9 / 17
8話:王都パリスパレスの夕焼け
しおりを挟む
「柊ちゃん!まってよ!」
「おそいっての!危うく見つかるところだったじゃん!」
柊と木葉は王都:パリスパレスを見渡す展望台まで来ていた。勇者たちは凱旋で町の人に顔をみられているが、木葉は外に出ていないため全く知られていない。が、その美しさに惹かれる老若男女たちが道中木葉をジロジロとみて来ていた。
「ったく、可愛すぎるってのも困りもんだよね。目立って仕方ないし。ほら、フードあげるからこれ被ってなって」
「ありがと、柊ちゃん。うーん、長いな。ヒイちゃん♪ヒイちゃんでいっか、、よろしくね、ヒイちゃん!!」
「いやなんでよ……。なんでアタシの渾名が勝手に決まってんだよ」
「私のことは、木葉でいいからね?このちゃんでもいいよ!」
「呼ばん…いやまぁ『木葉』ならいいか。んじゃあ木葉……さっさとフード被れ」
「うん!」
木葉は手渡された灰色のフードを被った。あまり高価なものではないらしい。少しチクチクする。
「あー、ちったぁマシになったか。芸能人のキラキラオーラみたいなの出てたからなアンタ」
「そういえばヒイちゃん訓練は?今日もゴダール山攻略だったよね?」
「サボり。まぁしょっちゅうサボってるし、問題ないっしょ。息抜きって大事だぜ?」
「……そっか。そうだよね。それでさ、ヒイちゃん。私のこと……嫌じゃないの?」
木葉は恐る恐る尋ねた。ここまでの流れで柊に木葉への嫌悪などないのはわかっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。
「あー、みんなが木葉を避けてる件?あたしも原因はワカンないな。まぁ、アタシは色々あって大丈夫なんよ、ってこれ言うとアタシが黒幕みたいじゃんか……」
「そっか………ねぇ、ヒイちゃん」
「ん?」
「抱きついてもいい?」
「ひいぇあ!?は!?いきなり…………って、なんでそんな泣きそうな顔してんのさ…ったく」
木葉は今嬉しさで心がいっぱいだった。みんなに嫌なことを言われ、嫌悪の目で見られ、避けられ、そんな中で久しぶりに触れた温もり。15歳の少女は、年相応にその温もりに縋ったのだ。
「まずさ、クッキー食って落ち着きなよ。アンタ疲れてんだよ。気持ちはわかるけど…」
「………………じー」
「あーー!!上目遣いで見るな馬鹿!!なんかアタシが悪いことしてるみたいじゃん!ほらさっさと食う!」
「あはは、うん。頂きます」
袋からクッキーを出して、口に含む。優しい甘さが口の中に広がって、溶けていった。まるで木葉の心も溶かすようにして…。
「な!?アンタほんと涙脆い……ったく」
気づけば涙が溢れていた。なんだかここ数日こんなことばかりだ。
「うん。おい、しい。美味しい、な。ありがとね………ヒイちゃん」
泣きながらクッキーを頬張る木葉前に、柊は照れ臭そうに朝日の方を見た。木葉は最近朝食の時間さえみんなとずらしていたため、同級生と食事するなど久しぶりだった。まぁ木葉が食べているだけだが、それでもだ。友達と食べるご飯は、こんなにも美味しいものなのだと思い出した。
……
…………
………………
「ぶっちゃけさっきも言ったけど、アイツらがアンタに冷たくなった理由なんてあたしはワカンない。だから、今日はそれを忘れるくらい目一杯遊ぼうさ!サボりだよサボり!な、優等生!」
「ヒイちゃんは小学校の時からずいぶん変わったね」
「まぁね。よし、じゃまずは飯食ってから異世界観光と洒落込もうか」
「おぉ、いいね~」
王都のギルド通りを抜けると、そこは一般人たちが入るような普通の飲食店の通りになる。街のいたるところに飾り付けがされ、煉瓦造りの建物がどこまでも広がっている。街の中央の噴水では何やらアコーディオンのような楽器を奏でる音楽家集団がいて、観客たちの拍手で沸いていた。
街の周りを巨大な城壁で囲まれた王都:パリスパレスは1000年前から神聖パルシア王国の都であり、一度も外敵に侵略されたことがない。2代目魔王:亡き王女のためのパヴァーヌの出現地点は王都に比較的近いところであったが、その際の魔族の侵攻を何度もこの城壁で防いでいる。王都の守りは城壁の存在だけではなく、4つの砦にも依拠している。堅固で優美な王都の存在があったからこそ、王国はその版図を広げ続けることができたといえよう。
