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第五話 家族と話す夜
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夕飯の後、僕は妻の文に 話す決心をした。
「文、話がある……
昨日、僕は犀星君の家に泊まった。
それから、僕と犀星君は“恋仲”なんだ」
「待って、室生さんは同性でしょう!?」
驚きと困惑が混ざった声色で
文は叫んだ。
「そうだね……
だけど、僕たちは愛し合ってるんだ」
生真面目な文には理解不能かもしれない。
「犀星君の側にいると心が凪ぐんだ」
文は困惑の色を滲ませた表情で僕に訊いた。
「それはどういう意味?
❰どうして? なにが駄目だったの?❱」
同時に聴こえてきた❰声❱に
申し訳ない気持ちだった。
「文が悪いわけじゃない。
僕は十代後半からずっと、
❰心の声❱が聴こえていた。
文たち家族はもちろん、道行く人たち、
すれ違う人たち 、関わる人たちみんなの❰声❱が
聴こえてしまうんだ……
だけど、犀星君ととみ子さんの❰声❱は
いつも穏やかで優しくて慈愛に満ちていて……
側にいると落ち着くんだ」
「❰心の声❱が聴こえる?
それは……
❰龍之介はそんな地獄みたいな
日々を送ってきたの?❱」
文から聴こえる❰声❱には驚きと戸惑いと
少しの憐憫が含まれていた。
「どうして、話してくれなかったの?
❰私じゃ頼りなかった?❱」
「僕は怖かったんだ……
❰心の声❱が聴こえるなんて
普通ならあり得ないことを
話して文とギクシャクしたりするのが
嫌で話せなかった……
学生時代からずっと、
色んな人の感情が津波のように
押し寄せて来て気が狂いそうだった……」
「それでも、壊れなかったのは
寛や恭、久米君や松岡君に佐野君といった
学生時代からの友人たちのおかげだったけど
犀星君に出会って、
初めて、呼吸がしやすいと思った」
文は静かに涙を流していたがそれを拭う
資格は今の僕にはない。
「文の側が息苦しかったわけじゃない……
それでも、家の中では“完璧な夫”や
“完璧な父親”で あろうとすればするほど、
“ただの芥川龍之介”という
僕自身が置いてきぼりにされている感覚だった」
犀星君といる時は深海にいるような、
そんな感覚になる。
全ての音を遮断してただ、そこに
在るだけの 僕だけの世界。
「僕は文や比呂志たちを愛してるけど、
同時に犀星君も愛してる……
すんなり、僕と犀星君の関係を
受け入れてくれたとみ子さんが
稀なんだと思う」
「とみ子さんって、室生さんの奥様よね?
彼女は二人のことを?」
「そうだよ、犀星君の奥さん。
とみ子さんは、僕たちが
“恋仲”でもいいと言ってくれた。
僕に恋慕している犀星君も
犀星君の一部だからと……
それから、僕も家族の一員だとも言ってくれた」
文はさっきよりもますます、
困惑した表情をした。
「朝子ちゃんと朝巳君も僕に懐いてくれている。
室生家は
“もう一つの家”なんだ。
昼間、比呂志は理解してくれた。
僕自身を蔑ろにするのは
間違っているから、と。」
文は目を見開いた。
「比呂志が……?」
「うん。
“父さんが幸せなら室生先生と
恋仲でもいい”と言ってくれた」
僕は子供部屋の方へ目を向けた。
比呂志が多加志と也寸志と
遊んでいるのが見えた。
「家族も犀星君も愛したいなんて
僕はずるいんだと思う。
僕にとって文や比呂志たち家族は
“守るもの”だけど犀星君は僕を
“守ってくるもの”なんだ……」
「僕はずっと家族を“守ってきた”し
愛してるけど、誰かに“守られたい”と
思ってしまった……
犀星君は僕が泣き言を言っても愚痴を言っても
優しく受け止めてくれるんだ……
津波のように流れ込んでくる❰声❱も
犀星君といる時や室生家にいる時は
それが聞こえなくなる。
今、この瞬間も、“外”の❰声❱が煩い。
窓の外を通る通行人の❰声❱、
隣家の親子喧嘩の❰声❱、
動物の❰声❱も……
そして、文や比呂志の❰声❱がまぜこぜなんだ……」
誰かの焦燥、嫉妬、恐怖……etc.
