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読み切り
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異世界アラティアの砂漠に、交易所「オアシスの爪」があった。
魔獣の骨でできたアーチがそびえ、風に運ばれた砂が石畳を擦る音が絶えない。
ここは交易路の要衝であり、旅人、商人、傭兵が集う場所だ。
だが、誰もが知っていた――この交易所に長く留まると、「砂時計の呪い」に取り憑かれると。
カイは交易所の酒場で、埃まみれのマントを羽織り、カウンターに座っていた。
17歳の彼は、異世界から召喚された「勇者」だったが、魔法も剣技も中途半端で、唯一の特技は「人の嘘を見抜く」こと。
召喚されて半年、彼は王都の命令で「砂時計」を探しにここへ来た。
砂時計は、時間を操る神器とされ、交易所のどこかに隠されているという。
「カイ、情報が入ったぜ」
酒場の隅から、相棒のセラが手招きした。
彼女は猫のような瞳を持つ盗賊で、銀色の髪を三つ編みにしていた。カイを「勇者様」とからかいながらも、いつも彼の背中を守ってくれた。
「交易所の地下に、隠し扉があるって。砂時計はそこにあるらしい。ただし、罠だらけだよ」
「罠か。誰の情報?」
「私の情報網は完璧さ。ほら、行くぞ!」
セラの笑顔は、いつもカイの疑念を溶かした。
彼女の嘘を見抜いたことは一度もない。交易所の裏手、崩れかけた石壁の隙間に隠し扉はあった。セラが鍵を外し、松明を手に地下へ降りる。階段は湿った土の匂いに満ち、壁には魔獣の爪痕が刻まれていた。
「カイ、気をつけて。呪いの噂、ほんとっぽいね」
「呪いって、どんな?」
「砂時計に触れた者は、時間を奪われる。体が砂になって崩れるんだって」
カイは笑った。「お前、怖がってる?」
「まさか! ただ、勇者様が砂になっても、私には関係ないってだけ」
セラの軽口に、カイはいつもの安心感を覚えた。
地下の奥に、祭壇があった。そこに砂時計が鎮座していた
ガラスは曇り、内部の砂は不思議な青い輝きを放つ。
だが、カイの目は祭壇の周囲に散らばる白い砂に釘付けになった。人骨の欠片が混じっている。
「やっぱり呪い、ガチじゃん……」セラが囁く。
カイは一歩踏み出した。「俺が触る。セラ、離れてろ」
「待って! やめなよ、カイ!」
彼女の声に、カイは振り返った。セラの瞳が揺れていた。いつも自信満々の彼女が、初めて怯えている。
「大丈夫。俺、勇者だろ?」
カイは砂時計に手を伸ばした。
瞬間、青い光が弾け、彼の視界が歪んだ。カイが目を覚ますと、交易所の酒場にいた。カウンターに座り、埃まみれのマントを羽織っている。だが、どこかおかしい。酒場の喧騒がなく、客は誰もいない。
「カイ、情報が入ったぜ」
セラの声。彼女が隅から手招きしている。
カイの背筋が凍った。
「セラ……今、なんて言った?」
「隠し扉の話だよ。地下に砂時計があるって。行くぞ!」
カイは立ち上がった。
心臓が早鐘を打つ。これはさっきと同じ会話だ。いや、同じ「時間」だ。
「お前、知ってたろ? 砂時計の呪いを」
セラの笑顔が一瞬、凍った。
「何? 急にどうしたの?」
「俺、時間を繰り返してる。砂時計に触った瞬間から、ループしてるんだ」
カイの言葉に、セラは目を逸らした。その瞬間、カイの「嘘を見抜く」力が働いた。彼女の瞳に、かすかな罪悪感が浮かんでいる。
「セラ、お前が俺を地下に連れてった。砂時計に触らせたのは、お前だ」
「カイ、落ち着いて! 私がそんなわけ――」
「嘘だ!」
カイは剣を抜いた。
セラは後ずさり、初めて見せる恐怖の表情で彼を見た。
「なんでだ、セラ? お前、俺を信じてくれてたよな?」
彼女は唇を噛み、沈黙した。やがて、震える声で言った。
「王都の命令だよ、カイ。勇者を生贄にすれば、砂時計は国を救う神器になるって……私、拒否できなかった」
カイの剣が震えた。裏切り。それでも、セラの目には涙が浮かんでいた。彼女は嘘をついていない。ループは続いた。何度も酒場に戻り、何度も地下へ向かった。
カイは試した――砂時計を壊そうとしたが、刃はガラスを傷つけず。セラを縛って一人で行っても、彼女は必ず現れ、砂時計に触るよう仕向けた。呪いはカイを逃がさない。
十回目のループで、カイは決めた。
「セラ、最後に一つだけ聞かせて。お前、俺のこと、どう思ってた?」
セラは目を伏せた。「……カイは、初めて信じられた人だった。裏切ったけど、それでも、好きだったよ」
カイは微笑んだ。「それでいい」
彼は砂時計に触れ、ループを止める方法を悟った。呪いは「生贄」を求める。だが、生贄は一人でいいとは限らない。
カイはセラの手を握り、共に砂時計に触れた。青い光が爆発し、交易所が砂に飲み込まれた。朝日が砂漠を照らす。交易所の跡地には、何も残っていなかった。
だが、遠くの王都で、涸れた泉が水を噴き出した。人々はそれを「勇者の奇跡」と呼んだ。
