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第零章 天女の始まり

39 野兎か山猿か

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 放たれた弓を徳は二郎坊を抱えたまますんでの所で避けた。

(あ、危っなーっ…!)


 背後の木に受け止められ、小刻みにしなっている弓を見て徳は冷や汗が流れる。
「……。」
「っ!?」

 藤四郎が無言で背負っていた矢筒から新たな矢へ手を伸ばしたため、徳は地面を蹴って射られる前に二郎坊を抱えて森へ逃げこんだ。


(ど、どうしよう!どうしようっ!?っていうか、ここどこなのー!!!?)



















ドサッ
「うおぉ!?」
「ん?」
「……。」

 屋敷の門前で言い合っていた男3人の前に、黒い塊が落ちる。

「…カラス…?」


ドサドサッ

 その黒い物体の正体に気づくと同時に、少し離れた先でも同じように次々とカラスが降ってきた。

「…あ?…どーなってんだ…?」








―――ズンッ―――





「…っ!」





 カラスが次々に落下してくるという異様な光景に不気味さを感じていると、次の瞬間3人は大きな力の波に襲われた。地面が揺さぶられているような、何かに押しつぶされるような、普段普通に生活していれば感じることがないほどの大きな力だ。
「なっ、いったい何が起こってんだ!?」
「この感じ、もしかして…!」
「…っ!」

 佐助が何かに気づいた瞬間、信繁は何も言わず屋敷へ駆け出した。佐助も信繁の後を追う。
「お、おい!どうしたんだよ!?」










「徳様!?」





 屋敷へ入らずとも千代の叫び声は信繁の耳に入った。

「…!?おい、千代殿!どうした!?」
「信繁様っ…!」
「千代…!?姫さんと、二郎坊は…?」
「急に!またっ…!急にいなくなってしまわれた…っ!」
「いなくなった…?」
とはどういうことだ?」
「徳様がっ、信繁殿のところへ行ってしまわれた夜も、目の前で瞬時に姿を消してしまわれたのです…っ!」
「…二郎坊はどうした…?」
「分かりませぬっ…。徳様と一緒にっ…。」
 千代は混乱しているのか、感情的になり涙が瞳を覆っている。

「…大谷の姫のあの大きな力も全く感じ取れんな…。」
「おい…、どういうことだよ…。姿を消した?…陰陽師とは関係ねぇのか…?」
「…多分、関係ないと思う。………姫さん、急にこの屋敷に現れたんだよ。本人も、どうやってここに来たのか分かんないって感じで。」
「はぁ?んだそれ?」
「別にお前に理解しろとは言わないよ。」
「…チッ…。…どこへ消えたか心当たりもねぇの?」
「………愛宕山あたごやま…。」
「ん?」
「…二郎坊が、愛宕山あたごやまの天狗の神木がどうのって言ってたのです!そこに何かあったから、今すぐにそこに行かなきゃって、それで、一人では危険だし心配だから一緒に行こうって話をしていたら、二人とも急にいなくなってしまわれたのです!…もしかしたら!徳様と二郎坊、愛宕山あたごやまに…!」
「…天狗の神木…?」
「はい!そこを守っている天狗に何かあったのかもって、二郎坊も突然苦しみだして…!」


 その話を聞き、信繁は次々と落下してきたカラスを思い出す。


「……行こう。」
「あ、やっぱり?」
「…はあ!?」
「手がかりがそれしかないし、本当にそこに居るかもしれん。それに…大谷の姫については気がかりなことがある――。」












 右側から微かな葉擦れの音が聞こえ、徳は直感的に走っていた足を止める。すると鼻先すれすれに矢が走った。

(ひぃっ!)

「…野ウサギのようなお人だ。その無駄に振りまいている力は使わないのですか?それとも、もったいぶっているのですか?」

 矢が飛んできた方角をみると、木の影からフラッと藤四郎が現れた。

「…き、機密事項なので言えません。」
「まぁ、知った所で結果は変わりませんがね。」





「――面倒なことは嫌いなのだ。手間をかけさせるな。」



 藤四郎と対峙していると。徳の耳元に吐息と共に声が掛かった。
「…!?」
 徳は思い切り振りかえる。吉明だ。思ったよりも距離が近い。

(――…!…あれって…!)
 その一瞬、徳の目を引くものがあった。
 徳は一か八かで吉明の腰に手を伸ばす。


「吉明さん!?」



 全身暗い吉明よしあきらの装いの中で、唯一目立つ銀色の鞘。吉明よしあきらの腰に刺さっていた刀のつかを手にすると徳は思いきり後ろへ跳ね飛んで距離を取り、同時に刀を引き抜いた。


「…逃げてるだけじゃ、助からないので、貸してもらいます…。ってか、丸腰の女子と子どもに男二人が襲いかかるって、ダサいと思いませんか…!?非道徳!鬼畜!」

「……そなた…、力は覚醒前のようだから油断していたが…随分と手癖が悪いな…。山猿にでも育てられたか?」

(…なっ!……はぁ!?…一応、私、ここでは姫って言う立場なんですけど…!?)





――ガキーーン!

 突如正面から斬り込まれ、徳はギリギリのところで振りかざされた刀を受け止めた。

「…っ!?」
「なるほど。兎ではなく猿でしたか。…山猿殿、いい加減に妖を渡してあなたも死になさい。」
「いやですわ。山猿だなん、て!」
 鍔迫り合いを徳は押し切り、藤四郎が徳から距離を取る。

 徳はこの世界に来てなんだかんだ姫のように扱われ大人しく過ごしていることが多かった。そのため実は父や松、千代が知らない徳がいる。



「――体力テスト学年一位の、体育オール5女子なだけですっ!――」



 そう。徳はこの世界に来て一度も披露することが無かったが、実は言うと運動神経がかなり良いのだ。それもスポーツの腕前で言うと運動部男子顔負けのレベルで。
 
「陰陽師だか、なんだか知らないけど、簡単に殺すだの死ぬだの言うな!このクソ野郎!」

 そして、結構口も悪い。

 二郎坊を自分が守らねばという使命感からなのか、はたまた恐怖心が振り切れたからなのか、徳は恐怖よりも陰陽師らへの怒りの方が勝っていた。

(何とかして、こいつらから逃げ切らなきゃ…!)

 徳は走りにくい小袖の裾を捲し上げて結び、下腿を惜しげもなく晒すと、再び二郎坊を抱えたまま森へ駆けだした。



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