色んな感情が頭に直接流れ込んでくる。
「龍之介は二十年近く、
そんな地獄のような世界で生きてきた……の?」
今も頭がかち割れそうなのを耐えている。
「そうだよ……若い頃は人混みに
酔って倒れたこともあるし
眠っている時以外は常に聴こえてくるんだ」
寝て起きれば、僕の意思とは関係なく
周りの❰声❱が頭の中に押し寄せてくる。
「だから、僕は若い頃から
早朝や夜に 散歩するのが好きだった……」
人が寝静まっている時間帯や
捌ける時間帯は“静寂”だからだ。
「両親にも養父母にも愛してもらえなかった
僕は自分の家庭を持つことが夢だったから
文と結婚したことも、
比呂志や多加志、也寸志が
生まれたことも嬉しかったけど、
その一方で僕はずっと、“自分自身”を
見失っていた……
いや、“置いてきぼり”にしていたんだ……」
こうして、文と話している間も
絶え間なく聴こえてくる❰声❱に
片手で額を押さえる。
“耳”ではなく直接“頭の中”に
大音量で響く❰声❱。
「犀星君は僕を“守って”くれるんだ。
僕が子供のように癇癪を起こしたり
泣きわめいても愚痴を言っても
全てを受け入れ、受け止めてくれるんだ。
ただ、黙って抱き締めてくれる……」
犀星君は僕より三歳年上で
年上の包容力なのかもしれないけど、
僕は犀星君に“救われて”いる。
「僕は家族を愛してるけど
そこには“責任”と“義務”がついてくるし、
“夫”として、“父親”として
“作家”として……
そういう“役割”から
少しだけ、解放されたいと思う時があるんだ。
犀星君は僕が“役割”を
休むことを責めない……
“心が凪ぐ”と言ったのはそこにある」
“室生家”という“静かで穏やかな海”は
僕を包み込んでくれるし
とみ子さんが犀星君と同じ
“文学仲間”というのもある。
とみ子さんは犀星君と結婚する前は
小学校の教師だったそうだ。
その教師時代に、地元新聞に
随筆・短歌・俳句を
載せていて、犀星君は
その俳句の一つに惹かれて
手紙を出したと言っていた。
それがきっかけで、文通をしている内に
文学に対する考え方が似通っていて
結婚することを決めたそうだ……
前に見せてもらったとみ子さんの
俳句を覚えている。
ー春先の 雪融けに顔を出す 花の芽ー」
「私はあまり文学には詳しくないけど、
とみ子さんの俳句が
優しいのはわかったわ……
ねぇ、龍之介が室生さんに
そこまで惹かれる理由はなに?」
文の質問にどう答えたようか迷った。
「僕は “守る側”じゃなく
“守られる側”になりたかった。
そして、誰かに“甘えたかった”……
犀星君は手放しに僕を
“甘やかして”くれる。
室生家では、
“何も”しなくていい……」
僕は幼少期の頃から
誰にも“甘えられず”に大人になった。
文と結婚して子供たちが
生まれてからは
ますます、“甘える”なんて
ことから遠退いた。
どんな時でも変わらなかったのは津波のように
押し寄せて聴こえてくる❰声❱だけだった。
「僕は……特に❰心の声❱が
聴こえるようになってからは
色々なことを諦めてきた。
自分でいうのも自慢みいで
嫌なんだけど、子供の頃から成績が良かったから
クラスメートの羨望も嫉妬も全部、
聴こえていて辟易していたんだ。
僕に関わる人たちは
幸いに優しい人たちばかりだったから、
それだけは救いだった……」
「そのうち、“優等生”を
演じるようになり、聴こえてくる❰声❱を
聴こえないふりをした……」
「それから、今夜は文に
嘘をつかないと決めてるから正直にいうけど、
僕は犀星君に触れてほしいと思ってる……」
つまりは夜の営みの話だ。
「❰え……それは……❱
❰でも、同性同士でどうやって?❱」
文の❰声❱が一気に流れ込んできた。
同性同士の営みの詳細を
女性に説明するのは少々、憚られる。
「事細かに説明はできないけど
“同性同士”でもできるんだよ」
僕は犀星君に抱かれたい。
「龍之介は室生さんを
“一人の男”として愛しているのね……
なんで、なんで、
“同性”の室生さんなの!?
❰家族ぐるみで付き合いがあるから、私だって
室生さんや奥様のとみ子さんがいい人だって知ってるけど……❱
❰だからこそ、なんで龍之介は室生さんを……❱」
文のいう通り、室生家と芥川家は仲がよかった。
「犀星君は僕の全てを包み込んでくれるんだ……
彼に抱き締められている間は
❰声❱が聴こえなくなる。
そうして、やっと、“普通の人”と同じになる」
「僕は……長い間、
“静寂”を求めていたんだ……
文や比呂志、多加志や也寸志の家族の❰声❱が
雑音だと思ったことは
一度もないけど、
それさえも“煩い”と
思ってしまうことが時々がある……
長い間、“音”に蝕まれて生きてきた中で
犀星君だけが僕に初めて“静寂”をくれた。
犀星君の腕の中にいる時だけは
普通の人と同じように
“耳”から入る声だけが聴こえるんだ……
文が悪いわけじゃないんだ……」
「❰私はもう“女”として
龍之介に見てもらえないのね……
この先、私はもう、龍之介に
抱いてもらえないのかしら……❱」
文の❰声❱に直ぐに否定した。
「それは違うよ。
文を“女”としてみれなくなったわけじゃい……
僕は少し“役割”に疲れてしまって
“静寂”を求め 、“甘える相手”に犀星君を
選んでしまったんだ……
誰かに“ただの芥川龍之”という存在を
“甘やかされ”たかった……」
家族を愛していないわけじゃない……
「龍之介の相手が“女性”ならいっそのこと、
諦めがついたかもしれないわ……
❰女性なら思い切り怒れたのに……❱」
文の❰声❱は怒りと悲しみが混ざっていた。
「文には怒る権利も悲しむ権利もある。
なんなら、今の感情を僕にぶつけてくれていい。
ひっぱたくなり殴るなりしてくれていい……」
どんな言葉を並べても僕が文を
“裏切った”ことに変わりはない。
パシンッ!!という
音とともに一瞬遅れて
頬に痛みが走った。
文の瞳には涙が溢れていた。
「すまない……」
僕が殴られた音が聞こえたのか
比呂志が子供部屋から走ってきた。
「父さん!?
