追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。

柳葉うら

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第三章

24.ムーン・デーツとスパイスのお菓子

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「白い魔女か。……聞いた事が無いな。なにかの喩えなのかもしれない。念のため今日の帰りから必ず、外出する時はオルフェンを連れて行ってくれ。やはり白い魔女のことが気がかりだ。オルフェンほど魔法に長けていたら、なにかあっても対応できるだろう」

 フレイヤからアーディルの言葉を聞いたシルヴェリオは、そう呟きながら商談用のテーブルの上に置かれた異国の菓子に手を翳す。その菓子は、アーディルがフレイヤに贈った賄賂だ。

 アーディルたちを見送った後、フレイヤがアーディルから受け取った包みを開けてみると、中には拳ほどの大きさの焼き菓子が十個ほど入っていた。
 表面はビスケットのような質感で、ふっくらとした形状のため中になにか入っていそうだ。

 アーディルを警戒したシルヴェリオがフレイヤに菓子を食べないよう忠告したところ、フレイヤが目に見えて落ち込んでしまった。
 異国の素晴らしいお菓子と邂逅したからには、ぜひとも味わってみたかったのだ。
 
 そんなフレイヤの願いを叶えるために、シルヴェリオがは解析魔法を使って毒などが入っていないか確認している。

「まったく、おやつのために解析魔法のうような高度な魔法をを使うなんて前代未聞よ」

 解析魔法は通常、未知の魔獣や魔法具を見つけた時に使用される、どちらかと言えば研究や軍事用の魔法だ。
 
 呆れて溜息をつくジュスタ男爵の言葉を聞き、シルヴェリオの才能の無駄遣いを知ったアレッシアは瞠目してフレイヤとシルヴェリオを見つめる。
 一方でレンゾとエレナは、フレイヤとシルヴェリオを微笑んで見守るのだった。

「シルヴェリオ様にとってルアルディ殿のおやつは仕事と同じくらい大切なことですから」
「そうです、毎日ちゃんとバリエーションをつけて選んでいると、コルティノーヴィス伯爵家の執事頭から聞きました」
「……おやつというより、あの子が大切なのでしょう?」

 声を抑えて呟くジュスタ男爵のひとり言に、レンゾとエレナは心の中で同意する。

「――危険なものは入っていないようだ」

 念入りに菓子を調べ終えたシルヴェリオは、翳していた手を下ろす。
 毒や危険な薬草の類を察知しなかったから食べても問題ないようだが、フレイヤがアーディルから受け取った菓子を食べるのはいささか不満だ。
 とはいえ期待に満ちているフレイヤに、食べるなとは言えないが。
 
「とはいえ、あまり食べ過ぎないように。今日の昼のデザートが入らなくなってしまう」
「ち、ちゃんと一個だけ食べますよ! 私が皆の分も食べる食いしん坊みたいに言わないでください!」

 シルヴェリオの言葉にフレイヤが憤慨すると、周囲から笑い声が上がった。

 その後、エレナが淹れてくれたお茶に合わせてみんなで菓子を食べた。
 
「いただきます!」
 
 フレイヤは期待に満ちた表情でパクリと菓子に齧りつく。

「美味しい……!」
 
 菓子の外側はほろりとしているが、中はしっとりとした生地だ。
 外側にまぶしている粉砂糖で甘さを感じるが、生地自体はさほど味がついていない。ほんの少しバターの風味を感じる。
 
「中に入っているのは……乾燥させた果物などを混ぜたペーストでしょうか? 不思議な食感の果物ですね」
 
 フレイヤは中に入っているペーストをゆっくりと味わう。中に入っている果物の食感は栗のようにほっくりとしており、少し甘い。

「これはムーン・デーツという植物の果実ですね。イルム王国では催事の時に贈るお菓子に入っています。食べた人に幸福が訪れるように祈りを込めて贈るのです」

 エレナは昔食べたことがある菓子だったようで、すぐに中身の果実の正体を当てた。

 ムーン・デーツは三日月のような形の果実をつけるためそのように名付けられたそうだ。
 
「口の中にスパイスの香りが広がりますね」
「ああ、そうだな」

 嬉しそうに食べるフレイヤの隣で、シルヴェリオは馴染みのない味に戸惑いつつも菓子を食べた。
 
 フレイヤは最後のひとかけらを口の中に入れると、よく噛んで味わう。
 ほろりとした生地の食感やムーン・デーツの素朴な甘さが、どことなく温かみがあって好ましい。
 
 この菓子を選んで持って来てくれたアーディルもまた、幸福を願ってくれたのだろうか。
 ふとそのような考えが、フレイヤの脳裏に浮かぶのだった。
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