太宰治の嫉妬

華愁

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番外編 遭遇と徳田秋声の賛同

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室生さんが作ってくれたアップパイと煮りんごを食べた翌週、
芥川先生の療養も兼ねて三人熱海まで旅行に来たのだけれど
旅館の入り口で僕の師匠・井伏鱒二先生と佐藤春夫先生、
更には徳田秋声先生と泉鏡花先生という文壇の名士たちと遭遇した……

よりによってこの組み合わせ……

井伏鱒二先生と徳田秋声先生はまだいいとしても
佐藤春夫先生と泉鏡花先生はこの間までの僕のように
芥川先生を“神格化”しているふしがある。

「室生、貴様、近すぎだ離れろ!!」

案の定、そう叫んだのは泉鏡花先生だ。

「これが僕と龍之介君の距離なんですよ、鏡花先生」

室生さんは芥川先生の腰を引き寄せた。

少し前の僕なら泉先生と同じ反応をしていただろう。

「相変わらず泉先生は潔癖ですね」

芥川先生は自ら室生さんに口づけをした。

その仕草に僕は笑った。

「可愛らしいですけど泉先生と佐藤先生が絶叫してしまいますよ」

「犀星君」

芥川先生は僕にだけ視線を寄越して室生さんを甘えた声色で呼んだ。

「わかってるけど、とりあえず場所を移動しようか。

入り口で騒動を起こしら旅館の迷惑だからね。

太宰君、旅館の人に空いてる座敷がないか訊いてきてくれるかい?」

室生さんに言われて僕は仲居さんに頼み、離れの座敷を貸切状態にした。

「ねぇ犀星君、抱っこ」

憤る泉鏡花先生と佐藤春夫先生はどこ吹く風とばかりに芥川先生は室生さんにとことん甘えている。

「はいはい」

室生さんは芥川先生を自分の膝の上に座らせた。

「な、“日本の至宝”を膝に乗せるなど言語道断!!」

わなわなと震える泉先生と佐藤先生。

「芥川、お前のように“高潔”で“純粋”で“清らか”なお前が
なぜ、室生の膝になど……」

僕は志賀さんの言葉を思い出し、気付けば口に出していた。

「お前や芥川の妻の文さんみたいに神格化する奴がいるから芥川は神経をすり減らし、窒息寸前なんだよ。

【“清廉”、“高潔”、“清らか”な芥川しか受付けないだ? 

ふざけるのも大概にしろガキどもが!!

室生はちゃんと“人間”の芥川を見ているんだよ。
芥川が死なないように、気持ちが軽くなるよに気を配っているんだよ。】
と志賀さんが言っていました」

僕が口にした言葉に徳田先生がニヤリと笑った。

「【悩むこともあるだろ、泣いた日もあるだろ、
死んでしまいたいと思った日だってあっただろうが“孤独”や“悩み”を室生は抱くことて払拭してやってるんだから、むしろ、室生に感謝しろ。

それとも芥川が死んだ程がよかったか?

室生がいなきゃお前らみたいのに耐え兼ねて
とっくに自害してただろう。

いいか太宰、室生は覚悟と責任を持って芥川を抱いているんだ。

地獄に一緒に落ちる覚悟を持ってんだよ。】とも言っていました」

「志賀もたまにはいいことを言うじゃないか。

太宰、お前は志賀に説教されて、目が覚めたから
こうして、三人で旅行に来たんだろう?」

「徳田先生…… はい、一週間前、芥川先生が僕が贈ったりんごで室生さんの作ったりんごジャムやアップルパイや
煮りんごを食べて美味しいと微笑む姿を見て酷く安心したんです」 

「それが“人間”だ、太宰。

鏡花、佐藤、お前らの言い分は志賀の言う通り、芥川にさっさと“死ね”と言っているのと同義だぞ。

芥川はあくまでも“生きてる”人間だ。

お前らは芥川が食事もせず手洗いにも行かす、寝ないとでも思っているのか?

“神”のように思うのは勝手だがそれを芥川本人に押し付けて強要するな。

腹が減れば食事をし、もようせば手洗いにも行き、疲れれば眠る。

芥川はお前らの“欲”を満たす人形じゃないんだ」

徳田先生は“自然主義”派の筆頭だ。

「鏡花、佐藤、お前らの書く物語は嫌いじゃないがここで室生に甘え
微睡んでいる芥川は“人間”なんだと実感しろ。

太宰が贈ったりんごを室生がジャムやパイにして
美味いと言って食べる。それが“生きている”ということだ。

室生、今度、俺にもアップルパイとジャムを作ってくれ。

飛びきり甘いので頼んだぞ」

室生さんは徳田先生の言葉に苦笑しつつも了承した。

「僕も龍之介君も漱石先生も甘党ですけど、秋声先生には勝てませんね。

太宰君がくれたりんごはまだありますから
是非、田端の龍之介君の家までお越しください」

室生さんと徳田先生も会話に泉先生と佐藤先生が絶句している。

「では、後日、田端まで足を運ぶとしよう。

そこの馬鹿二人はほっといて、太宰、
仲居に新しい酒と刺身とぜんざいを人数分頼んでこい」

「はい、行って参ります!!」

最年少で下っ端の僕は離れを出て、本館に行き仲居さんに離れに
人数分の酒と刺身、それから、ぜんざいを届けてほしいと頼み
離れに戻ろうとした時、小林多喜二先生と遭遇した。

「ん? 太宰君じゃないか」

「小林先生、お久しぶりです。今、離れが混沌としてまして……」

六歳年上の小林先生に混沌のあらましをかいつまんで話した。

室生さんと芥川先生のこと、泉先生と佐藤先生が憤っていること、
井伏先生は困っているが徳田先生は賛同していることを。

「それは確かに混沌だね、俺も行っていか?