「お、おぉぉ!カタツムリだぁ!サ○ゼでしか食べたことないよぅ…」
「比較的元の世界と飯は変わんないんだよなぁ。でもまぁ、海外旅行に来てるみたいって思えば別かな?んん~!!これ美味しい!」
いつも気怠げそうな柊が、今日はなんだか楽しそうにはしゃいでいる。今柊が食べているのはパスタのような何かだ。ミートソース風のソースがふんだんにかけられており、スパイシーな香りが木葉の敏感な鼻を刺激する。
「それ美味しそうだね!!ひ、一口……」
「……わかった。けど代わりにそっちも寄越せ」
「いいよ!はい、あーん!」
木葉が食べているパエリアっぽい何かもまた、柊の食欲を増進させるものだった。だが、
「な!?いや、ふつうに食べるから……皿に乗せ合えばいいし…」
「むぅ、ヒイちゃんなんか冷たい…」
「アンタは尾花や鶴岡と一体どんな風に飯を食ってたんだ……」
「普通に食べさせ合いっこしてたよ?時々花蓮ちゃんが鼻血出しちゃって大変だったけど……なんかの病気かなぁ?」
「あぁ、それ病気だわ。身体の方とかじゃなくてな(何してんだ尾花…)」
尾花花蓮はガチレズである。
……
………
…………………
「わぁぁあ!パトール寺院だって!!壁画綺麗!!」
「……満月教会の寺院だね。偶像崇拝はオッケーなわけか」
「フォルトナ様って言うんだっけ?綺麗な女の人だよね~」
「それ、男なんだってさ」
「うぇ!?」
パトール寺院。今から約700年前に建造された満月教会フォルトナ派の寺院だ。講堂内の大壁画は見るものを圧倒し、壁画の世界に吸い込むような迫力をもっている。描かれているのは満月教会の神:満月様から生まれたとされる神さま:フォルトナだ。美しい顔をしているが、たしかにその肉体は男性のものだった。具体的に言えばナニがついてる。
「同じ満月教会でも、派閥っていうか満月様から生まれた神様のうちどの神様を信仰するかによって系統が全然違うらしいね。帝国や連合王国の信仰する神、連邦や共同体が信仰する神も異なるらしい。アンタさ、座学サボりまくってるから知らないでしょ?」
「座学ってそんなこと教えてたんだね…。あそこは、なんていうのかなぁ。確かに皆んなから白い目で見られていたってのもあるんだけど……『お香』の匂いが苦手で……」
座学を行なっている講堂には、お香が焚かれていた。みんなは特に気にならないようだったが、木葉はこの匂いがあまり得意な方ではなく体調不良の原因の一部はそれである。
「……あー、アタシも無理。みんなはなんかいい匂いとか言ってるけどさ、、ゲロ吐きそう」
「んー、下品だよぉ…」
「あー、はいはい」
…
………
………………
「お、ぉぉぉ!蟹、蟹だよ!」
「はいはい、アンタこの国に来てから何匹蟹食ったよ…」
「あはは。ウチ貧乏だから、、あんまりそういうの食べられなくってさ…」
「重い、重いんだよいきなり。あー、母子家庭だっけ?まぁ事情はあんま聞かないけどさ…」
「…うん、ありがと。でも、ちゃんと言うとお父さんからお金が送られてくるから生活は問題ないんだけどね……お母さんも入院中だし、やっぱ贅沢とかするのもどうかなぁって」
「………そか。早く戻れるといいね…日本に」
櫛引木葉は現在母親と2人で一軒家に住んでいる。地方議員だった父の離婚後の仕送りによって生活は比較的安定しているが、6年前の木葉の姉の死によって母親の雰囲気はどこかずっと暗いものだった。そして最近その心労が祟ったのか、木葉の母は入院している。叔母が木葉の世話をしてくれるのだが、毎日ではない。母の病状はあまり良くなく、それが木葉には心配でならない。
「うん!考えてても仕方ないよね。よし、これ買っちゃおう!」
と言って木葉が手にしたのは手鏡。裏面には牡丹の花が蒔絵のように描かれており、職人技を感じさせる一品だ。お値段は意外と安かったが。
「……んじゃアタシもちょっと買うものあるから、先センドラン橋の方行って待ってて」
「何を買うの?」
「………秘密」
柊が駆けていく。少し遠目に観察していると、入って行ったのは……
「防護魔術専門店?」
(……魔女の宝箱攻略に必要なのかな?まぁ、いっか)
……
…………
…………………
