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第二章 悪役令嬢物語の始まり
6 大谷陣屋の妖(1)
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ガサガサ
「徳様!徳様ですね?」
ぼーっと去っていく信繁を眺めていると、背後から名を呼ばれ徳は振り向く。――が、誰もいない。
「ここです!下です下!」
視線を下に下げる。そこに居たのはくりくりとした目の青蛇だった。その青蛇が廊下の端に体半分を隠してこちらを見つめている。
「へ…蛇?」
「はい。わたくしです!」
どうやら、徳を呼んだのはこの青い小さな蛇のようだ。
「一度こちらへ!」
そう言い廊下に隠れていく青い蛇。徳は一度信繁を振り返り、言われるがまま青蛇を追いかける。
ぼふんっ
「うわぁ!」
廊下を曲がったところでいきなり青蛇から煙が上がった。
その煙の中から出てきたのは品のよさそうな女性。――ただ、普通の人間と違うところ、髪の毛がうねうねとうねっている。髪の毛が蛇なのだ。
「徳様。お会いしとうございました。」
「び、びっくりしたー…。えーっと…。」
「申し遅れました。わたくし、この陣屋を管理しております蛇女の志野と申します。徳様にお会いできるのを楽しみにしておりました。」
「…私のことを知ってるの…?」
「はい。それはもう、幾度となく吉継様に話を伺っております。」
その返事に徳の口元がひきつった。
「…あ、そうなんですね…。なんか、すいません…。」
「なにを仰いますか。わたくし共は徳様のお話を聞くことがとても楽しみだったのですよ。まさか、この名護屋でお会いできようとは、夢の様です。」
父がどのように徳の話をしていたのかは不明だが、とても徳に好意的な妖の様だ。
「それにしても、どうして名護屋へ?徳様は越前で吉継様の帰りを待ってらっしゃるとお聞きしておりましたが…。」
「いやー、そうなんですけど…、えーっと、色々あってここに来ちゃって…。」
「まぁ。吉継様はご存じなのですか?」
「…それが、父上様も知らないんです…。なので、恥ずかしながら、…越前に帰れず困っていると言いますか…。」
「………もし…、徳様が嫌でなければ、この大谷陣屋で徳様の世話をさせていただきますが、いかがですか?」
「え!?…あの、いいんですか?」
まさかの管理者からの提案に、徳は思わず志野の手を握りしめた。志野は徳の反応に目を見開いて驚くが、一拍置いて目じりを下げ微笑んだ。
「もちろんにございます。徳様が、妖の中で一人という状況が嫌ではなければという話ですが…。」
「全然大丈夫!むしろ本当に助かります!」
今の徳にとっては願ってもない話だ。徳には何処にも頼れるところがないのだから。
「でも、志野さんは大丈夫ですか?急に押しかける形になっちゃって…。」
「いえいえ。本当にわたくし共は徳様にお会いしたかったのです。ほかの者もぜひ徳様にこの屋敷に居てほしいと思っておりますよ。」
「ほかの者?」
そういえばさっき達磨のような妖を見たなと、徳は思いだす。
「おーい。徳ちゃーん。」
ぼふんっ
政宗が徳を呼ぶ声が聞こえ、一瞬にして志野はまたあの青蛇に戻ってしまった。
「人間に見つかってはならないので、とりあえずわたくし共は隠れておりますゆえ。」
「あ、うん。分かった…。ありがとう。」
にょろにょろと廊下を這っていく志野を見送り、徳は皆のもとへ走って戻った。
「何処にいたんだよ。あれから戻ってこねぇし、心配したぜ。」
「すいません…。」
「どこか体調が悪くなったとかではないですか?」
政宗の様子からして、達磨の妖は見つからなかったのだろう。その横で鈴が心配そうに徳を見つめる。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます。」
「いえ…。あの…その、徳姫様、私に敬語など使わないでください。私は一介の町娘です。徳姫様のような高貴な方に敬っていただくような身分ではございません…。」
鈴がもじもじしながら徳へ訴える。可愛い。なんというか、庇護欲と加虐心という、相反する欲を刺激されるようなかわいさを持っており、徳はさすがだなと他人事のように眺めてしまった。
「…そう?分かった。ありがとう鈴ちゃん。」
「い!いえ!滅相もございません!」
鈴の頬が朱に染まる。可愛いなぁ、という気持ちと裏腹に、徳はちくりちくりと先ほどから不規則に痛む胸を再度無視して鈴に微笑んだ。
さまー!!