作家の『生活』と『肉体』の話なら、プロレタリア文学を志す身として聞き捨てならないからね」

「本当に混沌としてますよ?」

小林先生を連れて離れに戻ると芥川先生は室生さんの膝で眠っていて
徳田先生はそれを肴に酒を飲み、泉先生と佐藤先生は苛々を隠さず
室生さんに文句を言い続け、師匠の井伏先生は黙ったままだ。

「確かに混沌にも程がある。失礼しますよ、先生方」

「小林か座れ座れ」

徳田先生が自分の隣に小林先生を手招きした。

「俺も室生さんに感謝したいですね。

佐藤先生、泉先生、あなた方の言い分も理解できないわけじゃないですが
それは芥川先生に何の装備も渡さずに戦場に立って、自分たちの盾になれと言っているのと同義ですよ。

自分たちは完全防備なのに無防備な芥川先生を盾にして
生き延びようなんて好都合が過ぎますよ」

「戦場だと……?」

「ええ、そうです。

完全防備の武将が甚平一枚の庶民に【俺たちのために死ねるのは名誉だろう?】と言っているに過ぎない。

だが、芥川先生はその武将に逆らえるわけもなく言われるがままに盾になる……

その戦場から助けだし、震える身体を抱きしめ、温めているのが室生さんだ」

佐藤、泉両先生方は小林先生を何を言っているんだ?という目で見た。

「あなた方も酒を飲み食事をするでしょう?

芥川先生も同じですよ、それともあなた方は芥川先生は
霞みでも食べていろとおっしゃるつもりですか?

肉体が満たされなければ精神も満たされません。

そして、精神が崩壊すれば、あなた方が“崇拝”している
芥川先生の文学も生まれません。

芥川先生は文字通り、“魂”を墨にして書いておられる。

なら、その墨の補充は誰がするんですか?

泉先生ですか? 佐藤先生ですか?

違いますよ、芥川先生を“人間”として見ている室生さんですよ。

印刷機にインクを補充しなければ印刷されないように
室生さんは芥川先生に墨を補充しているんです」

僕たちの声が煩かったのか室生さんの膝の上で眠っていた芥川先生が目を覚ました。

「随分と騒がしいね……」

「せっかくの眠りを邪魔してしまってすみません」

僕が謝ると芥川先生は優しく笑った。

「太宰君は悪くないよ。おや、小林君、久しぶりだね。

微睡みの中で小林君の声が聞こえていたよ。

インクの補充とはいい例えするね。

“書く”にも印刷するにもインクがいるのは当たり前で
インクが切れれば書けないし印刷もできない。

印刷されなければ誰も読めないよ?」

芥川先生は寝起きのふわふわした幼子のような口調で言って首を傾げた。

「龍之介君、まだ、寝てていいんだよ?ここが騒々しいなら部屋に行くかい?」

「大丈夫だよ犀星君、ふふ、心配性だね。

小林君、的確に例えてくれてありがとう」

芥川先生が小林先生にお礼を言い終える頃、仲居さんが
酒と刺身とぜんざいを持って来た。

「龍之介君、君の好物のぜんざいだよ。

徳田先生と太宰君が頼んでくれたんだよ」

「徳田先生、太宰君ありがとう。犀星君、あーん」

当然のように口を開ける芥川先生に泉先生と佐藤先生は目を見開き
徳田先生と小林先生は口角を上げ、井伏先生は驚きながらも苦笑した。

「おやおや、太宰君はともかく、皆の前で甘えて来るなんて珍しいね」

「駄目だったかい?」

上目遣いで室生さんに甘える芥川先生。

「芥川先生は案外、甘えたですよね。

今の先生はとても可愛らしく綺麗ですよ」

僕が屈んで芥川先生に言うとふにゃりと笑った。

「芥川先生にはずっと笑っていてほしいです。

季節ごとに室生さんと三人で美味しいものを食べて
たまに旅行したいです。

今度は室生さんのと徳田先生と泉先生の故郷の金沢に行ってみたいですし
僕の故郷の北津軽にも来てほしいです。

でも、それができるのは芥川先生が“人間”で“生きていて”こそです」

きっかけは志賀さんに叱責され説教されたからだけど
芥川先生が“人間”に戻れるなら、室生さんとの行為も“穢らわしい”とは思わない。


「そうだね、色んな店に行って美味しい物を食べて
また、分けっこして、色んな所に三人で旅行に行こうね」

「はい、芥川先生、室生さん、三人で思い出を沢山作りましょう」

僕は勢いで二人に抱き着いた。


笑顔の芥川先生を見て泉先生と佐藤先生は室生さんを睨むのを止めた。

ーー

数日後、徳田先生と志賀さんと、なぜか師匠の井伏先生までいたけど
室生さんが大勢の方が楽しいと言って約束通り、アップルパイを作った。

芥川先生はアップルパイを咀嚼しながらにっこり笑った。

「犀星君、美味しいよ、ありがとう」と。

僕はこの笑顔を守りたいと思った。
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