もしかして、室生先生のことで?
母さん、俺は昼間、父さんに
室生先生と“恋仲”でも
いいと思ってるって言ったんだよ。
だって、俺が父さんの立場でも
家族じゃない誰かに
“静寂”を求めてしまうと思うから……
父さんは“芥川家”の大黒柱で母さんの“夫”で
俺や多加志や也寸志の“父親”だけど、
それ以前に“芥川龍之介”という
一人の人間なんだから“休みたい”、“甘えたい”と
思うのも当たり前だと思うんだ。
俺は父さんが“無理”してることに
前から気付いてたし父さんがたまに、
夜、外に出て行ってたのも知ってた。
母さんは?
“芥川龍之介の妻”でもなく
俺や多加志や也寸志の“母親”じゃなくて
結婚する前の
“ただの自分”になりたい時はない?」
比呂志の言葉に文がはっ!とした表情をした。
「そんなの、あるに決まってるわ!!
だけど、そんなこと、
言っちゃ駄目だと思ってた……」
「父さんも母さんも“守る側”に
徹し過ぎなんだと思う。
母さんも父さんも、
俺や多加志も也寸志も“個人”なんだから、
誰かに甘えたいと思うのは
当たり前の感情なんだよ。
“母親”だか、“父親”だから
誰かに甘えちゃいけない
なんてとこないんだと思う。
ただ、“家族”だと近すぎて
甘えられないんじゃないかな。
特に父さんは
そうなんじゃない?」
息子にそこまで見抜かれているとは……
「比呂志のいう通り、
家族は“守るもの”だから
どうしても“甘えちゃいけない”と
思ってしまうんだ」
僕はずっと、“完璧”を装おってきた。
「俺は父さんが室先生の“恋人”になっても
変わらず尊敬している。
頭がよくて優しくて、家族を気遣って。
だけど、同時に思ったのが父さんは
いつ、息抜きをしているんだろう?
ってことだった。
一度だけ、夜、父さんを
尾行したことがあるんだ」
いつのことかはわからないけど
比呂志に尾行されてたなんて気付かなかった。
「あの時、父さんは室生先生の家に行こうとして
途中で引き返して帰ってきたから
見つかる前に先に帰ったんだ」
「俺も多加志も也寸志も、未成年で子供だけど
父さんも母さんも、息抜きしていいし
肩の力を抜いていいんだよ。
あくまでも、“個人”なんだから」
比呂志の言葉に僕も文も黙るしかなかった……
「母さんの前で訊くのもどうかと思ったけど
父さん、室生先生と
もう、接吻した?」
「比呂志!?
……したよ。
犀星君の口づけは優しいんだ……」
「❰口づけまで!?❱
❰本当に本気なのね……❱」
文の❰声❱が流れ込んできた。
「そっか、教えてくれてありがとう」
比呂志は笑っていた。
「俺はまだ子供だけど、“愛してる”ってことを
免罪符にするのは違うと思うんだよ……
それをしちゃったら、
“愛”の定義が崩れちゃうと思うんだ。
母さんに父さんを許せとか理解しろとか
言わないし言えないけど、
認めてあげてほしい」
まだ、十代前半の息子にここまで言われるとはね……
“免罪符”……
確かに、僕たちは知らず知らずのうちに
“愛”を免罪符にして“本音”を話すことを
避けていたのかもしれない。
「“同性”の室生さんと“恋仲”だって
言われてショックだった。
なら、私の存在はなんなんだろう……と。
ずっと、“妻”として“母親”として
“芥川家”という家を“守ってきたのに”って……」
文の言い分はもっとだ。
「僕は家族を愛してるけど、
犀星君への愛とは別の軸にある。
家族である文や比呂志、多加志、也寸志は
“守りたい”対象。
犀星君は僕の醜い部分さえも
“包み込んで”、“守ってくれる人”。
軸自体が真逆なんだ……」
“守りたいもの”と“守られたいもの”という
真逆の感情。
「正直言って、私は悔しかった……
龍之介の“孤独”に気付けなかったことも
室生さんと“恋仲”になっていたことも……」
「犀星君と“恋仲”になったことはともかく、
僕の“孤独”については僕自身が
言わなかったんだから気付かなくて
当然なんだよ。
“言いたくなかった”わけじゃなく
“言えなかった”……
“父親”のくせに、“夫”のくせに
“甘える”なと言われるのが怖かった」
「❰もし、私が龍之介以外の“誰か”に
心を赦しても平気なのかしら……
それが“男性”でも?❱」
文の❰声❱にギョッとした。
誰か気になる“男性”がいるのだろうか……
もし、そうなら
僕に文を責める権利はない。
「万が一、文が僕以外に“甘えたい”と
思う相手が現れて、それが“同性”でも
“異性でも”僕は責めないよ」
いつか、その万が一が来ても
僕は文を責めない。
「❰本当に? 本気で言ってるの?❱」
困惑気味の文の❰声❱。
「もちろん、本気だよ。
文も“一人の人間”なんだから
いつか、僕以外の“誰か”に
心を赦し、“甘えたい”と思う相手が
できた時はその人に
思い切り“甘え”ればいい。
だけど、僕が文を嫌いになることはないよ」
比呂志はやっぱり笑っていて
文は何度も瞬きをした。
「僕は文を縛らないし縛れない。
だからといって、手放すわけじゃないよ。