ここに来る途中面白いものをみた。カバのような大きな生き物に跨った兵士風の男が、トランペットを鳴らしていたのだ。恐らくアレに乗って戦場で戦うのだろう。いや、他にもそう言う生物がいるのかもしれないが。
(よく見ると顔が猫さんの人とか、ウサギの耳生やした女の人とか、時々いるんだよね。豪華な衣装着てるから多分特権階級かな)
「よっ、何怪訝そうな顔してんの?」
「わわ!ヒイちゃん、買い物は?」
「終わったっての。んで、どう?気分良くなった?」
「うん!とっても!ありがとね、ヒイちゃん」
「そか……じゃあ木葉」
「なに?」
「これから、その気分を悪くするような場所に行こうと思うんだけど、、どうしたい?」
柊は真剣な目をしてこう言った。きっと、それが木葉を連れ出そうとした理由の一つなのだと。いや、主目的はもしかしたらこっちなのかもしれない。
「………ヒイちゃんが、私をそこに連れて行きたかったのなら、、行くよ」
「そっか……多分木葉にとって、、いや、アタシも辛かったけど、木葉にはもっと辛いところだよ」
「………そこまで言われたら気になっちゃうよ。いいよ、行こう」
……
…………
…………………
木葉たちがやってきたのは、スラムだった。それは、今まで綺麗なものばかり見せられていた木葉にとっては、衝撃的なものだった。
奴隷市場。元の世界でも実際にあった人類史の悲劇。この世界ではそれが行われる対象は、、亜人族。檻に入れられ、死んだ目をしたままピクリとも動かない犬耳の少女。恐らく面白半分で腹を裂かれたであろう兎耳の男が、腐食している。奴隷売りの商人は遺体を片付けようともせず、通りかかる綺麗な服を着た男性に必死に世間話をしていた。
「………あ、あぁぁ」
「酷いよね……でも、これが現実だよ。王国は、いや、この世界は腐ってる。結局辿ってる歴史はアタシたちの世界と一緒。今だって、南方大陸や新大陸から多くの奴隷が連れてこられてる。王国はなんでそれをあたしたちに見せてないんだろうねぇ?」
「……ぅ、うぅ、こんな、、こんなのって…」
「こんなの見たら、間違いなく白鷹ガタリあたりが正義感に駆られて面倒なことをするだろうね。だから王国は不用意にあたしたちを街に連れ出さないし、連れ出す時は多数の監視役をつけて正規の道を歩かせる。買い物だって食事だって、ギルド会館に行く時だって、絶対にスラムを見せないように細心の注意を払ってる。アタシは、それが嫌で嫌で堪らない…」
「ぅ、ぅぅうぁ、、ぉぇぇえ……」
木葉は、不意に込み上げてきた吐き気を抑えきれず、道端に戻してしまった。だがその道端にも異臭が漂っており、吐瀉物は目立たないものとなった。柊はそんな木葉の背中をすかさずさすった。
「ご、ごめん!!だよな、こうなるのは分かってたのに…。ごめん、、木葉のこと、ちゃんと考えてなかった……」
「けほっ、けほ……だ、大丈夫。ありがと。それにね、、これは見ておかなくちゃいけないことだから。だって、こんな状況を知らないでのうのうと王宮で暮らしてたら、それこそ最低だよ。後で見てしまったら絶対罪悪感が大きくなる。楽をしてた自分が許せなくなる。だから、ありがと」
「……アタシも、木葉には見せておきたかったんだ。なんか最近みんなおかしいし、こんなとこには連れてこれない。木葉は、、まだなんも変わってないようにみえたから……ほんとごめん」
「ううん。謝らないで欲しいな。でも、やっぱり早く出たい、かも。口の中、気持ち悪くて…」
「……そうだね。長居するもんじゃない。アタシたちには何もできないんだから」
いつのまにか、空は茜色に染まって街は闇に沈もうとしていた。それはまるで千年王国における影を示しているようで、木葉はどこかゾクリとした感覚を持って街の方へともどっていくのだった。
「おそいっての!危うく見つかるところだったじゃん!」
柊と木葉は王都:パリスパレスを見渡す展望台まで来ていた。勇者たちは凱旋で町の人に顔をみられているが、木葉は外に出ていないため全く知られていない。が、その美しさに惹かれる老若男女たちが道中木葉をジロジロとみて来ていた。
「ったく、可愛すぎるってのも困りもんだよね。目立って仕方ないし。ほら、フードあげるからこれ被ってなって」
「ありがと、柊ちゃん。うーん、長いな。ヒイちゃん♪ヒイちゃんでいっか、、よろしくね、ヒイちゃん!!」
