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第零章 天女の始まり

37 穏便?

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「おはようございます。こちらのお屋敷の主殿ですか?」

 翌朝、信繁と佐助、二人が屋敷門を跨ぐと、すぐに二人を呼び止める声がかかった。昨夜の涼しさとは打って変わって今日は暑い。空は晴れ渡り、太陽の日差しが信繁の栗色の髪をより明るく見せる。

「…そうだ。あんたらは?」
「あ!申し遅れました!わたくし、こちらの陰陽師、阿部吉明あべのよしあきらの弟子で、藤四郎と申します!こちらのお屋敷の方に聞きたいことがあるのですが、今お時間よろしいですか?」
「急いでるんで、手短にしてくれますー?」
「あ、すいません。では、さっそくお聞きしたいのですが、最近子どもを拾いませんでしたか?」
「なんのことでしょう?」
 藤四郎の質問に佐助が穏やかに返答するも、空気はピンと張り詰める。

「子どもがこの屋敷に入っていくものを見たものがおってな。それに、子どもの声も最近聞こえるそうな。隠しはきれんぞ。」
「もし、そうだったとして、それとお宅らがなんか関係ありますー?」
「私の仕事上、その子に用がある。」
「だから?」
 吉明よしあきらが声を発した途端にピンと張り詰めた空気が一気に重くなった。それを一顧いっこだにせず煽るように返事を返す佐助を吉明よしあきらは睨みつける。

「…御託はよい。どうなのだ。」
「そんな見ず知らずの人に家の内情を教えられないよねー。」
「…。」
「…しかも、そんな睨みつけてくるような怪しい人らにはさ。」

 
「……被害を出したくなければ、素直に子を――、」


「のぶしげさまー!さすけさまー!!」


 吉明がの手がおもむろに動き、佐助も臨戦態勢に入ろうとしたそのとき、門の奥、屋敷の方から信繁と佐助を呼び止める声が響いた。

「良かったー!間に合って!佐助さま!お買い物だと言うのに巾着、お忘れですよ!」

 元気な千代の声に皆の視線が一気に集まる。
「あ、ごめんなさい。お客様ですか?」
「いや、ありがとう千代。…千代、君に用みたいだけど、この人ら知ってる?」
「へ?千代にですか?……どこかでお会いしましたか…?」
 まさにキョトンという擬音語がつきそうな表情を浮かべた千代が、猫目のくりっくりな瞳を吉明よしあきらに向け頭を傾けた。


「うん。ありがとう千代。もう戻っていいよ。」
 千代は後ろ髪を引かれる様に、何度か門を振り返りながら屋敷の中へ戻っていく。

「…。」
「…えーっと、最近拾った子どもって…。」
 藤四郎が頬をポリポリと掻きながら気まずげにつぶやいた。

「そもそも、子どもを拾ったとは言っていない。最近雇い始めた子は居るがな。」
「………ではなぜ、このような厳重な結界を張っている…?」
「最近、勝手に屋敷に入ってきては荒らして居座っている奴がいるからな。これ以上誰も入ってこないようにしているだけだ。」
「えー、それって俺のことかよ?人聞きが悪くねぇか?」
「事実だろう。」
 4人の会話に屋敷の塀の上から才蔵が乱入する。その才蔵に信繁は一瞥を送ったあと吉明を正面から見据えた。
 ジリジリとした太陽の日差しが、にらみ合う二人の熱量のように激しく照り付けてくる。


「――…それで、あの子になにか?」
「…なぜ子を隠すように話をする。」
「明らかにあんたらが怪しいからだろう。仕事か知らんが、子どもを探しているなら、もっと穏便に尋ねた方がいいんじゃないか?」
「…。」
 未だ信繁と吉明の視線は逸れない。千代によって切れた緊張の糸が再び幾重にも張り巡らされる。







「ちょっ!止め止めー!」




「もー!吉明よしあきらさん!喧嘩っ早いんだから!――ごめんなさい、こっちの勘違いだったみたいで、探していた子ではありませんでした…。」
「…そうか。」
「それにしても、結解を張ったのは主殿ですか?すごく緻密でこちらも驚かされました。」
「いや、それはこいつだ。」
「なるほどー!従者殿!見事なお仕事です!あ、お二人は急いでらっしゃるんでしたね。引き留めてしまってすいません。では、私たちはこれで!ほら!行きましょう吉明よしあきらさん!」
 今にも戦闘が始まらんばかりの緊張を藤四郎の声が砕いた。何も発しない吉明よしあきらを差し置いて会話を進め、吉明の背を押しながら二人は真田屋敷の門前から姿を消していった。
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