境界の扉

衣谷一

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2.図書部捜索チーム

聴取

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 深田教諭が言っていた通り、翌日早朝から早速呼び出された。登校してみれば初めて見るスーツ姿の男が待っていて、手帳を見せるに警察官らしかった。

 図書室の隣に図書準備室なる小部屋があり、そこにスーツと缶詰になった。深田も同席してはいたものの、ほぼ空気で、やり取りをしていたのは高畑と警察官だけだった。

 警官は新しく手に入れたらしい話をして、高畑は昨日に制服と話をしていた内容を改めて説明する。ついさっき知ったばかりの人に対して事情を説明するのは、たとえ同じ内容であったとしても、気持ち的に疲れる。制服から話を聞けば大体のことは分かるだろうに。

 だが、警官が石田拓朗の失踪に触れてきたのは予想していなかった。一通りの説明と質問のやり取りが済んだ後に、

「ところで、君の周りで行方が分かっていない子がいるね。今回被害にあった子との間に何か問題があったり、いつもと違うと思うところはあったかな」

と切り出したのである。

 前澤の事件と石田の失踪。

 その関連性について全くの考えがなかった高畑は問いかけられても答えを用意できなくて、しまいのところ考えるのも面倒になってしまって、

「分からないです」

と言うほかなかった。

 早朝から始まった事情聴取が終わったのは、授業があるならば四時限目終了のチャイムが鳴る数分前といった時間だった。高畑はすぐに帰るつもりだった。図書館に置いた荷物を回収してそのまま昇降口から出て行けばよかった。

 バッグを置いた六人がけのところで誰かがノートパソコンを広げていた。浦が学校に端末を持ち込んで作業している。珍しい光景だった。本を広げて調べものをしている姿を見かけることはよくあったが、端末を持ち込んでいるのは初めて見たかもしれなかった。

 バッグのもとに高畑がたどり着いても、浦は画面から目を離さなかった。キーボードを打ち続けているところ、執筆しているようにしか見えなかった。ただ、わざわざ高畑が荷物を置いている机に陣取って作業をしているところ、何か思うところがあるのかしらと思うわけで、荷物を前に腰を下ろして、浦の気が散るのを待った。

 キーを叩く音がはたと止まる。ややあってから深く息を吐いた。猫背気味になっていた上半身を伸ばせば互いを見合った。集中が切れた一瞬の、無抵抗な表情を捉えた。

 高畑がいると認識するまでにいくばくかの時差があった。無表情のまま顔が赤くなってゆくかと謂えば、ぱっと目をそらして端末を見下ろした。

「いるなら声をかけてくれてもいいのに」

「いや、だって集中してるみたいだから、声をかけるのも悪いなって思って」

「それでもかけてくれればよかったのに。待ってたんだよ?」

「でも、どうしてここで作業してる? 小説書いてるんだよね」

「いや、それがね。午前中は補講で、午後の二時から文化祭の参加団体の打ち合わせなの。家に帰るには中途半端だから、こうやってパソコン持ってきたの」

「夏休み中も打ち合わせで集合なんて凶悪だな」

「まあ、こんなものでしょ。でさあ、聞きたいことがあるんだけど、いい?」

 自らの端末の前から立ち上がると、浦は高畑の隣の椅子を引いた。座るときにうらのかおが高畑に近づく。ほんの少し浦の匂いがした。

「準備室で話しをしてたんだよね。何かその、明ちゃんのこととか言ってた?」

「手術は問題なく終わったって。しばらく入院すれば大丈夫だって」

「そっか、よかった。本当は先生から話を聞こうかと思ってたんだけど、事情聴取につきっきりだったみたいだから聞けなかったんだよね」

「ほかは、そうだなあ、事件として捜査を進めるってことぐらいかな」

 警察が石田拓朗の件を気にしているのはあえて口にしなかった。

「じゃあ、二つ目。待合室で言ってたよね、石田から連絡があったって。詳しく教えてよ」

 高畑の考えを先回りしているかのような浦の要求だった。待合スペースではまるで関心のなかった浦がこの時に及んで関心を示していた。赤かった顔も落ち着きを取り戻していた。

 高畑は昨日の石田拓朗とのやり取りを見せた。直近二十件は高畑も初めて見た。新しい石田からのメッセージは魔物の押し付けをしてきた人間を見つけて二度とダンジョンに潜れない体にしてやったという内容だった。

