新緑の宝玉

ツバキ

文字の大きさ
上 下
6 / 12
天才魔封術使いと呼ばれる少年

悪友と書いて親友

しおりを挟む
心配げに言う母にエリオンが肩を竦めてみせた。

ミルダはエリオンが友達をつれて来ると必ず同じことを言う。だが、その誰もが今はもう友達ではない。今までで一番長続きしているのがアルスだ。

アルスはエリオンの祖父に嫌われていたのでミルダに会うのは初めてだが。

逆に言えば、エリオンの祖父に嫌われながらも彼の母親と会う箪笥が来るまで友達を続けているのも、アルスが初めてだった。

オーテッド家は古くからの名家で、権力があり、影響力が大きい。そのオーテッド家の当主に睨まれたとあっては、恐れをなしてしまうのが普通だ。

エリオンには友達が少ない。彼が口が悪いというのもあるだろうが、やはり大きいのは祖父の存在。

友達になっても、たいていは彼の祖父に嫌味を言われ、見下され、馬鹿にされ、腹を立てるか萎縮して、最後にはエリオンから離れてしまう。

「はぁ・・・」

アルスは生返事をした。エリオンが悪い奴ではないのは理解している。だから、長く友達付き合いをしている。エリオンは性格が悪い。口が悪い。だが、彼のいいところもアルスは一応、知っているつもりだ。だから、ミルダがエリオンのフォローした言葉は納得できる。

しかし・・・。

エリオンの祖父が悪い人ではないというのは、どうだろうか。確かに悪い人ではないのかもしれないが、アルスにとって、嫌な人物であることは間違いない。それは普段、エリオンが言っている通り。それがアルスの印象だった。

返事に困るアルスの横でエリオンが不愉快げな顔を隠そうともせず、思いっきり眉を顰めた。

「ジジイが悪い奴じゃねぇって!?冗談!さっきだって、アルスにすっげぇムカつくこと言ったんだぜ?」

エリオンが母の言葉に反論する。

そんな彼にミルダは『ジジイなんてお祖父様のことを読んではいけません。』と、諭してから、尋ねた。

「お祖父様はなんとおっしゃったの?」

首を傾げるような可愛らしい仕草で尋ねる母にエリオンは仏頂面で答えた。
「『お前があの”天才魔封術使いとか呼ばれているひよっこか。天才などと呼ばれてつけあがるなよ。”』だとよ。」

その言葉に言われたアルスよりもはらわたが煮えくり返っているエリオンは、祖父の口調を真似て再現する。

そんなエリオンにミルダはにっこりと笑った。

「あらあら。

ふふ。

あなたのお祖父様は、あなたと同じで少し言い方がきついだけ。

要は『今、頑張れば、まだまだ伸びるのだから頑張りなさい。』ということよ。」

悪意のない笑顔でありえない意訳を披露する母にエリオンは脱力した。

おっとりとして善良は母は良い方に解釈するが、あれは絶対にそんな意味ではないとエリオンは思う。

「ぜってぇ、ありえねぇ・・・」

隣でエリオンが呟くのがアルスの耳に届いた。

エリオンとしては自分の母ながら、時々、彼女の思考回路が理解出来ない時がある。長い間に慣れてきたとはいえ、こういうとき、じぶんの母親は普通とは違う感覚を持っていると感じる。

ね?と、ミルダに同意を求められたアルスも、エリオンと同じく、ミルダのような解釈は成り立たないと思う。

アルスは返事に困って曖昧にごまかしながら、エリオンから聞いて想像していたミルダのイメージとだいぶ違うと思った。

否、綺麗でおっとりとしていて、おおらかで優しいというイメージの部分は合っていると思う。ただ、少し度を越えていて、ついでにかなりズレた感覚の持ち主だが。

さすが、ダルド・オーテッドの娘でエリオンの母親だ。

アルスは内心で感心した。くせ者二人と血が繋がっているだけのことはある。彼女がこういう性格だから、この家は平和なのだろう。

ダルドとエリオンが言い争いをしても、彼女なら真面目に『仲がいいのね。』と、のんきに微笑んでそうだ。

そう思うとアルスは可笑しくなってきた。

思わず、笑い出したアルスにエリオンは引いた。

「気持ち悪ぃな。なんだよ、いきなり。」

訝しむエリオンにアルスは笑いながら答えた。

「いやぁ、なんか神様はよく考えてるなって思ってさ。」

唐突にそんなことを言い出すアルスに、エリオンはますます不審げな目でアルスを見る。

しかし、アルスは説明などするつもりはなかった。意味が分かれば、エリオンが怒るだろうから。

ニヤニヤと不気味に笑うばかりのアルスにエリオンは追及を諦めた。無駄だと思ったのだ。

「まあ、いい。

とりあえず、おれはパーティ会場から何か食いモンでも取ってくるわ。

誰かに持って来させるのも面倒だしな。」

そう言い置くと、エリオンはアルスを置いてさっさと部屋を出て行ってしまった。

「お、おいっ」

ミルダと二人で取り残されたアルスは慌てた。

彼女を二人で何を話せばいいのか分からない。

置いていくなーーーっ!!

アルスは心の中で絶叫したが、そんなものが部屋を出たエリオンに届くはずもない。

目の前のミルダは相変わらずにこにこと優しげな笑みを浮かべて微笑んでいる。

会話に困ったアルスがどうしようかと悩んでいると、ミルダが口を開いた。

「あら?困った顔をしているわ。わたくしとお話しするのはお嫌?」

エリオンという大きな子供がいて、叔父のラムドと同じくらいの年齢であろうとは思えないほど可憐な仕草で首を傾げて見せる。

そんなミルダにアルスは慌てて首を振った。

「いいえ!そんなことはないです。

ただ、何を話していいのか、少し戸惑っていますが。」

素直に白状したアルスにミルダは柔らかく声を立てて笑った。

「そんなに緊張しなくてもよろしいのよ?あなたはエリオンのお友達ですもの。

あの子、お友達が少ないから心配していたのよ。

一度、家に連れて来ても、もう一度、連れて来たことは一度もないわ。

でも、あなたとならまたお会い出来そうな気がするの。」

そう言うとミルダは思い出し笑いをするように笑って続けた。

「エリオンがお友達を『親友』だって、言ったのはあなたが初めてなのよ。」

嬉しそうに語ったミルダにアルスは唖然とした。

エリオンがアルスのことを親友だと話していたことなど、思いもよらなかったのだ。

友達ではあるし、アルスの側は『悪友』と書いて『しんゆう』と読むという感じではあるが、それでも親友だと思っている。

しかし、エリオンはアルスをからかったり、ちょっかいを出したりして面白がっているだけのような気がしていたのだ。

「・・・・そうなんですか?」

思わず、アルスは聞き返してしまった。

それくらい意外だったのだ。

そんなアルスにミルダは微笑みながら、しっかりと頷いた。

「あなたのこと、よほど気に入っているのね。

信用もしているみたいだし。母親として、嬉しいわ。」

そのミルダの言葉がアルスにはいまいち信じられない。

『信用している』?

そんなに気を許しているのかアルスにはエリオンの態度からは読み取れなかったのだ。

そんなアルスにミルダは目を細めて微笑むと言った。

「ずっと、エリオンのお友達でいて頂戴ね。」

ミルダの息子を思う頼みに、アルスは頷いた。
しおりを挟む

処理中です...