僕はずるいから、
家族も犀星君も手放せないし
いつか、文が僕じゃない
“誰か”に心を寄せてもね」
実際に僕が犀星君に心を寄せているように
文にも僕じゃない“誰か”が現れるかもしれない。
「[人が人を好きになることほど、
うれしいという言葉が突きとめられることが
ございません、好きという扉を
何枚ひらいて行っても、
それは好きでつくり上げられている、
お家のようなものなんです]」
比呂志の台詞に僕は硬直しかけた……
その台詞は犀星君の
著書・蜜のあわれの一節だ。
「俺、時々、父さんの本棚か
ら室生先生の本を借りて読んでるんだ。
室生先生の詩集は、
父さんがくれたお小遣いとか
お年玉を貯めて買ってる」
昼間に比呂志が犀星君に憧れていると
言っていたけど著書を買っていたとは
知らなかった。
「室生先生の詩や小説は
その物語に引き込まれるし
読みながらどきどき、
わくわくするんだ」
「ねぇ、父さんも母さんも
“役割”なんて気にせずに
家の中では“本音”を言おうよ。
言いたいことを我慢してたら
何も変わらないと思うんだ」
息子にここまで言われて、
いや、言わせてしまっておいてそれを
無下にできない。
なまじっか、この家の中で
一番、冷静なのは比呂志だった。
「それもそうだ。
ありがとう比呂志、
これから、家の中でも
少しずつ、“僕自身”を
出していくから、文も
“文自身”を出してほしい」
息子に気付かされるとは情けない……
僕も文も“役割”に囚われ過ぎていて、
いつしか“本音”で 話さなくなった。
「やっぱり、室生さんと龍之介の関係を
今すぐは“理解”はできない……
最初、“同性”の室生さんと“恋仲”だって
言われて頭が追い付かなかった……
私は龍之介の“妻”で
あなたの子供を産んだ“母親”で
龍之介に愛してもらえる
“たった一人”だと思ってた」
「俺は、室生先生の蜜のあわれを
読んで思ったのは
“愛の形”は“一つ”じゃなくても
いいってことだった……
[好きという扉を 何枚ひらいて行っても、
それは好きでつくり上げられている、
お家のようなものなんです]ということは
“好き”は“一つ”じゃないってことでしょう?」
比呂志が蜜のあわれから
そんなことを読み取っていたなんて……
「母さんや俺や多加志、也寸志を
“守ってくれる”父さんも、
室生先生に“守られ、甘えた”と
思っている父さんも、
どっちも父さんなんだから、
どっちかを否定するのは
間違っていると思うんだ」
比呂志は僕と文の手をぎゅっと握った。
「これからは、“本音”で話していこう。
俺は二人の子供だけど、母さんの“本音”も
父さんの“本音”も全部聞かせてほしい」
子供は勝手に育つとはいうけど、比呂志が
こんなに早く大人になりつつあるとは
我が子ながら末恐ろしいと思った……
ー数時間後ー
比呂志が寝た後、文は困惑を残しつつも僕と犀星君の関係を
少しずつ、認めると言ってくれた。
「比呂志に気づかされるとは思わなかったわ……」
寝室に布団を並べながら文が言った。
「そうだね……
文、今日は僕の話を聞いてくれて、ありがとう」
「私も話せてよかった。
ねぇ、龍之介。男性同士って
夜の営みってどうやって、するの?
ちょっとだけ、興味が湧いたわ」
文の言葉に今日何度か目の瞬きをした。
「文!?」
「あんまり事細かに説明すと
猥談になってしまうけど……
ここに受け入れるんだよ」
僕は自分の後ろに手をやった。
「え、待って……
もう一歩、踏み込んで訊いていいかしら?
本当に、そこに、その……」
受け入れられるのかと言いたいらしい。
「犀星君のものを
受け入れられるようになるには
少々、時間がかかるだろうね……」
なんせ、犀星君のものは僕のものより、
はるかに大きいからちゃんと解さないと
挿入らないだろう。
「女性からしたら、衝撃的だよね」
本来は受け入れる場所ではないのだから。
「そ、そうね、想像がつかないから……」
「端的に言うと犀星君のものを
僕の後ろに挿れて快感を得るんだよ……」
卑猥にならないよにかつ、
的確に伝わるように説明した。
「龍之介は室生さんに“抱かれたい”のね……」
「うん……
文、理解しようとしてくれて嬉しい……
ありがとう」
文が同性同士の“営み”について訊いてきたのは
意外だったけど、少しだけ心が軽くなった。
「最初は驚いたし、今も困惑が残るけど、少しでも
龍之介と室生さんのことを知りたいと思ったの。
今夜は遅いから寝ましょう。
お休みなさい、龍之介」
「ありがとう、お休み、文」
僕はもう一度、文にお礼を言って眠りに就いた。
「文、話がある……
昨日、僕は犀星君の家に泊まった。
それから、僕と犀星君は“恋仲”なんだ」
「待って、室生さんは同性でしょう!?」
驚きと困惑が混ざった声色で
文は叫んだ。
「そうだね……
だけど、僕たちは愛し合ってるんだ」
生真面目な文には理解不能かもしれない。
「犀星君の側にいると心が凪ぐんだ」
文は困惑の色を滲ませた表情で僕に訊いた。
「それはどういう意味?