 虫唾が走る。

「石田がクエストに失敗した、って話」

「やっぱりそういう話なのね。戻ってくるとかそういう話はしたの? あ、いいや答えなくて。何なの石田はこんなこと言って。すごく腹立つんだけど」

 高畑のスマートフォンで二人のやり取りを一つ一つスクロールして改めていた。一つ一つ石田の言葉を表示させる度に、浦の表情に嫌悪が積み重なってゆくのを感じ取った。

 考えるのを諦めなければ、高畑もきっと同じ反応をして石田を責めたことだろう。殺意さえ湧くような言動は行方不明者と思えなかった。ちょっと本棚の向こう側に顔を向ければ、机の影にスマートフォンを隠しながら冗談を楽しんでいる可能性だって想像できた。

「サキュバスを討伐するクエストでもう少しで倒せたのに、見知らぬ冒険者にモンスターを押しつけられてクエスト失敗。腹いせに失敗した原因の冒険者の手足を切り落としてそのままダンジョンに放置した、と」

 浦がスマートフォンを差し出した。それを受け取った高畑が見るのは彼女の暴発しかけている怒りの気持ちだった。苦虫を噛み潰した顔には更に苦虫がまとわりついているように感じられた。普段の浦の表情がどこにも見えなくなってしまっていた。いつ大量の虫を追い払おうと暴れまわるのか。

 浦はおもむろに立ち上がれば机の間を歩き始めた。奥の書架に向けて歩いて行ったかと思えば、特段本を探すような素振りもなくて、すぐに戻ってきた。しかしすぐに回れ右して書架を目指した。

 二往復しても足りなかったのか、三往復目の回れ右。

 浦はどうしてしまったのだろうか。何をしたいのだろうか。 

 三往復から帰ってきた浦は次の往復には出発しなかったものの、代わりに椅子の背に手をついて寄りかかった。自らが歩いていた方向に顔を向けたり足元に視線を落としたり、かと思えば足踏みをしだしてその場にとどまっているのが我慢ならなくなっていた。

「ああ! もう!」

 足元めがけて大声を上げた。図書室にはあるまじき音量、高畑は浦らしくない振る舞いに戸惑った。見たことのない姿を前に、高畑は言葉を見失ってしまったのだ。どう声をかければよいものか。何を投げかければよいものか。

 肘を曲げ伸ばしして勢いをつけて背もたれから離れた。その瞬間に再び、

「ああもう! 何なの!」

と大音声を上げるのだった。

「アイツのせいでいらいらが止まらないんだけど、どうしたらいいのよ」

「まあまあ、図書室だから落ち着いて」

「どうして落ち着いていられるんだよ、なんであんな身勝手が放置されているの」

「一応石田は行方不明だし、その、まあ、そもそも何でLINEできてるんだろうね?」

「ああもういらいらが止まらない! 高畑、この後甘いものかカラオケ、付き合ってよ」

「この後って、浦は文化祭の打ち合わせだろう? まだ帰れないでしょ」

「だから待ってて。ちゃちゃっと終わらせてくるから。この後用事とかあるの? ないよね? ね? お願いだから」

 選択肢らしい選択肢のない質問を投げつける浦に対して是と答えるほかなかった。高畑の同意を得たと知るやいなや、くるりと振り返って元いた端末の席に戻ってゆく。その間にも、

「こんなに嫌な気持ちになったのは初めてかもしれない」

と仰々しい声で嘆いた。

 浦の荒れようは席についても続いた。いざ端末の前に座って、おそらく執筆を再開しようとしたのだろう、キーボードに手を置くまではよかった。指が微動だにしなかった。いくら高畑が彼女を観察していても動く素振りはなくて、浦の眉間にシワが寄るばかりだった。

 キーボードから手をどかせばノートパソコンを畳むなり横に横にどかして、

「集中力切れたあ」

と机に突っ伏してしまった。

 図書室に静けさが戻ってきた。何もかもやる気を奪われた浦は、もしかしたら眠りに入ってしまったかも知れなかった。帰ろうと思っていた高畑も帰ること帰ることかなわず図書室に取り残された。遠くからの甲高い打球音が尾を引いた。

