星も見えぬほどに眩く

星川過世

文字の大きさ
4 / 11

4

しおりを挟む
 平日の水族館は、思いのほか空いていた。
 順番に水槽を見てまわる。特別魚が好きなわけではないが、水の中を泳ぎ回る大小様々な海洋生物を眺めるのはなかなかに面白い。隣に大好きな人が居れば、尚更。ついつい水槽より一ノ瀬さんを見てしまうけれど。
 「なんか、癒されるね。魚って」
 「そうですね」
 照明の力かもしれないが、どことなく神秘的な雰囲気が漂っている。狭い水槽に閉じ込められている(というと水族館に失礼だが)にも関わらず、魚たちは悠々自適に過ごしているように見えた。
 あくまで見える、だけだけれど。魚とは会話出来ないし。
 「あ、クラゲだ。俺クラゲ好きなんだよね」
 そういえば活動中はクラゲカットだったな、と思う。関係があるのかは別として。
 「クラゲって、死んだら海に溶けるんでしょ? 死体にならないって、いいな」
 「死体になりたくないんですか?」
 「死んだら消えちゃいたいよ。だって死んだ後の肉体って自分じゃどうにもならないじゃん」
 理解できたわけではないが、まぁそういう考え方の人もいるか、くらいに思った。
 一ノ瀬さんも理解や共感を求めていたわけではないようで、特に俺の返事を待つことなく水槽に目線を戻す。
 水族館の照明のせいか、クラゲのせいか、あるいは今の会話のせいか、一ノ瀬さんがクラゲよりもずっと儚い存在に思えてきた。整った横顔は、触れたら壊れてしまいそうだという錯覚を抱かせる。
 ほとんど無意識のうちに、その肩を抱き寄せていた。華奢に見えるけれど触れてみれば案外がっしりしていて、謎の安心感を覚える。
 しかし一ノ瀬さんが驚いたような顔でこちらを見たので、すぐに我に返った。
 「あ、す、すみません。つい」
 「つい、ってなんだよ......」
 そう口にした一ノ瀬さんの顔は暗くても赤くなっていることがわかって、どうしたらいいかわからなくなる。こんな顔、初めてみた。当然と言えば当然だが、配信中にはこんな顔はしない。
 とりあえず嫌がっている様子はなくてよかった。
 「あ、の、一ノ瀬さん」
 「なに」
 「前に、俺のこと好きになれそうって言ってましたよね? 今のところどう、ですか?」
 ああ、俺は何を言っているのだろう。恋をすると知能が下がるとネットで見たが、それで判断力が落ちているのだろうか。多分、いや絶対そうだ。
 「......まだわからん。でも、今のはちょっと、ドキッとした」
 「......すみません」
 「なんで謝るんだよ」
 一ノ瀬さんがクスクス笑う。そして俺の手を握った。
 「え」
 「人少ないし、暗いし、大丈夫だろ。やばくなったら放せば」
 「そう、ですね」
 心臓が早鐘を打ち始める。手ってどれくらいの力で握ればいいんだっけ。恋人いない歴イコール年齢だからわからない。一ノ瀬さんの手、ちょっと荒れてるな。俺より小さいけど節くれだっててセクシーだ......って何を考えているんだ俺は。というか俺の手、汗やばくない? 俺の汗が一ノ瀬さんを汚してしまう! 手汗気持ち悪いとか思われたらどうしよう。一ノ瀬さん指なっが!
 思考がグルグルと回り、魚など当然見ている余裕がない。一ノ瀬さんは平然としていて、やはり一ノ瀬さんはまだ俺を全然意識してくれてなどいないのだと突き付けられて先ほどの自分の発言が恥ずかしくなった。
 一ノ瀬さんはまだクラゲを見ている。余程好きらしい。
 「あ、ごめん。退屈だよね。次行こうか」
 視線に気づかれた。
 「あ、いえ! 一ノ瀬さんに見惚れてただけです! いくらでもどうぞ!」
 俺はどれだけ恥ずかしいセリフを吐けば満足するのだろうか。
 一ノ瀬さんは声を殺して笑った。
 「貴也くんが俺のこと好きでいてくれて、嬉しいよ」
 「ど、どうも......」
 自分でも何が「どうも」なのかわからなかったが、とりあえずそう返す。気の利いた返しができるほど頭が回っていなかったのだ。
 俺もクラゲに目を向けそのヒーリング効果で落ち着こうと思ったが、確かに水を揺蕩うクラゲはいつまででも見ていられそうなほど美しかった。
 「そろそろ次、行こうか。付き合ってくれてありがとう」
 「いえ。クラゲって本当に綺麗ですね」
 「でしょ。やっぱり俺たちって趣味合うよね」
 確かに俺も一ノ瀬さんと趣味が合うと思う。それも一ノ瀬さんの曲に惹かれた一因だろう。
 手を繋いだまま色々な魚を見た。心臓は相変わらず地面を揺らさんばかりの勢いだったが、ぼんやりと魚の姿を眺めるくらいはできる。眺めている時間が一ノ瀬さんと魚で九対一くらいなのはご愛嬌だ。
 「お昼ご飯はどうする? 館内よりファミレスとかの方がいいよね。どうせもうすぐ見終わるし」
 「え? ああ、そうですね」
 まずい。また一ノ瀬さんに見惚れていた。いや、まずくはないけれど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この胸の高鳴りは・・・

