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第零章 天女の始まり

8 出会い(1)

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「ふ~極楽極楽…。」

 この世界にきて徳が毎日欠かさないこと――




――風呂である。



 当たり前のように思うだろうが、この時代の人々は毎日お風呂に入るという習慣はない。そもそも、風呂で「湯船に浸かる」ということをしないそうだ。
 しかし、温泉好きの父が、自噴した温泉に「これ幸い」と城内にお風呂場を設立したため、この時代のお風呂形態『蒸し風呂』でもなく、徳は毎日湯船に浸かるという恩恵を受けていた。


「ふふふっ。徳様は、本当に毎日幸せそうに湯に浸かりますね。」
「だって、こんな気持ちのいい湯に毎日浸かれるんだよー。最高だよー。」
「私は徳様と毎日湯に浸かれることが、本当に幸せであります!何たる寛大なお方!」
「…ちょっ、千代、水飛沫がすごい……。」
「ひえっ!徳様!すいませぬッ!!」
 一緒に湯船を共にしているのは、ろくろ首の梅と侍女の千代である。千代は毎日飽きもせず徳へ風呂を共にする幸せを伝えるが、そんな千代にも徳は慣れてきた。洗い場には小さな妖たちがお互いの背中を、これまた小さな糠袋《ぬかぶくろ》でせっせと流し合いっこをしており微笑ましい。

 『風呂は独占するべからず。皆清潔であるべし』
 それがこの城、敦賀城つるがじょう城主、吉継よしつぐの教えだ。そのため、使用人も共にこの城で風呂を使っている。――ちなみに、城下町にも温泉を引いているらしい。

 城の一番風呂はもちろん徳か吉継だ。しかし、徳が目覚めた後、妖たちはどこに行くでも徳にくっつきり、風呂でも離れようとしなかった。最初の数日は徳も拒否していたが、そのうち皆で入るようになり、この団欒だんらん風呂が出来上がったのだ。
 さすがに性別的に男とみなされる妖狐の弥彦や一つ目小僧の菊助などが一緒にお風呂に入ることは、般若顔の吉継がNGを出した。
 イケメンの面影は微塵も無かった。マジ般若だった。さすが現役戦国武将。と、とある姫様が語ったらしい。

 ――ちなみに当初、千代が徳の身体を磨こう、髪を流そうとお風呂の世話をする気満々であったが、それは徳本人が拒否した。



 風呂から上がると部屋に戻り、寝る準備をする。それがこの世界に来て徳のルーティーン。
 この時代の枕は高さがあって寝にくい。なぜか木枕の上に小さなくくり枕をつけている形態である。申し訳ないと思いつつ、徳は早々に分解し、今現在、上に乗っていた小さな枕のみを使用している。
 ドライヤーなどもちろん無い。しかし、長い髪は濡れたままでも、どうせ起きるころには乾いている。寝ぐせなど気にせず、いつものように小袖や夜着などが濡れないようにだけ注意を払い横になった。












――が、



「……全然寝れない…。」




 行灯《あんどん》の火を消し横になったものの、なかなか睡魔が襲ってこない。

 原因はこの満月だろうか?
 いつもは困るくらい真っ暗になるのに、文机の上の障子窓から入る月明かりが、今夜は部屋の中を仄白ほのしろく照らしている。
 ごろごろと寝返りをうった徳は、ふと文机の上のガラス玉が気になった。






 月明かりできらきらと輝くガラス球。






――城の庭で夏虫が鳴いている……











ドクンッ




 何かが徳の身体の中で脈を打つ。


(えっな、何!?…熱いっ!)

 その脈打つ何かが全身を駆け巡る
ドクンドクンドクンドクン――




ふわっ





――スパーン!

「徳様!?どうなさいましたか!?」






 何かが体内を廻ったその瞬間、徳は自身の身体が宙に浮いたように感じ――。





「徳様ーっ!!!」

 千代の叫び声を聞きながら、徳はどこかに落ちた――









そう。文字通り、のである。








「――っ、痛ったー…。……え、何?何が起きたの…?」

 尻餅をつくように落ちた徳は、「イテテ」とお尻をさすりながら周りをきょろきょろと見渡す。


「……どこ…?ここ…?」


 徳の寝室と同じぐらいの広さの、襖障子が月の白い光を微かに透かした畳間。
 文机《ふづくえ》以外何もない、見覚えがない殺風景な部屋だった。




――敦賀城…、じゃない…?

 ようやく状況を理解すると、不安と緊張感が徳を襲う。



…とりあえず、…外に、出てみる…?

 何か分かることがあるかもしれないと、体勢を整えたその時である。



チャキリッ


 徳の喉元にひやりとした何かが当たった。


――え…




 今まで感じなかった人の気配を真後ろで感じる。







「……あんた、…今どこから出てきた?」



 喉元に当たる冷たさと同じような、冷ややかな青年の声が徳の背後から発せられた。
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