まさむねさまー!!!!!
「お、やっと来たか。」
ズザザザザザっー!!
「政宗さまぁ!!急にいなくなるのはよしてくださいと、あれほど申し上げておりますのに!!」
「きゃっ!」
砂埃をまき散らしながら勢いよく現れた強面の男に、鈴が小さな悲鳴を上げる。徳は思わず鈴の肩を抱いて鈴をその男から遠ざけた。
「おいおい。鈴ちゃんが怖がってるだろ?んなでかい声出さなくても聞こえてるよ。」
政宗は慣れたものなのか、片耳に指を突っ込みながらジト目で現れた男を非難した。
「はっ!申し訳ございません!つい、その…。」
「いえ、私こそごめんなさい…。」
「そもそも伊達さんが小十郎殿に何も言わず城から出てきたのが悪いんでしょう。」
「…!信繁殿もご一緒でしたか!そうなのです!信繁殿、よくぞ言ってくださいました!…政宗様!この小十郎、城下中を探し回ったのですぞ!」
「はいはい。悪かったな。」
「政宗様ぁ!!!」
小十郎と呼ばれている男の話を耳が痛いとでもいうようなしぐさで流す政宗。
「政宗様も、小十郎様も相変わらずだなぁ。」
「どなた…?」
「あー、小十郎様は――」
「は!挨拶が遅れて申し訳ございません。わたくし、伊達家に仕えております、片倉小十郎と申します。あなた方は…。」
徳が佐助にこっそり確認していると小十郎が気づき、先に名乗り出た。
「あ、私こそ申し訳ございません。大谷吉継の娘、徳と申します。そして、この子が…」
「わ、私は、鈴と申します!信濃国で両親と共に茶屋を営んでおります!名護屋城の炊事担当としての任を受け、この地へ参りました!」
徳が姫教育の成果の賜、優雅な挨拶を行い、鈴は緊張した様子で小十郎へ挨拶を行った。
「なんと!大谷吉継殿の姫君ですと!?」
「別に遊んでたわけじゃないんだぜー?徳ちゃんに城下を案内してやってたの。」
「別に頼んではない。」
「まー、信繁もそういわずに!それに、お前の方が先に出会ったからって、徳ちゃん一人占めするのはだめだろー?」
「……。」
信繁の不機嫌が分かっていないのか、わざと分からないふりをしているのか。信繁の肩に肘をかけてニタニタ話をする政宗に徳は落ち着かない。
「ま、政宗様…、その辺で…。」
「あー?…ま、小十郎が迎えに来ちまったから、今日のところは帰るかな。」
いろいろな場所を見て回ったため、結構ないい時間だ。春になったと言ってもまだ日は短い。日中暖かかった空気は日の沈みと共にツーンと冷気を帯びてくる。
この時代はまだ街頭はなく、店の提灯の明かり程度だ。早く帰らなくてはだいぶ暗くなる。
「…はぁ。鈴、お前もそろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」
「あ!そうですね!…でも、徳姫様は…。」
「私のことは大丈夫!ごめんね、心配かけてばっかりで…。」
鈴はいまだに徳のことを心から心配しているようだ。表情が暗い。
「ここで今日は休まれるのですか…?」
「うん。そうだね。本当に大丈夫だよ。」
「…では、明日私、仕事前にまたうかがってもいいですか?」
「へ?」
「こんなにお美しい方が屋敷で一人だなんて、心配過ぎます!明日朝に、朝餉もお持ち致しますので、屋敷から一人で出てはいけませんよ!誰かの目について攫われてはなりませんもの!」
