレクシスとは六年の婚約期間があった。
華やかさのかけらもない努力を続け、王妃教育も必死にこなした。
それでも、結局彼が見ていたのは外面だけ。
私の中身なんて、最初から興味もなかったくせに。
だけど、この場にいる誰一人として知らない。
――私が王家直属の結界師であり、国の防衛に必要不可欠な唯一の存在だということを。
その役目は機密として扱われている。
王太子でさえ知らされていなかったらしい。だから、こんな愚かな真似ができたのだ。
さて。婚約破棄という形で、私は晴れて自由。
問題は――私を手放した王太子側が、後でどれほど後悔するかということ。
そしてもう一つ。
王族全員が、私を手放す気など微塵もなかったということだ。
「リリアーナ嬢。少し、良いかな?」
断罪劇が終わり、王太子と新たな婚約者が勝手に祝福され始めている裏で、
ひっそりと声をかけてきたのは――第二王子ルシアン殿下だった。
柔らかな微笑。穏やかな表情。
けれど金色の瞳だけは、獲物を逃す気のない猛禽のようだった。
「あなたが婚約破棄を受け入れる理由……まさか、本気で“自由になれるから”などと思っているのでは?」
「え……?」
ルシアン殿下は、軽く私の手を取った。
「あなたは王家の“柱”だ。こんな茶番で手放すなど、本来あり得ない。兄上の暴走は、王族全員の総意とは限らないよ。むしろ――」
瞳が細められた。
「僕はあなたを手放すつもりは、ない。」
その言葉に、胸がどくりと跳ねた。
だが驚く暇もなかった。
「リリアーナ嬢、少しよろしいか」
聞こえてきたのは、低く威厳のある声――国王陛下である。
陛下が自らこちらへ歩いてくるなど、滅多にないことだ。
ルシアン殿下もほんのわずかに目を見開いた。
「私も話がある。ルシアン、少し席を外しなさい」
「……父上こそ、横槍はやめていただきたいのですが」
父子の間に静かな火花が散った。
その緊張の中心にいるのは私。
なんでこうなるの……?
陛下は続けた。
「リリアーナ嬢。王太子の軽率な判断を、まずは謝罪しよう」
「陛下、滅相もございません。私は――」
「よい。君の価値は誰よりも理解している。あの愚息には荷が重かったのだ」
陛下の言葉に、周囲がざわつく。
王太子が「愚息」呼ばわりされるなど、前代未聞だ。
その時だった。
「……リリアーナ嬢。俺にも話す権利くらいあるはずだ」
振り返ると、第三王子ライナルト殿下が立っていた。
黒髪の寡黙な武人で、王都の女性が憧れる“氷の王子”。
その彼が、私を見つめて言い切った。
「婚約者を失い自由になったというなら……俺がもらう」
「は、はいっ!?」
会場全体が揺れたように思えた。
――や、やめて。なんでこんなに一気に王族が!?
ルシアン殿下が不満げに眉を寄せる。
「ライナルト兄上、リリアーナ嬢は僕がお迎えする予定だったのですが」
「先に言ったのは俺だ」
「子供の喧嘩ではないんだが……」
国王陛下まで頭を抱えはじめる。
あの、私の知らないところで何が起きているの?
すると今度は、会場の端から足音が――。
「まだ決まったわけではあるまい」
ゆっくりと現れたのは、重厚な紋章付きの外套を羽織った男性。
王弟殿下・アルフォンス様だ。
普段は外国との交渉のため王都に不在のことが多い人物。
その彼が、まっすぐ私の前に立つと静かに微笑んだ。
「リリアーナ嬢。かつて一度だけ、君に助けられたことがある。覚えているか?」
「え……?」
「幼少の頃、魔物に襲われかけた私の命を救った少女。それが君だった」
そんな昔のこと……覚えていない。
けれど、アルフォンス殿下は真剣そのものだった。
「その恩を返せずにいたが……今ようやく返せる時が来た。
リリアーナ嬢。君を“王家に戻す”のは、私の役目だ」
――ちょ、ちょっと待って。
なんで王族全員が私を取り合う流れになってるの?
この状況を理解できないまま、私は立ち尽くした。
王太子アレクシスは未だに私たちの変化に気付いていないらしく、
フローラと踊り始めていた。
哀れなほどに。
だって――。
国王、第二王子、第三王子、王弟殿下が、同時に“私を引き取る”と宣言している。
そんなの、アレクシスが勝てるわけがない。
周囲はもはや婚約破棄どころではなく、
「リリアーナは誰のものになるのか」という話題で持ちきりだ。
――でも、私は誰のものにもならない。そう思っていた。
だが。
「リリアーナ嬢。どこへ行こうとしている?」
ルシアン殿下が肩を掴む。
「まだ返事を聞いていない」
「彼女は私と行く。次期王太子は君ではない」
今度はライナルト殿下が腕を掴む。
「やめぬか、お前たち。リリアーナ嬢が困っているだろう」
国王陛下が割って入る。
「困ってなどいない。むしろ、私と来るべきだ」
王弟殿下まで加わる。
――ちょ、ちょっと待って。
私の腕が左右から引っ張られ、前からも後ろからも囲まれている。
(どういう状況なの、これ!?)
