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第一章
5、予定変更
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気付けば朝になっていた。
僕にしがみついて寝たエリペールも、そのままの状態ですやすやと今も寝息を立てている。
「良かった」
安堵した。これでもし自分だけが眠っていたなんてことになれば、公爵家へ来た意味がなくなってしまう。
寝顔を眺めて過ごす時間も、なんとも言えない気持ちが生まれる。こうしていると五歳らしいあどけなさを感じるが、起きた瞬間からご主人様らしい振る舞いをするだろう。
早く起きないかとワクワクする気持ちを抑えながら、しかし起こさないよう細心の注意を払う。
まだカーテンの向こう側は少し明るんできたくらいだ。起きるには早すぎる。
もう一眠りしたいと考え、欲に従った。というよりも抗えなかった。
こんなベッドで寝られる日が来るなんて思いもよらない。長時間寝ていても、ちっとも体が痛くならない。宙に浮いているような感覚さえある。
本当に毎日ここで寝ても良いのだろうか。
あの石積みの塔と同じ世界とは思えない。
天国は実在する。ここは本物の天国だ。
結局、次はエリペールに起こされるまでぐっすりと眠っていた。
「マリユス、起きたまえ!! 凄い!! こんなによく寝られるなんて、マリユスのおかげだ!!」
体を大きく揺すられ目を開くと、エリペールが歓喜に満ちた声を上げる。
「それは……良かったです」
「ほら、やはりマリユスは無能なんかじゃない。こんな凄いことがいきなりできるではないか!」
「買い被りすぎです」
「事実をのべたまでだ。じっさい、マリユスがいてくれたとたんに寝られたのだ。礼をいう」
エリペールは起き上がった僕の頭を抱きしめ、髪を撫でた。
余程嬉しかったのだろう。ただ隣にいただけなのに、こんなにも褒められるのは気が引ける。
それでも、初めての任務を果たせた達成感に心がくすぐったい。
エリペールは歓喜のあまりベッドの上で飛び跳ねそうな勢いでリリアンを呼び、着替えの準備を促す。
そういえば身の回りの世話も覚えていかなければなないと思い出し、ベッドから降りようとしたが呼び止められた。
「まだ二日目じゃないか。ここでの生活になれるのが先だ。仕事は少しずつでいい」
「いえ、でも……」
「分からないのか? 私がここにいてほしいと言っているのだ。まだ一人になりたくない」
「かしこまりました」
エリペールはしっかりしているがまだ五歳だ。
こんな風に素直に甘えられるのも、育った環境の違いがあるような気がする。
幼少期からあの場所にいた僕は、人に甘えるという術を知らないまま大きくなった。もしも器用に甘えられていれば、もっと早くあの場所から出られたのかもしれない。エリペールを眺めながら、そんな風に考えた。
胴にしがみ付き、離れるなと言うエリペールを可愛いと思わずにはいられなかった。
「どこにも行くな。私といっしょにいたまえ」
「勿論です」
「では、お二人とも着替えを済ませて朝食へと参りましょうか」
リリアンの一声で、それぞれの着替えを済ませる。手際良く服を着させる彼女は、エリペールの支度を済ませ、僕にシャツのボタンの留め方から靴のリボンの結び方まで一通り丁寧に教えてくれた。
「今日はブランディーヌ様からお話があるそうですよ」
「僕にですか?」
「えぇ、昨晩ゴーディエ様とお話ししてらしたので、そのことについてでしょうが、私は直接聞いた訳ではないので詳しくは分かりかねます」
リリアンの表情は至って穏やかであった。エリペールは良く眠れたし、お仕置きをされるようなことといえば、礼儀がなってないことくらいしか考えつかなかった。
エリペールはきっと褒めてくれるに違いないと言うが、ここに来てから迷惑しかかけていない。背中がぞくりと戦慄き、落ち着かなかった。
意気揚々と歩く、エリペールの一歩後ろをついて行く。
ダイニングまでは、昨夜感じたのと変わらないくらい遠かった。
「おはようございます、お母様、お父様」
「おはようございます」
先に席に着いていた二人がにこやかに出迎えてくれた。どうやら怒ってはいないようだと内心安堵した。