❰どうして? なにが駄目だったの?❱」
同時に聴こえてきた❰声❱に
申し訳ない気持ちだった。
「文が悪いわけじゃない。
僕は十代後半からずっと、
❰心の声❱が聴こえていた。
文たち家族はもちろん、道行く人たち、
すれ違う人たち 、関わる人たちみんなの❰声❱が
聴こえてしまうんだ……
だけど、犀星君ととみ子さんの❰声❱は
いつも穏やかで優しくて慈愛に満ちていて……
側にいると落ち着くんだ」
「❰心の声❱が聴こえる?
それは……
❰龍之介はそんな地獄みたいな
日々を送ってきたの?❱」
文から聴こえる❰声❱には驚きと戸惑いと
少しの憐憫が含まれていた。
「どうして、話してくれなかったの?
❰私じゃ頼りなかった?❱」
「僕は怖かったんだ……
❰心の声❱が聴こえるなんて
普通ならあり得ないことを
話して文とギクシャクしたりするのが
嫌で話せなかった……
学生時代からずっと、
色んな人の感情が津波のように
押し寄せて来て気が狂いそうだった……」
「それでも、壊れなかったのは
寛や恭、久米君や松岡君に佐野君といった
学生時代からの友人たちのおかげだったけど
犀星君に出会って、
初めて、呼吸がしやすいと思った」
文は静かに涙を流していたがそれを拭う
資格は今の僕にはない。
「文の側が息苦しかったわけじゃない……
それでも、家の中では“完璧な夫”や
“完璧な父親”で あろうとすればするほど、
“ただの芥川龍之介”という
僕自身が置いてきぼりにされている感覚だった」
犀星君といる時は深海にいるような、
そんな感覚になる。
全ての音を遮断してただ、そこに
在るだけの 僕だけの世界。
「僕は文や比呂志たちを愛してるけど、
同時に犀星君も愛してる……
すんなり、僕と犀星君の関係を
受け入れてくれたとみ子さんが
稀なんだと思う」
「とみ子さんって、室生さんの奥様よね?
彼女は二人のことを?」
「そうだよ、犀星君の奥さん。
とみ子さんは、僕たちが
“恋仲”でもいいと言ってくれた。
僕に恋慕している犀星君も
犀星君の一部だからと……
それから、僕も家族の一員だとも言ってくれた」
文はさっきよりもますます、
困惑した表情をした。
「朝子ちゃんと朝巳君も僕に懐いてくれている。
室生家は
“もう一つの家”なんだ。
昼間、比呂志は理解してくれた。
僕自身を蔑ろにするのは
間違っているから、と。」
文は目を見開いた。
「比呂志が……?」
「うん。
“父さんが幸せなら室生先生と
恋仲でもいい”と言ってくれた」
僕は子供部屋の方へ目を向けた。
比呂志が多加志と也寸志と
遊んでいるのが見えた。
「家族も犀星君も愛したいなんて
僕はずるいんだと思う。
僕にとって文や比呂志たち家族は
“守るもの”だけど犀星君は僕を
“守ってくるもの”なんだ……」
「僕はずっと家族を“守ってきた”し
愛してるけど、誰かに“守られたい”と
思ってしまった……
犀星君は僕が泣き言を言っても愚痴を言っても
優しく受け止めてくれるんだ……
津波のように流れ込んでくる❰声❱も
犀星君といる時や室生家にいる時は
それが聞こえなくなる。
今、この瞬間も、“外”の❰声❱が煩い。
窓の外を通る通行人の❰声❱、
隣家の親子喧嘩の❰声❱、
動物の❰声❱も……
そして、文や比呂志の❰声❱がまぜこぜなんだ……」
誰かの焦燥、嫉妬、恐怖……etc.