「攫われるって、そんな…。」
「いいえ!徳姫様がお一人だなんて危険すぎます!」
「…。」
大げさだろうと徳は思ったが、鈴の熱量が強いため言い返さないでおくことにした。
「じゃあ、お願いします…。」
「はい!」
徳が返事を返すと花が咲いたかのような笑顔で返事をする鈴。こちらまで笑顔になってしまう。
こんなつもりじゃなかったんだけどな、と思いつつ徳は信繁と会話を始める鈴を眺めた。これがヒロイン属性というものなのだろうか、本当にいい子なんだなというのが伝わってくる。お人好しの信繁とお似合いだ。
「俺もまた来るよ。」
「は?なんで伊達さんが?」
「ああ?別にいいじゃねえかよ。俺はまだまだ徳ちゃんと話したいことがいっぱいあるし。ダメだって言われる理由も無いし?お前もうらやましかったら来たらいいじゃん?」
「そういう意味じゃ…――。」
「じゃあ、お前は来ないんだな?」
「……。」
「ちょ、ちょっと!分かりました!分かりましたから!皆さんいつでもお越しください!」
不穏な空気に耐えきれず徳は叫ぶ。
「ほら。本人がああいってんだ。」
「……。」
(本当に、こんなつもりじゃなかったのに…!!)
「はぁ。政宗様、いい加減帰りますぞ。」
二人の様子に見かねた小十郎がため息を吐きながら促した。
「はいはい。…鈴ちゃん、宿舎って城の方だろ?帰り道だから俺が送ってくよ。」
「え!?そ、そんな!めっそうもございません!さすがにそこまではっ…!」
恐縮した様子で答える鈴。それもそうだろう相手は奥州きっての大大名、伊達政宗だ。さすがにそんな人に送られるなんてたまったもんじゃない。
「あ?別にそんなかしこまる必要ねぇよ。もう俺ら友達だろ?」
「えっ!?えぇ!?」
(――…分かるわー…。なんでこの小説の主要人物ってこんなぐいぐいフレンドリーに来るんだろうねぇ…。イケメンだから余計にたちが悪い。)
徳が共感しながら様子をうかがっていると、鈴と目が合った。困った表情で目が合った後、チラッと信繁へ視線が動いたのを徳は見逃さない。
(…!!そうか!)
「ま、政宗様!そうは仰いましても、政宗様の身分を考えたら鈴ちゃんだって恐縮しちゃいますし、出会って間もないのです。ここは旧知の仲である信繁様にお願いするべきでは…?」
そう。信繁と鈴の邪魔はしないというアピールのためにも二人の恋を応援しなくては。二人きりになれる環境を提供しようと徳は政宗に提案した。すると鈴の表情がぱぁっと輝き、こくこくと思いきり首を上下に動かす。分かりやすい。
「はぁ?友達に身分だのなんだの関係ないだろ。俺は自分が気に入った奴と仲良くなるだけだ。ほら。帰るぞ。」
「きゃっ!」
「え、ちょっ、政宗様!?」
そう言って鈴の腕を引っ張っていく政宗。鈴はおろおろとしており、徳は焦る。
「ご安心くださいませ。この小十郎、責任もって鈴殿を宿舎まで送り届けますゆえ。」
「え、いや、心配しているんじゃなくって…。」
おいおい、それでいいのかよ!と思いチラッと徳は信繁を見やる。
「…大丈夫だ。伊達さんはめんどくさいし変わってるが、悪い人ではない。めんどくさいが。」
(めんどくさい二度言った!って、そうじゃなくって…!)