「いやなんでよ……。なんでアタシの渾名が勝手に決まってんだよ」
「私のことは、木葉でいいからね?このちゃんでもいいよ!」
「呼ばん…いやまぁ『木葉』ならいいか。んじゃあ木葉……さっさとフード被れ」
「うん!」
木葉は手渡された灰色のフードを被った。あまり高価なものではないらしい。少しチクチクする。
「あー、ちったぁマシになったか。芸能人のキラキラオーラみたいなの出てたからなアンタ」
「そういえばヒイちゃん訓練は?今日もゴダール山攻略だったよね?」
「サボり。まぁしょっちゅうサボってるし、問題ないっしょ。息抜きって大事だぜ?」
「……そっか。そうだよね。それでさ、ヒイちゃん。私のこと……嫌じゃないの?」
木葉は恐る恐る尋ねた。ここまでの流れで柊に木葉への嫌悪などないのはわかっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。
「あー、みんなが木葉を避けてる件?あたしも原因はワカンないな。まぁ、アタシは色々あって大丈夫なんよ、ってこれ言うとアタシが黒幕みたいじゃんか……」
「そっか………ねぇ、ヒイちゃん」
「ん?」
「抱きついてもいい?」
「ひいぇあ!?は!?いきなり…………って、なんでそんな泣きそうな顔してんのさ…ったく」
木葉は今嬉しさで心がいっぱいだった。みんなに嫌なことを言われ、嫌悪の目で見られ、避けられ、そんな中で久しぶりに触れた温もり。15歳の少女は、年相応にその温もりに縋ったのだ。
「まずさ、クッキー食って落ち着きなよ。アンタ疲れてんだよ。気持ちはわかるけど…」
「………………じー」
「あーー!!上目遣いで見るな馬鹿!!なんかアタシが悪いことしてるみたいじゃん!ほらさっさと食う!」
「あはは、うん。頂きます」
袋からクッキーを出して、口に含む。優しい甘さが口の中に広がって、溶けていった。まるで木葉の心も溶かすようにして…。
「な!?アンタほんと涙脆い……ったく」
気づけば涙が溢れていた。なんだかここ数日こんなことばかりだ。
「うん。おい、しい。美味しい、な。ありがとね………ヒイちゃん」
泣きながらクッキーを頬張る木葉前に、柊は照れ臭そうに朝日の方を見た。木葉は最近朝食の時間さえみんなとずらしていたため、同級生と食事するなど久しぶりだった。まぁ木葉が食べているだけだが、それでもだ。友達と食べるご飯は、こんなにも美味しいものなのだと思い出した。
……
…………
………………
「ぶっちゃけさっきも言ったけど、アイツらがアンタに冷たくなった理由なんてあたしはワカンない。だから、今日はそれを忘れるくらい目一杯遊ぼうさ!サボりだよサボり!な、優等生!」
「ヒイちゃんは小学校の時からずいぶん変わったね」
「まぁね。よし、じゃまずは飯食ってから異世界観光と洒落込もうか」
「おぉ、いいね~」
王都のギルド通りを抜けると、そこは一般人たちが入るような普通の飲食店の通りになる。街のいたるところに飾り付けがされ、煉瓦造りの建物がどこまでも広がっている。街の中央の噴水では何やらアコーディオンのような楽器を奏でる音楽家集団がいて、観客たちの拍手で沸いていた。
街の周りを巨大な城壁で囲まれた王都:パリスパレスは1000年前から神聖パルシア王国の都であり、一度も外敵に侵略されたことがない。2代目魔王:亡き王女のためのパヴァーヌの出現地点は王都に比較的近いところであったが、その際の魔族の侵攻を何度もこの城壁で防いでいる。王都の守りは城壁の存在だけではなく、4つの砦にも依拠している。堅固で優美な王都の存在があったからこそ、王国はその版図を広げ続けることができたといえよう。
「お、おぉぉ!カタツムリだぁ!サ○ゼでしか食べたことないよぅ…」
「比較的元の世界と飯は変わんないんだよなぁ。でもまぁ、海外旅行に来てるみたいって思えば別かな?んん~!!これ美味しい!」
いつも気怠げそうな柊が、今日はなんだか楽しそうにはしゃいでいる。今柊が食べているのはパスタのような何かだ。ミートソース風のソースがふんだんにかけられており、スパイシーな香りが木葉の敏感な鼻を刺激する。
「それ美味しそうだね!!ひ、一口……」
「……わかった。けど代わりにそっちも寄越せ」
「いいよ!はい、あーん!」
