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本編

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「地上界に忘れられない子がいる」

 須凰はそう言った。

「その子が頭から離れないんだ」

「離れないって……。地上界では僕達の姿は見えない。そんなの、天袮様が何を言っても正論だと思うよ」

  厳しい意見だとは思うけれど、ハッキリ言った。僕達『八乙女』は遊びで神界へ来たのではない。

しかし……

「その子は、見えるんだ」

「見えるって、僕達が?」

 須凰が頷く。

 確かにたまに僕達が見える人族がいるとは聞いたことがある。

「でも、だからって……」

 言葉に詰まってしまった。すると須凰は、その子と出会った時のことを話し始めた。


「地上界へみんなで行った時、木の実を拾っている間、実は俺だけ離れた時間があった」

 確か、あの時は朱邑、秦羽、須凰の三人が散策へと出掛けた。そして帰って来た時、両手いっぱいに木の実を持って帰ってきた。

 三人はずっと一緒に行動していたと思っていたが、違ったらしい。

「その人族の子とは、俺が一人でいる時に出会った」

「そう……なんだ……」

 自分だけが単独行動をしていた時間があるのは、狼神様には隠していた。

「僕達の姿が見えるなんて、危険じゃないの? もし、言いふらされたりすれば……」

「そんな事、しない!! 一緒に木の実を拾ったんだ。俺の耳や尻尾を見ても、触ろうともしなかった」

「だからって、それが八乙女を辞める理由にはならないよ」

「なるんだよ……だって、八乙女でいれば最後に狼神様に身を捧げるじゃないか」

 須凰の言いたい事がやっと分かった。

「君は、その人族に恋をしたから、もう天袮様に身を捧げられない。そう言いたいんだね?」

「そう……。俺はどうしてもまた、あの人族の子に会いたい。神界に帰ってきてからも、その子が忘れられない。それどころか、俺の中でどんどん存在が大きくなってきてるんだ」

「須凰、でもそれは……」

「勝手だって分かってるよ」

 でも、それでも諦められないからこんな状況になってるんだ。

 僕の顔を困ったように見た後、神殿を見渡した。

 今日はやけに冷たく感じるこの神殿を……。


「天袮様が好きだよ。でも俺の好きは、みんなの好きとは違うって気付いてしまったんだ」

「何が、どう違うの?」

 今度は僕の方が泣きそうになってる。

 須凰が話すほど、僕達から離れていってる気がしてならない。

「俺の好きは、ただの憧れや尊敬だ」

「それが、身を捧げる理由にはならないって言うの?」

「今まではなるって思ってた。ここでの生活は楽しいし、天袮様には日々感謝してもしきれない」

「この生活を棒に振っても、その人族の子に会いたいの?」

 須凰は頷いた。

 僕と話しながら、改めて決意を固めているみたいだ。

 どんな言葉なら、須凰を呼び止められるのか……今の僕はあまりにも無力だった。
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