本当に気にしていない様子の信繁。先ほど喜んでいた鈴を思い出し、徳は思わずため息が出る。
(信繁様って、勘は鋭いけど、女心は分かんないんだ…。)
徳は未だ両片思い状態の二人の現状に納得した。
(…この二人どうやってくっついたんだろう…。)
徳はなんとも言えない気持ちで引きずられていく鈴を見送った。
「徳様!徳様ですね?」
ぼーっと去っていく信繁を眺めていると、背後から名を呼ばれ徳は振り向く。――が、誰もいない。
「ここです!下です下!」
視線を下に下げる。そこに居たのはくりくりとした目の青蛇だった。その青蛇が廊下の端に体半分を隠してこちらを見つめている。
「へ…蛇?」
「はい。わたくしです!」
どうやら、徳を呼んだのはこの青い小さな蛇のようだ。
「一度こちらへ!」
そう言い廊下に隠れていく青い蛇。徳は一度信繁を振り返り、言われるがまま青蛇を追いかける。
ぼふんっ
「うわぁ!」
廊下を曲がったところでいきなり青蛇から煙が上がった。
その煙の中から出てきたのは品のよさそうな女性。――ただ、普通の人間と違うところ、髪の毛がうねうねとうねっている。髪の毛が蛇なのだ。
「徳様。お会いしとうございました。」
「び、びっくりしたー…。えーっと…。」
「申し遅れました。わたくし、この陣屋を管理しております蛇女の志野と申します。徳様にお会いできるのを楽しみにしておりました。」
「…私のことを知ってるの…?」
「はい。それはもう、幾度となく吉継様に話を伺っております。」
その返事に徳の口元がひきつった。
「…あ、そうなんですね…。なんか、すいません…。」
「なにを仰いますか。わたくし共は徳様のお話を聞くことがとても楽しみだったのですよ。まさか、この名護屋でお会いできようとは、夢の様です。」
父がどのように徳の話をしていたのかは不明だが、とても徳に好意的な妖の様だ。
「それにしても、どうして名護屋へ?徳様は越前で吉継様の帰りを待ってらっしゃるとお聞きしておりましたが…。」
「いやー、そうなんですけど…、えーっと、色々あってここに来ちゃって…。」
「まぁ。吉継様はご存じなのですか?」
「…それが、父上様も知らないんです…。なので、恥ずかしながら、…越前に帰れず困っていると言いますか…。」
「………もし…、徳様が嫌でなければ、この大谷陣屋で徳様の世話をさせていただきますが、いかがですか?」
「え!?…あの、いいんですか?」
まさかの管理者からの提案に、徳は思わず志野の手を握りしめた。志野は徳の反応に目を見開いて驚くが、一拍置いて目じりを下げ微笑んだ。
「もちろんにございます。徳様が、妖の中で一人という状況が嫌ではなければという話ですが…。」
「全然大丈夫!むしろ本当に助かります!」
今の徳にとっては願ってもない話だ。徳には何処にも頼れるところがないのだから。
「でも、志野さんは大丈夫ですか?急に押しかける形になっちゃって…。」
「いえいえ。本当にわたくし共は徳様にお会いしたかったのです。ほかの者もぜひ徳様にこの屋敷に居てほしいと思っておりますよ。」
「ほかの者?」
そういえばさっき達磨のような妖を見たなと、徳は思いだす。
「おーい。徳ちゃーん。」
ぼふんっ
政宗が徳を呼ぶ声が聞こえ、一瞬にして志野はまたあの青蛇に戻ってしまった。
「人間に見つかってはならないので、とりあえずわたくし共は隠れておりますゆえ。」
「あ、うん。分かった…。ありがとう。」
にょろにょろと廊下を這っていく志野を見送り、徳は皆のもとへ走って戻った。
「何処にいたんだよ。あれから戻ってこねぇし、心配したぜ。」
「すいません…。」
「どこか体調が悪くなったとかではないですか?」
政宗の様子からして、達磨の妖は見つからなかったのだろう。その横で鈴が心配そうに徳を見つめる。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます。」
「いえ…。あの…その、徳姫様、私に敬語など使わないでください。私は一介の町娘です。徳姫様のような高貴な方に敬っていただくような身分ではございません…。」
鈴がもじもじしながら徳へ訴える。可愛い。なんというか、庇護欲と加虐心という、相反する欲を刺激されるようなかわいさを持っており、徳はさすがだなと他人事のように眺めてしまった。
「…そう?分かった。ありがとう鈴ちゃん。」
「い!いえ!滅相もございません!」
鈴の頬が朱に染まる。可愛いなぁ、という気持ちと裏腹に、徳はちくりちくりと先ほどから不規則に痛む胸を再度無視して鈴に微笑んだ。
さまー!!