「食事の前に話しておきたいことがあります。マリユス、あなたを従者として迎え入れようと思っていたけれど、エリペールと共に勉強に励むのはどうかしら」
「勉強ですか?」
ブランディーヌは口角をしっかりと上げ、頷いた。
「貴方は碌な教育も受けずに育ってしまった。本来、誰もが学ぶべき教養が身についていないのは、あまりにも不憫だと昨日二人で話しあったの。どう? 勉強に興味はない?」
ゴーティエは自分の欲を話して良いのだと口を挟む。
勉強ができるなら、それはしたいに決まっている。しかし本当に本音を口にしても良いのか、もしかすると試されているのか。身構えてしまう。
答えに詰まっていると、黙って聞いていられないエリペールが「では今日から早速と言うことでよろしいですか?」と確認をとる。ブランディーヌは頷いて了承した。
「それで、昨晩はどうでしたか?」
もうエリペールの表情から結果は容易く汲み取れただろうが、本人が話したそうにしているのを見て敢えて話題にした。
エリペールは、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、ぐいと背筋を伸ばした。
「昨日はマリユスのおかげで、信じられないほど眠れました。今日は朝から元気にあふれています」
「そう、貴方の目に狂いはなかったのですね」
仲睦まじい姿に、無意識に口元が緩んでいた。自分の親は顔も見たことがないが、愛されて育つと言うのはこんな接し方を言うのだろうと思った。
公爵夫妻の計らいで、勉強は早速今日から始まった。
家庭教師のディディエはエリペールの勉強の傍で、僕に文字の読み方を教えてくれたのだが、これが頭が痛くなるほど難しい。
書くのはもっと酷くて、とても文字とはいえない。ペンの持ち方すらも何度も直される始末である。自分の名前を覚えるのにまだまだかかりそうだ。
ディディエは根気強く二人の勉強を交互に見てくれた。ブランディーヌよりも随分年上の白髪の女性であるが、年齢を感じさせない溌剌とした、エネルギーを感じる。
そして僕が奴隷だったと正直に話すと俄然やる気が出たらしく「覚悟してくださいませ。このディディエにお任せ下されば、どんな人でも成績優秀になれますわ」拳を見せ宣言した。
僕にしがみついて寝たエリペールも、そのままの状態ですやすやと今も寝息を立てている。
「良かった」
安堵した。これでもし自分だけが眠っていたなんてことになれば、公爵家へ来た意味がなくなってしまう。
寝顔を眺めて過ごす時間も、なんとも言えない気持ちが生まれる。こうしていると五歳らしいあどけなさを感じるが、起きた瞬間からご主人様らしい振る舞いをするだろう。
早く起きないかとワクワクする気持ちを抑えながら、しかし起こさないよう細心の注意を払う。
まだカーテンの向こう側は少し明るんできたくらいだ。起きるには早すぎる。
もう一眠りしたいと考え、欲に従った。というよりも抗えなかった。
こんなベッドで寝られる日が来るなんて思いもよらない。長時間寝ていても、ちっとも体が痛くならない。宙に浮いているような感覚さえある。
本当に毎日ここで寝ても良いのだろうか。
あの石積みの塔と同じ世界とは思えない。
天国は実在する。ここは本物の天国だ。
結局、次はエリペールに起こされるまでぐっすりと眠っていた。
「マリユス、起きたまえ!! 凄い!! こんなによく寝られるなんて、マリユスのおかげだ!!」
体を大きく揺すられ目を開くと、エリペールが歓喜に満ちた声を上げる。
「それは……良かったです」
「ほら、やはりマリユスは無能なんかじゃない。こんな凄いことがいきなりできるではないか!」
「買い被りすぎです」
「事実をのべたまでだ。じっさい、マリユスがいてくれたとたんに寝られたのだ。礼をいう」
エリペールは起き上がった僕の頭を抱きしめ、髪を撫でた。
余程嬉しかったのだろう。ただ隣にいただけなのに、こんなにも褒められるのは気が引ける。
それでも、初めての任務を果たせた達成感に心がくすぐったい。
エリペールは歓喜のあまりベッドの上で飛び跳ねそうな勢いでリリアンを呼び、着替えの準備を促す。
そういえば身の回りの世話も覚えていかなければなないと思い出し、ベッドから降りようとしたが呼び止められた。
「まだ二日目じゃないか。ここでの生活になれるのが先だ。仕事は少しずつでいい」
