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平日の水族館は、思いのほか空いていた。
順番に水槽を見てまわる。特別魚が好きなわけではないが、水の中を泳ぎ回る大小様々な海洋生物を眺めるのはなかなかに面白い。隣に大好きな人が居れば、尚更。ついつい水槽より一ノ瀬さんを見てしまうけれど。
「なんか、癒されるね。魚って」
「そうですね」
照明の力かもしれないが、どことなく神秘的な雰囲気が漂っている。狭い水槽に閉じ込められている(というと水族館に失礼だが)にも関わらず、魚たちは悠々自適に過ごしているように見えた。
あくまで見える、だけだけれど。魚とは会話出来ないし。
「あ、クラゲだ。俺クラゲ好きなんだよね」
そういえば活動中はクラゲカットだったな、と思う。関係があるのかは別として。
「クラゲって、死んだら海に溶けるんでしょ? 死体にならないって、いいな」
「死体になりたくないんですか?」
「死んだら消えちゃいたいよ。だって死んだ後の肉体って自分じゃどうにもならないじゃん」
理解できたわけではないが、まぁそういう考え方の人もいるか、くらいに思った。
一ノ瀬さんも理解や共感を求めていたわけではないようで、特に俺の返事を待つことなく水槽に目線を戻す。
水族館の照明のせいか、クラゲのせいか、あるいは今の会話のせいか、一ノ瀬さんがクラゲよりもずっと儚い存在に思えてきた。整った横顔は、触れたら壊れてしまいそうだという錯覚を抱かせる。
ほとんど無意識のうちに、その肩を抱き寄せていた。華奢に見えるけれど触れてみれば案外がっしりしていて、謎の安心感を覚える。
しかし一ノ瀬さんが驚いたような顔でこちらを見たので、すぐに我に返った。
「あ、す、すみません。つい」
「つい、ってなんだよ......」
そう口にした一ノ瀬さんの顔は暗くても赤くなっていることがわかって、どうしたらいいかわからなくなる。こんな顔、初めてみた。当然と言えば当然だが、配信中にはこんな顔はしない。
とりあえず嫌がっている様子はなくてよかった。
「あ、の、一ノ瀬さん」
「なに」
「前に、俺のこと好きになれそうって言ってましたよね? 今のところどう、ですか?」
ああ、俺は何を言っているのだろう。恋をすると知能が下がるとネットで見たが、それで判断力が落ちているのだろうか。多分、いや絶対そうだ。
「......まだわからん。でも、今のはちょっと、ドキッとした」
「......すみません」
「なんで謝るんだよ」
一ノ瀬さんがクスクス笑う。そして俺の手を握った。
「え」
「人少ないし、暗いし、大丈夫だろ。やばくなったら放せば」
「そう、ですね」
心臓が早鐘を打ち始める。手ってどれくらいの力で握ればいいんだっけ。恋人いない歴イコール年齢だからわからない。一ノ瀬さんの手、ちょっと荒れてるな。俺より小さいけど節くれだっててセクシーだ......って何を考えているんだ俺は。というか俺の手、汗やばくない? 俺の汗が一ノ瀬さんを汚してしまう! 手汗気持ち悪いとか思われたらどうしよう。一ノ瀬さん指なっが!
思考がグルグルと回り、魚など当然見ている余裕がない。一ノ瀬さんは平然としていて、やはり一ノ瀬さんはまだ俺を全然意識してくれてなどいないのだと突き付けられて先ほどの自分の発言が恥ずかしくなった。
一ノ瀬さんはまだクラゲを見ている。余程好きらしい。
「あ、ごめん。退屈だよね。次行こうか」
視線に気づかれた。
「あ、いえ! 一ノ瀬さんに見惚れてただけです! いくらでもどうぞ!」
俺はどれだけ恥ずかしいセリフを吐けば満足するのだろうか。
一ノ瀬さんは声を殺して笑った。
「貴也くんが俺のこと好きでいてくれて、嬉しいよ」
「ど、どうも......」
自分でも何が「どうも」なのかわからなかったが、とりあえずそう返す。気の利いた返しができるほど頭が回っていなかったのだ。
俺もクラゲに目を向けそのヒーリング効果で落ち着こうと思ったが、確かに水を揺蕩うクラゲはいつまででも見ていられそうなほど美しかった。
「そろそろ次、行こうか。付き合ってくれてありがとう」
「いえ。クラゲって本当に綺麗ですね」
「でしょ。やっぱり俺たちって趣味合うよね」
確かに俺も一ノ瀬さんと趣味が合うと思う。それも一ノ瀬さんの曲に惹かれた一因だろう。
手を繋いだまま色々な魚を見た。心臓は相変わらず地面を揺らさんばかりの勢いだったが、ぼんやりと魚の姿を眺めるくらいはできる。眺めている時間が一ノ瀬さんと魚で九対一くらいなのはご愛嬌だ。
「お昼ご飯はどうする? 館内よりファミレスとかの方がいいよね。どうせもうすぐ見終わるし」
「え? ああ、そうですね」
