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本編

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 身を捧げる儀式から五日も経っているというのに、凪は今頃になってヒートを起こした。実はずっとモヤモヤするような体の疼きがあったという。

「何故、言ってくれなかった?」
 麿衣様が言うと、本当に自覚症状としても違和感を覚える程度にしかなく、番になれなかったショックから来たものだと思っていたらしい。

「ずっと僅かに体の異変は感じていたけど、旅立ちの日まで麿衣様との時間を優先したくて言い出せなかった」
 と凪言う。

 どうやら発情しにくい体質のようで、反応はあったものの、症状が微弱で自覚も持てず、フェロモンも殆ど出ていなかったようだ。

 大地神の神殿は花に囲まれている。花の香りに混じって僅かなフェロモンの香りが誤魔化されてしまっていたのかもしれない。なんて密かに思った。


「とにかく、今日の旅立ちは中止だ。麿衣、早く凪を連れて帰れ」

 朔怜様が素早く促した。

 麿衣様は凪を抱えて大神殿を後にした。

 とにかく凪は発情した。やはり運命の番だったのだ。だって、麿衣様にあれだけ愛されていたのだもの。

 朱邑も、凪の発情に喜んでいた。複雑な心境だったに違いないと思ったが、秦羽の件を間近で見てしまっただけに、ずっと気持ちが落ち込んでいたのだそうだ。でも、最後に素晴らしい瞬間に立ち会えた! と満面の笑みをみせた。

 今日の旅立ちは中止され、三日後に改めて朱邑の旅立ちを行うと決まった。

「じゃあ俺はあと三日、朔怜様と一緒にいられるんだな!?」
 無邪気に喜んでいるのは朱邑だけではない。朔怜様も朱邑の頭を思い切り撫でていた。

「わっ! ちょっ! 朔怜様ぁ! ぐちゃぐちゃになるから、止めてくださいって言ってるじゃないですかぁ」
「今は許せ! 凪のお陰で朱邑との時間が得られたのだ!! 喜ばずにいられるものか!」

 二人は犬と大型犬が戯れあっているように見える。とても息の合う二人なだけに、番じゃないのは残念だ。

「ま、俺は神の子を孕める体じゃなかったんだ。そう思えば仕方ないって諦められるよ」
 なんて笑みを絶やさず言っていた。


 そして三日後、再び大神殿に集まった。凪の頸にはくっきりと歯形が刻まれている。そんな二人にみんなから祝福の声が上がった。


 朱邑は全員から見守られながら、地上界へと旅立った。
『須凰の近くに行ってはどうか?』と、朔怜様から持ちかけたそうだが、朱邑はこれを断った。

 須凰は自らの意志で決めて、地上界で頑張っている。その須凰に甘えたくはないと。

 それよりも自分は朔怜様の雷がしっかりと見える、草原か海辺に移り住みたいと申し出た。

 朱邑は最後まで笑顔だった。なのでみんなも笑顔で見送った。


 後から聞いた話には、依咲那様は秦羽が薬を持っていたのは初めから……風神の神殿に迎え入れた直ぐから知っていたようだ。でも、秦羽は使わないと信じてソッとしておいた。アレを使わせたのは自分にも責任があると、追放した後、随分と落ち込んでいたらしい。

 秦羽は過ちを犯してしまった。輝惺様が言うには、依咲那様は慈悲深い人だから、きっと先に地上界へ送っただけだろう、とのことだった。真実かどうかは分からないけれど、僕はその意見を信じることにした。

 それ以上の事は聞けなかった。地上界で心を入れ替えて頑張っていくだろうと信じている。
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