 高畑はバッグから端末を取り出した。立ち上がるのを確かめれば、帰宅してからやろうとしていた執筆を始めるのである。

### クエスト報酬

 打ち合わせを終えた浦が図書室に戻ってくるなり、

「甘いもの、甘いものを食べに行こう」

と高畑を急き立てた。彼の頭の中では書くべき内容がどんどんあふれ出てきて止まらないというのに、対する浦の振る舞いは強引そのものだった。キーを打つ手は止まらないというのに視界の隅をチラチラ見え隠れするのだ。波に乗っているところだったから書き進めたかったわけだが、見えたり見えなくなったりする浦のシルエットに少しでも気が向いてしまったら、大波が凪に成り下がってしまうのである。

 視野が狭くなるように意識を端末だけに向けて執筆を続けようとしたものの、一度認めた存在が視界の外にいると思ったら気になって仕方がない。

「手を止めて甘いもの食べに行こう」

 見えないところで訴えかける姿に高畑はしぶしぶ手を止めたのだった。

 で、甘いものをどこで食べようかという話となるわけだが、浦にはどうも目当ての店があるらしい。高畑の知らないところで話題となっているところがあるのだろうかと想像したが、しかしその名前はすぐ近くにあるファミレスだった。

「新しい限定メニューが始まってるらしいから、それ食べたいの」

 そうして目当ての栗とクリームチーズのパンケーキを高畑の前でぱくつく。クリームあんみつの寒天を黒蜜に絡めながら高畑は彼女の姿をぼんやりと眺めた。

 図書室での暴れっぷりからすればパンケーキを貪っておかわりを注文しかねない雰囲気だったものだったが、いざモンブランのように盛られた栗のクリームを少しすくい上げて口に含めば頬が溶けた。ナイフでパンケーキを切り取って、その上に栗のクリームとクリームチーズをつけて頬張れば声を漏らすのである。 

「気は済んだかい」

「だいぶマシになったかな。とりあえず付き合ってくれてありがとう」

 スイーツを食べるだけで機嫌がよくなるのなら安いものだった。石田拓朗という問題がずっと横たわっている中、慰みというか、気分転換になるものが必要だった。

 石田拓朗はここまでのウザい存在だったか。入部してから失踪するまでの姿を思い返してみる。よくも悪くも目立っていた石田先輩に比べれば極めて落ち着いていた。ことある度に相談の連絡をしてきているところ、いい後輩らしいことをしているなと思うこともあった。専門知識の殴り合いのようなことはなかったが、しかし、

「分かりました」

と素直に答えてくれるのは心地よかった。

「そうだ、もう少しで原稿があがりそうだから、そうしたら見てくれない?」

「随分と早い気がするけれど。去年のこの時期といったら、まだプロットができていないとかで英語の課題をこなしながら頭を抱えていたよね」

「少し前に神が降りてきた」

「で、どんな内容? 部活のネタ発表の時は新ジャンルを開拓する、なんて宣言してたが。ガンアクションだっけ」

「剣と銃と魔法とアクション」

「詰め込んできたな。ゲームみたいなイメージ」

「ゲームの実況動画を眺めていたらビビビってくるものがあって、考え始めたら神が降臨してだね、気づいたら物語が出来上がってた。後は書くだけ、みたいな感じ」

 高畑の前に出されたのは一冊のバインダーだった。あんにスプーンを突き刺して、その手でバインダーを取り上げてみれば、縦書きに印刷された言葉たちが並んでいた。

「まだ出来上がってはいないんだけど、物語自体は書ききっていて、あとは見直しをすれば終わりなんだ」

「すごい、早いね。俺なんてまだプロットも書き始めたばかりなのに」

「プロット? 高畑の今年のネタは技術書でしょ。今日だって図書室でそれっぽいものを書いていたじゃない」

「もちろん書いているよ。そっちは順調に進んでる。俺が言っているのはもう一つの創作。ホラーものを書こうかなって思ってるんだ」

「ええそうなの? 今年は二本出すって聞いてないよ」

「去年の七不思議でっち上げ企画を掘り下げたくて」

「なら誘ってくれてもいいのに」

「英語がアレだろうなと思って」

 高畑はバインダーを返すために少し腰を浮かせたが、その時懐のスマートフォンが体に密着した。本体と服とがこすれるのとは異なる、不自然な振動があるのに気づいた。

 一回の短いバイブ。

 わずかな震えが何を示すかの見当はついた。

 浮かせた腰を下ろすのとスマートフォンを開くのは同時だった。どのアプリに通知がついているものか。LINEのアイコンを探せば右上に数字のバッチがついていた。

 見当をつけていた通り、アプリを起動してみれば石田拓朗とのトークに未読マークがあった。

「オーガを倒しました」

 最初に目に入ったメッセージから力が抜けてしまう。非現実的なワードが高畑に先制攻撃を仕掛けた。異世界からの便りに返信する考えは高畑にはなくて、ひたすらに石田が話すに任せた。