「リリアーナは……僕のものだ……!」
ぽつりと漏れた声に振り向くと、
ルシアン殿下がほんの少し、子どものように拗ねていた。
「お前たちに渡すものか」
普段は穏やかな殿下の豹変に、空気が震える。
「……ッ!」
続けて、ライナルト殿下も静かに、しかし明らかな独占欲を滲ませて言った。
「俺も……譲る気はない」
国王陛下は大きくため息をつき、
「まったく……これだからうちの家系は女関係で落ち着かんのだ……」
とぼやいた。
そして王弟殿下まで、
「どのみち、私が一番ふさわしい」
と勝手に結論づけた。
――いや、決めないで!?
困惑している私をよそに、
王族たちは互いを牽制しながら一斉に口を開く。
「リリアーナ嬢、私と来ていただけないか?」
「いいや、俺だ」
「いやいや、父として私が責任を――」
「彼女を守れるのは私だけだ」
大広間に響く“壮絶な奪い合い”。
その中心にいるのは、婚約破棄されたばかりの私。
そして。
遠くで踊りながら、ようやく状況に気づいた王太子アレクシスが、
「え、え? なんで……なんで皆、リリアーナに……?」
と呆然と立ち尽くしていた。
ざまぁ。
これほど盛大なざまぁ、他にある?
私は小さく息を吸い、初めて本音をこぼした。
「……私は、あなたたちに選ばれるために婚約破棄されたわけじゃありません」
ルシアン殿下も、ライナルト殿下も、国王陛下も、王弟殿下も息をのむ。
「でも――自由を奪うつもりなら、誰であっても従いません」
そうはっきり告げると、四人の瞳に同時に火が灯った。
「……面白い」
「なら、なおさら譲れないな」
「彼女には自分で選んでもらうべきだろう」
「選んでもらう前に、私が選ばれるのだが?」
――いや、だから勝手に話を進めないで!
こうして。
“婚約破棄された令嬢争奪戦”…王族全員参加の大騒動が幕を開けたのだった。
私はただ、自由に生きたかっただけなのに。
どうして――
どうしてこうなったの?
だけどこの日、私はまだ知らなかった。
この騒動が、国を揺るがす大事件に発展することを。
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
隣で震える聖女気取りの少女フローラ。
彼女が私を陥れるために仕組んだ濡れ衣の数々は……今さら言っても無駄だろう。証拠は全てもみ消されているはずだ。
人々がざわつく大広間で、私は静かに息を吐いた。
――あぁ、ようやく終わる。
アレクシスとは六年の婚約期間があった。
華やかさのかけらもない努力を続け、王妃教育も必死にこなした。
それでも、結局彼が見ていたのは外面だけ。
私の中身なんて、最初から興味もなかったくせに。
だけど、この場にいる誰一人として知らない。
――私が王家直属の結界師であり、国の防衛に必要不可欠な唯一の存在だということを。
その役目は機密として扱われている。
王太子でさえ知らされていなかったらしい。だから、こんな愚かな真似ができたのだ。
さて。婚約破棄という形で、私は晴れて自由。
問題は――私を手放した王太子側が、後でどれほど後悔するかということ。
そしてもう一つ。
王族全員が、私を手放す気など微塵もなかったということだ。
「リリアーナ嬢。少し、良いかな?」
断罪劇が終わり、王太子と新たな婚約者が勝手に祝福され始めている裏で、
ひっそりと声をかけてきたのは――第二王子ルシアン殿下だった。
柔らかな微笑。穏やかな表情。
けれど金色の瞳だけは、獲物を逃す気のない猛禽のようだった。
「あなたが婚約破棄を受け入れる理由……まさか、本気で“自由になれるから”などと思っているのでは?」
「え……?」
ルシアン殿下は、軽く私の手を取った。
「あなたは王家の“柱”だ。こんな茶番で手放すなど、本来あり得ない。兄上の暴走は、王族全員の総意とは限らないよ。むしろ――」
瞳が細められた。
「僕はあなたを手放すつもりは、ない。」
その言葉に、胸がどくりと跳ねた。
だが驚く暇もなかった。
「リリアーナ嬢、少しよろしいか」
聞こえてきたのは、低く威厳のある声――国王陛下である。
陛下が自らこちらへ歩いてくるなど、滅多にないことだ。
ルシアン殿下もほんのわずかに目を見開いた。
「私も話がある。ルシアン、少し席を外しなさい」
「……父上こそ、横槍はやめていただきたいのですが」
父子の間に静かな火花が散った。
その緊張の中心にいるのは私。
なんでこうなるの……?