カイとセラの姿は、誰も知らない。ただ、砂漠の風に、かすかな笛の音が響く――二人の絆が、呪いを越えた証のように。(完)
魔獣の骨でできたアーチがそびえ、風に運ばれた砂が石畳を擦る音が絶えない。
ここは交易路の要衝であり、旅人、商人、傭兵が集う場所だ。
だが、誰もが知っていた――この交易所に長く留まると、「砂時計の呪い」に取り憑かれると。
カイは交易所の酒場で、埃まみれのマントを羽織り、カウンターに座っていた。
17歳の彼は、異世界から召喚された「勇者」だったが、魔法も剣技も中途半端で、唯一の特技は「人の嘘を見抜く」こと。
召喚されて半年、彼は王都の命令で「砂時計」を探しにここへ来た。
砂時計は、時間を操る神器とされ、交易所のどこかに隠されているという。
「カイ、情報が入ったぜ」
酒場の隅から、相棒のセラが手招きした。
彼女は猫のような瞳を持つ盗賊で、銀色の髪を三つ編みにしていた。カイを「勇者様」とからかいながらも、いつも彼の背中を守ってくれた。
「交易所の地下に、隠し扉があるって。砂時計はそこにあるらしい。ただし、罠だらけだよ」
「罠か。誰の情報?」
「私の情報網は完璧さ。ほら、行くぞ!」
セラの笑顔は、いつもカイの疑念を溶かした。
彼女の嘘を見抜いたことは一度もない。交易所の裏手、崩れかけた石壁の隙間に隠し扉はあった。セラが鍵を外し、松明を手に地下へ降りる。階段は湿った土の匂いに満ち、壁には魔獣の爪痕が刻まれていた。
「カイ、気をつけて。呪いの噂、ほんとっぽいね」
「呪いって、どんな?」
「砂時計に触れた者は、時間を奪われる。体が砂になって崩れるんだって」
カイは笑った。「お前、怖がってる?」
「まさか! ただ、勇者様が砂になっても、私には関係ないってだけ」
セラの軽口に、カイはいつもの安心感を覚えた。
地下の奥に、祭壇があった。そこに砂時計が鎮座していた
ガラスは曇り、内部の砂は不思議な青い輝きを放つ。
だが、カイの目は祭壇の周囲に散らばる白い砂に釘付けになった。人骨の欠片が混じっている。
「やっぱり呪い、ガチじゃん……」セラが囁く。
カイは一歩踏み出した。「俺が触る。セラ、離れてろ」
「待って! やめなよ、カイ!」
彼女の声に、カイは振り返った。セラの瞳が揺れていた。いつも自信満々の彼女が、初めて怯えている。
「大丈夫。俺、勇者だろ?」
カイは砂時計に手を伸ばした。
瞬間、青い光が弾け、彼の視界が歪んだ。カイが目を覚ますと、交易所の酒場にいた。カウンターに座り、埃まみれのマントを羽織っている。だが、どこかおかしい。酒場の喧騒がなく、客は誰もいない。
「カイ、情報が入ったぜ」
セラの声。彼女が隅から手招きしている。
カイの背筋が凍った。
「セラ……今、なんて言った?」
「隠し扉の話だよ。地下に砂時計があるって。行くぞ!」
カイは立ち上がった。
心臓が早鐘を打つ。これはさっきと同じ会話だ。いや、同じ「時間」だ。
「お前、知ってたろ? 砂時計の呪いを」
セラの笑顔が一瞬、凍った。
「何? 急にどうしたの?」
「俺、時間を繰り返してる。砂時計に触った瞬間から、ループしてるんだ」
カイの言葉に、セラは目を逸らした。その瞬間、カイの「嘘を見抜く」力が働いた。彼女の瞳に、かすかな罪悪感が浮かんでいる。
「セラ、お前が俺を地下に連れてった。砂時計に触らせたのは、お前だ」
「カイ、落ち着いて! 私がそんなわけ――」
「嘘だ!」
カイは剣を抜いた。
セラは後ずさり、初めて見せる恐怖の表情で彼を見た。
「なんでだ、セラ? お前、俺を信じてくれてたよな?」
彼女は唇を噛み、沈黙した。やがて、震える声で言った。
「王都の命令だよ、カイ。勇者を生贄にすれば、砂時計は国を救う神器になるって……私、拒否できなかった」
カイの剣が震えた。裏切り。それでも、セラの目には涙が浮かんでいた。彼女は嘘をついていない。ループは続いた。何度も酒場に戻り、何度も地下へ向かった。
カイは試した――砂時計を壊そうとしたが、刃はガラスを傷つけず。セラを縛って一人で行っても、彼女は必ず現れ、砂時計に触るよう仕向けた。呪いはカイを逃がさない。
十回目のループで、カイは決めた。
「セラ、最後に一つだけ聞かせて。お前、俺のこと、どう思ってた?」
セラは目を伏せた。「……カイは、初めて信じられた人だった。裏切ったけど、それでも、好きだったよ」
カイは微笑んだ。「それでいい」
彼は砂時計に触れ、ループを止める方法を悟った。呪いは「生贄」を求める。だが、生贄は一人でいいとは限らない。
カイはセラの手を握り、共に砂時計に触れた。青い光が爆発し、交易所が砂に飲み込まれた。朝日が砂漠を照らす。交易所の跡地には、何も残っていなかった。
だが、遠くの王都で、涸れた泉が水を噴き出した。人々はそれを「勇者の奇跡」と呼んだ。
カイとセラの姿は、誰も知らない。ただ、砂漠の風に、かすかな笛の音が響く――二人の絆が、呪いを越えた証のように。(完)
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