新緑の宝玉

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天才魔封術使いと呼ばれる少年

初めての対面

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「ああ。ジジイが『パーティの日に貧乏臭く歩いて行くな。』とか煩く言いやがって。

母さんが今日は大人しく言うこと聞いておけってぇから仕方なく、な。」

その言葉にアルスはなんとなく納得した。

まあ、彼の祖父なら普段のエリオンの話から想像しても言いそうだと思うし、そのことでエリオンと彼の祖父が揉めるのをエリオンの母親が宥める光景は想像に難くなかった。

そんな会話をしている間に馬車がゆっくりとスピードを落として、一時止まった。どうやら、オーテッド家の敷地に入る門に着いたらしい。

アルスはエリオンの家に来るのは初めてだ。門の前を通ったことがあるくらいで。

大きな門が門番によって開けられ、馬車は敷地内に入っていく。

両側を小さな森のようになった手入れの行き届いたあぜ道をカラカラと音を立てて馬車は進んでいく。

少しすると、大きなお屋敷が木々の向こうに見えて来た。

大きな、大きなお屋敷。

3階建てになっており、3棟で構成されているようだ。

段々と近づいてくる荘厳ともいえる佇まいの由緒ある大きなお屋敷に、アルスはエリオンが本当に古くからある名家のお坊ちゃんなのだと再確認していた。

馬車は屋敷の玄関に到着すると、馬車はゆっくりと止まった。

「お疲れ様でした。」

御者が恭しく扉を開けて頭を下げる。

「ああ、悪ぃな。」

エリオンは慣れた様子で馬車から降りた。それに続いてアルスも御者に礼を言って馬車を降りる。

屋敷の玄関扉の前で執事が待っていた。

「お帰りなさいませ。エリオン様。」

執事がうやうやしくエリオンとアルスのために扉を開けた。

エリオンは当たり前のように開けられた扉を通って屋敷の中へ入っていくが、アルスには初体験。未知の世界だった。

そしてそれは屋敷の中もそうだった。

ふかふかの高級絨毯の敷き詰められた廊下。大きな階段。屋敷の中はとても広く、高価な調度品がたくさん飾ってある。

もうどこの国の王宮かと疑いたくなる。

エリオンに案内されて歩きながら、アルスはその庶民とは金銭感覚も生活も違う名家の暮らしにただただ、唖然とするばかりだった。

そうして、パーティ会場としてエリオンに案内されたのは中庭だった。

中庭を言っても大きな中庭はもう庭に近い。

広いテラス。大きな噴水。手入れの行き届いた花壇や綺麗に剪定された木々。美しい芝生。

立食パーティということでお洒落なテーブルが幾つも並んでいて、その上にはオーテッド家お抱えの腕のよい料理人たちが腕を振るった最高級の料理たちがところ狭しと美しく並べられている。

もう準備は整っているようだ。

美しく装った品のある来客たちはきっと、みな名のある貴族や実力者たちだろう。大勢集まって、パーティが始まるのを今か今かと待ち構えている。

そんな様子を眺めながら、アルスは一応でもちゃんとした服装で来てよかったと思う。

エリオンの普段着姿がものすごく浮いている。

本人は全く気にしていないし、本当にいつものことなのか屋敷の者たちも来客者たちも戸惑う様子も不審がる様子もない。

エリオンは自分の服装がこの場にふさわしくなく、ものすごく浮いていることがちゃんと分かっていて、それでも平気で普段着でパーティに出席できるのだから、すごいと思う。神経が太いというか、なんというか。

アルスなら絶対に無理だ。この浮き方は恥ずかしすぎる。

「ジジイにサクッと挨拶しに行って、さっさと母さんのところへ行こうぜ。」

アルスの内心など知らずに、エリオンは後ろを歩くアルスを振り向いた。母にアルスを会わせるのがエリオンにとって今日のメインだ。パーティなどどうでもいい。

エリオンは続ける。

「パーティの料理とか母さんの部屋に運ばせて、あっちで食おう。」

最初からそのつもりだったらしいエリオンは、そう言うとアルスの返事など聞かず、祖父の姿をパーティ会場内に探した。

アルスに会ってみたいと言っている母親に早くアルスを紹介したいらしいエリオンのマザコンぶりにアルスは苦笑する。それと同時に、アルスは自分が彼の祖父の顔を一度もみたことがないことを思い出した。

エリオンが成金趣味だと言い、嫌な奴だと嫌う彼の祖父とはどういう人物なのだろう?

彼から聞かされているだけで、実際の彼の祖父のことは名家の当主でものすごくお金持ちだということくらいしか知らない。

もしかしたら、叔父のラムドは知っているかもしれない。

来る前に話くらい聞いてみればよかったと、思う。

そのとき、エリオンが立ち止った。

その視線の先。

いくらか離れた場所に厳つい感じの老人が招待客たちに挨拶していた。

エリオンは、アルスに言った。

「アルス、ジジイに何言われても気にすんなよ。」

その言葉にアルスは少し身構える。彼の祖父がアルスを嫌っているのは知っている。オーテッド家の跡取りである孫とアルスが親しくするのが気に入らないということも。

そんなアルスの前でエリオンが先に立って歩き出した。

目指す先には祖父の姿がある。

厳つい感じの老人。

だが、エリオンが言うほど嫌な人物には見えない。どうやら、エリオンから話を聞くだけで、勝手にイメージを作ってしまっていたらしい。

先を歩くエリオンは祖父の前に立つと態とらしい笑顔でアルスを紹介した。

「お祖父様、こちらが友人のアルス・エリスンです。

ご存じかとは思いますが、彼は『天才』と言われる魔封術使いなんですよ。」

『天才魔封術使い』

エリオンはそうアルスを紹介した。

正直、アルスとしては天才と言われるほどの自信も実力もない。周りが勝手に騒ぐだけだ。だから、その紹介はやめて欲しかった。

だが、エリオンがそう紹介したのは、祖父がアルスをエリオンの友人としてふさわしくないと常日頃から言っているから、認めさせたいのだということも分かっていた。

「初めまして。アルス・エリスンです。」

アルスは挨拶しながら、エリオンの祖父で現在のオーテッド家当主、ダルド・オーテッドを見た。

目の前の老人は怖そうではあるが、品の良さそうな雰囲気だ。

しかし、次の瞬間発せられたダルドの言葉にエリオンの言葉の正しさを思い知ることになる。

「なるほど。

お前があの『天才魔封術使い』などと呼ばれているひよっこか。

未熟者の分際でつけあがるな。」

冷たい言葉と態度で放たれたダルドの言葉。冷めた目は完全にアルスを見下していた。『名家』と『庶民』の線引きを感じる。

否、それだけではない。敵意に似たものがその視線に混じっているのも感じた。

憎まれている、そんな感じだ。

初対面でのそのダルドの態度に、アルスはムカッとした。

ダルドの鋭い眼光は跡取りに近づく邪魔者のアルスを忌み嫌っている。エリオンの言う通り、嫌な感じだ。

ちょっとでも、悪い人ではないのかもしれないと思った自分の間違いを思い知った瞬間でもあった。

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