木葉が食べているパエリアっぽい何かもまた、柊の食欲を増進させるものだった。だが、
「な!?いや、ふつうに食べるから……皿に乗せ合えばいいし…」
「むぅ、ヒイちゃんなんか冷たい…」
「アンタは尾花や鶴岡と一体どんな風に飯を食ってたんだ……」
「普通に食べさせ合いっこしてたよ?時々花蓮ちゃんが鼻血出しちゃって大変だったけど……なんかの病気かなぁ?」
「あぁ、それ病気だわ。身体の方とかじゃなくてな(何してんだ尾花…)」
尾花花蓮はガチレズである。
……
………
…………………
「わぁぁあ!パトール寺院だって!!壁画綺麗!!」
「……満月教会の寺院だね。偶像崇拝はオッケーなわけか」
「フォルトナ様って言うんだっけ?綺麗な女の人だよね~」
「それ、男なんだってさ」
「うぇ!?」
パトール寺院。今から約700年前に建造された満月教会フォルトナ派の寺院だ。講堂内の大壁画は見るものを圧倒し、壁画の世界に吸い込むような迫力をもっている。描かれているのは満月教会の神:満月様から生まれたとされる神さま:フォルトナだ。美しい顔をしているが、たしかにその肉体は男性のものだった。具体的に言えばナニがついてる。
「同じ満月教会でも、派閥っていうか満月様から生まれた神様のうちどの神様を信仰するかによって系統が全然違うらしいね。帝国や連合王国の信仰する神、連邦や共同体が信仰する神も異なるらしい。アンタさ、座学サボりまくってるから知らないでしょ?」
「座学ってそんなこと教えてたんだね…。あそこは、なんていうのかなぁ。確かに皆んなから白い目で見られていたってのもあるんだけど……『お香』の匂いが苦手で……」
座学を行なっている講堂には、お香が焚かれていた。みんなは特に気にならないようだったが、木葉はこの匂いがあまり得意な方ではなく体調不良の原因の一部はそれである。
「……あー、アタシも無理。みんなはなんかいい匂いとか言ってるけどさ、、ゲロ吐きそう」
「んー、下品だよぉ…」
「あー、はいはい」
…
………
………………
「お、ぉぉぉ!蟹、蟹だよ!」
「はいはい、アンタこの国に来てから何匹蟹食ったよ…」
「あはは。ウチ貧乏だから、、あんまりそういうの食べられなくってさ…」
「重い、重いんだよいきなり。あー、母子家庭だっけ?まぁ事情はあんま聞かないけどさ…」
「…うん、ありがと。でも、ちゃんと言うとお父さんからお金が送られてくるから生活は問題ないんだけどね……お母さんも入院中だし、やっぱ贅沢とかするのもどうかなぁって」
「………そか。早く戻れるといいね…日本に」
櫛引木葉は現在母親と2人で一軒家に住んでいる。地方議員だった父の離婚後の仕送りによって生活は比較的安定しているが、6年前の木葉の姉の死によって母親の雰囲気はどこかずっと暗いものだった。そして最近その心労が祟ったのか、木葉の母は入院している。叔母が木葉の世話をしてくれるのだが、毎日ではない。母の病状はあまり良くなく、それが木葉には心配でならない。
「うん!考えてても仕方ないよね。よし、これ買っちゃおう!」
と言って木葉が手にしたのは手鏡。裏面には牡丹の花が蒔絵のように描かれており、職人技を感じさせる一品だ。お値段は意外と安かったが。
「……んじゃアタシもちょっと買うものあるから、先センドラン橋の方行って待ってて」
「何を買うの?」
「………秘密」
柊が駆けていく。少し遠目に観察していると、入って行ったのは……
「防護魔術専門店?」
(……魔女の宝箱攻略に必要なのかな?まぁ、いっか)
……
…………
…………………
ここに来る途中面白いものをみた。カバのような大きな生き物に跨った兵士風の男が、トランペットを鳴らしていたのだ。恐らくアレに乗って戦場で戦うのだろう。いや、他にもそう言う生物がいるのかもしれないが。
(よく見ると顔が猫さんの人とか、ウサギの耳生やした女の人とか、時々いるんだよね。豪華な衣装着てるから多分特権階級かな)
「よっ、何怪訝そうな顔してんの?」
「わわ!ヒイちゃん、買い物は?」
「終わったっての。んで、どう?気分良くなった?」
「うん!とっても!ありがとね、ヒイちゃん」
「そか……じゃあ木葉」
「なに?」
「これから、その気分を悪くするような場所に行こうと思うんだけど、、どうしたい?」