「色魔を倒しそびれてしまったので、代わりに同じ難易度のオーガ討伐を受けたんですよ。街への貢献は大事ですからね」

「そのオーガてのが強くて強くて。腕っ節が強烈だし、移動する脚は速いし。多分戦車を相手に戦うのはこんな感覚かな、と思いました」

「聞くにオーガは近隣の街を襲ったり農作物をダメにしたりしていたみたいです。十体以上のオーガが集団行動しているものだから、そこら辺の賞金稼ぎには手に余る存在だったらしいです」

 関心のない異世界事情を垂れ流す石田に、戻ってくる方法を見つけたかどうか問いかけるのも面倒極まりなかった。

「おかげで思っていたよりもたくさん報酬がもらえたので、しばらく移動するのには困らないぐらいの余裕ができました。次はどこに行くか考えているところです。どこがいいですかね?」

 聞かれても知ったこっちゃない。気を利かせて、

「帰ってこい」

なんて返せばよかったのだろうが、一線を超えかけている高畑には無理なことだった。アカウントのブロックをしてしまったほうが、と考える高畑を心の中の石田孝之が止めるのだ。石田拓朗とのつながりを断ってはならない。

「どうしたの、急に舌打ちなんかして。さっきからスマホばかり見てるけど」

 浦に指摘されて途端、高畑は呼吸するのを忘れた。いつ舌打ちをしたというのだろうか。心の中では血管が浮き上がってきそうな感覚はいくらでもあったが、肉体で何かをした覚えはなかった。とはいえ、メッセージへの不快感は相当なものだったから舌打ちぐらいしてもおかしくはなかった。

「石田からLINE。今度はクエストが成功したらしい」

「また石田かあ」

 浦を発狂させた本人。見るからに機嫌が傾いている。この場だって石田拓朗の残した不快感に汚された浦をきれいにするための場だ。その場にまで石田が現れたのだから浦の反応は当然だった。そりゃあげんなりするものである。

 しかし上向いていた調子と邪魔な存在がぶつかりあったがために化学反応が起きたらしかった。何かにぶつけたくなるような悪い気持ちも生まれなければ、パンケーキの美味しいことに騒ぐほどのこともなかった。ひたすらにとどまっていた。どちらとも揺れぬ感情の中に身を浸しているようだった。

「冷静に考えてみたんだけどさ」

 ポジティブなのかネガティブなのか分からない表情のまま浦が口にした。

「明ちゃんを襲った犯人て、結局よく分かってないんだよね」

「うん、そう。捜査はしているけれども今のところは手がかりなし」

「その裏でさあ、石田がサキュバス討伐をやっていたんだよねえ」

「そうだね」

「明ちゃんは一命をとりとめていると」

「どうした、何を考えてる?」

「もしさあ、明ちゃんを襲ったのが石田で、石田はそれをゲームのクエストみたいに話をしている、なんてことはないのかな」

「石田は行方不明なんだぞ」

「でも、もしかしたらこの近くに身を潜めてるかもしれないじゃない。ただ見つかってないだけで」

「仮にそうだとしてもだよ? そうだとしても、石田に前澤を襲う理由があるのか? そんなことがあったようには見えなかったぞ」

「だって自分のことをロールプレイング・ゲームみたいな世界の中にいるって言ってるんだよ? 普通じゃないじゃん」

 どっちともつかない表情が次第に目つきをきつくしてゆく。高畑には何となく分かった。言葉に感情がこもり始めていたところ、浦の中で感情のコントロールができなくなりつつあるのは見当がついた。

「図書室の時みたいに叫ぶのはダメだからな」

「でもおかしいよ、どうして行方不明だって心配してるってのに、本人はおかしいことを言っているし、明ちゃんは事件に巻き込まれるし。私には石田弟の言っていることは全然信用できないんだよ、だから隠れて明ちゃんを攻撃したようにしか思えない、またイライラしてきた」

 パンケーキを雑に切り取って口に放った。ほとんど噛み砕いていないまま言葉を放つから、言葉の端々が雑になっていた

「やっぱりカラオケも行きたい。早く食べて出るよ」

 一口で入るのか怪しいサイズのパンケーキを口に押し込んだ。
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