「いえ、でも……」
「分からないのか? 私がここにいてほしいと言っているのだ。まだ一人になりたくない」
「かしこまりました」
エリペールはしっかりしているがまだ五歳だ。
こんな風に素直に甘えられるのも、育った環境の違いがあるような気がする。
幼少期からあの場所にいた僕は、人に甘えるという術を知らないまま大きくなった。もしも器用に甘えられていれば、もっと早くあの場所から出られたのかもしれない。エリペールを眺めながら、そんな風に考えた。
胴にしがみ付き、離れるなと言うエリペールを可愛いと思わずにはいられなかった。
「どこにも行くな。私といっしょにいたまえ」
「勿論です」
「では、お二人とも着替えを済ませて朝食へと参りましょうか」
リリアンの一声で、それぞれの着替えを済ませる。手際良く服を着させる彼女は、エリペールの支度を済ませ、僕にシャツのボタンの留め方から靴のリボンの結び方まで一通り丁寧に教えてくれた。
「今日はブランディーヌ様からお話があるそうですよ」
「僕にですか?」
「えぇ、昨晩ゴーディエ様とお話ししてらしたので、そのことについてでしょうが、私は直接聞いた訳ではないので詳しくは分かりかねます」
リリアンの表情は至って穏やかであった。エリペールは良く眠れたし、お仕置きをされるようなことといえば、礼儀がなってないことくらいしか考えつかなかった。
エリペールはきっと褒めてくれるに違いないと言うが、ここに来てから迷惑しかかけていない。背中がぞくりと戦慄き、落ち着かなかった。
意気揚々と歩く、エリペールの一歩後ろをついて行く。
ダイニングまでは、昨夜感じたのと変わらないくらい遠かった。
「おはようございます、お母様、お父様」
「おはようございます」
先に席に着いていた二人がにこやかに出迎えてくれた。どうやら怒ってはいないようだと内心安堵した。
「食事の前に話しておきたいことがあります。マリユス、あなたを従者として迎え入れようと思っていたけれど、エリペールと共に勉強に励むのはどうかしら」
「勉強ですか?」
ブランディーヌは口角をしっかりと上げ、頷いた。
「貴方は碌な教育も受けずに育ってしまった。本来、誰もが学ぶべき教養が身についていないのは、あまりにも不憫だと昨日二人で話しあったの。どう? 勉強に興味はない?」
ゴーティエは自分の欲を話して良いのだと口を挟む。
勉強ができるなら、それはしたいに決まっている。しかし本当に本音を口にしても良いのか、もしかすると試されているのか。身構えてしまう。
答えに詰まっていると、黙って聞いていられないエリペールが「では今日から早速と言うことでよろしいですか?」と確認をとる。ブランディーヌは頷いて了承した。
「それで、昨晩はどうでしたか?」
もうエリペールの表情から結果は容易く汲み取れただろうが、本人が話したそうにしているのを見て敢えて話題にした。
エリペールは、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、ぐいと背筋を伸ばした。
「昨日はマリユスのおかげで、信じられないほど眠れました。今日は朝から元気にあふれています」
「そう、貴方の目に狂いはなかったのですね」
仲睦まじい姿に、無意識に口元が緩んでいた。自分の親は顔も見たことがないが、愛されて育つと言うのはこんな接し方を言うのだろうと思った。
公爵夫妻の計らいで、勉強は早速今日から始まった。
家庭教師のディディエはエリペールの勉強の傍で、僕に文字の読み方を教えてくれたのだが、これが頭が痛くなるほど難しい。
書くのはもっと酷くて、とても文字とはいえない。ペンの持ち方すらも何度も直される始末である。自分の名前を覚えるのにまだまだかかりそうだ。
ディディエは根気強く二人の勉強を交互に見てくれた。ブランディーヌよりも随分年上の白髪の女性であるが、年齢を感じさせない溌剌とした、エネルギーを感じる。
そして僕が奴隷だったと正直に話すと俄然やる気が出たらしく「覚悟してくださいませ。このディディエにお任せ下されば、どんな人でも成績優秀になれますわ」拳を見せ宣言した。
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