色んな感情が頭に直接流れ込んでくる。
「龍之介は二十年近く、
そんな地獄のような世界で生きてきた……の?」
今も頭がかち割れそうなのを耐えている。
「そうだよ……若い頃は人混みに
酔って倒れたこともあるし
眠っている時以外は常に聴こえてくるんだ」
寝て起きれば、僕の意思とは関係なく
周りの❰声❱が頭の中に押し寄せてくる。
「だから、僕は若い頃から
早朝や夜に 散歩するのが好きだった……」
人が寝静まっている時間帯や
捌ける時間帯は“静寂”だからだ。
「両親にも養父母にも愛してもらえなかった
僕は自分の家庭を持つことが夢だったから
文と結婚したことも、
比呂志や多加志、也寸志が
生まれたことも嬉しかったけど、
その一方で僕はずっと、“自分自身”を
見失っていた……
いや、“置いてきぼり”にしていたんだ……」
こうして、文と話している間も
絶え間なく聴こえてくる❰声❱に
片手で額を押さえる。
“耳”ではなく直接“頭の中”に
大音量で響く❰声❱。
「犀星君は僕を“守って”くれるんだ。
僕が子供のように癇癪を起こしたり
泣きわめいても愚痴を言っても
全てを受け入れ、受け止めてくれるんだ。
ただ、黙って抱き締めてくれる……」
犀星君は僕より三歳年上で
年上の包容力なのかもしれないけど、
僕は犀星君に“救われて”いる。
「僕は家族を愛してるけど
そこには“責任”と“義務”がついてくるし、
“夫”として、“父親”として
“作家”として……
そういう“役割”から
少しだけ、解放されたいと思う時があるんだ。
犀星君は僕が“役割”を
休むことを責めない……
“心が凪ぐ”と言ったのはそこにある」
“室生家”という“静かで穏やかな海”は
僕を包み込んでくれるし
とみ子さんが犀星君と同じ
“文学仲間”というのもある。
とみ子さんは犀星君と結婚する前は
小学校の教師だったそうだ。
その教師時代に、地元新聞に
随筆・短歌・俳句を
載せていて、犀星君は
その俳句の一つに惹かれて
手紙を出したと言っていた。
それがきっかけで、文通をしている内に
文学に対する考え方が似通っていて
結婚することを決めたそうだ……
前に見せてもらったとみ子さんの
俳句を覚えている。
ー春先の 雪融けに顔を出す 花の芽ー」
「私はあまり文学には詳しくないけど、
とみ子さんの俳句が
優しいのはわかったわ……
ねぇ、龍之介が室生さんに
そこまで惹かれる理由はなに?」
文の質問にどう答えたようか迷った。
「僕は “守る側”じゃなく
“守られる側”になりたかった。
そして、誰かに“甘えたかった”……
犀星君は手放しに僕を
“甘やかして”くれる。
室生家では、
“何も”しなくていい……」
僕は幼少期の頃から
誰にも“甘えられず”に大人になった。
文と結婚して子供たちが
生まれてからは
ますます、“甘える”なんて
ことから遠退いた。
どんな時でも変わらなかったのは津波のように
押し寄せて聴こえてくる❰声❱だけだった。
「僕は……特に❰心の声❱が
聴こえるようになってからは
色々なことを諦めてきた。
自分でいうのも自慢みいで
嫌なんだけど、子供の頃から成績が良かったから
クラスメートの羨望も嫉妬も全部、
聴こえていて辟易していたんだ。
僕に関わる人たちは
幸いに優しい人たちばかりだったから、
それだけは救いだった……」
「そのうち、“優等生”を
演じるようになり、聴こえてくる❰声❱を
聴こえないふりをした……」
「それから、今夜は文に
嘘をつかないと決めてるから正直にいうけど、
僕は犀星君に触れてほしいと思ってる……」
つまりは夜の営みの話だ。
「❰え……それは……❱
❰でも、同性同士でどうやって?❱」
文の❰声❱が一気に流れ込んできた。
同性同士の営みの詳細を
女性に説明するのは少々、憚られる。
「事細かに説明はできないけど
“同性同士”でもできるんだよ」
僕は犀星君に抱かれたい。
「龍之介は室生さんを
“一人の男”として愛しているのね……
なんで、なんで、
“同性”の室生さんなの!?
❰家族ぐるみで付き合いがあるから、私だって
室生さんや奥様のとみ子さんがいい人だって知ってるけど……❱
❰だからこそ、なんで龍之介は室生さんを……❱」
文のいう通り、室生家と芥川家は仲がよかった。
「犀星君は僕の全てを包み込んでくれるんだ……
彼に抱き締められている間は
❰声❱が聴こえなくなる。
そうして、やっと、“普通の人”と同じになる」
「僕は……長い間、
“静寂”を求めていたんだ……
文や比呂志、多加志や也寸志の家族の❰声❱が
雑音だと思ったことは
一度もないけど、
それさえも“煩い”と
思ってしまうことが時々がある……
長い間、“音”に蝕まれて生きてきた中で
犀星君だけが僕に初めて“静寂”をくれた。
犀星君の腕の中にいる時だけは
普通の人と同じように
“耳”から入る声だけが聴こえるんだ……
文が悪いわけじゃないんだ……」
「❰私はもう“女”として
龍之介に見てもらえないのね……
この先、私はもう、龍之介に
抱いてもらえないのかしら……❱」
文の❰声❱に直ぐに否定した。
「それは違うよ。
文を“女”としてみれなくなったわけじゃい……
僕は少し“役割”に疲れてしまって
“静寂”を求め 、“甘える相手”に犀星君を
選んでしまったんだ……
誰かに“ただの芥川龍之”という存在を
“甘やかされ”たかった……」
家族を愛していないわけじゃない……
「龍之介の相手が“女性”ならいっそのこと、
諦めがついたかもしれないわ……
❰女性なら思い切り怒れたのに……❱」
文の❰声❱は怒りと悲しみが混ざっていた。
「文には怒る権利も悲しむ権利もある。
なんなら、今の感情を僕にぶつけてくれていい。
ひっぱたくなり殴るなりしてくれていい……」
どんな言葉を並べても僕が文を
“裏切った”ことに変わりはない。
パシンッ!!という
音とともに一瞬遅れて
頬に痛みが走った。
文の瞳には涙が溢れていた。
「すまない……」
僕が殴られた音が聞こえたのか
比呂志が子供部屋から走ってきた。
「父さん!?
