江戸の味、極めし者

にゃんころ魔人

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第32話:鳥取の夜、酒と未来の夢

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佐藤宗次こと佐久間宗太郎は、妻・鮎子と共に宿の部屋で穏やかな時間を過ごしていた。享保年間の旅で博多を拠点に評を広め、江戸の暗殺未遂を偽名で逃れた宗太郎は、山口で弟子・太郎を失い、広島で17歳の鮎子と結婚。島根の出雲そば、鳥取の松葉ガニを味わい、旅を続けてきた。数日前、鳥取の繁華街で新聞記者・五左衛門に取材され、江戸での暗殺未遂や太郎の死が新聞に掲載され、市民の注目を集めていた。黒崎藤十郎の陰謀は遠ざかり、沙羅の安堵も伝え聞く中、宗太郎と鮎子は鳥取での暮らしに慣れつつあった。


宿の部屋は薄暗く、蝋燭の明かりが二人の顔を優しく照らす。宗太郎は旅の疲れを癒すため、鮎子と一緒に酒を用意した。地元の清酒を小さな盃に注ぎ、二人で向き合った。鮎子は少し緊張しながらも、宗太郎の隣に座り、笑顔を見せた。


「宗次さん、酒を一緒に飲むなんて…初めてだね。私、強くないけど、そなたと一緒なら大丈夫。」


宗太郎は盃を手に持ち、鮎子に微笑んだ。


「鮎子、旅の夜に酒を酌み交わすのも悪くない。そなたと共にある時間が、俺を癒してくれる。乾杯だ。」


二人は盃を合わせ、口に含んだ。清酒のほのかな甘さと温かさが口に広がり、宗太郎はリラックスした。鮎子は少し咳き込みながらも、笑って続けた。


「宗次さん、美味しいけど…ちょっと強いね。でも、そなたの笑顔を見ると、楽しくなるよ。」


宗太郎は鮎子の頬を軽く撫で、語り始めた。


「鮎子、俺たちは旅を続けてきた。太郎を失った痛みもあったが、そなたと出会い、結婚して…幸せだ。広島の海、島根のそば、鳥取の蟹…そなたと共に見た味が、俺の人生を変えた。」


鮎子は宗太郎の手に自分の手を重ね、目を潤ませた。


「宗次さん、私もそう思う。広島でそなたと出会って、旅に着いてきて…怖かったけど、そなたがそばにいてくれるから頑張れた。新聞のことで大変だったね…。」


宗太郎は新聞のことを思い出し、苦笑した。


「五左衛門殿の取材で、江戸の暗殺や太郎のことが広まった。少し気まずかったが、過去を隠さず話せたのは、そなたのおかげだ。俺はもう逃げない。」


鮎子は宗太郎の言葉に頷き、盃をもう一度口に運んだ。酒の酔いが回り始め、二人の会話がさらに親密になった。宗太郎はふと、酒の勢いで本音を漏らした。


「鮎子…俺、子供が欲しい。旅をしながら、俺たちの子を育てたい。そなたと作る家族が、俺の新たな力になる気がする。」


鮎子は宗太郎の言葉に目を丸くし、盃を置いて考え込んだ。17歳の彼女にとって、子供はまだ遠い夢だった。少し心配そうな声で答えた。


「宗次さん…子供か。嬉しいけど、私、まだ17歳で…旅の途中で子供を育てるなんて、怖いよ。命の保証もない旅だし、大丈夫かな…。」


宗太郎は鮎子の心配を理解し、優しく手を握った。


「 そなたの心配はもっともだ。旅は危険を伴う。だが、俺がそなたと子を守る。そなたが賛成なら、ゆっくり準備しよう。」


鮎子は宗太郎の真剣な目を見て、心が揺れた。旅の過酷さを思うと不安だったが、宗太郎との未来に希望も感じた。やがて、微笑みながら頷いた。


「宗次さん…私も賛成だ。そなたと一緒なら、子供を育てられる気がする。怖いけど、頑張りたい。」


宗太郎は鮎子の決意に目を輝かせ、酒の盃をもう一度満たした。


「鮎子、ありがとう。そなたの言葉が、俺に力をくれる。子供ができたなら、各地の味を教えてやりたいな。」


二人は笑い合い、酒を飲み干した。酔いが回った宗太郎は、感情が高ぶり、鮎子のそばに近づいた。彼女の肩に手を置き、優しく抱き寄せた。鮎子は少し驚きながらも、宗太郎の温もりを感じて安心した。


「鮎子…そなたがそばにいてくれるだけで、俺は幸せだ。」


宗太郎は勢い余り、鮎子の体の上に覆い被さった。鮎子は驚いて顔を赤らめたが、宗太郎の目をまっすぐ見て微笑んだ。


「宗次さん…急にどうしたの? でも…そなたがそうしたいなら、いいよ。」


宗太郎は鮎子の頬に手を置き、そっとキスをした。二人は酒の酔いと愛情に身を任せ、宿の静かな夜に溶け込んだ。蝋燭の明かりが揺れ、二人だけの世界が広がった。


翌朝、宗太郎は少し照れながら鮎子に謝った。


「鮎子、昨夜は飲みすぎた。そなたを驚かせて悪かったな。」


鮎子は笑いながら首を振った。


「宗次さん、大丈夫だよ。そなたと一緒にいられるなら、なんでもいい。子供のことも、ゆっくり考えようね。」


二人は手をつなぎ、鳥取の朝を迎えた。新聞の影響で注目を集める中、宗太郎と鮎子の絆はさらに深まり、未来への夢が育ち始めた。沙羅や藤十郎の動向は遠くに感じられ、鳥取の夜が二人の愛を温かく包んだ。

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