暁エネル
BL
電車に乗りいつも通り大学へと向かう途中 気になる人と出会う男性なのか女性なのかわからないまま 電車を降りその人をなぜか追いかけてしまった 初めての出来事に驚き その人に声をかけ自分のした事に 優しく笑うその人に今まで経験した事のない感情が・・・

Fromのないラブレター

すずかけあおい
BL
『好きです。あなたをいつも見てます。ずっと好きでした。つき合ってください。』 唯のもとに届いた差出人のない手紙には、パソコンの文字でそう書かれていた。 いつも、ずっと――昔から仲がよくて近しい人で思い当たるのは、隣家に住む幼馴染の三兄弟。 まさか、三兄弟の誰かからのラブレター!? *外部サイトでも同作品を投稿しています。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

ラピスラズリの福音

東雲
BL
*異世界ファンタジーBL* 特別な世界観も、特殊な設定も、壮大な何かもありません。 幼馴染みの二人が遠回りをしながら、相思相愛の果てに結ばれるお話です。 金髪碧眼美形攻め×純朴一途筋肉受け 息をするように体の大きい子受けです。 珍しく年齢制限のないお話ですが、いつもの如く己の『好き』と性癖をたんと詰め込みました!

出来損ないの花嫁は湯の神と熱い恋をする

舞々
BL
凪が生まれ育った湯滝村は、温泉地として栄えた地域だ。凪は湯滝村で一番老舗とされている温泉宿、「椿屋」の一人息子。幼い頃から両親の手伝いをして、椿屋を支えている。そんな湯滝村にある湯花神社には、湯の神「湯玄」が祀られ、村人たちから信仰されてきた。 湯滝村には湯玄に花嫁を捧げるという風習ある。湯玄は花嫁から生気を貰い、湯滝村に温泉をもたらすのだ。凪は自ら志願し、花嫁となって湯滝神社へと出向いたが「子供には用がない」と追い返されてしまった。村に戻った凪は「出来損ないの花嫁」と村人たちから後ろ指をさされ、次第に湯玄を恨むようになる。 凪が十七歳になり、美しい青年へと成長した頃、湯玄より「もう一度凪を花嫁として捧げよ」という申し渡しがあった。しかし凪は、湯玄からの申し渡しを受け入れることができずにいる。そんな凪に痺れを切らした湯玄は、椿屋に押しかけてきてしまったのだった。 湯玄が椿屋に来てからというもの、貧乏神、アカシャグマ、商売繁盛の神に五穀豊穣の神……色々な神が椿屋を訪れるようになる。椿屋を訪れる神々は実に個性豊かで、椿屋は次第に以前のような活気を取り戻していく。 はじめのうちは突然椿屋にやってきた湯玄に反発していた凪。しかし、強引に迫ってくるだけではなく、自分を溺愛してくる湯玄に少しずつ心を許し、二人の距離は次第に縮まっていく。 出来損ないの花嫁凪と、温泉の神湯玄。そして八百万の神々が送る温泉宿物語。

ダブルパーソナリティ

ユーリ
BL
「おやすみ、菜乃。また明日」 両腕を失った菜乃は義手と共に心身を療養させるためにサナトリウムにいた。そこに書類上の夫が現れ「本当の夫婦になりたい」と言ってきてーー初めて顔を合わせるふたりは、少しずつ距離を縮めてゆく。

青い炎

瑞原唯子
BL
今日、僕は同時にふたつの失恋をした——。 もともと叶うことのない想いだった。 にもかかわらず、胸の内で静かな激情の炎を燃やし続けてきた。 これからもこの想いを燻らせていくのだろう。 仲睦まじい二人を誰よりも近くで見守りながら。

処理中です...