土星の日

宇津木健太郎

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終章 土星の日

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 砂だ。私は砂の上に立っている。きめが細かく、歩く為に力を込めるだけで簡単に爪先が沈み込んでしまう。
 私は一糸纏わぬ姿で、砂丘の上に立っている。頭上を見上げれば星々が輝き、夜とは思えない程の輝きで、見渡す限りの砂漠を照らしていた。地平線から昇る天の川は天頂を駆け抜け、天球の反対の地平線まで降りている。
 不思議と寒さは感じない。確かに伝わる感触は、砂を踏みしめる感触だけ。
 ふわり、と風が吹き、私の髪を揺らす。
 風の流れが変わる。気温と共に。
 私は、うっすらと白み始めた地平線を見る。
 昇るのは、太陽ではない。
 目を凝らし、直立したまま、日の出の方角を見続ける。
 するとはっきりとその姿を肉眼で捉える事が出来た。深く、鮮やかなオレンジ色に燃え上がる土星の姿が。
 土星は、その赤道線上に存在する壮大な円弧までをも同色に染め上げ、炎の様に輪郭を燻らせていた。
 私は、ただ真っ直ぐにそれを見続けた。恐怖故に目を逸らせずにいるのではない。美しいが故に魅入られた訳でもない。
 何とも思わない。
 ただ何とも思わずに、確かな自分の意思を以って、燃え上がる土星を見続けた。
 人が、世界が、この夢にその思想と意思と行動を支配されているとしても、私は私のまま生き続ける。迷いなんて無い。私は、五十嵐君の愛を形にして確かめる事が出来た。彼の意思も、きっと揺らがない。
 もし揺らいだとしても、何を戸惑う事があるだろう。
 ……人は元々、お互いを完全に分かり合う事など出来やしない。
 だからこそ人間は、間違いを犯しながら今の自分達を作り上げた。
 五十嵐君が再び私から離れたとしても、私は諦めない。彼の望む私になって、そんな彼にも、私が望む彼になって欲しい。
 きっと、出来る。
 今はそんな風に考えが変わっていた。
 人類は今日この日、大きな混乱を迎えるだろう。人類初の異星人コンタクトが引き起こした、人類初の未曾有の大混乱を。
 そして同時に、土星が示す困難に立ち向かい、きっと秩序を取り戻す。例えどれだけ時間が掛かったとしても。あのAIがそう断言した様に。
 それは、逆説的な愛の証明。
 私はもう、迷わない。
 夏休みが終わる前に、また箱田さんや堂守君達と何処かに行こう。海がいい。きっと、忘れられない思い出になる。
 そして何年経っても何十年経っても、「あんな事もあったね」なんて笑い合いながら、この土星の日を思い出すのだ。
 そんな将来に期待を抱きながら、私は静かにその星が昇るのを、二本の足でしっかりと立ち、眺め続けた。

(了)
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みんなの感想(1件)

2019.12.15 ユーザー名の登録がありません

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宇津木健太郎
2019.12.15 宇津木健太郎

ご感想ありがとうございます!
この作品自体は既に完結しており、毎日一話毎に更新していく予定です。まだ全貌は全く見えない状況かと思いますが、よろしければ最後までお付き合いくださいませ。

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