もしかして、室生先生のことで?
母さん、俺は昼間、父さんに
室生先生と“恋仲”でも
いいと思ってるって言ったんだよ。
だって、俺が父さんの立場でも
家族じゃない誰かに
“静寂”を求めてしまうと思うから……
父さんは“芥川家”の大黒柱で母さんの“夫”で
俺や多加志や也寸志の“父親”だけど、
それ以前に“芥川龍之介”という
一人の人間なんだから“休みたい”、“甘えたい”と
思うのも当たり前だと思うんだ。
俺は父さんが“無理”してることに
前から気付いてたし父さんがたまに、
夜、外に出て行ってたのも知ってた。
母さんは?
“芥川龍之介の妻”でもなく
俺や多加志や也寸志の“母親”じゃなくて
結婚する前の
“ただの自分”になりたい時はない?」
比呂志の言葉に文がはっ!とした表情をした。
「そんなの、あるに決まってるわ!!
だけど、そんなこと、
言っちゃ駄目だと思ってた……」
「父さんも母さんも“守る側”に
徹し過ぎなんだと思う。
母さんも父さんも、
俺や多加志も也寸志も“個人”なんだから、
誰かに甘えたいと思うのは
当たり前の感情なんだよ。
“母親”だか、“父親”だから
誰かに甘えちゃいけない
なんてとこないんだと思う。
ただ、“家族”だと近すぎて
甘えられないんじゃないかな。
特に父さんは
そうなんじゃない?」
息子にそこまで見抜かれているとは……
「比呂志のいう通り、
家族は“守るもの”だから
どうしても“甘えちゃいけない”と
思ってしまうんだ」
僕はずっと、“完璧”を装おってきた。
「俺は父さんが室先生の“恋人”になっても
変わらず尊敬している。
頭がよくて優しくて、家族を気遣って。
だけど、同時に思ったのが父さんは
いつ、息抜きをしているんだろう?
ってことだった。
一度だけ、夜、父さんを
尾行したことがあるんだ」
いつのことかはわからないけど
比呂志に尾行されてたなんて気付かなかった。
「あの時、父さんは室生先生の家に行こうとして
途中で引き返して帰ってきたから
見つかる前に先に帰ったんだ」
「俺も多加志も也寸志も、未成年で子供だけど
父さんも母さんも、息抜きしていいし
肩の力を抜いていいんだよ。
あくまでも、“個人”なんだから」
比呂志の言葉に僕も文も黙るしかなかった……
「母さんの前で訊くのもどうかと思ったけど
父さん、室生先生と
もう、接吻した?」
「比呂志!?
……したよ。
犀星君の口づけは優しいんだ……」
「❰口づけまで!?❱
❰本当に本気なのね……❱」
文の❰声❱が流れ込んできた。
「そっか、教えてくれてありがとう」
比呂志は笑っていた。
「俺はまだ子供だけど、“愛してる”ってことを
免罪符にするのは違うと思うんだよ……
それをしちゃったら、
“愛”の定義が崩れちゃうと思うんだ。
母さんに父さんを許せとか理解しろとか
言わないし言えないけど、
認めてあげてほしい」
まだ、十代前半の息子にここまで言われるとはね……
“免罪符”……
確かに、僕たちは知らず知らずのうちに
“愛”を免罪符にして“本音”を話すことを
避けていたのかもしれない。
「“同性”の室生さんと“恋仲”だって
言われてショックだった。
なら、私の存在はなんなんだろう……と。
ずっと、“妻”として“母親”として
“芥川家”という家を“守ってきたのに”って……」
文の言い分はもっとだ。
「僕は家族を愛してるけど、
犀星君への愛とは別の軸にある。
家族である文や比呂志、多加志、也寸志は
“守りたい”対象。
犀星君は僕の醜い部分さえも
“包み込んで”、“守ってくれる人”。
軸自体が真逆なんだ……」
“守りたいもの”と“守られたいもの”という
真逆の感情。
「正直言って、私は悔しかった……
龍之介の“孤独”に気付けなかったことも
室生さんと“恋仲”になっていたことも……」
「犀星君と“恋仲”になったことはともかく、
僕の“孤独”については僕自身が
言わなかったんだから気付かなくて
当然なんだよ。
“言いたくなかった”わけじゃなく
“言えなかった”……
“父親”のくせに、“夫”のくせに
“甘える”なと言われるのが怖かった」
「❰もし、私が龍之介以外の“誰か”に
心を赦しても平気なのかしら……
それが“男性”でも?❱」
文の❰声❱にギョッとした。
誰か気になる“男性”がいるのだろうか……
もし、そうなら
僕に文を責める権利はない。
「万が一、文が僕以外に“甘えたい”と
思う相手が現れて、それが“同性”でも
“異性でも”僕は責めないよ」
いつか、その万が一が来ても
僕は文を責めない。
「❰本当に? 本気で言ってるの?❱」
困惑気味の文の❰声❱。
「もちろん、本気だよ。
文も“一人の人間”なんだから
いつか、僕以外の“誰か”に
心を赦し、“甘えたい”と思う相手が
できた時はその人に
思い切り“甘え”ればいい。
だけど、僕が文を嫌いになることはないよ」