まずい。また一ノ瀬さんに見惚れていた。いや、まずくはないけれど。
順番に水槽を見てまわる。特別魚が好きなわけではないが、水の中を泳ぎ回る大小様々な海洋生物を眺めるのはなかなかに面白い。隣に大好きな人が居れば、尚更。ついつい水槽より一ノ瀬さんを見てしまうけれど。
「なんか、癒されるね。魚って」
「そうですね」
照明の力かもしれないが、どことなく神秘的な雰囲気が漂っている。狭い水槽に閉じ込められている(というと水族館に失礼だが)にも関わらず、魚たちは悠々自適に過ごしているように見えた。
あくまで見える、だけだけれど。魚とは会話出来ないし。
「あ、クラゲだ。俺クラゲ好きなんだよね」
そういえば活動中はクラゲカットだったな、と思う。関係があるのかは別として。
「クラゲって、死んだら海に溶けるんでしょ? 死体にならないって、いいな」
「死体になりたくないんですか?」
「死んだら消えちゃいたいよ。だって死んだ後の肉体って自分じゃどうにもならないじゃん」
理解できたわけではないが、まぁそういう考え方の人もいるか、くらいに思った。
一ノ瀬さんも理解や共感を求めていたわけではないようで、特に俺の返事を待つことなく水槽に目線を戻す。
水族館の照明のせいか、クラゲのせいか、あるいは今の会話のせいか、一ノ瀬さんがクラゲよりもずっと儚い存在に思えてきた。整った横顔は、触れたら壊れてしまいそうだという錯覚を抱かせる。
ほとんど無意識のうちに、その肩を抱き寄せていた。華奢に見えるけれど触れてみれば案外がっしりしていて、謎の安心感を覚える。
しかし一ノ瀬さんが驚いたような顔でこちらを見たので、すぐに我に返った。
「あ、す、すみません。つい」
「つい、ってなんだよ......」
そう口にした一ノ瀬さんの顔は暗くても赤くなっていることがわかって、どうしたらいいかわからなくなる。こんな顔、初めてみた。当然と言えば当然だが、配信中にはこんな顔はしない。
とりあえず嫌がっている様子はなくてよかった。
「あ、の、一ノ瀬さん」
「なに」
「前に、俺のこと好きになれそうって言ってましたよね? 今のところどう、ですか?」
ああ、俺は何を言っているのだろう。恋をすると知能が下がるとネットで見たが、それで判断力が落ちているのだろうか。多分、いや絶対そうだ。
「......まだわからん。でも、今のはちょっと、ドキッとした」
「......すみません」
「なんで謝るんだよ」
一ノ瀬さんがクスクス笑う。そして俺の手を握った。
「え」
「人少ないし、暗いし、大丈夫だろ。やばくなったら放せば」
「そう、ですね」
心臓が早鐘を打ち始める。手ってどれくらいの力で握ればいいんだっけ。恋人いない歴イコール年齢だからわからない。一ノ瀬さんの手、ちょっと荒れてるな。俺より小さいけど節くれだっててセクシーだ......って何を考えているんだ俺は。というか俺の手、汗やばくない? 俺の汗が一ノ瀬さんを汚してしまう! 手汗気持ち悪いとか思われたらどうしよう。一ノ瀬さん指なっが!
思考がグルグルと回り、魚など当然見ている余裕がない。一ノ瀬さんは平然としていて、やはり一ノ瀬さんはまだ俺を全然意識してくれてなどいないのだと突き付けられて先ほどの自分の発言が恥ずかしくなった。
一ノ瀬さんはまだクラゲを見ている。余程好きらしい。
「あ、ごめん。退屈だよね。次行こうか」
視線に気づかれた。
「あ、いえ! 一ノ瀬さんに見惚れてただけです! いくらでもどうぞ!」
俺はどれだけ恥ずかしいセリフを吐けば満足するのだろうか。
一ノ瀬さんは声を殺して笑った。
「貴也くんが俺のこと好きでいてくれて、嬉しいよ」
「ど、どうも......」
自分でも何が「どうも」なのかわからなかったが、とりあえずそう返す。気の利いた返しができるほど頭が回っていなかったのだ。
俺もクラゲに目を向けそのヒーリング効果で落ち着こうと思ったが、確かに水を揺蕩うクラゲはいつまででも見ていられそうなほど美しかった。
「そろそろ次、行こうか。付き合ってくれてありがとう」
「いえ。クラゲって本当に綺麗ですね」
「でしょ。やっぱり俺たちって趣味合うよね」
確かに俺も一ノ瀬さんと趣味が合うと思う。それも一ノ瀬さんの曲に惹かれた一因だろう。
手を繋いだまま色々な魚を見た。心臓は相変わらず地面を揺らさんばかりの勢いだったが、ぼんやりと魚の姿を眺めるくらいはできる。眺めている時間が一ノ瀬さんと魚で九対一くらいなのはご愛嬌だ。
「お昼ご飯はどうする? 館内よりファミレスとかの方がいいよね。どうせもうすぐ見終わるし」
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