勇者育てます!?

ツバキ

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第一章 プロローグ

『おれの』勇者

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昼過ぎ頃、ようやく一段落したところで休憩することになった。
昼食は客のお婆さんが差し入れてくれたお茶とおにぎりだ。ルドルを見ると遠く離れて暮らす孫を思い出すのだそうだ。

「なぁ、ルドル。」
「あ?」
ユーフェルはおにぎりを食べながら話しかけた。
ぼーっと空を見上げながら同じくおにぎりを食べていたルドルが振り向く。
「お前なんで薬売りしてんだ?」
「旅するにゃあ金がいるからな。」
何当たり前のことを聞くんだというようにルドルが答える。
「じゃあ、何で旅をしてんだ?」 
ルドルは14だ。一人旅を両親は何も言わなかったのだろうか。
「そりゃ、世界中を見てまわってみたいからだな。」
指についた米粒を舐め取りながら、何でも無い事のようにルドルは言った。
「この広い世界を自由気ままに旅していろんなものが見たい。いろんなことが知りたい。」
空を見上げてルドルが言った。
広い世界への憧れ。空を見上げるルドルの瞳はキラキラ輝いているように見えた。
一人で旅しながら薬草を売る口の悪い少年につきまとう形で一緒に旅をして2日目で始めて見た年相応の素顔。
そういえば、まともな会話をしたのもこれが初めてだと気づいてユーフェルは内心苦笑する。

どんだけ必死なんだよ、オレは。

どこまでも続く青い空。そういえばルドルがよく空を見上げていることに気付く。空を見上げるのがルドルの癖なのだと今はじめて、ユーフェルは気づいた。
広い世界。自由の象徴のような果てしなく続く青い空。
ルドルの横でユーフェルも空を見上げてみる。
だが、ユーフェルには何の魅力も感じなかった。
ただ、そこに広がってるだけの空は、何も与えてはくれない。
望みを叶えてもくれなければ、癒してもくれない。
救ってくれるのは‘’オレの勇者‘’だけ。

「世界を知るついでに勇者にもなれよ。」
ユーフェルはぼそっと言ってみた。
「ならねぇつってんだろうが、しつけぇなぁ!」
すかさずルドルが反発する。
「ははははは。」
予想通りの反応にユーフェルは爆笑する。
ゆっくり説得すればいい。まだまだ時間はあるのだ。
14はまだ子共だ。いきなり勇者なんて重いモノを背負う必要はない。
だが、逃がすつもりもなかった。
ユーフェルとてもう同じ失敗をしない為にもルドルが必要なのだ。
今、ルドルという勇者候補が見つかって良かったと思う。彼が14で良かったと思う。
彼がもう少し大人になるまでに、ゆっくり教えられる。いろんなことを。
勇者という存在が必要となるまでに、ゆっくり説得出来る。勇者になることを。
時間はある。

「いつまでも休憩してないで、そろそろその休憩中の札退(ど)けた方がいいんじゃない?」
はっきり見えるように置かれた大きめの休憩中という紙をレインが指す。
気づくと、休憩が終わるのを待つ客が遠巻きに増えてきていた。
お茶を飲み干して、ルドルは休憩中の紙を外した。その途端に待っていましたとばかりに客たちがやって来る。
午後も忙しくなりそうだ。
フッと空を見上げてルドルは思った。

宿に戻った頃には、辺りは暗くなっていた。

夕食を宿の酒場で食べ、部屋に戻ってくつろいでいるときだった。

「そういや、ユーフェル。
お前っていつも勇者になれとか言ってやがるけど何で勇者になる奴なんか探してんだ?」
いきなり何の脈絡もない疑問を口にしたのは床で薬草の整理をしていたルドルだった。

「あ?なんだ、いきなり?
 あ!さては勇者になる気になったな♪」
唐突に聞いてきたルドルに、ニヤリとしてユーフェルが言った。
そういうつもりの質問でないことは分かっていたが、からかうことを忘れないのがユーフェルだ。

「違うっつうの!
 ただ、勇者探すならお前が勇者目指した方が手っ取り早いんじゃねぇのって話だ。
 特に弱そうには見えねぇし。」
ルドルは勇者、勇者と言われてもなるつもりなどない。
が、そんなに勇者がほしいならユーフェルが勇者を目指したら万事解決なのではないかと思ったのだ。

ルドル自身は剣の腕が悪いが、そんな素人のルドルでも、ユーフェルが腰に下げている剣は素人が簡単に扱える代物ではないと分かる。丁寧に手入れもされている様子で、かなりの年代物であると予想が出来た。

そんなルドルに、一瞬だけユーフェルが困った顔をした。
「オレじゃダメだ。オレの勇者にはオレはなれない。」

ーーーオレの勇者。

勇者にオレのだとか他人(ひと)のだとかあるのだろうか。
ルドルは首を傾(かし)げる。
そんなルドルにユーフェルは詳しく説明はしなかった。
今はまだ言う必要はない。話せば、ユーフェルの過去やいろいろなことを話すことになる。話しても受け入れてもらえるだけの信頼関係をまだ築けてない。
否、ただ単に、ユーフェルに覚悟が出来ていないだけかもしれないが。

とりあえず、ごまかしてユーフェルは簡単に説明した。
ユーフェルは勇者を育てる一族の出身だということ。
里の長老が、魔王が近い将来復活すると予言したということ。
そのため魔王を倒す勇者候補を探して育てるようにと一族の者達に指示が出たのだということ。
ユーフェルを含めた一族の若者たちは勇者候補を探して魔王を倒す勇者を育成しようとしているのだと説明した。
たが、これは魔王が将来復活するということと、勇者を育てるために勇者候補を探しているということ以外は嘘だ。
勇者を育てる一族は実在しない。いや、あるかもしれないがユーフェルは知らない。

「ふーん。」
ルドルは自分から聞いておきながら、興味なさげな返事をする。
いや、何か考えている風だ。少しは勇者になることに興味を持ってくれればユーフェルとしては有難いのだが。

可能性としては魔王の復活とか嘘くさいと思っている辺りが高そうだ。
まぁ、仕方ないと思う。
魔王の復活はまだ10年以上先の話。今の時点では何の予兆の異変もない。だが、魔王は実際に復活する。これは間違いない。

そんなルドルを横目で見ながらユーフェルはせっかく、上手く同室に出来たのだから、もう少し話ができればいいと思う。お互いにもっと分かり合えるような会話が。
ユーフェルは部屋のテーブルに肩肘をついてイスに座り、薬草を仕分けているルドルの様子を眺める。

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