陛下は続けた。
「リリアーナ嬢。王太子の軽率な判断を、まずは謝罪しよう」
「陛下、滅相もございません。私は――」
「よい。君の価値は誰よりも理解している。あの愚息には荷が重かったのだ」
陛下の言葉に、周囲がざわつく。
王太子が「愚息」呼ばわりされるなど、前代未聞だ。
その時だった。
「……リリアーナ嬢。俺にも話す権利くらいあるはずだ」
振り返ると、第三王子ライナルト殿下が立っていた。
黒髪の寡黙な武人で、王都の女性が憧れる“氷の王子”。
その彼が、私を見つめて言い切った。
「婚約者を失い自由になったというなら……俺がもらう」
「は、はいっ!?」
会場全体が揺れたように思えた。
――や、やめて。なんでこんなに一気に王族が!?
ルシアン殿下が不満げに眉を寄せる。
「ライナルト兄上、リリアーナ嬢は僕がお迎えする予定だったのですが」
「先に言ったのは俺だ」
「子供の喧嘩ではないんだが……」
国王陛下まで頭を抱えはじめる。
あの、私の知らないところで何が起きているの?
すると今度は、会場の端から足音が――。
「まだ決まったわけではあるまい」
ゆっくりと現れたのは、重厚な紋章付きの外套を羽織った男性。
王弟殿下・アルフォンス様だ。
普段は外国との交渉のため王都に不在のことが多い人物。
その彼が、まっすぐ私の前に立つと静かに微笑んだ。
「リリアーナ嬢。かつて一度だけ、君に助けられたことがある。覚えているか?」
「え……?」
「幼少の頃、魔物に襲われかけた私の命を救った少女。それが君だった」
そんな昔のこと……覚えていない。
けれど、アルフォンス殿下は真剣そのものだった。
「その恩を返せずにいたが……今ようやく返せる時が来た。
リリアーナ嬢。君を“王家に戻す”のは、私の役目だ」
――ちょ、ちょっと待って。
なんで王族全員が私を取り合う流れになってるの?
この状況を理解できないまま、私は立ち尽くした。
王太子アレクシスは未だに私たちの変化に気付いていないらしく、
フローラと踊り始めていた。
哀れなほどに。
だって――。
国王、第二王子、第三王子、王弟殿下が、同時に“私を引き取る”と宣言している。
そんなの、アレクシスが勝てるわけがない。
周囲はもはや婚約破棄どころではなく、
「リリアーナは誰のものになるのか」という話題で持ちきりだ。
――でも、私は誰のものにもならない。そう思っていた。
だが。
「リリアーナ嬢。どこへ行こうとしている?」
ルシアン殿下が肩を掴む。
「まだ返事を聞いていない」
「彼女は私と行く。次期王太子は君ではない」
今度はライナルト殿下が腕を掴む。
「やめぬか、お前たち。リリアーナ嬢が困っているだろう」
国王陛下が割って入る。
「困ってなどいない。むしろ、私と来るべきだ」
王弟殿下まで加わる。
――ちょ、ちょっと待って。
私の腕が左右から引っ張られ、前からも後ろからも囲まれている。
(どういう状況なの、これ!?)
「リリアーナは……僕のものだ……!」
ぽつりと漏れた声に振り向くと、
ルシアン殿下がほんの少し、子どものように拗ねていた。
「お前たちに渡すものか」
普段は穏やかな殿下の豹変に、空気が震える。
「……ッ!」
続けて、ライナルト殿下も静かに、しかし明らかな独占欲を滲ませて言った。
「俺も……譲る気はない」
国王陛下は大きくため息をつき、
「まったく……これだからうちの家系は女関係で落ち着かんのだ……」
とぼやいた。
そして王弟殿下まで、
「どのみち、私が一番ふさわしい」
と勝手に結論づけた。
――いや、決めないで!?
困惑している私をよそに、
王族たちは互いを牽制しながら一斉に口を開く。
「リリアーナ嬢、私と来ていただけないか?」
「いいや、俺だ」
「いやいや、父として私が責任を――」
「彼女を守れるのは私だけだ」
大広間に響く“壮絶な奪い合い”。
その中心にいるのは、婚約破棄されたばかりの私。
そして。
遠くで踊りながら、ようやく状況に気づいた王太子アレクシスが、
「え、え? なんで……なんで皆、リリアーナに……?」
と呆然と立ち尽くしていた。
ざまぁ。
これほど盛大なざまぁ、他にある?
私は小さく息を吸い、初めて本音をこぼした。
「……私は、あなたたちに選ばれるために婚約破棄されたわけじゃありません」
ルシアン殿下も、ライナルト殿下も、国王陛下も、王弟殿下も息をのむ。
「でも――自由を奪うつもりなら、誰であっても従いません」
そうはっきり告げると、四人の瞳に同時に火が灯った。
「……面白い」
「なら、なおさら譲れないな」
「彼女には自分で選んでもらうべきだろう」
「選んでもらう前に、私が選ばれるのだが?」
――いや、だから勝手に話を進めないで!
こうして。
“婚約破棄された令嬢争奪戦”…王族全員参加の大騒動が幕を開けたのだった。
私はただ、自由に生きたかっただけなのに。
どうして――
どうしてこうなったの?
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