柊は真剣な目をしてこう言った。きっと、それが木葉を連れ出そうとした理由の一つなのだと。いや、主目的はもしかしたらこっちなのかもしれない。
「………ヒイちゃんが、私をそこに連れて行きたかったのなら、、行くよ」
「そっか……多分木葉にとって、、いや、アタシも辛かったけど、木葉にはもっと辛いところだよ」
「………そこまで言われたら気になっちゃうよ。いいよ、行こう」
……
…………
…………………
木葉たちがやってきたのは、スラムだった。それは、今まで綺麗なものばかり見せられていた木葉にとっては、衝撃的なものだった。
奴隷市場。元の世界でも実際にあった人類史の悲劇。この世界ではそれが行われる対象は、、亜人族。檻に入れられ、死んだ目をしたままピクリとも動かない犬耳の少女。恐らく面白半分で腹を裂かれたであろう兎耳の男が、腐食している。奴隷売りの商人は遺体を片付けようともせず、通りかかる綺麗な服を着た男性に必死に世間話をしていた。
「………あ、あぁぁ」
「酷いよね……でも、これが現実だよ。王国は、いや、この世界は腐ってる。結局辿ってる歴史はアタシたちの世界と一緒。今だって、南方大陸や新大陸から多くの奴隷が連れてこられてる。王国はなんでそれをあたしたちに見せてないんだろうねぇ?」
「……ぅ、うぅ、こんな、、こんなのって…」
「こんなの見たら、間違いなく白鷹ガタリあたりが正義感に駆られて面倒なことをするだろうね。だから王国は不用意にあたしたちを街に連れ出さないし、連れ出す時は多数の監視役をつけて正規の道を歩かせる。買い物だって食事だって、ギルド会館に行く時だって、絶対にスラムを見せないように細心の注意を払ってる。アタシは、それが嫌で嫌で堪らない…」
「ぅ、ぅぅうぁ、、ぉぇぇえ……」
木葉は、不意に込み上げてきた吐き気を抑えきれず、道端に戻してしまった。だがその道端にも異臭が漂っており、吐瀉物は目立たないものとなった。柊はそんな木葉の背中をすかさずさすった。
「ご、ごめん!!だよな、こうなるのは分かってたのに…。ごめん、、木葉のこと、ちゃんと考えてなかった……」
「けほっ、けほ……だ、大丈夫。ありがと。それにね、、これは見ておかなくちゃいけないことだから。だって、こんな状況を知らないでのうのうと王宮で暮らしてたら、それこそ最低だよ。後で見てしまったら絶対罪悪感が大きくなる。楽をしてた自分が許せなくなる。だから、ありがと」
「……アタシも、木葉には見せておきたかったんだ。なんか最近みんなおかしいし、こんなとこには連れてこれない。木葉は、、まだなんも変わってないようにみえたから……ほんとごめん」
「ううん。謝らないで欲しいな。でも、やっぱり早く出たい、かも。口の中、気持ち悪くて…」
「……そうだね。長居するもんじゃない。アタシたちには何もできないんだから」
いつのまにか、空は茜色に染まって街は闇に沈もうとしていた。それはまるで千年王国における影を示しているようで、木葉はどこかゾクリとした感覚を持って街の方へともどっていくのだった。
0
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
出戻り勇者は自重しない ~異世界に行ったら帰って来てからが本番だよね~
TB
ファンタジー
中2の夏休み、異世界召喚に巻き込まれた俺は14年の歳月を費やして魔王を倒した。討伐報酬で元の世界に戻った俺は、異世界召喚をされた瞬間に戻れた。28歳の意識と異世界能力で、失われた青春を取り戻すぜ!
東京五輪応援します!
色々な国やスポーツ、競技会など登場しますが、どんなに似てる感じがしても、あくまでも架空の設定でご都合主義の塊です!だってファンタジーですから!!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。
ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。
もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて――
※本作は他サイトでも掲載しています
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる