短編集2

雑虫

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船旅

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「そうだおまえのせいだ。おまえさえいなければ僕はこんな世界なんてさっさと辞められたんだ。」

「うーん…それは最大限の愛情表現?それとも心の底からの嫌悪?」

「バカ言うな」

青年は甲板の先から足をはみ出して座り、残っていた酒を一気に飲み干した。陸を出て1週間が過ぎようとしていた。無理くり詰め込んだ食料も今日でなくなってしまうだろう。
煙草を咥えて火をつけようとした時、代わり映えのしない景色の片隅に小さな陸の塊が見えた。青年はヨロヨロと立ち上がり、塊に向けて舵を切った。

発見して1時間ほどで辿り着いた。木と砂以外何も無い直径30メートル程の小さな島だった。2人は船を適当な木に縛り、砂浜に腰掛けた。

「なぁ、ゲームをしないか」

彼は煙草に火をつけながら言った。

「おまえの提案はいつも突拍子も無くて、ろくなもんじゃない。」

「今迄の行いは非を認めるよ。ただ今回ばかりは悪いもんじゃない。聞いてみるだろ?」

「耳を塞いだってやらせるくせに」

「今回ばかりは本当に任意さ。君が嫌と言ったらやらない。本当だよ。」

「さっさと言え」

彼は嬉しそうに笑い煙草を吸い込んだ後、いつも通り穏やかなトーンで語りだした。

「ゲームのルールは簡単。島1周を走って競争するんだ。ただし」

彼はもう一度煙草に口をつけた。表情やトーンの落ち着きとは異なり、まだ本当に口に出そうか迷っているようにも見えた。

1泊置いて煙を吐き出した後、トーンを崩さず続けた。

「負けた人は勝った人に残りの食料を全て渡すんだ。つまり、競争に勝てば2日分の食料を得られるし、負ければ今日から食べるものは無くなる。どうかな。」

青年は驚き顔をあげたが、彼は表情を変えないまま海を眺めていた。

青年は後ろポケットに入ってあるくしゃくしゃになったソフトパックをムシって開けたが、煙草は残っていなかった。

頭をかいてため息をつくと足元に煙草の箱が転がってきた。

青年は何も言わず火をつけると、「お前のタバコは甘くて嫌いなんだよ」と愚痴をこぼした。

3分間の沈黙があった。その間彼は海を見つめて喋らず、青年はあたまをかいたり、立ってみたり、波を触ってみたりした。

元通り彼の隣に腰かけると、彼の箱から煙草を取り出し咥え、「やる」と口を開いた。

2人は船の食料庫を空にし、ゴール地点に積み上げ、ルートを確認するために島を一周した。1周は徒歩10分程で、障害物となる木や大きな岩は砂浜にはなかった。

その間お互いは何も喋らず、自分の走る道を入念に見て回った。

「5分後、この食糧地点を基準に島を一周する。開始の合図はこの石が海に落ちたらにしよう。」

彼はいつもの通りの口調で言った。青年は分かったと頷き、彼の煙草に火をつけた。

開始までの5分間、彼は船に篭もり出てこなかった。青年は煙草の火種が落ちてもぼーっと咥えたままだった。

2人は食料地点に着くと、足を伸ばしシャツを捲った。

青年の動きが止まると、彼は石を拾い上げた。

「じゃあ、いくよ」

青年は頷いた。

彼は大きく振りかぶり、海に石を放った。普段物静かで体を動かすことの少ないフォームは少し歪に思えた。

放物線を描いて石は落ちる。

幼い頃川によく意思を投げたものだが、この時ばかりはその何倍もゆっくりと意思が落ちるように見えた。

水しぶきが上がる。

食料地点に大きな足跡を残し、2人は走り出した。

この一週間、味気のない缶詰を安い酒で流し込むだけで、体はやせ細っていたが、2人は全力で走った。

止まることなく、先だけを見つめて足を前に出す。

半分を通過した頃、青年はヨロヨロ走りながらシャツを脱ぎ捨てた。半歩遅れて彼も脱いだ。

残り4分の1まで来ただろうか。2人はほぼ横ばいで、彼が半歩ほどリードしていた。スタートの勢いはほとんど残っておらず、お互い歩くスピードと変わらなかった。

呼吸が荒い。自身のものなのか、隣のものなのかもよく分からない。島には2人しか存在しないはずなのに、そこは音で満ち溢れていた。

食料地点のゴールが見える。残り20m。ここに来て差は完全になくなった。

スタートの足跡が見える。砂がえぐれて踵側に盛り上がっている。

自分の足跡を目指し、真っ直ぐ最短で足を進める。

5m、4m、3m

どちらか振り切った方に軍配は上がる。2人は声を張上げ、ゴールのみを見た。

2m、1m

ゴールに足をかける直前。足跡の1cm手前で2人は止まった。

尻もちを着いて崩れ落ち、顔は汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。

気がつくと日は落ちており、太陽が海面に色味を付け出した。

彼はゴールを跨がないように食料を手に取ると、青年に半分寄こした。

彼が何をするのかは理解出来た。

2人は残った食料を海に放り投げると、砂浜で眠りについた。






あいつが僕を試したのか、先に居なくなりたかったのか、ほかに訳があるのかは分からない。ただ確かに、今回ばかりは彼に付き合って良かったと思った。




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