【完結】まほろばに鳥はもう来ない

上杉

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7章 冬隣

2 部屋でふたり

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 学校から一度アパートに戻り、最寄り駅の改札前で待っていると、須藤はリュックを背負い土産物の紙袋を手に現れた。
 その瞬間もやもやと胸に立ち込めた暗雲は、ぱっと消えてなくなった。

「須藤さん!」

「……ああ、お疲れ。待っててくれたのか」

 目が合い、笑顔になった須藤に近づき荷物を取り上げると、ふたりは駅を出た。
 そのまま向かったのは、アパートまでの道の途中にあるスーパーだった。駅から近く、営業時間の長いここで今晩の鍋の具材を調達しようという訳だ。

「食材をここで買っていこうと思っていたから、きみがいてくれて助かったよ」

「須藤さんのことだから、そうするだろうなと思って待ってたんです」

「ははは。バレバレだな」

 すでに夕食の時間をとっくにすぎているからだろう。店内に人はまばらだった。
 疲れた顔をしたサラリーマンや若い女性が買い物かごを持ちうろつく中で、ふと優人は思った。

 ――端から見たら、俺たちはどう思われてるのだろうか。

 友人、兄弟には見えない年齢差のふたりの男が、仲睦まじくスーパーで買い物をしている。
 その姿に違和感を感じたものの、優人はそれを心の中で無視した。

 ――誰に何を思われようが、そんなのどうでもいいだろう。

 幸いこのエリアに同級生も知り合いも住んでいないのだ。なら誰に見られたって、何を思われたって別にいいだろう。
 きっと三隅と話したせいだ――そう優人は思いながら、あごに手を当て商品を物色する須藤を追いかけた。

 買い物を終えたふたりは、優人のアパートへ向かった。
 鍋の具などの生鮮品でいっぱいの袋を揺らしながら、人気の少ない冬の夜の下を歩く。
 冷たく澄んだ空気の中で、吐き出す息は白かった。
 すぐ横には仕事を終えた須藤がいて、スーパーで買い物をして帰るこの時間は、まるで新婚のようだと思えた。
 そんなささやかな幸せの中で、優人はぽつりと言った。

「……そういえば、意外でした」

「え、何が?」

「ふふっ。須藤さんがスーパーで普通に見切り品買ってたので」

「……君は僕を何だと思ってるんだ」

 苦笑する須藤に優人は続けた。

「だって、須藤さんグルメじゃないですか。だから料理もこだわりあるんじゃないかなー、と思ってて」

「……なら、今晩はあまり期待しないほうがいいな。僕は普通のものしか作らないし、作れないよ。そもそも自炊と外食では求めるものが違うだろう?」

 そう言われ優人は考える。

「うーん……自炊は安さ、外食は美味しさとこだわりですか?」

「まあ、そんな感じだ。そういう訳で、今日のメインは酒だから鍋はできるだけ安く、だ」

 笑いながらアパートに付いたふたりは、ひやりとするワンルームに暖房を付けて、上着を脱いで夕食の準備に取りかかった。
 とはいっても予定は鍋だったので、作業は切って盛るだけだった。須藤が白菜や水菜、ねぎなど野菜を切っている間に、優人が鍋や食器を準備した。そしてそれら野菜とぶつ切りの鶏もも肉を、買ってきた既製品の鍋つゆで煮込んだ。
 そうしてすっかり完成した豆乳なべを前に、互いに日本酒をお猪口に注ぎ合えばそれで終わりだった。

「さあ、食べよう」

 初めて作ってもらった須藤の料理を前に、優人は嬉しくなる。
 鍋だから手料理と言えるかは怪しいものの、均等に刻まれ火が通りやすいように工夫して並べられた鍋の具材や、テーブルに並んだ薬味の数に、須藤の細やかな配慮と優しさを感じた。

「……結構、本格的ですね」

「薬味が多いからそう見えるだけだ。僕は切って煮ただけだから」

「でもそんなこと言ったら、料理の大半はそんなもんじゃないですか?」

「まったく……君は料理人から殴られるぞ」

「ははは。じゃあ、頂きます」

 ふたりはテレビを適当に流しながら、地酒をちびちび口に含んで鍋をつついた。薬味で味変して組み合わせを考えたり、ゆったりと時間を気にせず、互いに食べて飲んだ。
 そんな穏やかな幸せに包まれて、優人は心の中で感慨にふけっていた。

 ――俺ももちろんひとりのときは自炊をする。……だけど最低限の栄養を満たすため、野菜と肉を蒸したり油で炒めるくらいだ。

 それと比べたら、ふたりでこうして食事をする時間は、まるで天国のように思えた。

 ――これまで、勉強して寝るだけの部屋だったのに。

 ものの少ない自分の殺風景なワンルームが、今やすっかり輝いて見えた。須藤がいるといないのとではこんなに違うのだ。
 優人がそうぼんやり思っていると、頬にひやりとする何かを感じた。顔を向ければそれは須藤が優しく添えた手で、彼はこちらに微笑みながらいたずらっぽく言った。

「酔っぱらったか?顔が赤いぞ」

「須藤さん……」

 酒と鍋と暖房の熱で、身体の内側からすっかり浮かされてしまったからだろうか。それとも自分の部屋という自らの領域に、愛しい人がいるからだろうか。
 こみ上げる愛しさのままに目の前の須藤に口付けると、須藤も抵抗せずに受け入れ舌を絡めた。 
 そうして熱を落ち着けるようにしばらくまぐわい合ってから、口を離して笑った。

「さ……片付けて早く風呂に入ろうか」

「え?」

「今日は金曜日だろう?夜はまだまだ長いんだから。さ、早く」

「……はい」

 須藤に促され、立ち上がりながら優人は思う。

 ――夜はまだまだ長い、ということは……今夜ここで一晩すごすということだろうか?



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