比呂志はやっぱり笑っていて
文は何度も瞬きをした。
「僕は文を縛らないし縛れない。
だからといって、手放すわけじゃないよ。
僕はずるいから、
家族も犀星君も手放せないし
いつか、文が僕じゃない
“誰か”に心を寄せてもね」
実際に僕が犀星君に心を寄せているように
文にも僕じゃない“誰か”が現れるかもしれない。
「[人が人を好きになることほど、
うれしいという言葉が突きとめられることが
ございません、好きという扉を
何枚ひらいて行っても、
それは好きでつくり上げられている、
お家のようなものなんです]」
比呂志の台詞に僕は硬直しかけた……
その台詞は犀星君の
著書・蜜のあわれの一節だ。
「俺、時々、父さんの本棚か
ら室生先生の本を借りて読んでるんだ。
室生先生の詩集は、
父さんがくれたお小遣いとか
お年玉を貯めて買ってる」
昼間に比呂志が犀星君に憧れていると
言っていたけど著書を買っていたとは
知らなかった。
「室生先生の詩や小説は
その物語に引き込まれるし
読みながらどきどき、
わくわくするんだ」
「ねぇ、父さんも母さんも
“役割”なんて気にせずに
家の中では“本音”を言おうよ。
言いたいことを我慢してたら
何も変わらないと思うんだ」
息子にここまで言われて、
いや、言わせてしまっておいてそれを
無下にできない。
なまじっか、この家の中で
一番、冷静なのは比呂志だった。
「それもそうだ。
ありがとう比呂志、
これから、家の中でも
少しずつ、“僕自身”を
出していくから、文も
“文自身”を出してほしい」
息子に気付かされるとは情けない……
僕も文も“役割”に囚われ過ぎていて、
いつしか“本音”で 話さなくなった。
「やっぱり、室生さんと龍之介の関係を
今すぐは“理解”はできない……
最初、“同性”の室生さんと“恋仲”だって
言われて頭が追い付かなかった……
私は龍之介の“妻”で
あなたの子供を産んだ“母親”で
龍之介に愛してもらえる
“たった一人”だと思ってた」
「俺は、室生先生の蜜のあわれを
読んで思ったのは
“愛の形”は“一つ”じゃなくても
いいってことだった……
[好きという扉を 何枚ひらいて行っても、
それは好きでつくり上げられている、
お家のようなものなんです]ということは
“好き”は“一つ”じゃないってことでしょう?」
比呂志が蜜のあわれから
そんなことを読み取っていたなんて……
「母さんや俺や多加志、也寸志を
“守ってくれる”父さんも、
室生先生に“守られ、甘えた”と
思っている父さんも、
どっちも父さんなんだから、
どっちかを否定するのは
間違っていると思うんだ」
比呂志は僕と文の手をぎゅっと握った。
「これからは、“本音”で話していこう。
俺は二人の子供だけど、母さんの“本音”も
父さんの“本音”も全部聞かせてほしい」
子供は勝手に育つとはいうけど、比呂志が
こんなに早く大人になりつつあるとは
我が子ながら末恐ろしいと思った……
ー数時間後ー
比呂志が寝た後、文は困惑を残しつつも僕と犀星君の関係を
少しずつ、認めると言ってくれた。
「比呂志に気づかされるとは思わなかったわ……」
寝室に布団を並べながら文が言った。
「そうだね……
文、今日は僕の話を聞いてくれて、ありがとう」
「私も話せてよかった。
ねぇ、龍之介。男性同士って
夜の営みってどうやって、するの?
ちょっとだけ、興味が湧いたわ」
文の言葉に今日何度か目の瞬きをした。
「文!?」
「あんまり事細かに説明すと
猥談になってしまうけど……
ここに受け入れるんだよ」
僕は自分の後ろに手をやった。
「え、待って……
もう一歩、踏み込んで訊いていいかしら?
本当に、そこに、その……」
受け入れられるのかと言いたいらしい。
「犀星君のものを
受け入れられるようになるには
少々、時間がかかるだろうね……」
なんせ、犀星君のものは僕のものより、
はるかに大きいからちゃんと解さないと
挿入らないだろう。
「女性からしたら、衝撃的だよね」
本来は受け入れる場所ではないのだから。
「そ、そうね、想像がつかないから……」
「端的に言うと犀星君のものを
僕の後ろに挿れて快感を得るんだよ……」
卑猥にならないよにかつ、
的確に伝わるように説明した。
「龍之介は室生さんに“抱かれたい”のね……」
「うん……
文、理解しようとしてくれて嬉しい……
ありがとう」
文が同性同士の“営み”について訊いてきたのは
意外だったけど、少しだけ心が軽くなった。
「最初は驚いたし、今も困惑が残るけど、少しでも
龍之介と室生さんのことを知りたいと思ったの。
今夜は遅いから寝ましょう。
お休みなさい、龍之介」
「ありがとう、お休み、文」
僕はもう一度、文にお礼を言って眠りに就いた。
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