まさむねさまー!!!!!
「お、やっと来たか。」
ズザザザザザっー!!
「政宗さまぁ!!急にいなくなるのはよしてくださいと、あれほど申し上げておりますのに!!」
「きゃっ!」
砂埃をまき散らしながら勢いよく現れた強面の男に、鈴が小さな悲鳴を上げる。徳は思わず鈴の肩を抱いて鈴をその男から遠ざけた。
「おいおい。鈴ちゃんが怖がってるだろ?んなでかい声出さなくても聞こえてるよ。」
政宗は慣れたものなのか、片耳に指を突っ込みながらジト目で現れた男を非難した。
「はっ!申し訳ございません!つい、その…。」
「いえ、私こそごめんなさい…。」
「そもそも伊達さんが小十郎殿に何も言わず城から出てきたのが悪いんでしょう。」
「…!信繁殿もご一緒でしたか!そうなのです!信繁殿、よくぞ言ってくださいました!…政宗様!この小十郎、城下中を探し回ったのですぞ!」
「はいはい。悪かったな。」
「政宗様ぁ!!!」
小十郎と呼ばれている男の話を耳が痛いとでもいうようなしぐさで流す政宗。
「政宗様も、小十郎様も相変わらずだなぁ。」
「どなた…?」
「あー、小十郎様は――」
「は!挨拶が遅れて申し訳ございません。わたくし、伊達家に仕えております、片倉小十郎と申します。あなた方は…。」
徳が佐助にこっそり確認していると小十郎が気づき、先に名乗り出た。
「あ、私こそ申し訳ございません。大谷吉継の娘、徳と申します。そして、この子が…」
「わ、私は、鈴と申します!信濃国で両親と共に茶屋を営んでおります!名護屋城の炊事担当としての任を受け、この地へ参りました!」
徳が姫教育の成果の賜、優雅な挨拶を行い、鈴は緊張した様子で小十郎へ挨拶を行った。
「なんと!大谷吉継殿の姫君ですと!?」
「別に遊んでたわけじゃないんだぜー?徳ちゃんに城下を案内してやってたの。」
「別に頼んではない。」
「まー、信繁もそういわずに!それに、お前の方が先に出会ったからって、徳ちゃん一人占めするのはだめだろー?」
「……。」
信繁の不機嫌が分かっていないのか、わざと分からないふりをしているのか。信繁の肩に肘をかけてニタニタ話をする政宗に徳は落ち着かない。
「ま、政宗様…、その辺で…。」
「あー?…ま、小十郎が迎えに来ちまったから、今日のところは帰るかな。」
いろいろな場所を見て回ったため、結構ないい時間だ。春になったと言ってもまだ日は短い。日中暖かかった空気は日の沈みと共にツーンと冷気を帯びてくる。
この時代はまだ街頭はなく、店の提灯の明かり程度だ。早く帰らなくてはだいぶ暗くなる。
「…はぁ。鈴、お前もそろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」
「あ!そうですね!…でも、徳姫様は…。」
「私のことは大丈夫!ごめんね、心配かけてばっかりで…。」
鈴はいまだに徳のことを心から心配しているようだ。表情が暗い。
「ここで今日は休まれるのですか…?」
「うん。そうだね。本当に大丈夫だよ。」
「…では、明日私、仕事前にまたうかがってもいいですか?」
「へ?」
「こんなにお美しい方が屋敷で一人だなんて、心配過ぎます!明日朝に、朝餉もお持ち致しますので、屋敷から一人で出てはいけませんよ!誰かの目について攫われてはなりませんもの!」
「攫われるって、そんな…。」
「いいえ!徳姫様がお一人だなんて危険すぎます!」
「…。」
大げさだろうと徳は思ったが、鈴の熱量が強いため言い返さないでおくことにした。
「じゃあ、お願いします…。」
「はい!」
徳が返事を返すと花が咲いたかのような笑顔で返事をする鈴。こちらまで笑顔になってしまう。
こんなつもりじゃなかったんだけどな、と思いつつ徳は信繁と会話を始める鈴を眺めた。これがヒロイン属性というものなのだろうか、本当にいい子なんだなというのが伝わってくる。お人好しの信繁とお似合いだ。
「俺もまた来るよ。」
「は?なんで伊達さんが?」
「ああ?別にいいじゃねえかよ。俺はまだまだ徳ちゃんと話したいことがいっぱいあるし。ダメだって言われる理由も無いし?お前もうらやましかったら来たらいいじゃん?」
「そういう意味じゃ…――。」
「じゃあ、お前は来ないんだな?」
「……。」
「ちょ、ちょっと!分かりました!分かりましたから!皆さんいつでもお越しください!」
不穏な空気に耐えきれず徳は叫ぶ。
「ほら。本人がああいってんだ。」
「……。」
(本当に、こんなつもりじゃなかったのに…!!)
「はぁ。政宗様、いい加減帰りますぞ。」
二人の様子に見かねた小十郎がため息を吐きながら促した。
「はいはい。…鈴ちゃん、宿舎って城の方だろ?帰り道だから俺が送ってくよ。」
「え!?そ、そんな!めっそうもございません!さすがにそこまではっ…!」
恐縮した様子で答える鈴。それもそうだろう相手は奥州きっての大大名、伊達政宗だ。さすがにそんな人に送られるなんてたまったもんじゃない。
「あ?別にそんなかしこまる必要ねぇよ。もう俺ら友達だろ?」
「えっ!?えぇ!?」
(――…分かるわー…。なんでこの小説の主要人物ってこんなぐいぐいフレンドリーに来るんだろうねぇ…。イケメンだから余計にたちが悪い。)
徳が共感しながら様子をうかがっていると、鈴と目が合った。困った表情で目が合った後、チラッと信繁へ視線が動いたのを徳は見逃さない。
(…!!そうか!)
「ま、政宗様!そうは仰いましても、政宗様の身分を考えたら鈴ちゃんだって恐縮しちゃいますし、出会って間もないのです。ここは旧知の仲である信繁様にお願いするべきでは…?」
そう。信繁と鈴の邪魔はしないというアピールのためにも二人の恋を応援しなくては。二人きりになれる環境を提供しようと徳は政宗に提案した。すると鈴の表情がぱぁっと輝き、こくこくと思いきり首を上下に動かす。分かりやすい。
「はぁ?友達に身分だのなんだの関係ないだろ。俺は自分が気に入った奴と仲良くなるだけだ。ほら。帰るぞ。」
「きゃっ!」
「え、ちょっ、政宗様!?」
そう言って鈴の腕を引っ張っていく政宗。鈴はおろおろとしており、徳は焦る。
「ご安心くださいませ。この小十郎、責任もって鈴殿を宿舎まで送り届けますゆえ。」
「え、いや、心配しているんじゃなくって…。」
おいおい、それでいいのかよ!と思いチラッと徳は信繁を見やる。
「…大丈夫だ。伊達さんはめんどくさいし変わってるが、悪い人ではない。めんどくさいが。」
(めんどくさい二度言った!って、そうじゃなくって…!)
本当に気にしていない様子の信繁。先ほど喜んでいた鈴を思い出し、徳は思わずため息が出る。
(信繁様って、勘は鋭いけど、女心は分かんないんだ…。)
徳は未だ両片思い状態の二人の現状に納得した。
(…この二人どうやってくっついたんだろう…。)
徳はなんとも言えない気持ちで引きずられていく鈴を見送った。
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